ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~

水竜寺葵

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ライゼン通りのお針子さん4  ~光と影の潜む王国物語~

十章 さよならフレイさん 後編

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 店を飛び出したアイリスは首を左右に振ってフレイの姿を探す。

「フレイさん……」

「アイリス」

しかしライゼン通りにはその姿を見つけることが出来なくて、広い王国の中をどうやって探そうかと思っていると誰かに声をかけられた。

「マルセンさん……」

「血相を変えてどうしたんだ? 何かあったのか」

そこに立っていたのはマルセンで何かあったのかと心配する彼に彼女は詰め寄り口を開く。

「フレイさんを見かけませんでしたか? ついさっきお店を出て行ったのにもう何処にも姿がみえなくて……」

「さっき噴水広場の方へと歩いていく姿を見かけたぞ……アイリスはフレイとちゃんとお別れしたいんだな。ついてこい」

「へ?」

彼女の言葉に何事か考えていたマルセンが踵を返し歩き出す。その様子に不思議に思い目を瞬く。

「俺が噴水広場に繫がる近道を教えてやる。今から行けばまだ街の外に出る前に追いつくはずだ」

「マルセンさん有難う御座います」

彼の言葉にアイリスはお礼を述べるとその背を追いかけマルセンの案内で噴水広場までやってきた。

「はぁ、はぁ……っ。どこにもいない」

「子猫ちゃん!」

「ルークさん……」

駆け足でマルセンの後についてやってきた噴水広場にはどこにもフレイの姿が見当たらなくて俯く。するとそこにルークの切羽詰まった声が聞こえてきた。

「兄貴、俺に君の事は諦めろだのなんだのと散々言い放った後、街の外に出て行きやがったんだ。今ならまだ間に合う。兄貴に会ってくれないか」

「はい」

彼の言葉に急いで町の玄関であるゲートへと向かう。

「間に合うと良いな……」

「……兄貴のやろう相変わらずキザなんだから」

二人がそれぞれ小さく呟きを零し彼女の背を見送った。

「はっ……はぁ……はぁ……っ! フレイさん!」

「!? 小鳥さん……」

ようやくゲートの前を歩くフレイに追いつき大きな声量で叫んで呼び止める。ここにいるはずのない彼女の声に驚いて振り返った彼が立ち止まり待ってくれた。

「……酷いですよ。私に嘘までついて、何も告げずに出て行ってしまおうなんて。……フレイさんとちゃんとお別れさせてくださいよ」

「小鳥さん……ごめんね。君にちゃんとお別れを言えない気がしてそれで、嘘までついて今日黙って出ていくつもりだったんだ」

息を切らせながら駆け寄ると涙目で訴える。その様子にフレイが申し訳なさそうな顔で謝った。

「フレイさん、またいつかこの国に来てくれますよね」

「勿論だよ。ぼくは旅の演奏家さ、またいつかこの国に遊びに来るよ。あ、その時は君は素敵なお母さんになっているかもしれないね」

「くす。フレイさんたら……」

アイリスの言葉に柔らかく微笑み頷くと茶目っ気たっぷりにそう話す。その言葉がおかしくて彼女は小さく笑ってしまった。

「……アイリス。君はこれからもこの街の人達に愛される仕立て屋のお針子さんとして成長していく事だろう。そんな君の成長する姿を側で見られないのはとても残念だけれど、でもいつかぼくも君に誇れる演奏家になって戻ってくるよ。その時はまた君にとびっきりぼくに似合う衣装を作ってもらおうかな」

「はい。その時は私がとびっきりの衣装を仕立てます。ですから、またいつかきっと……この国に立ち寄ってくださいね」

真面目な顔でそう語るフレイにアイリスも涙で滲む視界で答える。

「うん……小鳥さん。さようらな」

「さようなら……フレイさん……」

立ち去っていく彼の姿が見えなくなるまで彼女は見送る。

「……アイリス……君を笑顔にして側で守る役目はぼくではなかったけれど、でも、どんなに遠く離れていたとしてもぼくは君の幸せを願っているよ。君がお母さんになって、子供を産んでその子供を育てて、おばあさんになって安らかな死を迎えるその瞬間が来るまで君がキース君と幸せに生きて行ってくれることを願っているからね」

アイリスに面と向かって言えなかった言葉を呟きフレイは始まりの原っぱの道を当てもなく歩き始めた。次の目的地なんてもちろんない。だけど、彼女の側にいるのは自分ではないと分かったからこそそっと身を引くことを選んだのである。彼女に知られずに黙って出ていくことは不可能だったが、最後にアイリスと話せた時間を忘れずに思い出として刻んでおこうと心に留めた。

「ただいまもどりました。イクトさん。フレイさん旅立って行ってしまいました」

「そうか……俺はフレイさんもいいと思ったんだけどな」

仕立て屋へと戻ってきたアイリスが話すとイクトがそっと呟く。

「何の話ですか?」

「いや、何でもないよ。また彼がこの国に訪れる日が来るまで、俺達もお仕事頑張ろうね。君が頑張っているとフレイさんも演奏家としてのお仕事の励みになるだろうから」

「はい」

何の話をしているのか分からず不思議がる彼女へと彼がにこりと微笑み話す。

フレイがどこかでアイリスの噂を聞けるようにこれからもお仕事を頑張って続けていこうと彼女は思った。
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