上 下
22 / 124
ライゼン通りのお針子さん2 ~職人の誇り見せてみます~

九章 夏祭り本番

しおりを挟む
 あっという間に日数は過ぎ去り今日はいよいよ夏祭り本番。ライゼン通りも今日は屋台を出したり催し物をしたりと大忙し。

「よう、仕立て屋アイリスのお二人さん。お祭り楽しんでるか?」

「あ、貴方は……」

飲み物や食べ物を売るお手伝いをしているアイリスとイクトへと誰かが声をかけてくる。

その声に顔をあげてそちらを見ると男の人が立っていた。

「ん? そう言えばまだ名乗ってなかったか? オレはマクモだ」

「マクモさん。その服を着て下さったんですね」

男性がにこりと笑い自己紹介すると彼女も嬉しそうに微笑む。

「当たり前だろう。アイリスがオレにぴったりな服を仕立ててくれたってのに、着ないなんてもったいないからな」

胸下までの徳利タイプの肩だしの服の上には燃えるほどに真っ赤なロングコートを羽織り、ガウチョパンツは黒い生地に燃え上がる炎の柄が描かれている。その服を着ている彼こそ仕立て屋アイリスで服を頼んだ男性……マクモであった。

「ラストには花火があがるらしいから、あんた達も仕事ばっかしてないでどこか適当に切り上げて花火見ろよ」

「はい、有難う御座います」

彼の言葉にアイリスは返事をする。

「お、そうだ。噴水広場で踊り子のねぇちゃんが踊りを披露するらしい。見に行ってやったらどうだ」

「あ、そういえばミュウさん噴水広場で踊るから良かったら見に来てって言ってましたね」

マクモの言葉に彼女は隣にいるイクトへと顔を向けた。

「そうだったね。だけど、ここを抜けるわけには……アイリス一人で行っておいで」

「え、でもイクトさんだけ働かせるのは……」

「オレがここ見ててやるから二人で行って来いよ」

彼の言葉にアイリスは困った顔で躊躇う。その様子にマクモがにこりと笑い言った。

「え、でもお客さんを働かせるわけには」

「気にすんなって。オレもこの国に住む一人だ。だからこの国の人達のために何かしてやりたいんだよ」

断ろうとする彼女へと彼が笑顔を崩さずそう話す。

「それでは、お願いします。アイリス、ここは彼に任せて少し休憩しよう」

「そうですね。マクモさんお願いします」

「おう。祭り楽しんで来いよ」

イクトがマクモの好意を受け取るとアイリスへと声をかける。彼女も頷くとここは彼に任せてミュゥリアムの踊りを見に広場へと行くことにする。

歩き去っていく二人へと向けてマクモが声をかけ見送った。

噴水広場へとやって来るとメイン会場というだけあり人でにぎわっていて、人混みの中を掻き分けステージ前へとやって来る。

「それでは皆様お待たせいたしました。ミュゥリアムさんによるダンスと演奏家であるフレイさんによるコラボステージをお届けいたします」

「え、フレイさんとミュウさんが一緒のステージに?」

「これは凄いステージになりそうだな」

司会者の言葉にアイリスが驚いているとイクトも小さく笑い呟く。

「皆さん、こんばんは。今日ハ私の踊り見て楽しんデいって下さい」

「ぼくの演奏も聴いてくれると嬉しいな」

舞台へとミュゥリアムがやって来ると反対側からフレイが来て椅子に座る。すると彼へと向けて女性陣の黄色い悲鳴が巻き起こった。

「すごい人気……」

「フレイさんはカッコいいから女性の人達に人気なのかもしれないね」

その様子に呆気にとられ呟く彼女へとイクトが相槌を打った。

「それにしても、ミュウさんの衣装。とってもよく似合っている。流石だね」

「ミュウさんの魅力を引き出せるように考えて作りましたから」

彼がミュゥリアムの衣装を見て言うとアイリスもにこりと笑い話した。

ベリーダンスの衣装のような作りとなっていて、首紐タイプで胸下までの短さの服にフレアが段になったタイプの巻きスカート。その短い裾からほっそりとした足が伸びていて、手首には反対側が透けて見えるほどに薄いリボンを巻きつけている。彼女が動くたびにひらひらとリボンが舞って綺麗だ。首には銀で出来たアクセサリーをつけている。

ミュゥリアムはまるで自分が着ている服を見せつけるかのように踊り、観客達を魅了していく。

フレイが奏でる優しい音色に激しい踊りという対極に観客達はすっかり引き込まれていった。

踊りが終わると暫くの間静寂が会場内を包む。そして溢れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

「ミュゥリアムさんとフレイさんでした」

司会者の言葉に再び溢れんばかりの喝采が起こる。

「凄いステージでしたね」

「そうだね」

「あ、やっぱり……アイリスさん、イクトさん」

興奮した様子で話すアイリスへとイクトが同意する。その時背後から誰かに声をかけられ振り返った。

「あ、シュテナ様、ジョン様にジャスティンさんも」

「お会いできて良かった。ずっとアイリスさんに会いたいと思っていたんです」

振り向いた先にいた三人へと彼女は笑顔になり駆け寄る。

ジョルジュが微笑み言うとアイリスは疑問符を浮かべた。

「貴女に仕立ててもらった礼服のおかげで、来賓の皆さんから素敵な服だと褒められまして。こんなに素敵な服を仕立てていただいたお礼が言いたいと思っていたんです」

「わたしもお礼が言いたいと思ってずっと探していたんですよ」

「アイリスが仕立ててくれた隊服を国王様も気に入ってくれてな。私からもお礼を言わせてもらえないか」

「そんな、お礼なんて。皆さんが喜んでくれただけで私は満足ですから」

三人の言葉にアイリスは慌てて答える。

シュテリーナは薄桃色の肩出しの半そでのドレスに腰はキュッと引き絞られていてふんわりとしたスカートの中にはワイヤーパニエを履いている。胸元にはサファイアのブローチが煌いていた。

ジョルジュはイギリス式の正装の水色のスーツで、首元は白いリボン。金のボタンは王家の家紋が刻まれている。

ジャスティンは目に生える青色のマントには騎士団のマークが刻まれていて立ち襟の縁には金色のラインが入り、腕の飾りボタンにはライオンの姿が模られていた。

三人ともこの服を気に入っており、アイリスに頼んでよかったと思っているのである。

「これから王宮の庭で花火を上げる前の挨拶をやりますの」

「アイリスさんとイクトさんには特別席を用意してますので、そこで花火を鑑賞して下さい」

「……また、勝手にそんなことを」

シュテリーナが言うとジョルジュも話す。その言葉を聞いていたジャスティンが小さく溜息を吐き出したが、特に言及する気はないらしく黙り込む。

「そんな、特別席なんて……」

「アイリス、感謝の気持ちなのだからむげに断っては失礼だと思うよ」

慌てて断ろうとするアイリスへとイクトがそっと止めるように話す。

「そうですよね。ジョン様とシュテナ様のご厚意ですよね。分かりました」

「そう言って頂けて嬉しいです。さあ、ご案内しますね」

「必要な物がありましたら言ってください。こちらで用意いたしますので」

彼女の言葉に嬉しそうに微笑んだ二人がそう言いながら道案内する。

そうしてアイリスとイクトは王宮の庭の一番花火が見える特等席で花火を鑑賞し、夏祭りを楽しんだのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

最悪から始まった新たな生活。運命は時に悪戯をするようだ。

久遠 れんり
ファンタジー
男主人公。 勤務中体調が悪くなり、家へと帰る。 すると同棲相手の彼女は、知らない男達と。 全員追い出した後、頭痛はひどくなり意識を失うように眠りに落ちる。 目を覚ますとそこは、異世界のような現実が始まっていた。 そこから始まる出会いと、変わっていく人々の生活。 そんな、よくある話。

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...