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ライゼン通りのお針子さん2 ~職人の誇り見せてみます~
五章 結婚式の花嫁衣装
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長雨が続きいい加減晴れてくれないかなって思い始めたある日。お店に新しいお客がやって来た。
「失礼します……」
「いらっしゃいませ――!?」
厳かな声で女性が入って来ると、アイリスが作業部屋から顔を出しいつものように挨拶しようとしたが、そのお客の姿に目を見張り、口を半開きにして驚く。
(見た事ない服。それにあの髪の毛どうなってるんだろう?)
「アイリス? お客様が困ってるよ」
彼女が内心で声をあげ考え込んでいると、在庫の整理を終えて戻ってきたイクトが不思議そうにアイリスへと声をかける。
「あ……いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」
「わらわはカヨコ。仕事の関係でこの国へと訪れた時、素敵な殿方に出会いましてねぇ。そんで今度その殿方と結婚式をあげる事になってますの。……でも、わらわはこのような着物しか持っていません。せっかく異国の地で結婚式を挙げるのですから、今まで着た事のないようなとびっきりの花嫁衣装を着て、あの方を喜ばせてあげたいんです」
(カヨコさん? 聞きなれない名前だ。異国の人か。ミュウさんとはまた違う国の人みたいだけどどこの国の人だろう?)
カヨコと名乗った女性が自分の着ている真っ赤な生地に花がちりばめられている着物という服を見せながら説明した。
その話を聞きながらアイリスは見たこともない異国の服をじっと見つめ、女性の姿を観察する。
(顔の色も白いし、唇は小さくてきれいな紅色だ。お化粧してるからかな?)
「それで、貴女の噂を聞いて花嫁衣装を仕立ててもらえないかと思いこうしてお尋ねした次第であります」
アイリスが内心で呟いているとカヨコがそう言ってお願いした。
「分かりました。では寸法を測らせて頂きますね」
「えぇ。宜しゅうお願いします」
すぐに笑顔で受け答えると女性を連れて試着室へと入る。そこで寸法を測るとカヨコはもう一度お願いしますと頭を下げて店を出て行った。
「カヨコさん不思議な人でしたね」
「そうだね。彼女が着ていた“着物”という服だけど、俺も昔本の中で見たことがある。たしか海の向こうの大陸の更にその向こうの小さな島国。その国の人達の民族衣装だったと思う」
お客が出て行ったドアを見詰めながらアイリスがイクトへと声をかける。それに彼が返事をして昔本で見たと言って説明する。
「そんな遠くから、仕事のためだとしてもこの国に女の人一人で来るなんて大変だったでしょうね」
「一人かどうかはわからないよ? さすがに女性が一人だけでこの国まで旅してくるってことはないと思うし……」
驚いて彼女が言うとイクトが笑って答えた。
「そうですよね。私早速カヨコさんに頼まれた花嫁衣装のデザインを考えてきます」
「うん。頑張って」
その言葉にアイリスも納得し笑うと寸法を書いたメモを手に作業部屋へと向かう。
イクトも笑顔で見送ると暇を持て余すように店内の清掃をするため道具入れへと向かっていった。
「カヨコさん……異国の地にぴったりな今までに着た事のない花嫁衣装をって言ってたけど、でもカヨコさんが着ていた着物って服もとても素敵だったな……そうだ!」
デザイン画を考えながら独り言を呟いていた彼女は、良いアイデアが思い浮かび筆を走らせる。
「……うん。これでいこう」
そう呟くと早速生地とレースと糸を選びに素材の山へと向かった。
「純白のアンゴラストームンの布に白のムゥームゥーのレース。それからカイコウロウの絹糸」
手際よく素材を選び出すと作業台へと乗せる。寸法を取ったメモを見ながら型紙を起こし、作り上げたそれを布へと当て印をつけ裁断して縫い合わせていく。
そうして作業を続け気が付くと三時間が経過していた。
「できた。イクトさん見て下さい! カヨコさんの花嫁衣装が出来ました」
「お疲れ。これは……うん、とっても素敵だと思う。このデザインお客様の着ていた着物をモチーフにして作ったんだね」
トルソーへと花嫁衣装を着せて最後の仕上げを終えたアイリスが大きな声で隣にいるイクトを呼ぶ。
その声に導かれるように彼が部屋へと入って来ると、花嫁衣装を見て驚いた後微笑みそう言った。
トルソーに着せられた花嫁衣装は着物と洋装を合わせた作りになっていて、胸元はチャイナドレスの様な立ち襟になっていて、首から胸上ぐらいまでぱっくりと開いていた。胸元にはレースをあしらっている。肩出しの腕は振袖になっていて袖の部分にもレースをふんだんに使っていた。引きずるように長い渦巻き状のスカートには白いバラの刺繍とレースが使われている。
「はい。カヨコさんの着物姿とっても素敵だったので、なんとか複合できないかと思い、こういう感じに仕上げてみました」
「うん。これならきっとカヨコさんも気に入ってくれると思うよ」
自信満々な笑顔で答える彼女の姿に誇らしげに思いながらイクトが優しい口調で同意した。
そうして花嫁衣装が出来上がった三日後にカヨコがお店へと訪れる。
「こんにちは。この間お頼みした花嫁衣装を取りにまいりました」
「いらっしゃいませ。今お持ち致します。……アイリス」
「はい。こちらになります」
お客の言葉にカウンター越しからアイリスを呼ぶと、店内の棚の整理をしていた彼女が直ぐに返事をして品物を持ってきた。
「こちらが、ご依頼いただいた花嫁衣装になります」
「まぁ、純白……わらわの国の花嫁衣装もやはり白色なんです。ですから嬉しいわぁ。早速これ試着してみても?」
「勿論です」
衣装を手にした途端カヨコが嬉しそうに微笑む。その姿にアイリスも笑顔で見ているとお客がそう言ってきた。
彼女はにこりと笑うと試着室へと案内する。
「いかがでしょうか?」
「ふふっ。雲の中にいるような着心地ですわぁ。それに着物とドレスをかけ合わせて作ってくれたんですねぇ。着物とドレスが一つとなる。まるでわらわとあの方の様に……とても気に入りましたわ。そんで、これからお式なんですけど、あの方に頼んでこのお店の前も通りますんでよかったわらわ達の門出を祝福して下さいませぇ」
アイリスの言葉に試着室から出てきたカヨコが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて語ると二人を式に誘う。
「勿論です」
「俺も、是非ともお二人の門出をお祝いさせてください」
「有り難う」
二人の答えは勿論決まっていた。それを聞いてお客が微笑むとお金を払いお店を後にする。
それから暫く経ってから賑やかな音楽の音に混ざり横笛や鈴の音が鳴り響いて行列が仕立て屋アイリスの前へと近づいてきた。
「イクトさん花嫁行列が着ましたよ」
「ずいぶんと賑やかな花嫁行列だね」
タキシードを着こんだ褐色の肌の男性の隣に寄り添うように並んで歩くカヨコの姿がどんどんと近づいてくる。
音楽隊や傘係や牛や馬などの動物を連れて歩く男性達。こどもは花を振りまき花嫁行列の横について歩く。花嫁や花婿の家族と思われる人達の姿もあった。
そうして歩いてきた花嫁行列がアイリスとイクトの前で立ち止まると先ほどまで降り続いていた雨が小降りになり、太陽が顔を覗かせる。
「これが、狐の嫁入り言うんよ」
カヨコが微笑み言うと行列は再び歩き始め空へと昇り消えていった。
「「……」」
そのありえない光景に二人は驚き、目を瞬き呆然と花嫁行列が消えていった空をただ見詰める。
「イクトさん……カヨコさんて」
「お狐様……だったんだね」
最後に見たカヨコの姿は間違いなく金色の毛の綺麗な狐だった。
二人はにやりと笑い合う。この特別な日を忘れないように記憶にとどめておこうと思った。
「失礼します……」
「いらっしゃいませ――!?」
厳かな声で女性が入って来ると、アイリスが作業部屋から顔を出しいつものように挨拶しようとしたが、そのお客の姿に目を見張り、口を半開きにして驚く。
(見た事ない服。それにあの髪の毛どうなってるんだろう?)
「アイリス? お客様が困ってるよ」
彼女が内心で声をあげ考え込んでいると、在庫の整理を終えて戻ってきたイクトが不思議そうにアイリスへと声をかける。
「あ……いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」
「わらわはカヨコ。仕事の関係でこの国へと訪れた時、素敵な殿方に出会いましてねぇ。そんで今度その殿方と結婚式をあげる事になってますの。……でも、わらわはこのような着物しか持っていません。せっかく異国の地で結婚式を挙げるのですから、今まで着た事のないようなとびっきりの花嫁衣装を着て、あの方を喜ばせてあげたいんです」
(カヨコさん? 聞きなれない名前だ。異国の人か。ミュウさんとはまた違う国の人みたいだけどどこの国の人だろう?)
カヨコと名乗った女性が自分の着ている真っ赤な生地に花がちりばめられている着物という服を見せながら説明した。
その話を聞きながらアイリスは見たこともない異国の服をじっと見つめ、女性の姿を観察する。
(顔の色も白いし、唇は小さくてきれいな紅色だ。お化粧してるからかな?)
「それで、貴女の噂を聞いて花嫁衣装を仕立ててもらえないかと思いこうしてお尋ねした次第であります」
アイリスが内心で呟いているとカヨコがそう言ってお願いした。
「分かりました。では寸法を測らせて頂きますね」
「えぇ。宜しゅうお願いします」
すぐに笑顔で受け答えると女性を連れて試着室へと入る。そこで寸法を測るとカヨコはもう一度お願いしますと頭を下げて店を出て行った。
「カヨコさん不思議な人でしたね」
「そうだね。彼女が着ていた“着物”という服だけど、俺も昔本の中で見たことがある。たしか海の向こうの大陸の更にその向こうの小さな島国。その国の人達の民族衣装だったと思う」
お客が出て行ったドアを見詰めながらアイリスがイクトへと声をかける。それに彼が返事をして昔本で見たと言って説明する。
「そんな遠くから、仕事のためだとしてもこの国に女の人一人で来るなんて大変だったでしょうね」
「一人かどうかはわからないよ? さすがに女性が一人だけでこの国まで旅してくるってことはないと思うし……」
驚いて彼女が言うとイクトが笑って答えた。
「そうですよね。私早速カヨコさんに頼まれた花嫁衣装のデザインを考えてきます」
「うん。頑張って」
その言葉にアイリスも納得し笑うと寸法を書いたメモを手に作業部屋へと向かう。
イクトも笑顔で見送ると暇を持て余すように店内の清掃をするため道具入れへと向かっていった。
「カヨコさん……異国の地にぴったりな今までに着た事のない花嫁衣装をって言ってたけど、でもカヨコさんが着ていた着物って服もとても素敵だったな……そうだ!」
デザイン画を考えながら独り言を呟いていた彼女は、良いアイデアが思い浮かび筆を走らせる。
「……うん。これでいこう」
そう呟くと早速生地とレースと糸を選びに素材の山へと向かった。
「純白のアンゴラストームンの布に白のムゥームゥーのレース。それからカイコウロウの絹糸」
手際よく素材を選び出すと作業台へと乗せる。寸法を取ったメモを見ながら型紙を起こし、作り上げたそれを布へと当て印をつけ裁断して縫い合わせていく。
そうして作業を続け気が付くと三時間が経過していた。
「できた。イクトさん見て下さい! カヨコさんの花嫁衣装が出来ました」
「お疲れ。これは……うん、とっても素敵だと思う。このデザインお客様の着ていた着物をモチーフにして作ったんだね」
トルソーへと花嫁衣装を着せて最後の仕上げを終えたアイリスが大きな声で隣にいるイクトを呼ぶ。
その声に導かれるように彼が部屋へと入って来ると、花嫁衣装を見て驚いた後微笑みそう言った。
トルソーに着せられた花嫁衣装は着物と洋装を合わせた作りになっていて、胸元はチャイナドレスの様な立ち襟になっていて、首から胸上ぐらいまでぱっくりと開いていた。胸元にはレースをあしらっている。肩出しの腕は振袖になっていて袖の部分にもレースをふんだんに使っていた。引きずるように長い渦巻き状のスカートには白いバラの刺繍とレースが使われている。
「はい。カヨコさんの着物姿とっても素敵だったので、なんとか複合できないかと思い、こういう感じに仕上げてみました」
「うん。これならきっとカヨコさんも気に入ってくれると思うよ」
自信満々な笑顔で答える彼女の姿に誇らしげに思いながらイクトが優しい口調で同意した。
そうして花嫁衣装が出来上がった三日後にカヨコがお店へと訪れる。
「こんにちは。この間お頼みした花嫁衣装を取りにまいりました」
「いらっしゃいませ。今お持ち致します。……アイリス」
「はい。こちらになります」
お客の言葉にカウンター越しからアイリスを呼ぶと、店内の棚の整理をしていた彼女が直ぐに返事をして品物を持ってきた。
「こちらが、ご依頼いただいた花嫁衣装になります」
「まぁ、純白……わらわの国の花嫁衣装もやはり白色なんです。ですから嬉しいわぁ。早速これ試着してみても?」
「勿論です」
衣装を手にした途端カヨコが嬉しそうに微笑む。その姿にアイリスも笑顔で見ているとお客がそう言ってきた。
彼女はにこりと笑うと試着室へと案内する。
「いかがでしょうか?」
「ふふっ。雲の中にいるような着心地ですわぁ。それに着物とドレスをかけ合わせて作ってくれたんですねぇ。着物とドレスが一つとなる。まるでわらわとあの方の様に……とても気に入りましたわ。そんで、これからお式なんですけど、あの方に頼んでこのお店の前も通りますんでよかったわらわ達の門出を祝福して下さいませぇ」
アイリスの言葉に試着室から出てきたカヨコが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて語ると二人を式に誘う。
「勿論です」
「俺も、是非ともお二人の門出をお祝いさせてください」
「有り難う」
二人の答えは勿論決まっていた。それを聞いてお客が微笑むとお金を払いお店を後にする。
それから暫く経ってから賑やかな音楽の音に混ざり横笛や鈴の音が鳴り響いて行列が仕立て屋アイリスの前へと近づいてきた。
「イクトさん花嫁行列が着ましたよ」
「ずいぶんと賑やかな花嫁行列だね」
タキシードを着こんだ褐色の肌の男性の隣に寄り添うように並んで歩くカヨコの姿がどんどんと近づいてくる。
音楽隊や傘係や牛や馬などの動物を連れて歩く男性達。こどもは花を振りまき花嫁行列の横について歩く。花嫁や花婿の家族と思われる人達の姿もあった。
そうして歩いてきた花嫁行列がアイリスとイクトの前で立ち止まると先ほどまで降り続いていた雨が小降りになり、太陽が顔を覗かせる。
「これが、狐の嫁入り言うんよ」
カヨコが微笑み言うと行列は再び歩き始め空へと昇り消えていった。
「「……」」
そのありえない光景に二人は驚き、目を瞬き呆然と花嫁行列が消えていった空をただ見詰める。
「イクトさん……カヨコさんて」
「お狐様……だったんだね」
最後に見たカヨコの姿は間違いなく金色の毛の綺麗な狐だった。
二人はにやりと笑い合う。この特別な日を忘れないように記憶にとどめておこうと思った。
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