上 下
37 / 124
ライゼン通りのお針子さん3 ~誉れ高き職人達~

三章 妖精さんの訪問販売

しおりを挟む
 蒸し暑い夏が訪れたある日。仕立て屋の戸を叩く音に目を覚ましたアイリスは急いで一階へと駆け下り扉を開ける。

「はい……ってあれ?」

扉を開けた先には誰もおらずおかしいと思い首をかしげた。

「おい。どこ見てるんだよ。下だよ、下」

「……」

声が聞こえた方を見ると小さな男の子が立っていてアイリスは目を瞬く。

「おいらはポルトって言うんだ。お姉さんが店主のアイリスだよね。訪問販売に来たよ」

「訪問販売?」

営業スマイルを向ける少年に何を言っているんだろうといった感じで尋ねる。

「ソフィーから聞いてるだろう? 訪問販売についての説明」

「あ、もしかして貴方がソフィーさんの工房で働いているっていう方ですか」

ポルトの言葉にソフィーの話を思い出して納得したが、まさかこんな小さな子が来るとは思わずその姿をじっと見つめた。

「そうさ、こう見えても一人前の錬金術師だから泥船に乗ったつもりでまっかせてよ」

「それを言うなら大船に乗ったつもりでじゃないかな?」

その視線に気づいた少年が胸を張り言い切った言葉に訂正を入れる。

「そうそう。それ……それで、お姉さんこっちが納品の品だよ。それから何か依頼があればおいらに言ってね」

「届けてくれて有難う。でも。君が本当に依頼の品を作るの?」

「こう見えてもおいらはりっぱな大人なの。お姉さんよりもずっと長く生きているんだからね。そりゃ、ソフィーと比べたらまだまだ頼りないかもしれないけれど……でも立派な錬金術師だよ」

この子に依頼を頼むのは心配だなと思って見詰めていたことにポルトが気付きムッとした顔で説明した。

「そ、そうなんだ。ごめんね。それじゃあ何か頼みたいものがあった時はお願いするね」

「うん、分かった。それじゃおいらはこれで帰るよ。あ、そうそう。訪問販売は一週間のうちの最初の日に来るからその時に依頼したい事があったら伝えてね。次に来る時までに作って持ってくるから」

「分かった。週の初めの最初の日ね」

大事な事を言い忘れていたといった顔で説明する彼にアイリスは頷く。

「それじゃあお姉さんまたね」

「ソフィーさんのお店で働いているっていう人があんなに小さなポルト君だなんて、でも何年も生きているって感じだったな。ってことは彼も妖精さんとかなのかな?」

前にも妖精のウラティミスとかに会っているのでそうかもしれないと思い納得する。

「さて、少し早いけれどお店を開く準備を始めよう。まずはこれを運び込まないとね」

そう言うと店の前に積まれた箱を作業部屋へと持って行き在庫ごとに仕分けてしまう。

「これでよしっと。さあ、朝ごはん食べたら着替えてお店をオープンしないと。今日も一日頑張るぞ」

一人で意気込み気合を入れると二階へと上がり朝食を作って食べ制服に着替えるとまた降りてくる。

お店の掃除を済ませ扉にかかっている看板をオープンに変えた時にイクトがやって来た。

「アイリス、おはよう」

「おはようございます」

彼に気付いた彼女も笑顔で挨拶する。

「今日はいつもよりも早いようだね」

「今朝ソフィーさんの店で働いているポルト君が訪問販売に来たんです。それでちょっと早めに支度を済ませたので」

「そうか、それで今朝はいつもより早いんだね」

二人で話をしながら中へと入るとお客が来るまでの間にやれることを済ませた。

「アイリス、イクト様の足を引っ張っていなくって?」

「アイリスさんおはようございます。またわたくしの服を仕立てて頂きたいのですけれど」

開店して間もない時間帯にお店へと二人の客人が訪れる。マーガレットとイリスだ。

「あ、マーガレット様。イリス様いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

アイリスがカウンターからお店の中へと移動すると二人の前へと立つ。イクトも笑顔で出迎えた。

「イクト様おはようございます。アイリスの仕事ぶりを見に来ただけですので、お気になさらずイクト様はお仕事を続けていてくださいませ」

「イクト様おはようございます。今日はアイリスさんに仕立てを頼みに来ただけですので、用事がすみましたらすぐに帰りますわ」

マーガレットが答えるとイリスもイクトへと説明する。

「それで、イリス様。どのような服を仕立てれば宜しいでしょうか」

「夏に着る普段着を頼みたいのですわ。アイリスさんならわたくしに似合う服を仕立てて下さると思いますので、どのようなものを作るのかはお任せいたします」

「畏まりました」

ご令嬢の依頼を受け慣れた手つきで注文票へと記入するアイリス。

「アイリス、貴女大分ここでの仕事に慣れましたわね。最近じゃ失敗していた頃が懐かしいですわ」

「あははっ……私そんなにドジでしたか?」

マーガレットの言葉に苦笑して問いかけた。そんなにドジばかりだっただろうかと考える。

「ええ。わたくしが見ていないと何かやらかしそうなくらいには。でも、今ではもう立派なここの店主ですわね」

「それもこれもイクトさんやここに来てくださるお客様。皆様のおかげです」

笑顔で語られたその言葉にアイリスは感謝していると伝えた。

「まぁ、わたくしが協力してあげたのだから、当然ですわね」

「マーガレットさん。貴女だけではありません事よ。わたくしだってアイリスさんに協力していましてよ」

彼女が照れた顔で話すとイリスも自分もアイリスのためになっているといわんばかりに言い切る。

「勿論、マーガレット様やイリス様のおかげですよ。ここに来てくださるお客様皆さんに感謝してもしきれないです」

「イクト様の為ですものね。仕方ありませんから、これからもこの店に貴女の様子を見に来て差し上げてよ」

「わたくしもこれからもこのお店を贔屓にいたしますわ」

にこりと笑い言われた言葉に二人は照れた顔を隠すかのようにはにかみ告げた。

そうして令嬢達が帰った後に今度は団体のお客様がやって来る。彼等を引き連れているのはミュゥリアムだ。

「ここです。ここの店長さんガ腕がいい職人さんデす。ここで仕立てて貰えば間違いなしでス」

彼女の言葉にお客さん達が列となり順番に仕立てを頼む。それをイクトと二人で協力しながら対応していたらあっという間にお昼となった。

沢山の依頼を受けたアイリスは作業部屋へと籠り、注文された服を順番に仕立てていく。

「まずはイリス様の服よね。夏らしい服か……イリス様は大人な女性だからあんまり可愛すぎるのは似合わないわよね」

そう考えると落ち着いたシックなワンピースが良いだろうと思い生地を選び縫い上げる。

「出来た。これなら喜んでもらえるかな」

トルソーには水色の生地で出来たコクーンワンピース。首や袖はふんわりとした緩い感じなのに、腰はキュッと引き締まっていてシュリエットを浮かび上がらせる。これを見たらきっと喜んでもらえるだろうとアイリスは微笑む。

そうして出来上がったものを籠へとしまうと次の服を仕立てるため作業へと戻った。

こうして仕上げた品物を見てイリスも他のお客達も喜んだのは言うまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

私って何者なの

根鳥 泰造
ファンタジー
記憶を無くし、魔物の森で倒れていたミラ。テレパシーで支援するセージと共に、冒険者となり、仲間を増やし、剣や魔法の修行をして、最強チームを作り上げる。 そして、国王に気に入られ、魔王討伐の任を受けるのだが、記憶が蘇って……。 とある異世界で語り継がれる美少女勇者ミラの物語。

トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。

白雪なこ
ファンタジー
両親の怪我により爵位を継ぎ、トレンダム辺境伯となったジークス。辺境地の男は女性に人気がないが、ルマルド侯爵家の次女シルビナは喜んで嫁入りしてくれた。だが、初夜の晩、シルビナは告げる。「生憎と、月のものが来てしまいました」と。環境に慣れ、辺境伯夫人の仕事を覚えるまで、初夜は延期らしい。だが、頑張っているのは別のことだった……。 *外部サイトにも掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...