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ライゼン通りのお針子さん2 ~職人の誇り見せてみます~
十章 ご令嬢来店
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賑わいを見せた夏祭りも終わり、日常を取り戻したライゼン通り。仕立て屋アイリスも穏やかな日々を過ごしていたが、新たな波乱がアイリスの身に巻き起こらんとしていた。
「いらっしゃいませ。マーガレット様、今日は如何されましたか?」
「イクト様の足を引っ張っていないか見に来ましたの。……それからまた貴女にわたくしのドレスを作ってもらおうと思ってね。今度お友達の誕生日パーティーに呼ばれたのでその時に着ていく服をお願いしたいの」
いつものようにお店へとやって来たマーガレットが挨拶もそこそこにそう言って依頼する。
「畏まりました。どのような感じでお作りしましょうか?」
「そうね、デザインは貴女にお任せするわ。それから、主役の友人より目立たない色が好ましいと思うの。でもあまり地味な感じにはしないでちょうだいね」
「失礼します」
マーガレットの依頼を受けていると扉が開かれお高く留まった感じの女性が一人来店してきた。
「いらしゃいませ、仕立て屋アイリスへようこそ」
「……」
アイリスが声をかけたのに女性は鋭い眼差しで彼女を睨み付けるだけで挨拶もしない。
「おや、お嬢様。お久しぶりですね。本日はどのような御用で?」
「……貴女がアイリスさん?」
「は、はい。そうですが……」
イクトが声をかけると軽く会釈してからアイリスへと近寄りまるで品定めするかのように彼女の事を観察する。
「どのような女かと思って来てみたら……とんだ田舎娘じゃありませんこと。貴女イクト様のお店を乗っ取ろうとしても無意味ですわよ!」
「へっ。あ、あの何のお話でしょうか?」
鋭い眼差しで恐い顔をする女性の言葉の意味が理解できずアイリスはたじろぐ。
「イクト様のご厚意に甘んじて店長の座を乗っ取り、このお店を貴女のものにしようと企んでいるんでしょう。そんなことわたくしにはお見通しですわよ! 去年の世界お針子大会で一回優勝したくらいの実力で天狗になっているじゃなくって? はなはだ勘違いもいいところですわ。貴女みたいな人がこの店にいるだけで、イクト様のお店の品質が落ちますの。さっさと荷物をまとめてこの国から出て行っておしまい」
「!?」
きつい口調で言い放つ女性の言葉にアイリスは衝撃を受けて固まる。
「お嬢様……アイリスはこのお店の店長として俺が認めた人材です。このお店の店長を決めるのも俺の自由。その事について口出しするのは良くない事だと思いますが」
「イクト様はご自分のお店をこんなどこの馬の骨とも分からない女狐に乗っ取られても平気だと言いますの? イクト様がこのお店を経営しているからこそ価値があるんですのよ」
流石にイクトも止めに入るが彼女は機嫌を直すことなく彼を説得するように話した。
「さっきから黙って聞いていたら……貴女、アイリスに謝ってくださいな。アイリスの事よく知りもしないくせに、そんな横暴な事言うなんて失礼にもほどがありますわ」
「あら、どなたかと思えば、マーガレットさんではありませんか。貴女も貴女ですわよ。イクト様ファンクラブの会員でありながらこの女が店長を務めるお店に入り浸るだなんて、イクト様ファンクラブの名が恥じますわ」
今まで黙ってやり取りを聞いていたマーガレットがいてもたってもいられなくなった様子で口を開くと、彼女の存在に気付いた女性がいやらしい笑みを浮かべて言い放つ。
「わたくしの事を悪く言うのは構いませんわ。でも、アイリスに言った言葉を撤回なさい」
「やめて、止めて下さい! ……お嬢様。私の事が気に入らないのならいくらでも罵ってくださってかまいません。でも、ここに来るお客様に対しての無礼はお止め下さい」
お客とマーガレットが険悪な状況になる様子を黙ってみていられずアイリスは止めに入った。
「まぁ、店長気取りの田舎娘がわたくしに口答えだなんて許しませんわよ」
「……分かりました。では、私にお嬢様の服を作らせてください。その服の出来を見てこのお店にふさわしくないと思うのならば私はこのお店から出て行きます」
女性が更に不機嫌になると冷たく言葉を放つ。それに静かな口調で彼女は答えた。
「アイリス!?」
「……」
マーガレットが驚く横でイクトはアイリスの顔を黙って見詰めた。
「言いましたわね。分かりました。貴女にわたくしのドレスを作ってもらいます。そうね、秋冬に着るコートでも仕立ててもらいましょうかしら。……この紙に書いた素材で作って頂戴。ただし明日の朝までにわたくしが納得のいく品が出来なかったその時はこの国から出て行ってもらいますからそのつもりで」
「はい……分かりました」
女性が言うと紙に走り書きをしたものを突き出してくる。それを受け取るとその依頼を了承した。
「では、イクト様お騒がせして申し訳ございません。……ご機嫌よ」
「アイリス、貴女ご自分の言葉の意味が解っていて? 一度言った言葉は撤回できませんのよ。分かっているの? もしこの勝負に負けたら貴女はこの国から出て行かなくてはならないのよ」
女性が出て行った途端マーガレットがアイリスへと感情をむき出しにして怒る。
「分かっています。……でも、これ以上マーガレット様とお客様がもめる姿を見ていられなくて……それに、私マーガレット様との勝負にも勝ったんです。だから今度も負けないように頑張ればいいだけです」
「あ、あの時は貴女の事をよく知らなかったから……でも、今は違いましてよ。アイリスは誰よりもお客様のためを思い一針一針丁寧に縫い上げて仕上げてく。そこに職人の誇りと、優しさや温もりを感じますの。ですから、わたくし今は貴女の作る服がその……大好きですの。だから……」
にこりと笑い言われた言葉に彼女は頬を赤らめながら説明するように話すも途中で尻つぼみになり俯く。
「マーガレット様……有難う御座います」
「さっきの方は、イリスって言ってね。イクト様ファンクラブを立ち上げた創生者の一人ですの。イクト様のお店に若い女の子が店長になったって話が、ファンクラブ中でも噂になってましたので、何か問題を起こすんじゃないかって思ってはいましたが……」
そんなマーガレットへと優しく微笑みアイリスが言う。彼女は少しだけ元気を取り戻したようで顔を上げると、杞憂であってほしいと思っていたことが本当に起こってしまったと説明する。
「お嬢様。心配して下さり有り難う御座います」
「……ほかならぬイクト様のためですものね。わたくしも協力いたしますわ。その紙に書いてある素材の布は市場には卸されていませんの。それを知っていてこの素材を選んだんだと思うわ。だからわたくしが調達してさしあげます。丁度今日わたくしの家に行商人がきますの。ですから素材集めはわたくしに任せて、貴女はコートのデザインでも考えて待っていてくださいな」
「有難う御座います。私、頑張ります」
マーガレットは言うが早いか早速家へと戻って行き、アイリスもコートのデザインを考える。
そうしてデザインを考え終えた頃にマーガレットが素材を持ってお店へとやって来た。
「……どうかしら、この素材であの女の鼻を明かせるかしら?」
「有難う御座います。……では、さっそく」
「俺も手伝うから、頑張って」
彼女の言葉にアイリスは素材を受け取ると早速作業台の上へと布を置いた。
イクトもそう言うと二人で作業を始める。
「ふふ。やっぱりアイリスはやればできますのね。これならあの女の鼻を明かせると思いましてよ」
三時間後に出来上がったそれを見たマーガレットが不敵に笑い言った。
トルソーには出来上がったばかりの品の良いグレー色のダッフルコートがかけられており、襟首には黒色のボアがついていて、コートを止めるボタンは象牙で出来ていた。
「イリスさんは大人な女性のイメージがあったので、落ち着いた感じに仕上げてみたんです」
「相変わらずその観察眼だけはずば抜けていましてね。あの状況下でよくそこまで見る事ができましてね……」
アイリスの言葉に飽きれと感心とか入り混じった声音でマーガレットが呟く。
「明日、イリスがどんな顔をするのか楽しみですわね」
「マーガレット様、何だか巻き込んでしまったようで申し訳ないです」
お嬢様の言葉に彼女は申し訳なさそうに謝った。
「気になさらないで。わたくしがわたくしの意志でした事ですから」
「お嬢様……本当にありがとうございます」
マーガレットの言葉にイクトもお礼を言って頭を下げる。
「い、イクト様のためでもありますもの。わたくしにできることなら何でもしたいんですわ」
途端に頬を赤らめ照れる彼女の様子に二人は優しく微笑んだ。
そうして翌日の朝。お店が開店すると同時にご令嬢が来店する。
「荷物はちゃんとまとめておいたのでしょうね?」
「その前に、アイリスが作った服を見てやってください」
「……まぁ、イクト様がそうおっしゃるなら見るだけですわよ」
今すぐにでも出て行けと言わんばかりの女性へとイクトがやんわりと止めるように話す。
その言葉に彼女は言うとアイリスへと向けてさっさと品を持って来いと顎で指示を出した。
「こちらになります」
「……まぁ、見た目は悪くありませんわね。素材もちゃんとわたくしが頼んだもので作られているようですし」
彼女がご令嬢へとコートを差し出すと、それを手に取り広げた女性が呟く。
「イリス。試着して見なさいな。どんな服でも試着してみない事には納得がいかないでしょうから」
「まぁ、そうですわね。これを着ればすぐに腕前が分かりますものね。……あぁ、着た瞬間破けなければいいのだけれど。まあ、田舎娘が作った服ですから心配ですわ」
「ここで言葉を吐き連ねていてもしかたないでしょ。さあ、早く試着してきてくださいな」
マーガレットの言葉に彼女もそれもそうだと言いながらも不安だとぼやく。
その様子に眉を跳ね上げ早くしろといいたげに彼女が言うと令嬢はようやく試着室へと入っていった。
「いかがでしょうか?」
「……まぁ、着心地は悪くはありませんわ。……って、あら、これよく見たらダッフルコートじゃありません事?」
恐る恐るアイリスが尋ねると試着室の中から女性が驚いた声で問いかけてきた。
「はい。お客様はとてもスマートでスタイルもいいですし、大人な女性だなと感じましたので……」
「ダッフルコートなんてわたくしには似合わないと思ってましたけれど、その、悪くありませんことね。わたくしの雪の様な白く美しい肌と輝くような髪の色はいつもどのコートを着てもぼやけてしまっていたのだけれど、このコートの形と色合いがわたくしの肌の色や髪の色を引き立たせてくれていて、襟首に付いたボアの黒が首のラインをしっかりと隠してくださいますし……その、気に入りましてよ」
アイリスが説明すると試着室からコートを着て出てきた女性が満面の笑みを浮かべて熱のこもった声で力説する。
「あら、アイリスの事をさんざん罵っていたくせに、ずいぶんとあっさりと手のひらを返しますのね」
「……ひ、人は見かけによらないと今日学びましたわ。それに、アイリスさんが作る服は全て手縫いなんですわよね? 手縫いでここまでの品質のものができるなんて、わたくし感激いたしましたわ。アイリスさん。貴女への非礼はお詫びいたします。これからもこの仕立て屋アイリスで、店長として働いていって下さいませ」
マーガレットの言葉に彼女は慌てて答えるとアイリスへと向きやり微笑み語る。
「はい! 頑張ります」
「わたくしはイリス・ロット・ホワイル。ホワイル家の三女ですわ。また、貴女に服を仕立ててもらうこととなると思いますので、覚えて頂けると嬉しいですわ」
「はい。イリス様。これからも仕立て屋アイリスをぜひともごひいきにしてください」
こうして仕立て屋アイリスに再び巻き起こった騒動は一件落着し、アイリスのファンがまた一人増えたのであった。
後日イリスがアイリスファンクラブを立ち上げたのだが、それをアイリス本人が知ることはない。
「いらっしゃいませ。マーガレット様、今日は如何されましたか?」
「イクト様の足を引っ張っていないか見に来ましたの。……それからまた貴女にわたくしのドレスを作ってもらおうと思ってね。今度お友達の誕生日パーティーに呼ばれたのでその時に着ていく服をお願いしたいの」
いつものようにお店へとやって来たマーガレットが挨拶もそこそこにそう言って依頼する。
「畏まりました。どのような感じでお作りしましょうか?」
「そうね、デザインは貴女にお任せするわ。それから、主役の友人より目立たない色が好ましいと思うの。でもあまり地味な感じにはしないでちょうだいね」
「失礼します」
マーガレットの依頼を受けていると扉が開かれお高く留まった感じの女性が一人来店してきた。
「いらしゃいませ、仕立て屋アイリスへようこそ」
「……」
アイリスが声をかけたのに女性は鋭い眼差しで彼女を睨み付けるだけで挨拶もしない。
「おや、お嬢様。お久しぶりですね。本日はどのような御用で?」
「……貴女がアイリスさん?」
「は、はい。そうですが……」
イクトが声をかけると軽く会釈してからアイリスへと近寄りまるで品定めするかのように彼女の事を観察する。
「どのような女かと思って来てみたら……とんだ田舎娘じゃありませんこと。貴女イクト様のお店を乗っ取ろうとしても無意味ですわよ!」
「へっ。あ、あの何のお話でしょうか?」
鋭い眼差しで恐い顔をする女性の言葉の意味が理解できずアイリスはたじろぐ。
「イクト様のご厚意に甘んじて店長の座を乗っ取り、このお店を貴女のものにしようと企んでいるんでしょう。そんなことわたくしにはお見通しですわよ! 去年の世界お針子大会で一回優勝したくらいの実力で天狗になっているじゃなくって? はなはだ勘違いもいいところですわ。貴女みたいな人がこの店にいるだけで、イクト様のお店の品質が落ちますの。さっさと荷物をまとめてこの国から出て行っておしまい」
「!?」
きつい口調で言い放つ女性の言葉にアイリスは衝撃を受けて固まる。
「お嬢様……アイリスはこのお店の店長として俺が認めた人材です。このお店の店長を決めるのも俺の自由。その事について口出しするのは良くない事だと思いますが」
「イクト様はご自分のお店をこんなどこの馬の骨とも分からない女狐に乗っ取られても平気だと言いますの? イクト様がこのお店を経営しているからこそ価値があるんですのよ」
流石にイクトも止めに入るが彼女は機嫌を直すことなく彼を説得するように話した。
「さっきから黙って聞いていたら……貴女、アイリスに謝ってくださいな。アイリスの事よく知りもしないくせに、そんな横暴な事言うなんて失礼にもほどがありますわ」
「あら、どなたかと思えば、マーガレットさんではありませんか。貴女も貴女ですわよ。イクト様ファンクラブの会員でありながらこの女が店長を務めるお店に入り浸るだなんて、イクト様ファンクラブの名が恥じますわ」
今まで黙ってやり取りを聞いていたマーガレットがいてもたってもいられなくなった様子で口を開くと、彼女の存在に気付いた女性がいやらしい笑みを浮かべて言い放つ。
「わたくしの事を悪く言うのは構いませんわ。でも、アイリスに言った言葉を撤回なさい」
「やめて、止めて下さい! ……お嬢様。私の事が気に入らないのならいくらでも罵ってくださってかまいません。でも、ここに来るお客様に対しての無礼はお止め下さい」
お客とマーガレットが険悪な状況になる様子を黙ってみていられずアイリスは止めに入った。
「まぁ、店長気取りの田舎娘がわたくしに口答えだなんて許しませんわよ」
「……分かりました。では、私にお嬢様の服を作らせてください。その服の出来を見てこのお店にふさわしくないと思うのならば私はこのお店から出て行きます」
女性が更に不機嫌になると冷たく言葉を放つ。それに静かな口調で彼女は答えた。
「アイリス!?」
「……」
マーガレットが驚く横でイクトはアイリスの顔を黙って見詰めた。
「言いましたわね。分かりました。貴女にわたくしのドレスを作ってもらいます。そうね、秋冬に着るコートでも仕立ててもらいましょうかしら。……この紙に書いた素材で作って頂戴。ただし明日の朝までにわたくしが納得のいく品が出来なかったその時はこの国から出て行ってもらいますからそのつもりで」
「はい……分かりました」
女性が言うと紙に走り書きをしたものを突き出してくる。それを受け取るとその依頼を了承した。
「では、イクト様お騒がせして申し訳ございません。……ご機嫌よ」
「アイリス、貴女ご自分の言葉の意味が解っていて? 一度言った言葉は撤回できませんのよ。分かっているの? もしこの勝負に負けたら貴女はこの国から出て行かなくてはならないのよ」
女性が出て行った途端マーガレットがアイリスへと感情をむき出しにして怒る。
「分かっています。……でも、これ以上マーガレット様とお客様がもめる姿を見ていられなくて……それに、私マーガレット様との勝負にも勝ったんです。だから今度も負けないように頑張ればいいだけです」
「あ、あの時は貴女の事をよく知らなかったから……でも、今は違いましてよ。アイリスは誰よりもお客様のためを思い一針一針丁寧に縫い上げて仕上げてく。そこに職人の誇りと、優しさや温もりを感じますの。ですから、わたくし今は貴女の作る服がその……大好きですの。だから……」
にこりと笑い言われた言葉に彼女は頬を赤らめながら説明するように話すも途中で尻つぼみになり俯く。
「マーガレット様……有難う御座います」
「さっきの方は、イリスって言ってね。イクト様ファンクラブを立ち上げた創生者の一人ですの。イクト様のお店に若い女の子が店長になったって話が、ファンクラブ中でも噂になってましたので、何か問題を起こすんじゃないかって思ってはいましたが……」
そんなマーガレットへと優しく微笑みアイリスが言う。彼女は少しだけ元気を取り戻したようで顔を上げると、杞憂であってほしいと思っていたことが本当に起こってしまったと説明する。
「お嬢様。心配して下さり有り難う御座います」
「……ほかならぬイクト様のためですものね。わたくしも協力いたしますわ。その紙に書いてある素材の布は市場には卸されていませんの。それを知っていてこの素材を選んだんだと思うわ。だからわたくしが調達してさしあげます。丁度今日わたくしの家に行商人がきますの。ですから素材集めはわたくしに任せて、貴女はコートのデザインでも考えて待っていてくださいな」
「有難う御座います。私、頑張ります」
マーガレットは言うが早いか早速家へと戻って行き、アイリスもコートのデザインを考える。
そうしてデザインを考え終えた頃にマーガレットが素材を持ってお店へとやって来た。
「……どうかしら、この素材であの女の鼻を明かせるかしら?」
「有難う御座います。……では、さっそく」
「俺も手伝うから、頑張って」
彼女の言葉にアイリスは素材を受け取ると早速作業台の上へと布を置いた。
イクトもそう言うと二人で作業を始める。
「ふふ。やっぱりアイリスはやればできますのね。これならあの女の鼻を明かせると思いましてよ」
三時間後に出来上がったそれを見たマーガレットが不敵に笑い言った。
トルソーには出来上がったばかりの品の良いグレー色のダッフルコートがかけられており、襟首には黒色のボアがついていて、コートを止めるボタンは象牙で出来ていた。
「イリスさんは大人な女性のイメージがあったので、落ち着いた感じに仕上げてみたんです」
「相変わらずその観察眼だけはずば抜けていましてね。あの状況下でよくそこまで見る事ができましてね……」
アイリスの言葉に飽きれと感心とか入り混じった声音でマーガレットが呟く。
「明日、イリスがどんな顔をするのか楽しみですわね」
「マーガレット様、何だか巻き込んでしまったようで申し訳ないです」
お嬢様の言葉に彼女は申し訳なさそうに謝った。
「気になさらないで。わたくしがわたくしの意志でした事ですから」
「お嬢様……本当にありがとうございます」
マーガレットの言葉にイクトもお礼を言って頭を下げる。
「い、イクト様のためでもありますもの。わたくしにできることなら何でもしたいんですわ」
途端に頬を赤らめ照れる彼女の様子に二人は優しく微笑んだ。
そうして翌日の朝。お店が開店すると同時にご令嬢が来店する。
「荷物はちゃんとまとめておいたのでしょうね?」
「その前に、アイリスが作った服を見てやってください」
「……まぁ、イクト様がそうおっしゃるなら見るだけですわよ」
今すぐにでも出て行けと言わんばかりの女性へとイクトがやんわりと止めるように話す。
その言葉に彼女は言うとアイリスへと向けてさっさと品を持って来いと顎で指示を出した。
「こちらになります」
「……まぁ、見た目は悪くありませんわね。素材もちゃんとわたくしが頼んだもので作られているようですし」
彼女がご令嬢へとコートを差し出すと、それを手に取り広げた女性が呟く。
「イリス。試着して見なさいな。どんな服でも試着してみない事には納得がいかないでしょうから」
「まぁ、そうですわね。これを着ればすぐに腕前が分かりますものね。……あぁ、着た瞬間破けなければいいのだけれど。まあ、田舎娘が作った服ですから心配ですわ」
「ここで言葉を吐き連ねていてもしかたないでしょ。さあ、早く試着してきてくださいな」
マーガレットの言葉に彼女もそれもそうだと言いながらも不安だとぼやく。
その様子に眉を跳ね上げ早くしろといいたげに彼女が言うと令嬢はようやく試着室へと入っていった。
「いかがでしょうか?」
「……まぁ、着心地は悪くはありませんわ。……って、あら、これよく見たらダッフルコートじゃありません事?」
恐る恐るアイリスが尋ねると試着室の中から女性が驚いた声で問いかけてきた。
「はい。お客様はとてもスマートでスタイルもいいですし、大人な女性だなと感じましたので……」
「ダッフルコートなんてわたくしには似合わないと思ってましたけれど、その、悪くありませんことね。わたくしの雪の様な白く美しい肌と輝くような髪の色はいつもどのコートを着てもぼやけてしまっていたのだけれど、このコートの形と色合いがわたくしの肌の色や髪の色を引き立たせてくれていて、襟首に付いたボアの黒が首のラインをしっかりと隠してくださいますし……その、気に入りましてよ」
アイリスが説明すると試着室からコートを着て出てきた女性が満面の笑みを浮かべて熱のこもった声で力説する。
「あら、アイリスの事をさんざん罵っていたくせに、ずいぶんとあっさりと手のひらを返しますのね」
「……ひ、人は見かけによらないと今日学びましたわ。それに、アイリスさんが作る服は全て手縫いなんですわよね? 手縫いでここまでの品質のものができるなんて、わたくし感激いたしましたわ。アイリスさん。貴女への非礼はお詫びいたします。これからもこの仕立て屋アイリスで、店長として働いていって下さいませ」
マーガレットの言葉に彼女は慌てて答えるとアイリスへと向きやり微笑み語る。
「はい! 頑張ります」
「わたくしはイリス・ロット・ホワイル。ホワイル家の三女ですわ。また、貴女に服を仕立ててもらうこととなると思いますので、覚えて頂けると嬉しいですわ」
「はい。イリス様。これからも仕立て屋アイリスをぜひともごひいきにしてください」
こうして仕立て屋アイリスに再び巻き起こった騒動は一件落着し、アイリスのファンがまた一人増えたのであった。
後日イリスがアイリスファンクラブを立ち上げたのだが、それをアイリス本人が知ることはない。
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