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ライゼン通りのお針子さん3 ~誉れ高き職人達~

一章 素敵なおじ様ご来店

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 華やかな春祭りも終わりを迎えのんびりとした雰囲気に戻ったライゼン通り。

アイリスとイクトも普段の生活に戻り始めていた頃お店の扉が開かれお客が訪れた事を知らせる鈴の音が響く。

「いらっしゃいませ、仕立て屋アリスへようこそ」

「失礼するよ……ふむ。店内は昔とさほど変わっていないようだな」

銀の髪を一本に束ねた燕尾服に派手な黄色の長袖の服。スーツのズボンそしてシルクハットをかぶったおかしな格好の男性が店内を見回し小声で独り言を零す。

「あの、本日はどのような御用でしょうか?」

(変わった格好のお客様だな。なんて失礼だよね)

尋ねながら内心で心の言葉を呟きアイリスはお客の側へと近寄る。

「あぁ、失礼。つい懐かしくて色々と見てしまっていた。君が店長のアイリス殿だね」

「はい。そうです。あの……どこかでお会いしたことありましたか?」

お客の言葉にどこかで会ったことがあっただろうかと首をひねった。

「アイリスお客様かな……おや。貴方がこのお店に尋ねてくるのは久しぶりですね」

「やあ、イクト君。こちらでは久しぶりだね。昔と比べて君も随分と落ち着いたな」

「ははっ。やめて下さい。俺も大人になりましたからね」

イクトと親しげに喋る男性にアイリスは疑問に思い口を開く。

「イクトさんのお知り合いですか?」

「これは自己紹介が遅れてすまない。わしはレオという。君に服を仕立ててもらいたくてね。この通りわしは服を選ぶセンスがまるでない。だから君が見たままわしに似合う服を作ってもらいたいのだ」

彼女の問いかけに彼が答えるとそのまま依頼をする。

「それは普段着という事ですか」

「そうなるな。頼めるかい?」

「はい。任せて下さい」

アイリスの問いかけに答えるレオの注文を承ったと言って頷く。

「レオさんの型紙なら確か持っていたと思うけど……と言っても随分と昔の物だから新しく作り直した方がよさそうだね」

「わしも大分年を取ったからな。イクトがまだお店を受け継いだころからだから大分体も変わったと思うぞ」

「イクトさんから昔の話とか聞いた事ないのですが、イクトさんはどんな青年だったんですか?」

話しを聞いていていつも気になっていたイクトの若いころの事が聞けるかもしれないと彼女は尋ねる。イクトが何事か言いたげな顔でレオを見詰めた。

「はははっ。アイリス殿が尊敬しているイクトの事を語るのは無粋というもの。お嬢さんが見たままの通りに受け止めておけばよいよ」

「はい?」

盛大に笑い言われた言葉の意味を理解できず疑問符を浮かべるアイリス。

「それよりも、寸法を測るのだろう。お願いできるかな」

「分かりました。こちらへどうぞ」

話を切り替えるように彼が言った言葉に試着室へと案内する。

「それでは急いで作ってくれとは言わないから、仕事の合間で構わない。出来た頃に取りに来る」

「畏まりました。……レオさんて変わった格好していましたが素敵なおじ様って感じですね」

「そうだね。昔はおじ様って感じではなかったが、大人になって落ち着いたようだ。……でも、子供もできて大人しくなったのだとばかり思っていたが、家を抜け出して町を出歩く癖は治っていなかったみたいだね。あのお二人はその血をしっかり受け継いだという事か」

彼の言葉にアイリスは不思議そうにイクトを見やった。

「さて、アイリス。レオさんの服だが、どう仕立てるのか考えはあるのかな」

「はい。レオさんを見ていて落ち着いた素敵なおじ様って感じだなって思ったのですが、貴族の方なのかな。育ちが良いように見えたんです。だから威厳と風格も醸し出すようなそんな服を仕立ててあげられたらと考えています」

問いかけられた言葉に見たままのお客に似合う服装についてを語る。

「うん、アイリスがそう捉えたのならその通りの服を仕立ててあげたらいいと思うよ。でも、レオさんも言っていた通りに急がなくていいから今週中に仕上げてしまわないといけないものから先に作ってしまうように」

「はい」

イクトの言葉に返事をするとアイリスは作業部屋へ彼は店番をしながら接客をして過ごす。

「よし、これで今週中に仕上げてしまわないといけないものは完成した。さて、次はレオさんの服よね」

そう呟くとデッサン画を描き始める。数分後に出来上がったそれを見ながら素材から布と糸とボダンを選ぶと早速型紙を起こし布に印をつけ裁断を始めた。

「よし、これで完成」

「お疲れ様。少し休憩しよう」

服を作り終えた時いつの間にか側に来ていたイクトが紅茶のカップを差し出してくる。

「あ、イクトさんレオさんの服が出来ました」

「うん。とても素敵な服が完成したね。俺もこれならレオさんが喜んでくれると思うよ」

トルソーには焦げ茶色の燕尾型のコートに留め具であるボタンは金色のライオンのマークが刻まれていて、中にはワイシャツと赤茶色のベストと黒茶色の細身のズボンがかけられていた。

それを見たイクトが微笑みこれなら満足してくれると話す。

「それにしてもアイリス。こんなにたくさんの注文が来ても一日で殆どの依頼の品を作れるようになるとは成長したね」

「イクトさんがお店番をしてくださっているおかげですよ。私一人だったらお店の方が気になってなかなか制作に集中できなくて上手くこなせないですから」

成長したと語る彼へとアイリスはイクトがいてくれるからこそだと慌てて話した。

「それじゃあ俺はこれからもアイリスが安心して服を作れるようにお店番を頑張らないとな」

「イクトさんたら……」

微笑み話す彼の言葉に彼女はおかしくてくすりと笑う。

そのやりとりから一カ月が経とうとしていた頃にレオがお店へと顔を出す。

「やあ。アイリス殿。依頼の品を取りに来たよ」

「いらっしゃいませ。少々お待ちください」

彼の言葉にカウンターの後ろにある棚から籠を取り出した。

「こちらになります」

「ほぅ。これはずいぶんと落ち着いた色合いだね。嫌いではない。さて、早速試着させてもらおう」

レオが言うと試着室へと入って行く。

「どう、でしょうか?」

「ふむ。なるほどこれはとても丁寧なつくりだな。上品でありながら動きやすい機能的な服で見た目も軽くてこれならば普段着て街を歩いてもよさそうだ。それにこの服なら誰もわしだと気付かないだろう。実に気に入った。アイリス殿有り難う」

「気に入って頂けて良かったです」

小声で呟いていた部分は聞こえなかったが大きな声で「気に入った」と言ってもらえ嬉しくて笑顔になる。

「さて、お会計を頼む」

「はい、伝票をお持ち致します。少々お待ちください」

カウンターへと戻ってきた彼が言うとアイリスは伝票を取りに動く。

「アイリス殿これからも時々顔を覗かせてもよろしいかな?」

「勿論です。またのご来店お待ちいたしております」

こうして仕立て屋アイリスにまた新しい常連が増えたのであった。
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