ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~

水竜寺葵

文字の大きさ
上 下
39 / 124
ライゼン通りのお針子さん3 ~誉れ高き職人達~

五章 フレイとルーク

しおりを挟む
 夏祭りも終わりいよいよ秋が訪れようとしていた頃。お店の扉が開かれる。

「やあ。子猫ちゃん。相変わらず可愛いね」

「いらっしゃいませ。ルークさん本日は如何されましたか」

ルークが入って来ると彼に気付いたアイリスが近寄っていった。

「いや~。用事って言う用事はないんだけどさ。子猫ちゃんの顔を見に来たんだ。それより聞いてくれよ。昨日親父が俺の事を伯爵家の跡取りとして正式に決めやがって。迷惑してるんだ」

「そ、それは大変ですね」

愚痴と侯爵家の跡取りにされた事に対しての怒りで不貞腐れた顔で話す彼へと彼女は大変なんだなと同情する。

「子猫ちゃんが気にするような事じゃないさ。でもいいよな。兄貴は自分の好きに生きられて。俺は伯爵家の跡取りになんなきゃいけないんだからさ。俺に全部面倒なこと押し付けやがってよ」

「ちょっと、小鳥さんに変な事吹き込まないでくれるかな」

その時誰かの声が聞こえそちらを見やると引きつった笑顔のフレイの姿があった。

「フレイさん?」

「何が変な事だよ。兄貴こそ本当のこと言われたからって怒るなよな」

「小鳥さんに言う事じゃないだろう」

火花を散らし合う二人の言い争いにアイリスは慌てて口を開く。

「ふ、二人とも落ち着いてください」

「子猫ちゃんに本当のこと言って何が悪いのさ」

「小鳥さんには関係のない事だろう。家の問題を話すんじゃないよ」

止めに入るアイリスの言葉が聞こえていないのか言い争いは激しさを増していく。

「え、ええっと……」

「お客様。他のお客様の迷惑になりますので言い争いなら外でお願いします」

困り果てた時に助け船のようにイクトが声をかけ仲裁する。

「これは、迷惑をかけるつもりはなかったのだけれど小鳥さん達ごめんね」

「子猫ちゃんごめんね。困らせてしまったようだ」

彼の言葉でようやく自分達が迷惑をかけていると気付いて二人は謝った。

「小鳥さん達が困っているから今日の所は引き下がってあげるよ」

「そりゃこっちの台詞だ。子猫ちゃんが困ってるから今日の所はやめてやるが、次会った時は覚悟しとけよ」

二人は睨み合い言い合うとアイリスの方へと向き直る。

「小鳥さん達迷惑をかけてすまなかったね」

「子猫ちゃん迷惑かけてごめんね」

「「……ふん!」」

二人はお互いを睨みやるとそっぽを向いて別々にお店から出て行く。

「……フレイさんとルークさん仲が良くないんですね」

「そうだね。まぁ、複雑な事情があるんだろうからそっとしておいてあげよう」

呆気にとられた顔でアイリスが言うとイクトも同意する。

「ルークさんフレイさんの弟さんだったんですね」

彼女はそう呟きながら納得する。

「でも、こんなこと言ったら二人には悪いですが。フレイさんとルークさんて似てますよね」

「そうだね。兄弟だなって俺も思ったよ」

二人して苦笑を零すと仕事に戻って行った。

それから翌日お店の扉が開かれフレイが部屋へと入って来る。

「小鳥さんこんにちは」

「あ、フレイさん。いらっしゃいませ、如何されましたか」

穏やかな微笑みを湛えた彼がアイリスへと声をかけると彼女はそちらへと近寄っていった。

「昨日は騒がせてお店に迷惑をかけてしまったからね。そのお詫びに来たんだ」

「昨日はビックリしましたが、ルークさんは弟さんだったんですね」

申し訳なさそうな顔で言われた言葉にアイリスは尋ねる。

「ああ。愚弟がこの店で何か迷惑をかけていないかな。もし何かあったらいつでも言ってね」

「ぐ、愚弟って……」

弟を愚弟と罵るフレイの様子にアイリスは苦笑いしか出なかった。

「これ、お詫びの品だよ。受け取ってもらえるかな」

「分かりました。わざわざ有難う御座います」

彼が言うと高級そうな紅茶の詰め合わせの箱を差し出す。お詫びの気持ちなのだからとそれを受け取るとお礼を言う。

「今日は詫びを言いに来ただけだからぼくはもう帰るね。それじゃあ、小鳥さんまた」

「はい。……フレイさんて相変わらずこういうところ律儀よね。気にしなくていいのに」

「やあ、子猫ちゃん。今日も可愛いね」

フレイが帰って行ってから直ぐに店の扉が開かれルークが入って来る。

「ルークさんいらっしゃいませ」

「今日は昨日の詫びをしにきたんだ。子猫ちゃんに迷惑をかけてしまったみたいだからな」

笑顔で出迎えると彼がそう言って近寄ってきた。

「これ、貰ってくれないかな」

「これって……こんな高価なもの頂くわけには」

そう言って彼が差し出してきたのは百%の純度で出来たダイヤモンドの指輪。そんなもの頂けないと言って首を振る。

「子猫ちゃんに迷惑かけた詫びがしたいんだ。是非貰ってくれないか」

「……分かりました。それでは頂きます」

断りづらい雰囲気に仕方なくその指輪を貰う。

「有り難う。今日は詫びをしに来ただけだからまたお店に顔出すな。じゃぁな」

「はぁ……この指輪如何しよう」

ルークが帰っていってしまった後掌にある指輪をどうしようかと悩む。

「とりあえず棚に仕舞っておけばいいかな」

そう結論付けると紅茶の箱を簡易台所へと持って行きイクトに説明する。

「そうか。フレイさんもルークさんも迷惑をかけたお詫びに来てくれたんだね。二人とも律儀だな」

「そうですよね。わざわざお詫びにこなくても気にしないのに」

「よっぽどアイリスに嫌われたくないのかもしれないね」

気にしなくていいのにと語る彼女へと彼がそう言って笑う。

「へ?」

「ははっ。アイリスのお店で迷惑をかけたくないんだろう。君の事をそれだけ慕ってくれているという事だ」

驚くアイリスにイクトが説明した。

「それは、どういう意味ですか?」

「う~ん、そうだな。このお店の事を気に入ってくれているってことだよ」

不思議そうな顔の彼女へと彼が苦笑して説明する。

そうして休憩を終えるとアイリスは作業部屋へイクトはカウンターでお客の相手をして過ごした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...