ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~

水竜寺葵

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第六章 シュテナの兄来店

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 翌日。開店と同時に周囲を気にしながら一人のお客が来店する。

「失礼します」

「いらっしゃいませ、仕立て屋アイリスへようこそ」

帽子を目深までかぶった品のいい少年が入店するとアイリスはお客のそばまで寄っていく。

「昨日シュテナがこの店にきたと思うんだけど、あの子はまだ買い物の仕方がよく分かっていなくて、お金も払わずに服だけもらって帰って来てしまったようで……使いの者を出すなんて言っていたから僕が代わりにお支払いに来ました」

「ああ。シュテナ様のご家族の方ですか。どうぞお気になさらずに。貴族の方なら自分で払わない方も見えますので。こちらが伝票になります」

困った顔で謝ってくる少年へと彼女は首を振って答え伝票を渡す。

「ありがとう。それから……昨日シュテナがドレスを自慢しまくっていてね。それでよかったら僕の服も仕立ててもらえないかと思いまして」

「畏まりました。どのように仕立てましょうか」

「王女のお披露目パーティーの時に着る礼服を仕立ててもらいたいんです。でも主役が引き立つようにしたいので、僕は控え目な服が好ましいかと思うので、なるべく豪華にはしないようにお願いしたい」

お客の言葉にアイリスは了承するとどのように作るのかを尋ねる。それに少年がそう言って注文した。

「分かりました。早速型紙を起こさせてもらいたいのですが、お体のサイズを測っても宜しいでしょうか」

「それならこちらの記録を基に作ってください……それから僕が来たことはできるだけ内密にお願いします」

「?はい。分かりました」

お客の言葉の意味が理解できずに不思議に思ったが小さく頷く。

「では、お願いします。明日の朝取りに参りますので」

「はい」

少年は翌朝取りに来ることを伝えると店から出ていった。

「……今の子シュテナ様のお兄さんかしら」

「そうだね、お顔がそっくりだったからそうなんじゃないかな」

お客が出ていった後イクトへとそう声をかけると彼も同意して話す。

「さっそく型紙を作らなくちゃ」

「それじゃあ。後は任せたよ」

「はい。イクトさんも会議大変ですね」

いつものごとく会議へと出かける準備をするイクトへとアイリスが声をかける。

「そうだね。でもそれだけ国を挙げて気合を入れているのかがよく伝わってくるよ。それじゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃい。さて、と。私もお仕事頑張らなきゃ」

彼が店から出ていくと彼女は気合を入れて作業部屋へと向かった。

それから接客をしながら服を仕上げる。ミュゥが呼び込みをしたおかげかお店は繁盛し目が回る忙しさの中気が付けば夕方となっていた。

「ただいま」

「お帰りなさい。イクトさん、今日は目が回るほどの忙しさだったんです。お客さんの対応に精一杯でいろいろと失敗してしまいました」

イクトが帰ってくると彼女がいる作業部屋へとやって来る。彼の姿を見たとたん今日一日の出来事を伝えた。

「それは大変だったようだね。お疲れ様」

「マルセンさんやマーガレット様にジャスティンさんやミュゥさんが助けてくれなかったら私、今頃失敗したことを引きずってお店の経営どころじゃなかったかもしれません」

「皆に助けられてばかりってわけにもいかないからね、これからは失敗したら少し落ち着いて考えて行動できるように変えて行ってみようか」

「はい……」

優しい口調で諭すように教えてくれる彼の言葉に、アイリスは情けなさを感じながら小さく返事をする。

「それで今朝ご来店されたお客様が頼んだ品は完成できたのかな」

「はい!一日がかりになりましたが何とか完成しました。こちらです」

イクトの言葉に出来上がったばかりの服を広げて見せた。グレーのスーツの襟には金色のラインがほどこされネクタイの青がアクセントとなっている。

「うん。とても丁寧な仕事だね。忙しかったのによく頑張った。これならきっとご満足して頂けると思うよ」

「はい」

素朴ながらに華やかさと気品を感じる逸品に彼がアイリスの仕事を褒める。彼女はイクトが納得してくれる品が作れたことが嬉しくて笑顔になった。

そして翌日。約束通りに少年が開店とともに来店する。

「おはようございます。昨日頼んでいた服を取りに来ました」

「いらっしゃいませ。どうぞこちらになります」

お客の言葉に服を手に持ち小走りで駆け寄ると広げて見せた。

「これはとても丁寧な作りですね。国宝級の品をその若さで作る事ができるなんて凄いです。早速試着させてもらってもいいですか」

「はい。どうぞこちらへ……」

「こうやって着てみるとシャキッと背筋が伸びる感じがします。それに重くなく動きやすい。これならきっとシュテナも喜んでくれそうだ」

「お気に召したようで嬉しいです」

姿見に映る自分の格好にとても気に入った様子で微笑む少年。アイリスも満足してもらえて嬉しそうに笑う。

「早速お会計を」

「はい」

試着を終えて出てくるとお客がそう言って会計を頼む。彼女は返事をするとカウンターへと向かい伝票を用意する。

「アイリス、この前頼んでいたドレスの仕立ては終わっていまして」

「あ、マーガレット様いらっしゃいませ」

その時扉が開かれマーガレットが来店した。カウンター越しにアイリスは笑顔で出迎える。

「いらっしゃいお嬢様。申し訳ないですが俺はこれから出かけるので……お相手して差し上げられないのですが」

「イクト様はお忙しい身ですものね。わたくしのことはお気になさらずに。お仕事頑張ってくださいね」

イクトも会議に出かける準備を整え店に出てくると申し訳なさそうにそう話す。彼女はゆるりと首を振ると笑顔で見送る。

「うん。それじゃあアイリス行ってくるね」

「はい。店番は任せて下さい」

マーガレットへと笑いかけるとアイリスへと声をかけて出ていく。扉を開けて外出する彼へと彼女も声をかけ見送った。

「あら、先客がいらしたのね。ならわたくしは少し待たせてもらいますわ」

「申し訳ない。直ぐに終わりますから」

先客がいた事に気付いたマーガレットが少年を見て言うと彼は申し訳なさそうに謝る。

「あら?あなた……どこかで見た顔ですわね」

「僕のような顔の者など大勢います。きっと気のせいでしょう」

「まあ、あなたも見た感じ貴族の方のようですから、どこかのパーティーでお会いしたことがあるのかもしれませんわね」

「ははっ……そうでしょうね」

少年の言葉に納得して頷く彼女に彼は苦笑を零して相槌を打つ。

「お待たせしました。こちらが伝票になります」

「ありがとう。それじゃあ僕はこれで失礼します」

アイリスから伝票を受け取ると会計をすませ少年はいそいそとお店を後にする。

「マーガレット様お待たせしました。こちらがこの前頼まれていたドレスです」

「まあ、今回のは明るい色ですのね。それにこの逆チューリップ型のふわふわのスカートも気に入ってよ」

ドレスを見た彼女が嬉しそうに満面の笑みを浮かべて言う。

「お気に召したようでよかったです。お披露目のパーティーに出席なさると伺ったので地味な色よりも明るい色の方がよろしいかと思い、お嬢様は赤色系統が似合うのでワインレッドの生地を選んでみました」

「あいかわらずその観察力だけは認めてあげても良くってよ。それじゃあまた様子を見に来るから、イクト様にご迷惑をかけるんじゃありませんことよ。昨日だって失敗してお店においてある商品をぶちまけたんですから」

「は、はい」

マーガレットの言葉に彼女は畏縮して頷く。

「べ、別にあなたが失敗して困っていないかとか心配できているわけじゃなくってよ。ただわたくしがしっかり見張っていないとまたドジをするんじゃないかと思って」

「分かっていますよ。マーガレット様の優しさ身に沁みます」

「ふ、ふん。それが分かっているなら結構です。それじゃあね」

聞いてもいないのに理由を説明する彼女へとアイリスは小さく笑うとそう言って頭を下げる。マーガレットは照れた顔を隠すように明後日の方向へと向くとそう言って店から出ていった。

「お~。アイリスさん。今日も元気そうですネ」

「ミュゥさん。いらっしゃいませ」

お昼を回った頃ミュゥが来店する。笑顔で近寄ってくる彼女へとにこやかに対応した。

「今日は如何されたんですか」

「アイリスさんの顔を見に来ました。あなたを見ていると私元気になりまス。それからアイリスさんのお店宣伝しました。そしたら是非お店の場所教えてくれとこちらの方連れてきましタ」

アイリスが尋ねると彼女はそう言って背後にいるおばあさんを見やる。

「今度孫の誕生日でね。可愛いお洋服を仕立ててもらおうと思ってのぅ」

「分かりました。どのようにお仕立てしましょうか」

おばあさんの依頼を受けるとお客は「出来上がるのが楽しみだ」と言って店を出ていった。

「私もまた衣装作ってくださイ。それを着てこのお店宣伝します」

「あははっ……」

ミュゥの言葉に苦笑を零すと小さく頷く。

そうしてこの日も慌ただしい一日となり、イクトが帰ってくると今日の報告をして家へと帰った。

それから一週間が経ちジャスティンが依頼した品を取りに来る日となる。

「失礼する」

「あ、ジャスティンさんいらっしゃいませ」

お店の扉が開かれ彼が入店するとアイリスは笑顔で出迎えた。

「この前頼んだ服を取りに来た」

「はい、こちらになります」

「これはまた予想以上の素晴らしい出来だな。これなら王女様の護衛もしっかり勤めれそうだ」

「喜んで頂けて嬉しいです」

依頼した品を手に取って細部まで確認したジャスティンが笑顔で言う。彼女もまた自分の作った服を喜んでもらえて嬉しそうに笑った。

「ああ。また何かあったらよろしく頼む。それからここにもし王女様がいらしたら俺に教えてくれ。今度こそご忠告申し上げねばならないからな……」

「はい。王女様がいらっしゃるかどうかは分かりませんが、もしいらっしゃいましたらジャスティンさんが心配していたことお伝えいたしますね」

「ああ。それでは失礼する」

彼の言葉にアイリスは了承するも王女様がいらしゃるなんてことありはしないだろうと思う。

お会計をすませたジャスティンがそう言うと店を出ていった。

それからその日はお客様の対応をしながら依頼された服を作ったりして過ごす。

アイリスの店に再び少年が妹を連れてやってきたのは三日後の事だった。

「「こんにちは」」

「いらっしゃいませ……ああ。この間の。今日は如何されましたか」

二人そろって入店するとアイリスが奥の部屋から出てくると兄妹に尋ねる。

「この間仕立てて頂いたドレスのおかげでとても素晴らしいお披露目パーティーになったのでそのお礼を言いに伺いました」

「僕も素敵なお洋服を仕立てて下さったお礼に参りました」

「そんな、お礼なんて。喜んでもらえただけで私は十分嬉しいですから」

二人の言葉に彼女は慌てて手を振って答えた。

「こんにちは。イクト様の足を引っ張っていなくって……!?」

「「あっ」」

マーガレットが店内に入って来ると兄妹の姿を見て驚く。二人も冷や汗を流して息を呑む。

「あ、マーガレット様いらっしゃいませ」

「この前お会いした時は気付きませんでしたが……お披露目パーティーの席でお会いしたお……」

「あ。あら、マーガレットさんお久しぶりです。ご機嫌如何ですか?」

「こんなところでお会いするなんて奇遇ですね。ちょうどお話がありまして」

「きゃっ」

「「?」」

アイリスが声をかけたのにも気づかずに彼女は口を開くがその言葉を遮るように、慌てて大きな声で兄妹が言うとマーガレットを店の隅へと連れ込む。

それをアイリスとイクトは不思議に思ったが、お客どおしの話を盗み聞くのは良くないと暫く様子を見守ることにした。

「どうして王子様と王女様がこんなところにいらっしゃるんですの」

「アイリスさんに服を仕立ててもらったおかげでお披露目パーティーは大成功したのでそのお礼を言いに来たんです」

「お願いマーガレットさん。わたし達が王族だってことアイリスさん達には内緒にしていてください」

小声で話しかけてきた彼女に二人も内緒話をする声で答える。

「僕達が王族だって分かったらきっと皆さん普通に接してくれなくなってしまいます。ですからお願いします」

「わたくしもこの国に住む者ですから、王族の方の頼みを無下にはできませんから秘密にしてほしいというのでしたら話したりは致しませんわ」

「ありがとう」

二人の話を聞いて承諾するマーガレットにシュテナが嬉しそうにお礼を言った。

「でもそんな心配無用だと思いますけど……それより城を抜け出してこの店に来ていることを隊長に知られたらどうするつもりですの」

「ジャスティンにはわたしがよく言って聞かせましたから、わたし達の事はみてみぬふりをしてもらっています。それにわたし達の正体も言わないようにと頼んでるわ」

彼女が小さく言うと続けて尋ねる。それにシュテナが笑顔で答えた。

「……隊長も苦労なさってますわね」

「あの~マーガレット様のお友達ですか?」

溜息交じりにマーガレットが呟くとしばらく様子を伺っていたアイリスが声をかける。

「そ、そうなんです。貴族の間ではよくパーティーが開催されるのですが、そこで知り合って仲良くなったんです」

「おや、そうだったんですか。それでこのお店で会って驚いたんですね」

シュテナが慌てて返事をするとイクトが納得して頷く。

「そうです。まさかマーガレットの行きつけのお店だとは知らなくて、でもおかげでこのお店に来る楽しみが増えました」

「……」

少年も同意する様に大きく頷き話す横でマーガレットは困った顔で二人を見詰めていた。

「僕の名前をまだ教えていませんでしたね。僕はジョンっていいます。またこのお店に来ることもあると思いますのでよろしくお願いします」

「はい」

「はい。分かりました。今後ともこのお店をごひいき下さると嬉しいです」

少年が名乗るとアイリスとイクトは笑顔で頷く。

「はい。それでは僕達はこれで失礼します」

「それでは、またお邪魔しますね」

ジョンとシュテナがそう言うと一礼してお店を出ていく。

「……わたくしも今日は用事を思い出しましたわ。また日を改めてきます」

「へ?はい。マーガレット様またのお越しお待ちいたしておりますね」

「それじゃあね」

マーガレットの言葉にアイリスは不思議に思いながらも頷く。彼女は早口にそれだけ言うと二人を追いかけるように店を出ていった。

「マーガレット様如何されたんでしょう」

「貴族のお嬢様だからね。いろいろと大変なんだろう。それじゃあ今日は会議もないし久々にアイリスの仕事ぶりを見せてもらおうかな」

首を傾げる彼女へとイクトが言うと微笑む。

「はい。今受けている依頼はこれだけです。それで今週中に仕上げなければならないのがこの三件になります」

「この店も大分人気が出たみたいだな。これじゃあ君一人にばかり負担をかけさせられないね。今日は閉店まで手伝うよ」

「イクトさんが手伝ってくださったらいつもよりも早く仕事ができそうです」

彼の言葉に嬉しそうに笑いながらアイリスは言った。

「うん。でも君ももう一人でお店番できるようになったのだから、俺に甘えてばかりではいけないよ」

「は、はい」

やんわりとした口調で言われた言葉に彼女は慌てて返事をする。

「それじゃあ、午後の仕事も頑張ろうか」

「はい」

気合を入れ直すと久々に二人で店頭に立ち仕事をこなした。その中でイクトはアイリスがもう一人でも大丈夫だと確信を得たのだが、彼女はまだそのことに気付いていない様子で一生懸命イクトへと指示を乞うては彼の下で働いていた。

(俺が教えられることはもうなさそうだな……しかしアイリスはまだそのことに気付いていないようだ。さて、どうしようか)

閉店した店で片付けをしながら今後どうそれに気づかせようかと頭を捻らす。

「イクトさん。それではお先に失礼します」

「うん。最近は明るくなったから大丈夫だと思うけど、気をつけて帰るんだよ」

片付けを終えて普段着に着替えたアイリスがそう声をかけてきた事で彼の考えは一度中断される。

「はい」

「……」

素直に返事をする彼女が店を出ていく後姿を見送りながら彼はあることを考えていた。

アイリスが立派に独り立ちできるようにとイクトの中である計画が始まりを迎えていたことを彼女はまだ知らない。
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