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第八章 全世界お針子大会
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火事騒ぎから一夜明けアイリスは目を覚ますと祖母が使っていた部屋で朝食をとり一階へと向かう。
「おはよう」
「おはよう御座います」
すでに出勤してきていたイクトが笑顔で声をかけてくると彼女は嬉しくて満面の笑みを浮かべて挨拶した。
「アイリス。少しいいかな」
「はい」
制服に着替えたアイリスへと彼がそう言って手招きする。
「君はこの半年間このお店の店長としてよく頑張ってきたと思う。そんな君に最後の課題を出す」
「最後の課題ですか」
真面目な顔で言われた言葉に彼女は不思議そうに目を瞬く。
「今度行われる仕立て屋大会に出場し優勝すること。それが最後の課題だよ」
「それってイクトさんが審査員を務めるって言う大会のことですよね。優勝だなんて……」
イクトの話に自分は優勝するほどの腕など持っていないと言いたげに俯く。
「もし優勝できなかったら君はまた一から修行のやり直しとなる。でももし大会で優勝する事ができたらその時はこの仕立て屋アイリスの店長として君を迎え入れようと思っている」
「イクトさん……私頑張ります」
そんな彼女をやる気にさせるためにあえて厳しい口調でそう言って話した。そんな彼の期待にこたえたいと思いアイリスは力強く頷き答える。
「それじゃあ、今日から君は大会に出す服の制作だ。店番は俺がやっておくから心配はいらないよ」
「はい」
笑顔でイクトが言って聞かせると彼女は頷き作業部屋へとこもった。
「それじゃあアイリスは今大会用の服を一生懸命作ってるって事か」
「ああ。集中させてあげたいから、しばらくの間は俺が店番担当さ」
開店と同時に店内に入ってきたマルセンがイクトと話をして残念そうな顔をする。それに彼が申し訳なさそうに説明した。
「そうか。俺も応援してると伝えてくれ。アイリスなら絶対優勝するさ」
「うん。ありがとう」
彼が笑顔で言うとイクトも嬉しそうに礼を述べる。
「だが、確かその大会の審査員って……」
「情に任せて審査したりはしないさ。俺は一人の職人として彼女の作品を評価する」
「そうだな」
しかしあることを思い出したマルセンが確認するように呟くと彼が真顔で答えた。それを聞いて安心した彼が小さく頷く。
「それよりアイリスの作った服はそれからどうだ」
「思った以上に耐久に優れていて丈夫だ。これならもう服を破く心配もなさそうさ。彼女の腕は確かなもんだ。それはあの人を超えている。そう思っている」
「そうか。ありがとう」
イクトの問いかけにマルセンが説明するとアイリスの腕を褒める。それを聞いた彼が自分のことのように嬉しそうに微笑みお礼を言った。
「それじゃあ俺はこれから仕事があるから。邪魔したな」
「大会が終わったらまたアイリスに会いにきてやってくれ。彼女も喜ぶと思う」
「ああ」
彼の言葉にイクトがそう声をかけるとマルセンが言われるまでもないと言った感じで力強く頷く。
それからしばらくしてまたお客が来店する。
「こんにちは。アイリスイクト様の足を……あら?アイリスはいないのかしら」
「おや、お嬢様いらっしゃませ。すみませんアイリスは今大会用の服を制作中で暫くの間は俺が店番なんです」
扉を開けて入ってきたマーガレットがアイリスの姿がないことに不思議そうに首を傾げる。店の奥から出てきたイクトがそう言って説明した。
「そうでしたの。今度の大会にアイリスも出場するんですのね」
「本日はアイリスに御用でしたか」
残念そうな顔で呟く彼女に彼が尋ねる。
「い、いいえ。イクト様の足を引っ張っていないかどうか確かめにきただけですから。別に会いに来たわけではありませんわ」
「はっはっ。お嬢様がアイリスの事をそんなに気に入ってくれていて俺も嬉しいですよ」
慌てて説明するマーガレットへとイクトが笑って話す。
「イクト様……アイリスは確か仮契約中なんですわよね。ということは今度の大会で結果を出せなかったらこのお店を出ていってしまうんですの」
「心配して下さってるんですね。大丈夫アイリスがこのお店を出ていく事はありませんよ」
不安そうな顔で尋ねてきた彼女へと彼が優しくも力強い口調で答えた。
「そ、そう。それならよろしいんですの。アイリスがいないと張り合いが無くなってしまってつまらないですから。寂しいからとかじゃありません事よ」
「うん。お嬢様ありがとう御座います」
安心した様子で笑顔になるも慌てて言い聞かせるかのように口早に説明する。そんなマーガレットへとイクトが分かっているよと言いたげに微笑んだ。
「そのイクト様のためですものね。アイリスの事応援して差し上げますわ。ですから絶対に優勝しなさいって伝えておいてくださいな。わたくしが応援するんですもの優勝以外は認めませんわ」
「分かりました。伝えておきます」
照れた顔でそう言われた言葉に彼が必ず伝えると約束する。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。イクト様お仕事頑張ってください」
「うん。大会が終わったらアイリスもゆっくりできると思うから、また話をしに来てください」
「イクト様がそうおっしゃるなら。またアイリスの様子を見に着てさしあげても宜しくてよ」
「またのご来店お待ちしております」
素直じゃないマーガレットの言葉の本意をちゃんと理解しているイクトが笑顔で頷き見送る。彼女は一礼すると店を後にした。
「こんにちは。アイリスさん今日もお客様連れてきましたヨ」
「いらっしゃいませ。ミュゥさんそれにおじいさん。すみませんが今アイリスは大会用の服の制作に集中しておりまして、注文なら俺が受け付けますので」
お昼頃に再びお店の扉が開かれミュゥがおじいさんを連れて来店する。昼食を終えたばかりのイクトが出迎えるとそう伝えた。
「お~アイリスさん大会に出るんですカ。それは凄いです。私応援します。おじいさんも応援して下さい」
「ミュゥちゃんの頼みじゃからの。わしも応援しよう。それにこんなに素敵な服を仕立てるお嬢さんならどんな服を作って来るのか楽しみじゃい。大会が終わってからまた依頼しに来ます」
アイリスが大会に出ることを知って驚くも応援すると言って隣にいるおじいさんにもお願いする。
彼女の言葉におじいさんも頷くとそう言って今日は帰ることを伝えた。
「私もアイリスさん服を作るのに集中させたいので今日は帰りまス」
「またいらしてください。アイリスも喜びますので」
服作りに集中させてあげたいとミュゥが言うとイクトがそう声をかける。
「モチロンです。では、私はこれで失礼しまス」
「それじゃあ。また日を改めてお願いに伺います」
「はい。……ははっ。アイリスがいないとお店の仕事が来なくてヒマになってしまいそうだ」
二人の客が店を出ていくと一人になった彼が小さく笑う。言葉とは裏腹に嬉しそうな様子で微笑んでいた。
ミュゥが出ていくとすれ違うかのようにジョンとシュテナが来店してくる。
「失礼します。アイリスさんまたお洋服を仕立ててもらいたいのですが」
「こんにちは。僕もお願いしたいのですが……おや。アイリスさんは今いらっしゃらないんですか」
「ジョン様。シュテナ様。こちらにいらしてるのは分かっております。今すぐお戻りを。アイリスすまないが今日はお二人は都合があるのでまた……ん?イクト。アイリスは如何したんだ」
二人は挨拶もそこそこに仕立てを頼みたいというがアイリスの姿がないことを不思議に思う。
その時慌てた様子のジャスティンが扉を開けて入って来るなりジョンとシュテナへと声をかけ、アイリスへと断りをいれるが彼女がいない事に気付きイクトに尋ねる。
「おや皆さんお揃いで。ですがすみません。アイリスは今大会用の服の制作中でして。注文なら俺が承りますがどうされますか」
「あら、そうだったんですね」
「今度行われる大会にアイリスさんが出場されるんですか……そうですか。アイリスさんならきっと優勝間違いなしですね」
「……お二人とも分かっているとは思いますがその大会は国が主催します。そうなれば必然的に出席なさることとなります」
彼の言葉に二人が納得しているところへとジャスティンが冷静な態度でそう説明した。
「「!?」」
「ん。何のお話をされているんですか」
それを聞いた途端冷や汗を流し慌てる。そんな二人へとイクトが不思議そうな顔で尋ねた。
「い、いえ。こちらのことですので気になさらずに。それよりもわたしも応援しているとお伝えください」
「僕も妹と一緒に応援してますので。頑張ってくださいとお伝えください」
慌ててシュテナが取り繕うとジョンもそう言って頼む。
「……私も仕事があるから見には行けないが応援していると伝えて欲しい。アイリスの邪魔はしたくないでしょう。今日は素直にお戻りくださいますね」
「分かっているわよ。もうジャスティンは頭が固いんだから。少しくらい出歩くくらいでいちいち小言は言わないで欲しいわ」
「また大会が終わったらお邪魔するとお伝えください。それじゃあシュテナ、ジャスティン。帰ろうか」
「はい」
「はい。ではイクト私達はこれで失礼する」
三人の間でやり取りは終わったようで今日はこのまま帰ることを伝えた。
「隊長も大変ですね。お仕事お疲れ様です」
「ああ。……さあ、参りましょう」
イクトの言葉にジャスティンが小さく頷くと二人に店を出るよう促す。
「それでは、お邪魔しました」
「さようなら」
ジョンとシュテナが言うと一礼して店を出ていく。ジャスティンも二人を護衛するように後ろへとつき店内を後にする。
「皆アイリスに気を使ってくれているようだし、本当にこの街の人達に愛されているようで良かった……さて、今日は一日ゆっくりできそうだから普段やれないことをして過ごすかな」
イクトが言うと仕事に戻る。そのころ作業部屋に入り服作りをしているはずのアイリスなのだが、なかなかいい案が浮かばない様子でデザイン画を描いては丸めて捨てるを繰り返していた。
「ん~。こんなんじゃだめ。なんか私らしくない。私お客様の服を作ることはできても、大会用の誰も着ない服を作るのはできないんだわ……こんなんじゃイクトさんの期待に応えられないよ」
俯き悩むと作業台の上へと突っ伏す。
「どんな服を作ればいいのか全くアイデアが出てこない。このままじゃ大会に出場する事さえできやしないわ」
「アイリス。頑張っているようだね」
悩みでうんうん唸っている彼女の耳にイクトの声が聞こえてきた。
「イクトさん……私全然だめで。どんな服のデザイン画を描いてみてもしっくりこなくて。このままじゃ……」
「……アイリスは何でお針子になりたいと思ったんだい」
「それは子どもの頃おばさん達との旅行でこの街に来た時に見たこの仕立て屋アイリスで働きたくて、だからライセンスを取得したんです」
アイリスがお手上げと言った様子で話した言葉に彼が優しく尋ねる。その言葉に彼女は素直に答えた。
「うん。そうだったね。それじゃあ質問を変えるね。お店で働いてみてどう思った」
「お客様が私の仕立てた服を着て喜んでくれたのが私も嬉しくて。もっとお客様の笑顔が見たくてお客様に満足して頂けるそんな服を作りたいってそう思って毎日働いてました」
それを聞いたイクトが同意するとさらに質問する。アイリスは働いてみて自分が感じたことを伝えた。
「うん。実は今日マルセンやマーガレット様。ミュゥさんに隊長。ジョン様にシュテナ様。それ以外にも君が服を仕立てたお客様がいらしてね。皆君が大会に出るって聞いて応援していると伝えて欲しいと頼まれたんだ」
「へ?」
彼から伝えられた言葉に彼女は驚いて目を大きく見開く。
「君はこの一年の間にこの街の人達の笑顔のために服を仕立ててきた。そんな誰かのために一生懸命に頑張って服を仕立てる君を皆応援したいと思ったんだよ。だからねアイリス、君が今回の大会にどんな服を作るのか皆みてみたいと思っている。そして楽しみにしているんだよ」
「皆さんの期待に私……応えられるでしょうか」
話しを聞いて不安になった彼女は瞳を曇らせ俯き小さな声で言った。
「そこは君の頑張り次第だよ。ただ。君がこのお店で働いてきてお客様のために服を仕立ててきた事。その優しい気持ちを忘れずに服を作ればいいんじゃないかな」
「イクトさん。有り難うございます。おかけで私どんな服を作ればいいのかが見えてきました。私が作りたい服は。大会に優勝するために作るんじゃない。その服を着てみたいって人達のために街の皆のために最高の逸品を仕立ててみます」
優しく語りかけてくるイクトの言葉に励まされたアイリスは眩いばかりの笑顔になり答える。
「うん。瞳が宝石みたいに輝いている。それならもう大丈夫だ」
「はい」
彼も笑顔でもう安心だと判断する。彼女も力強く頷くと早速この気持ちを忘れないうちにとデザインを紙に書き始めた。
そうして出来上がったデッサンを基に服の素材を選び仕立てていく。作品が完成したのは閉店した後の事だった。
「できた……」
「お疲れ様」
達成感に浸っていると紅茶を持ってきたイクトが部屋へと入って来る。
「イクトさん見て……あ。でもイクトさんは審査員だからこれを今見たら反則になってしまうんでしょうか」
「そうだね。残念だけど今は見てあげられない。だから大会で君の作品を見るのを楽しみにしているよ」
今までのようにイクトに見てもらおうと思ったアイリスだったが彼が審査員であることを思い出しそう言った。
イクトも残念そうに笑うとそう言って伝える。
「はい。私の中では自信作なんです。なのできっとイクトさんに認めてもらえると思います」
「それは楽しみだな。アイリスがどれほど成長したのか早く確認したいがもう少し待つことにするよ」
胸を張り語った彼女へと彼が微笑み話す。
こうして作品作りは無事に終わり、時間はあっという間に過ぎ去り大会当日の朝を迎えた。
「……大丈夫。大丈夫よアイリス。自分の作った服に職人の誇りを持ちなさい」
大会の会場へと赴いたアイリスは緊張と不安で押しつぶされそうな自分を激励して作品を持ち受付へいく。
「仕立て屋アイリスのアイリスです。本日はよろしくお願い致します」
「はい。アイリスさんは番号札18番となります。これを持って会場へお進みください」
「はい」
受付をすませると会場となる大広場の中へと入る。そしてたくさんの作品が飾られている中に自分の服が新たに飾られた。
その様子を見守りながら、周りの服を見ては不安にかられる心を抑え込む。
「それではこれにて受付は終了いたします。開催に先立ちましてまずは国王陛下よりお言葉を頂きます」
「今回我が国で仕立て屋の大会が開催される運びとなったこと大いに嬉しく思う。これを機に我が街の職人達がより切磋琢磨し一流の職人へとなってくれたらと思う。この国の発展と世界との交流をこれからも続けていきたいと思いわしの挨拶を終了とする」
「それではこれより審査を始めたいと思います。審査の間皆様は自由にお過ごしくださいませ」
司会者が言うと国王の挨拶が始まり大会が開催される。審査をしている間は皆それぞれ自由に他の人の作品を見たり自分のお店の宣伝をしたりとして過ごす。
「……あ。マーガレット様。それにミュゥさんにマルセンさんも。あら、あそこにいるのはジョン様とシュテナ様。それにジャスティンさんも。お仕事だって聞いてたけど来てくれたんだ」
そんな中一人だけ審査が終わるのを固唾を飲んで見守っていたアイリスの目に観客達の中に混ざるマーガレット達の姿を見つける。
来賓席にはいつもとは違って豪華な服に身を包んだジョンとシュテナの姿もあり、その後ろにまるで護衛するかのようにジャスティンが立っていた。仕事があると聞いていたのにきてくれていることが嬉しくて微笑む。
「審査も終わりましたのでこれより結果を発表したいと思います」
「ではわしから結果を発表しよう。今回はどれも素晴らしい逸品ばかりで迷ったがその中でもより素晴らしい作品に準優勝と優勝をつけさせてもらった。まず準優勝は……」
「……」
司会者が言うと国王が表彰台の前に立ち静かな口調で言う。皆次の言葉を固唾を飲んで見守った。
「準優勝は5番フィルランデンの職人カイザル殿。そして優勝は……」
「……」
準優勝者が発表されるとしばらくの間沈黙が続く。国王が次になんというのかを会場中が見守っていた。
「優勝は18番仕立て屋アイリスのお針子アイリス殿だ」
「へっ?」
国王の口から出た言葉にアイリスは耳を疑いあっけにとられる。
「やりましたわね。まあ、わたくしが応援していたのですから当然ですわ」
「お~。流石アイリスさん。オメデトございまス」
「やったな。アイリス!」
観客達の間から大きな拍手と祝いの言葉があっちこっちから上がった。
「では優勝した仕立て屋アイリスのアイリスさん表彰台へどうぞ」
「は、はい」
暫く放心状態だった彼女だが司会者の言葉に慌てて返事をすると表彰台へと向かう。
「アイリス殿おめでとう。君はその年で審査員達皆が納得する「国宝級」の作品を作り上げた。君の作品に非の打ちどころなどどこにも存在しない。とても素晴らしい作品だったよ。これからもこの街のお針子として、いや一人の職人としてこの街で仕立て屋を続けて行ってもらいたい」
「はい。国王様有り難うございます」
国王が言うと表彰状と優勝賞品が贈られる。アイリスはそれをしっかりと受け取ると嬉しくて笑顔でお礼を言った。
「アイリスさんおめでとうございます」
「流石の出来ですね。アイリスさんの作品には人の目をひきつけてやまないそんな魅力を感じました」
「ジョン様。それにシュテナ様もどうして王様の隣に?」
国王の隣に立ち嬉しそうに微笑んでいる二人に彼女は不思議そうに首を傾げる。
「おや、そんなにおかしなことでもなかろう。この二人はわしの息子と娘なのだから」
「ち、父上!」
「お父様それは――」
今度は国王が不思議そうな顔をするとそう説明する。ジョンとシュテナが焦って口を開く。
「へ……ええ!?それじゃあお、お二人は王子様と王女様だったんですか」
「……ごめんなさい。僕達の正体がばれたら普通に接してもらえなくなるんじゃないかと思ってずっと黙っていたんです」
しかししっかりと事実を聞いてしまったアイリスは驚き二人を見やる。そんな彼女へとジョンが申し訳なさそうに頭を下げて謝った。
「そ、そんな。顔をあげて下さい。知らなかったとはいえとんだ御無礼を」
「アイリスさん。どうかこれからも今まで通りただのお店のお客様と店長って事でお願いできませんか」
恐縮した態度になるアイリスへとシュテナがそうお願いする。
「……そんなの勿論です。だってお二人は私にとって大切なお客様であり、私がこの街にきてできたお友達なんですから」
「ありがとう御座います」
「アイリスさん。ありがとう御座います」
不安そうな二人に彼女は笑顔になるとそう言って答えた。それを聞いたジョンとシュテナは嬉しそうに微笑む。
「アイリス。優勝おめでとう。君が優勝して私も嬉しく思う。そしてこれからもまた君のお店へと顔を出させてもらうよ」
「ジャスティンさん。ありがとう御座います」
王子と王女の後ろで控えているジャスティンが表彰台から降りようとするアイリスへとこっそり声をかける。その言葉に彼女は嬉しくて笑顔でお礼を言った。
「アイリス。おめでとう。君の作品は一流の職人達もそして仕立て屋協会の人達をも認めさせた。これはとても凄いことなんだよ。俺も君がここまで成長していたことを知れて嬉しい。これからも仕立て屋アイリスの一員としてよろしく頼む」
「はい!イクトさん。これからもよろしくお願いします」
大会も終わりもうお開きとなった時イクトがそっとアイリスの側へと近寄り声をかける。
一流の職人や協会の人が認めてくれたことよりも何よりも、彼が自分の仕立てた服を認めてくれたことが嬉しくて満面の笑顔で答える。
こうしてアイリスは誰もが認める一流のお針子としてこの国一番の職人となった。
「おはよう」
「おはよう御座います」
すでに出勤してきていたイクトが笑顔で声をかけてくると彼女は嬉しくて満面の笑みを浮かべて挨拶した。
「アイリス。少しいいかな」
「はい」
制服に着替えたアイリスへと彼がそう言って手招きする。
「君はこの半年間このお店の店長としてよく頑張ってきたと思う。そんな君に最後の課題を出す」
「最後の課題ですか」
真面目な顔で言われた言葉に彼女は不思議そうに目を瞬く。
「今度行われる仕立て屋大会に出場し優勝すること。それが最後の課題だよ」
「それってイクトさんが審査員を務めるって言う大会のことですよね。優勝だなんて……」
イクトの話に自分は優勝するほどの腕など持っていないと言いたげに俯く。
「もし優勝できなかったら君はまた一から修行のやり直しとなる。でももし大会で優勝する事ができたらその時はこの仕立て屋アイリスの店長として君を迎え入れようと思っている」
「イクトさん……私頑張ります」
そんな彼女をやる気にさせるためにあえて厳しい口調でそう言って話した。そんな彼の期待にこたえたいと思いアイリスは力強く頷き答える。
「それじゃあ、今日から君は大会に出す服の制作だ。店番は俺がやっておくから心配はいらないよ」
「はい」
笑顔でイクトが言って聞かせると彼女は頷き作業部屋へとこもった。
「それじゃあアイリスは今大会用の服を一生懸命作ってるって事か」
「ああ。集中させてあげたいから、しばらくの間は俺が店番担当さ」
開店と同時に店内に入ってきたマルセンがイクトと話をして残念そうな顔をする。それに彼が申し訳なさそうに説明した。
「そうか。俺も応援してると伝えてくれ。アイリスなら絶対優勝するさ」
「うん。ありがとう」
彼が笑顔で言うとイクトも嬉しそうに礼を述べる。
「だが、確かその大会の審査員って……」
「情に任せて審査したりはしないさ。俺は一人の職人として彼女の作品を評価する」
「そうだな」
しかしあることを思い出したマルセンが確認するように呟くと彼が真顔で答えた。それを聞いて安心した彼が小さく頷く。
「それよりアイリスの作った服はそれからどうだ」
「思った以上に耐久に優れていて丈夫だ。これならもう服を破く心配もなさそうさ。彼女の腕は確かなもんだ。それはあの人を超えている。そう思っている」
「そうか。ありがとう」
イクトの問いかけにマルセンが説明するとアイリスの腕を褒める。それを聞いた彼が自分のことのように嬉しそうに微笑みお礼を言った。
「それじゃあ俺はこれから仕事があるから。邪魔したな」
「大会が終わったらまたアイリスに会いにきてやってくれ。彼女も喜ぶと思う」
「ああ」
彼の言葉にイクトがそう声をかけるとマルセンが言われるまでもないと言った感じで力強く頷く。
それからしばらくしてまたお客が来店する。
「こんにちは。アイリスイクト様の足を……あら?アイリスはいないのかしら」
「おや、お嬢様いらっしゃませ。すみませんアイリスは今大会用の服を制作中で暫くの間は俺が店番なんです」
扉を開けて入ってきたマーガレットがアイリスの姿がないことに不思議そうに首を傾げる。店の奥から出てきたイクトがそう言って説明した。
「そうでしたの。今度の大会にアイリスも出場するんですのね」
「本日はアイリスに御用でしたか」
残念そうな顔で呟く彼女に彼が尋ねる。
「い、いいえ。イクト様の足を引っ張っていないかどうか確かめにきただけですから。別に会いに来たわけではありませんわ」
「はっはっ。お嬢様がアイリスの事をそんなに気に入ってくれていて俺も嬉しいですよ」
慌てて説明するマーガレットへとイクトが笑って話す。
「イクト様……アイリスは確か仮契約中なんですわよね。ということは今度の大会で結果を出せなかったらこのお店を出ていってしまうんですの」
「心配して下さってるんですね。大丈夫アイリスがこのお店を出ていく事はありませんよ」
不安そうな顔で尋ねてきた彼女へと彼が優しくも力強い口調で答えた。
「そ、そう。それならよろしいんですの。アイリスがいないと張り合いが無くなってしまってつまらないですから。寂しいからとかじゃありません事よ」
「うん。お嬢様ありがとう御座います」
安心した様子で笑顔になるも慌てて言い聞かせるかのように口早に説明する。そんなマーガレットへとイクトが分かっているよと言いたげに微笑んだ。
「そのイクト様のためですものね。アイリスの事応援して差し上げますわ。ですから絶対に優勝しなさいって伝えておいてくださいな。わたくしが応援するんですもの優勝以外は認めませんわ」
「分かりました。伝えておきます」
照れた顔でそう言われた言葉に彼が必ず伝えると約束する。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。イクト様お仕事頑張ってください」
「うん。大会が終わったらアイリスもゆっくりできると思うから、また話をしに来てください」
「イクト様がそうおっしゃるなら。またアイリスの様子を見に着てさしあげても宜しくてよ」
「またのご来店お待ちしております」
素直じゃないマーガレットの言葉の本意をちゃんと理解しているイクトが笑顔で頷き見送る。彼女は一礼すると店を後にした。
「こんにちは。アイリスさん今日もお客様連れてきましたヨ」
「いらっしゃいませ。ミュゥさんそれにおじいさん。すみませんが今アイリスは大会用の服の制作に集中しておりまして、注文なら俺が受け付けますので」
お昼頃に再びお店の扉が開かれミュゥがおじいさんを連れて来店する。昼食を終えたばかりのイクトが出迎えるとそう伝えた。
「お~アイリスさん大会に出るんですカ。それは凄いです。私応援します。おじいさんも応援して下さい」
「ミュゥちゃんの頼みじゃからの。わしも応援しよう。それにこんなに素敵な服を仕立てるお嬢さんならどんな服を作って来るのか楽しみじゃい。大会が終わってからまた依頼しに来ます」
アイリスが大会に出ることを知って驚くも応援すると言って隣にいるおじいさんにもお願いする。
彼女の言葉におじいさんも頷くとそう言って今日は帰ることを伝えた。
「私もアイリスさん服を作るのに集中させたいので今日は帰りまス」
「またいらしてください。アイリスも喜びますので」
服作りに集中させてあげたいとミュゥが言うとイクトがそう声をかける。
「モチロンです。では、私はこれで失礼しまス」
「それじゃあ。また日を改めてお願いに伺います」
「はい。……ははっ。アイリスがいないとお店の仕事が来なくてヒマになってしまいそうだ」
二人の客が店を出ていくと一人になった彼が小さく笑う。言葉とは裏腹に嬉しそうな様子で微笑んでいた。
ミュゥが出ていくとすれ違うかのようにジョンとシュテナが来店してくる。
「失礼します。アイリスさんまたお洋服を仕立ててもらいたいのですが」
「こんにちは。僕もお願いしたいのですが……おや。アイリスさんは今いらっしゃらないんですか」
「ジョン様。シュテナ様。こちらにいらしてるのは分かっております。今すぐお戻りを。アイリスすまないが今日はお二人は都合があるのでまた……ん?イクト。アイリスは如何したんだ」
二人は挨拶もそこそこに仕立てを頼みたいというがアイリスの姿がないことを不思議に思う。
その時慌てた様子のジャスティンが扉を開けて入って来るなりジョンとシュテナへと声をかけ、アイリスへと断りをいれるが彼女がいない事に気付きイクトに尋ねる。
「おや皆さんお揃いで。ですがすみません。アイリスは今大会用の服の制作中でして。注文なら俺が承りますがどうされますか」
「あら、そうだったんですね」
「今度行われる大会にアイリスさんが出場されるんですか……そうですか。アイリスさんならきっと優勝間違いなしですね」
「……お二人とも分かっているとは思いますがその大会は国が主催します。そうなれば必然的に出席なさることとなります」
彼の言葉に二人が納得しているところへとジャスティンが冷静な態度でそう説明した。
「「!?」」
「ん。何のお話をされているんですか」
それを聞いた途端冷や汗を流し慌てる。そんな二人へとイクトが不思議そうな顔で尋ねた。
「い、いえ。こちらのことですので気になさらずに。それよりもわたしも応援しているとお伝えください」
「僕も妹と一緒に応援してますので。頑張ってくださいとお伝えください」
慌ててシュテナが取り繕うとジョンもそう言って頼む。
「……私も仕事があるから見には行けないが応援していると伝えて欲しい。アイリスの邪魔はしたくないでしょう。今日は素直にお戻りくださいますね」
「分かっているわよ。もうジャスティンは頭が固いんだから。少しくらい出歩くくらいでいちいち小言は言わないで欲しいわ」
「また大会が終わったらお邪魔するとお伝えください。それじゃあシュテナ、ジャスティン。帰ろうか」
「はい」
「はい。ではイクト私達はこれで失礼する」
三人の間でやり取りは終わったようで今日はこのまま帰ることを伝えた。
「隊長も大変ですね。お仕事お疲れ様です」
「ああ。……さあ、参りましょう」
イクトの言葉にジャスティンが小さく頷くと二人に店を出るよう促す。
「それでは、お邪魔しました」
「さようなら」
ジョンとシュテナが言うと一礼して店を出ていく。ジャスティンも二人を護衛するように後ろへとつき店内を後にする。
「皆アイリスに気を使ってくれているようだし、本当にこの街の人達に愛されているようで良かった……さて、今日は一日ゆっくりできそうだから普段やれないことをして過ごすかな」
イクトが言うと仕事に戻る。そのころ作業部屋に入り服作りをしているはずのアイリスなのだが、なかなかいい案が浮かばない様子でデザイン画を描いては丸めて捨てるを繰り返していた。
「ん~。こんなんじゃだめ。なんか私らしくない。私お客様の服を作ることはできても、大会用の誰も着ない服を作るのはできないんだわ……こんなんじゃイクトさんの期待に応えられないよ」
俯き悩むと作業台の上へと突っ伏す。
「どんな服を作ればいいのか全くアイデアが出てこない。このままじゃ大会に出場する事さえできやしないわ」
「アイリス。頑張っているようだね」
悩みでうんうん唸っている彼女の耳にイクトの声が聞こえてきた。
「イクトさん……私全然だめで。どんな服のデザイン画を描いてみてもしっくりこなくて。このままじゃ……」
「……アイリスは何でお針子になりたいと思ったんだい」
「それは子どもの頃おばさん達との旅行でこの街に来た時に見たこの仕立て屋アイリスで働きたくて、だからライセンスを取得したんです」
アイリスがお手上げと言った様子で話した言葉に彼が優しく尋ねる。その言葉に彼女は素直に答えた。
「うん。そうだったね。それじゃあ質問を変えるね。お店で働いてみてどう思った」
「お客様が私の仕立てた服を着て喜んでくれたのが私も嬉しくて。もっとお客様の笑顔が見たくてお客様に満足して頂けるそんな服を作りたいってそう思って毎日働いてました」
それを聞いたイクトが同意するとさらに質問する。アイリスは働いてみて自分が感じたことを伝えた。
「うん。実は今日マルセンやマーガレット様。ミュゥさんに隊長。ジョン様にシュテナ様。それ以外にも君が服を仕立てたお客様がいらしてね。皆君が大会に出るって聞いて応援していると伝えて欲しいと頼まれたんだ」
「へ?」
彼から伝えられた言葉に彼女は驚いて目を大きく見開く。
「君はこの一年の間にこの街の人達の笑顔のために服を仕立ててきた。そんな誰かのために一生懸命に頑張って服を仕立てる君を皆応援したいと思ったんだよ。だからねアイリス、君が今回の大会にどんな服を作るのか皆みてみたいと思っている。そして楽しみにしているんだよ」
「皆さんの期待に私……応えられるでしょうか」
話しを聞いて不安になった彼女は瞳を曇らせ俯き小さな声で言った。
「そこは君の頑張り次第だよ。ただ。君がこのお店で働いてきてお客様のために服を仕立ててきた事。その優しい気持ちを忘れずに服を作ればいいんじゃないかな」
「イクトさん。有り難うございます。おかけで私どんな服を作ればいいのかが見えてきました。私が作りたい服は。大会に優勝するために作るんじゃない。その服を着てみたいって人達のために街の皆のために最高の逸品を仕立ててみます」
優しく語りかけてくるイクトの言葉に励まされたアイリスは眩いばかりの笑顔になり答える。
「うん。瞳が宝石みたいに輝いている。それならもう大丈夫だ」
「はい」
彼も笑顔でもう安心だと判断する。彼女も力強く頷くと早速この気持ちを忘れないうちにとデザインを紙に書き始めた。
そうして出来上がったデッサンを基に服の素材を選び仕立てていく。作品が完成したのは閉店した後の事だった。
「できた……」
「お疲れ様」
達成感に浸っていると紅茶を持ってきたイクトが部屋へと入って来る。
「イクトさん見て……あ。でもイクトさんは審査員だからこれを今見たら反則になってしまうんでしょうか」
「そうだね。残念だけど今は見てあげられない。だから大会で君の作品を見るのを楽しみにしているよ」
今までのようにイクトに見てもらおうと思ったアイリスだったが彼が審査員であることを思い出しそう言った。
イクトも残念そうに笑うとそう言って伝える。
「はい。私の中では自信作なんです。なのできっとイクトさんに認めてもらえると思います」
「それは楽しみだな。アイリスがどれほど成長したのか早く確認したいがもう少し待つことにするよ」
胸を張り語った彼女へと彼が微笑み話す。
こうして作品作りは無事に終わり、時間はあっという間に過ぎ去り大会当日の朝を迎えた。
「……大丈夫。大丈夫よアイリス。自分の作った服に職人の誇りを持ちなさい」
大会の会場へと赴いたアイリスは緊張と不安で押しつぶされそうな自分を激励して作品を持ち受付へいく。
「仕立て屋アイリスのアイリスです。本日はよろしくお願い致します」
「はい。アイリスさんは番号札18番となります。これを持って会場へお進みください」
「はい」
受付をすませると会場となる大広場の中へと入る。そしてたくさんの作品が飾られている中に自分の服が新たに飾られた。
その様子を見守りながら、周りの服を見ては不安にかられる心を抑え込む。
「それではこれにて受付は終了いたします。開催に先立ちましてまずは国王陛下よりお言葉を頂きます」
「今回我が国で仕立て屋の大会が開催される運びとなったこと大いに嬉しく思う。これを機に我が街の職人達がより切磋琢磨し一流の職人へとなってくれたらと思う。この国の発展と世界との交流をこれからも続けていきたいと思いわしの挨拶を終了とする」
「それではこれより審査を始めたいと思います。審査の間皆様は自由にお過ごしくださいませ」
司会者が言うと国王の挨拶が始まり大会が開催される。審査をしている間は皆それぞれ自由に他の人の作品を見たり自分のお店の宣伝をしたりとして過ごす。
「……あ。マーガレット様。それにミュゥさんにマルセンさんも。あら、あそこにいるのはジョン様とシュテナ様。それにジャスティンさんも。お仕事だって聞いてたけど来てくれたんだ」
そんな中一人だけ審査が終わるのを固唾を飲んで見守っていたアイリスの目に観客達の中に混ざるマーガレット達の姿を見つける。
来賓席にはいつもとは違って豪華な服に身を包んだジョンとシュテナの姿もあり、その後ろにまるで護衛するかのようにジャスティンが立っていた。仕事があると聞いていたのにきてくれていることが嬉しくて微笑む。
「審査も終わりましたのでこれより結果を発表したいと思います」
「ではわしから結果を発表しよう。今回はどれも素晴らしい逸品ばかりで迷ったがその中でもより素晴らしい作品に準優勝と優勝をつけさせてもらった。まず準優勝は……」
「……」
司会者が言うと国王が表彰台の前に立ち静かな口調で言う。皆次の言葉を固唾を飲んで見守った。
「準優勝は5番フィルランデンの職人カイザル殿。そして優勝は……」
「……」
準優勝者が発表されるとしばらくの間沈黙が続く。国王が次になんというのかを会場中が見守っていた。
「優勝は18番仕立て屋アイリスのお針子アイリス殿だ」
「へっ?」
国王の口から出た言葉にアイリスは耳を疑いあっけにとられる。
「やりましたわね。まあ、わたくしが応援していたのですから当然ですわ」
「お~。流石アイリスさん。オメデトございまス」
「やったな。アイリス!」
観客達の間から大きな拍手と祝いの言葉があっちこっちから上がった。
「では優勝した仕立て屋アイリスのアイリスさん表彰台へどうぞ」
「は、はい」
暫く放心状態だった彼女だが司会者の言葉に慌てて返事をすると表彰台へと向かう。
「アイリス殿おめでとう。君はその年で審査員達皆が納得する「国宝級」の作品を作り上げた。君の作品に非の打ちどころなどどこにも存在しない。とても素晴らしい作品だったよ。これからもこの街のお針子として、いや一人の職人としてこの街で仕立て屋を続けて行ってもらいたい」
「はい。国王様有り難うございます」
国王が言うと表彰状と優勝賞品が贈られる。アイリスはそれをしっかりと受け取ると嬉しくて笑顔でお礼を言った。
「アイリスさんおめでとうございます」
「流石の出来ですね。アイリスさんの作品には人の目をひきつけてやまないそんな魅力を感じました」
「ジョン様。それにシュテナ様もどうして王様の隣に?」
国王の隣に立ち嬉しそうに微笑んでいる二人に彼女は不思議そうに首を傾げる。
「おや、そんなにおかしなことでもなかろう。この二人はわしの息子と娘なのだから」
「ち、父上!」
「お父様それは――」
今度は国王が不思議そうな顔をするとそう説明する。ジョンとシュテナが焦って口を開く。
「へ……ええ!?それじゃあお、お二人は王子様と王女様だったんですか」
「……ごめんなさい。僕達の正体がばれたら普通に接してもらえなくなるんじゃないかと思ってずっと黙っていたんです」
しかししっかりと事実を聞いてしまったアイリスは驚き二人を見やる。そんな彼女へとジョンが申し訳なさそうに頭を下げて謝った。
「そ、そんな。顔をあげて下さい。知らなかったとはいえとんだ御無礼を」
「アイリスさん。どうかこれからも今まで通りただのお店のお客様と店長って事でお願いできませんか」
恐縮した態度になるアイリスへとシュテナがそうお願いする。
「……そんなの勿論です。だってお二人は私にとって大切なお客様であり、私がこの街にきてできたお友達なんですから」
「ありがとう御座います」
「アイリスさん。ありがとう御座います」
不安そうな二人に彼女は笑顔になるとそう言って答えた。それを聞いたジョンとシュテナは嬉しそうに微笑む。
「アイリス。優勝おめでとう。君が優勝して私も嬉しく思う。そしてこれからもまた君のお店へと顔を出させてもらうよ」
「ジャスティンさん。ありがとう御座います」
王子と王女の後ろで控えているジャスティンが表彰台から降りようとするアイリスへとこっそり声をかける。その言葉に彼女は嬉しくて笑顔でお礼を言った。
「アイリス。おめでとう。君の作品は一流の職人達もそして仕立て屋協会の人達をも認めさせた。これはとても凄いことなんだよ。俺も君がここまで成長していたことを知れて嬉しい。これからも仕立て屋アイリスの一員としてよろしく頼む」
「はい!イクトさん。これからもよろしくお願いします」
大会も終わりもうお開きとなった時イクトがそっとアイリスの側へと近寄り声をかける。
一流の職人や協会の人が認めてくれたことよりも何よりも、彼が自分の仕立てた服を認めてくれたことが嬉しくて満面の笑顔で答える。
こうしてアイリスは誰もが認める一流のお針子としてこの国一番の職人となった。
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