ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~

水竜寺葵

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ライゼン通りのお針子さん2 ~職人の誇り見せてみます~

二章 吟遊詩人の登場

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 花祭りも真ん中の週に入った頃仕立て屋アイリスには今日もお客が訪れてきた。

お店の扉が開かれ来客が店内へと入って来る。

「噂に聞く店だからもっとお洒落なお店なのかと思っていたけど……こじんまりとしていて全然イケてないね……」

店に入ってきた男性が店内を見回すと小声で思った事を呟く。

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

「!」

そこに作業部屋から慌てて出てきたアイリスがお客へと声をかける。男性が彼女の顔を見た途端驚いた様子で目を見開き一瞬硬直した。

「本日はどのような御用でしょうか?」

「君、は?」

用件を窺うアイリスへと男性が尋ねる。

「あ、そうですよね。知らない人は女の子がいきなりお店を仕切っていたらびっくりしちゃいますよね。私はここの店長のアイリスです」

「君が店長?」

彼女の言葉にお客はますます驚いた顔をした。

「……へ~。噂には聞いていたけどどんな感じの子かと思ったら、とってもかわいい小鳥さんだったんだね」

「こ、小鳥さん?」

途端に表情を崩すと優しく笑い男性が話す。その言葉に今度はアリスが驚いて目を見開いた。

「ねえ、小鳥さん。よかったらぼくと一緒にお茶でもどう?」

「え、えっと。今は仕事中ですので……」

甘い声で誘いをかける男性に戸惑いアイリスは一歩後ずさる。

「ふふ。仕事熱心なんだね。でも、君のカモシカのような細い足でお仕事を頑張っていたら疲れはててしまって倒れてしまうよ。お店なんか休んでぼくと一緒に美味しいものでも食べに行こうよ」

「い、イク……」

「こんにちは。アイリス、イクト様の足を引っ張って……って。貴方いったい何をしてますの」

優しく微笑みアイリスの手を取り語りかけてくる男性の様子にとうとう困ってしまった彼女は奥にいるイクトを呼ぼうと口を開いた。

そこに誰かの声が聞こえてきてアイリスは助かったとほっと胸をなでおろした。

「マーガレット様」

「アイリスが困っているじゃありませんの。さっさとやめて差し上げたら」

彼女の助けを求めん瞳を見て来店してきたマーガレットが鋭く睨み付けそう言い放った。

「これは失礼。お美しい小鳥さん。大丈夫、君も十分魅力的でかわいいよ。どう、これからぼくと一緒にお茶でも」

「アイリスなんなのこの方は……」

「え、えっと。多分お客様?」

アイリスから離れた男性が今度は彼女を口説きに行く。その様子に呆れた顔をしながらマーガレットが問いかけると彼女も疑問符を浮かべながら答えた。

「貴方、お店に用がないのなら出て行って下さいませんこと」

「おや、これは失礼。美しい小鳥さん達に見惚れてしまって最初の目的を忘れていたよ。小鳥さん……アイリスだったね。ぼくは吟遊詩人をして世界中を旅しているんだ。この町には花祭りのパレードで音楽を奏でて欲しいと国王様に頼まれてね。それでやって来たんだけど、身一つで旅をしているため衣装を持っていなくてね。それで、小鳥さんの噂を聞いてこのお店に訪れたというわけだよ」

彼女の言葉に男性が背中に背負っていた竪琴を取り出しポロンと音を出すとそう説明する。

「そうだったのですね。それでは寸法を測らせて頂きますね」

「ああ、そうか。寸法を測らないと作れないんだね。……ふふ。小鳥さんやさしくしてね」

アイリスの言葉に男性が微笑みそう囁く。

「え、えっと。メジャーで測るだけですから」

「アイリス。頭がいかれてる方に何を言っても無駄ですわ」

困った顔でそう説明する彼女へとマーガレットが溜息交じりにそう伝えた。

「それじゃあ五日後にまた顔を出すから、それまでには完成させられるかな?」

「はい。任せて下さい」

「それではまたね小鳥さん達」

寸法を測り終えると男性はお店から出て行く。扉が閉ざされお客の姿が見えなくなると二人はほぅっと息を吐き出した。

「……なんだかとっても疲れた。マーガレット様が来てくれて良かったです」

「あんな人お店に入れなければいいんですわ」

アイリスが本当に有り難うといいたげに彼女を見ると、マーガレットがそう言った。

「で、でもお客様ですから……」

「まったく。貴女って本当にお人好しなんですから」

その言葉にアイリスは戸惑った顔で話す。彼女が小さく笑うと「しょうがない人ね」といいた気にその顔を見詰めた。

「そういえば、まだマーガレット様のご用件を伺っていなかったですね」

「いいですわ。さっきの方のせいで何だか疲れてしまいました。また今度日を改めてお願いしに来ますわ」

彼女の言葉にマーガレットが疲れた顔でそう伝える。

「で、ですがせっかくいらしたのに」

「イクト様の足を引っぱていないか確認に来ただけですので、気になさらないでくださいませ。……それじゃあわたくしは帰るけれど、先ほどの人の様な面倒なお客が着た時は構わず追い出しちゃいなさいね」

それでは申し訳ないと言いたげなアイリスに、彼女がゆるりと笑うとそう答えてから軽く忠告した。

「マーガレット様ったら……」

「それじゃあね」

苦笑を零す彼女へとマーガレットが一言声をかけてからお店を出て行く。

「アイリス。お店番代わるよ。……大丈夫? 何だかひどく疲れた顔をしているようだけど」

「さっき変わったお客様がいらっしゃって。その人からいきなりお茶を誘われたんです」

休憩を終えて店頭に出てきたイクトがアイリスの顔を見て心配そうに声をかける。

それに彼女は今さっき出て行ったお客の事について話した。

「ははっ。いきなりうちの店長をナンパするとは、その人は見る目があるのかな?」

「イクトさんたら……その後マーガレット様がいらして、そしたら今度はマーガレット様をお茶に誘ったんです」

可笑しそうに笑う彼に彼女は本当に困ったんですよと言いたげな顔で説明を続ける。

「それは、確かに変わった人だね。でも、悪い人じゃないんだろう?」

「そうですね。女の人にナンパする困った感じの人ですが、悪い人には見えませんでした」

イクトの問いかけにアイリスは素直に答えた。たしかに軽い人ではあるが悪い人には思えなかったからだ。

「アイリスのおかげで毎日新しいお客様が来店されるようになって、いろんな人が来るようになった」

「イクトさん……もしかして、ご迷惑、でしょうか?」

彼の言葉に普段から気になっていたことを尋ねてみる。

「そんなことはないよ。アイリスのおかげで毎日退屈しなくて楽しい。きっとこれからもいろんな新しい出会いがあると思う。それでいいんだよ」

「よかった。もしご迷惑をかけているんだとしたらどうしようって思っていたので」

イクトが優しく安心させるように笑い話す。その言葉に安堵しアイリスも笑顔になった。

「迷惑だなんて思ったことは一度もないよ。そうだな、今日お見えになったお客様が次に来店されたら俺もお知り合いになれると良いのだけれど」

「ふふ。イクトさんたら……それで、そのお客様から依頼されたので今作っている品物が出来上がったら衣装のデザインを考えようと思います」

彼の言葉がおかしくて笑うと彼女はそう言って作業部屋へと籠ることを伝える。

「分かった。それじゃあ店番は俺に任せて、アイリスは作業を頑張って」

「よろしくお願いします」

イクトと別れるとアイリスは作業部屋へと籠り中途半端に止めていた作業へと戻った。

「さて、次は今日来たお客さんの衣装のデザインを考えないと」

依頼の品を作り終えた彼女は紙を取り出すとデザインを考え始める。

「あの人吟遊詩人っていってたな。だけどすごく育ちがよさそうな綺麗な顔をしていたし、話す言葉もどこか気品を感じた。きっとすごく上品な人なんだろうな」

今日出会ったお客様の顔を思い浮かべながらデザインを考えていく。

「うん……よし!」

彼女は遂にアイデアをまとめ紙にペンを走らせる。

「これで行こう」

そう呟くと部屋の中にある素材へと目を向ける。

「破れにくく丈夫ででも柔らかくて肌触りの良い素材。そして切れにくくしっかりとした糸……うん。これでいこう」

独り言を呟きながらウールフィルの布にフェニックスの糸を手に取る。

「それからこれと、これも」

そう言うと高麗こうらいの羽と磨き抜かれた宝石を数種類選び作業台へと持って行った。

「……で、できた」

もう直ぐ閉店という時間。作業部屋にこもっていたアイリスが達成感に満ちた声をあげる。

「お疲れ様。たった一日でこんなにたくさんの依頼の品を作り上げるなんて大変だったろう」

「イクトさん。ずっとお店番させてしまってすみません」

いつの間にか側にイクトがいてクッキーと紅茶の入ったお盆をそっと作業台においてくれた。そんな彼へと申し訳なさでアイリスが謝る。

「店番くらいいくらでも構わないよ。でも、一人で無理しないように。手伝ってほしい時はいつでも頼ってくれてもいいんだよ」

「そ、そうでしたね。どうも私熱中しちゃうと頭から抜け出しちゃうみたいで……」

イクトの言葉に彼女は苦笑を零し忘れてしまっていたと話す。

「それで、今日来たお客さんの衣装も完成できたのかな」

「はい。見て下さい」

それについては特に何も追求せずに彼が話題を変える。アイリスは出来上がった衣装をイクトへと見せた。

シルクのように光沢のある滑らかな肌触りのワイシャツに緑色のベスト。ポンチョにもなるマントには幾何学模様の様な刺繍が施され、胸元にはガーネットのペンダントが煌く。下は白色のズボン。腰にはチェーンが幾つも付いていてその一つ一つに宝石がはめ込まれていた。頭にはヨーロピアンハットに高麗の羽がアクセントとして飾られている。

「これはまた、見た事のない組み合わせだね」

「吟遊詩人をされているということで、普通の組み合わせじゃつまらないんじゃないかと思って。思い切っていろいろと組み合わせてみたんです。……変でしょうか?」

驚いた顔でその衣装を眺める彼にアイリスは不安そうな顔で尋ねる。

「俺は良いと思うよ。アイリスがお客様を見て感じ取ったものを形にしたんだと思うから。後はこれをお客様が気に入ってくれるかどうかだけどね」

「そうですね。気に入ってもらえるといいんですが」

イクトの言葉に励まされながらもやはり不安がぬぐい切れない様子で、今すぐにでもお客に見せてこれを気に入ってもらえるかどうか知りたいと思いながら溜息を吐き出す。

「大丈夫。自信をもって」

「はい……」

そんな様子のアイリスへと彼が優しく励ます。

それから五日が経ちお客が品物を取りに来る日となった。

「やあ、小鳥さん。元気かな?」

「いらっしゃいませ」

男性がお店へとやって来ると店頭にいたイクトが声をかける。

「あれ、今日は小鳥さんじゃないんだね……」

「俺はここの店員のイクトです。アイリスなら今奥で作業してますので呼んできますね」

彼の姿に不機嫌になることもなくむしろ他にも人がいたのかと驚いた顔をしてイクトを見詰めた。

その視線に気づいてか彼が説明すると奥にいるアイリスを呼びに行く。

「すみません。おまたせしました」

「気にしないで。忙しいのに何だか申し訳ないね」

イクトと共に店頭へとやって来たアイリスが謝ると男性が優しく笑い答える。

「この間の依頼の品を取りに来たんだ。……ちゃんとできてるかな?」

「はい。少々お待ちください」

少し不安そうに尋ねる男性へとアイリスが棚から籠を取り出しお客の前へと持って行く。

「こちらになります」

「早速試着してみても?」

「ぜひ。こちらへどうぞ」

依頼の品を見た男性の顔色が変わる。その様子に不安に思いながらも試着室へと案内した。

「いかが……でしょうか?」

「……」

試着室へと入ったまま出てこない男性へとアイリスは声をかける。しかし何の反応も返ってはこなかった。

「あ、あの……」

「本当に、この衣装を小鳥さんが作ったの?」

不安になりもう一度声をかけようとした時男性の声が聞こえてくる。

「は、はい。あの……気に入らなかったでしょうか?」

「いや……とても気に入った。ぼくはこう見えても自分が身に着ける物にはとてもこだわりを持っているんだけど、これを着た途端ぼくの魅力が何十倍にも増したような気がしてね。それにこんなに質の良い品物は久々に見たよ。有難う小鳥さん。君が作ってくれたものだ大切に使わせてもらうよ」

「はい、有難う御座います」

彼女の言葉に男性の明るい声が聞こえてくるとアイリスも安堵し微笑む。

それから着替えて出てきた男性が会計を済ませる。

「ぼくはフレイっていうんだ。小鳥さん。君の事すごく気に入ったよ。また、なにかあったらよろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

帰り際フレイと名乗った男性がアイリスへと微笑む。それに彼女も笑顔で答えた。

「イクトだっけ、君。すごく見る目があるね。この子を店長に選んだ理由。なんとなくだけど分かった気がしたよ」

「ははっ。それはどうも」

今度はイクトへと視線を送るとふっと微笑み呟く。それに彼が笑って答える。

「ぼくはしばらくこの町に滞在しているから、また小鳥さんの顔を見にお店に寄らせてもらうね」

「は、はい」

フレイが再びアイリスを見るとウィンクを一つする。それに苦笑を必死にこらえながら返事をした。

男性が店を出て行くとアイリスは大きく息を吐き出す。

「変わった人だけど、確かに悪い人ではなさそうだね。だけど……」

「イクトさん、どうかしたのですか」

イクトが口ごもった様子に彼女は不思議に思い尋ねる。

「……いや、俺の勘違いかもしれないけれど、先ほどのフレイさん。どこかでお会いしたことがあるような気がして」

「吟遊詩人なので以前にもこの町にいらしていたことがあるとか?」

顎を捻り思考を巡らせる彼へとアイリスも一緒に考えながら話す。

「そうかもしれないね。まぁ、何にしてもまともそうな人で安心したよ。本当に女の子なら誰でも構わずナンパするナンパ師だったら困った事になっていたかもしれないけれど、フレイさんはちゃんと人を見ているようだったから」

「そうなんですか?」

彼女の言葉にそれもあるかもしれないと笑いながら話す。イクトの言葉にアイリスは不思議そうに尋ねた。

「うん。俺はそう思ったよ」

「よかった。フレイさんただのナンパ師じゃなくて。イクトさんが関わるなって言ったらちょっと考えようかって思っていたんですが、またこの町で新しい人と知り合えて嬉しいです」

彼の言葉にアイリスはほっとした顔をしてそう伝える。

こうしてこのお店にまた愉快なお客様が一人加わり、さらに賑やかになっていくのだった。
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