上 下
40 / 124
ライゼン通りのお針子さん3 ~誉れ高き職人達~

六章 侯爵様の登場

しおりを挟む
 色とりどりの紅葉が彩る秋の月のある日。仕立て屋アイリスの扉を荒々しく開けて一人の男性が入ってきた。

「失礼する。ここにうちの息子が入り浸っていると聞いたが、貴様何を考えている!? 貴様なんかの店に息子を行かせることは二度としないからな!」

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

入って来るなり怒鳴り散らす男性へとアイリスは声をかける。

「っ!? ミラさん……」

「え?」

彼女を見た彼が目を見開き驚く。彼女も意味が分からず不思議そうな顔をした。

「……今日の所は失礼する」

「イクトさん。さっきのお客様は一体何を言っていたんでしょう? それにミラさんて……」

冷静に戻った男性が言うと店から出て行く。その姿を見ながらアイリスは尋ねた。

「スターディス伯爵は俺が後を継いだことが気に入らなかったようで俺の事を嫌っているから。だから息子さんがここに顔を出すのをよく思っていなかったんだろう。それから……ミラさんていうのが先代の事だよ」

「イクトさんが継いだことが気に入らないってどうして?」

イクトの話しを聞いて驚いて尋ねる。

「侯爵様は若いころ先代に恋をしていたらしい。だが、ミラさんは君のおじいさんと出会い結婚した。それで侯爵様も諦めて別の女性と結婚したんだ。だけど旦那さんを亡くし先代がお店を一人で切り盛りしていると知りここに顔を出すようになった。だから……先代が亡くなり俺が後を継いだことが許せなかったんだろう。それ以来伯爵様がここに来ることはなくなった」

「そう、だったんですね。でも、どうして私の顔を見てミラさんだと思ったんだろう?」

悲しげな顔で語る言葉に納得したが如何して先代と間違えられたんだろうと首を傾げた。

「アイリスは若いころの先代に似ているから、それで君を見て驚いたんだと思うよ」

「そんなに私おばあちゃんの若いころに顔がそっくりなのですか?」

「うん。先代を知っている人達は皆アイリスがお孫さんであるってこと直ぐに気づいたみたいだから。俺も君がこのお店に来た時にすぐに気づいたくらいだからね」

イクトの言葉にそう言えばすぐに気づいたって言っていたなという事を思い出し笑う。

「なんだか、会った事ないお婆ちゃんの過去が知れたみたいで嬉しいです」

「アイリスが知りたいというのならば、俺が知っている事でよければいつでも先代の話をしてあげるよ」

彼女の言葉に彼が微笑み話す。

それから一週間が過ぎた頃に侯爵が再びお店の扉を開けて入ってきた。

「失礼する……」

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

前回と違い今回はひどく落ち着いた様子で入店してくる。そんな彼の前へとアイリスは近寄って声をかけた。

「この前はいきなり怒鳴り込んでしまい失礼した。息子から話を聞いたよ。君がこのお店の店主になったアイリスさんだと。君にわしの服を仕立ててもらいたいと思っているのだが頼めるかね」

「畏まりました。寸法を測らせて頂いてもよろしいでしょうか」

じっとアイリスの顔を見詰めて話す伯爵へと彼女は了承し寸法を測るため尋ねる。

「ああ。お願いする」

「それではこちらへどうぞ」

彼が了承したのを確認し寸法を測るため試着室へと向かう。

「どのような服を仕立てるかは君に任せる。では、これでわしは失礼する」

「はい。有難う御座いました」

伯爵の言葉に頭を下げて見送るとお客が出て行った後にイクトの方へと顔を向ける。

「イクトさん。伯爵様が私に服を仕立てて欲しいって」

「そうだね。きっと君の作る服を見て見たいって思ったんじゃないかな。さ、ここは俺に任せて作業部屋へ行っておいで」

この前の様子から考えられないと言いたげなアイリスへと彼が優しく微笑み話す。

彼女は作業部屋へと入ると伯爵の服をどのように作ろうかと考える。

「伯爵様は落ち着いている時はとても冷静に人を見ているような感じがした。それに伯爵ってだけあって人の上に立つ威厳も感じた。でもだからと言って偉そうな感じでもない……よし。これでいこう」

独り言を呟きながらデッサン画を描き上げるとさっそく型紙を起こしてから素材を選び裁断していく。

「出来た! イクトさん出来ました」

「お疲れ様。これは……そうか、これなら伯爵様も喜んでくれると思うよ」

大きな声でイクトを呼ぶと彼がやってきて仕上がった服を見て目を見開く。

トルソーには品の良いグレーのジャケットとベスト。白のワイシャツに黒の絹で出来たズボン。首にはフリルのリボンがありそれを止めるブローチはアメジストで出来ていた。

「ご満足して頂けると良いのですが……」

「大丈夫。とても良くできている。だから自信をもって」

こんなものいらないと怒鳴られるのではないかと不安になるアイリスへと彼が優しく声をかける。

不安になっていてもお仕事は変わらない。侯爵がお店に訪れる日が来るまで彼女は自分のやるべきことをして過ごした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...