からくり少女と幽霊屋敷

水竜寺葵

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からくり少女と幽霊屋敷

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 倒れた机……散乱した部屋……赤く染まる床……止まった時計……

「いゃ~っ!!」

夕暮れの淡い光がステンドグラスの窓越しから差し込む薄暗い部屋の中で少女の甲高い叫び声がその場に響いた。


            からくり少女と幽霊屋敷


 ノイズのような音を響かせ激しく降りしきる雨の中で、俺は足を止めることなく夜の道を走り続けていた。

「参ったな……」

ひたすら走り続けるも雨をしのげる様な場所はない。

その現状に困り果て小さな呟きが零れる。

「っ! ……雷か」

遠くから聞こえてきた稲妻の音に俺は内心焦りながら何処か雨宿りできる場所はないかと注意深く辺りを見回す。

「ん? あれは……」

ちらりと森の奥に見えた小さな明かりに気が付き俺はそちらへと足を進めていった。

「屋敷……。有り難い。泊めさせて貰おう」

そう言うと足早に玄関まで歩いく。

「どちら様でしょうか?」

「旅の者ですが雨が酷く困っていたのです。一晩泊めさせて頂けないでしょうか?」

軽く扉を叩いていると中から女性の声がして俺に尋ねる。

俺はそれに事情を伝えて一晩泊めて貰える様に話した。

「少々お待ち下さい……」

女性の言葉に随い暫くそこで待つ。

「どうぞ、中にお入り下さい」

「どうも」

暫くすると先程の声の女性……メイドが扉を開けてくれる。

それに礼の言葉を述べ軽く頭を下げると中へと入っていった。

「まぁ。外は雨で大変だったでしょう」

「ええ、まぁ」

通された部屋の中にいた婦人が柔らかく微笑みながら俺に声を掛けてくる。

それに短く答えながらメイドから渡されたタオルで濡れた顔や手等を拭いていく。

「今日はゆっくり泊まっていくと良い」

「有り難う御座います」

屋敷の主の言葉に俺は答えると頭を下げた。

「そのままでは風邪を引くわ。風呂に入って温まってきたら」

「ええ。有り難う御座います」

「お客様。どうぞこちらへ」

婦人の有り難い言葉に一つ頷くと、メイドの声に従いその後を付いて行った。

「お客様。食事の用意が出来ておりますので、どうぞこちらへ」

「ああ。有り難う」

風呂から上がった俺に使用人の男性が近寄ってきて声を掛けられる。

その言葉に礼を言うと食事が用意されている部屋へと向かって彼の後について歩き出す。

部屋に入るとテーブルに向かい椅子に座っている夫婦と二人の子どもの姿が目に入る。

更に視線を動かすとメイドと声を掛けてくれた使用人を含めた男性が三人立っていた。

「どうぞ」

「あ、どうも」

俺と同じ年位だと思われる執事が椅子を引いてくれた為礼を言って座る。

「自己紹介がまだだったね。俺は魁という。こちらは妻の彩。息子の那留と娘の壱与だ」

この屋敷の主……魁さんが家族を順番に紹介してくれた。

「はじめまして」

「えへへ」

那留君が言うと軽く会釈する。

その横にいる壱与ちゃんが俺の顔を見てにこりと笑う。

そんな二人に答える様に口角をあげて笑みを返した。

「彼女は麗奈。メイドとして働いてくれている」

「どうぞ、宜しくお願い致します」

魁さんの言葉に随い麗奈さんが一歩前に出ると丁重にお辞儀する。

「彼は執事として雇っている仁。とても聡明な子でこの屋敷の全てを彼に任せている」

「御用のさいは何時でもお声がけ下さいませ」

主が続けて仁さんを紹介した。

その言葉に随い彼が一歩前に出ると丁寧に会釈する。

「彼は聡久。この屋敷の料理は全て彼が作ってくれている」

「どうも」

魁さんの言葉に随い聡久さんが言うと笑った。

「そして彼は子供達の面倒を見てくれている雪彦だ」

「宜しくお願い致します」

主が最後に雪彦さんを紹介する。

彼が笑顔で言うと一礼した。

「俺は那磔です。一晩ですが宜しくお願いします」

俺は言うと軽くお辞儀をする。

それに皆笑顔で迎え入れてくれた。


「那磔君。君は南に行くと昨夜言っていたね」

「ええ」

翌日朝食の席で魁さんが困った様子で口を開いた。

その言葉に一旦食事の手を休めて答える。

「実はそちらに行く道の途中にある桟橋が昨日の雷で一部壊れてしまって、修復するのに時間が掛かる様なんだ」

「え? ……そうですか」

主の言葉に俺は間の抜けた声で返事をした。

「貴方さえ良ければ橋が治るまでの間ここにいたらどうかしら?」

「それは有り難いですが。ご迷惑では?」

婦人の言葉に正直な気持ちを伝える。

「僕は別に構わないよ。壱与は如何だ?」

「わたしも全然良いよ。那磔お兄ちゃんとお話一杯したいし!」

那留君が言うと壱与ちゃんを見た。

彼女がその視線に気付き食事の手を休めると笑顔でそう答える。

「だそうだ。那磔君暫くの間ゆっくりしていきなさい」

「では、皆様のお言葉に甘えさせてもらいます」

魁さんの言葉に自然と口角が上がるのを感じながら俺は丁重にお辞儀した。



 朝食を食べ終えた後俺は運動がてら庭を散策し様と思い、中庭に続く廊下をのんびりとした足取りで歩いていた。

「貴方……」

「ん?」

不意に背後から女性の声がした為俺は怪訝に思いながらも振り返る。

そこには黒いショールを羽織これまた黒い頭巾を目深まで被った女性が立っていた。

「俺に何か?」

「ここは幽霊屋敷。早く逃げなさい。でないと……」

俺が尋ねると女性は鈴が転がるような声でおどろおどろしく話をし出す。

「……一生ここから出られなくなるわ」

「え?」

女性の言葉の意味を俺は理解する事が出来なかった。

俺は今の言葉の意味を理解する為に一瞬女性から目を逸らし、庭を見下ろして考えをまとめ様とする。

(あ。……壱与ちゃん。何所に行くんだろう?)

噴水の横を通り抜けて北へ向けて歩いていく壱与ちゃんの姿が見えた。

(て、そうじゃなくて)

「あの……っ?!」

別のことに気を取られていた俺は今置かれている状況を思い出し、慌てて目の前の女性へと顔を向けて言葉を発する。

だが目線を向けた先に彼女の姿は無かった。



 先程起こった出来事を理解することができないまま、俺は庭に出て好奇心から壱与ちゃんの後を追いかけていった。

「一体何所に行くんだろう?」

小さく呟いた時に前を歩く彼女が錆びた鉄の門を開けて中へと入っていった。

その姿に俺もその後を追って足を進める。

「ここは……」

そこは沢山の墓が広がる墓地だった。

「壱与ちゃん」

「那磔お兄ちゃん? 如何してここに?」

一つのお墓の前で手を合わせしゃがみ込んでいる壱与ちゃんの背後へと近付きそっと声をかける。

すると彼女がその声に驚き俺を見上げて不思議そうに訊ねた。

「たまたま後姿を見かけて何所に行くのか気になってね。勝手に後を追いかけてきちゃった。ごめんね」

「気にしてないよ。ここに着てくれて有り難う」

俺の言葉に壱与ちゃんが首を横に振るとにこりと笑って礼を述べる。

「……昔。この屋敷に住んでいた人達が殺される事件があったの」

「え?」

不意に彼女が静かな口調で話し出した。

唐突なその言葉に俺は驚き壱与ちゃんの横顔をまじまじと見詰める。

「その屋敷の主はお金持ちで、そのお金を目当てに泥棒が入ったの」

「……」

彼女の話を俺は無言で聞き入った。

「それを屋敷の人に気付かれて犯人は口封じのために屋敷にいた人全員を殺して、金品を奪って逃げていったの……」

壱与ちゃんは静かな口調で語り続ける。

「その殺された人達がこのお墓に眠ってるんだって、お父様は言っていたの」

彼女が話し終えると俺の顔を見上げてきた。

「……壱与ちゃんはそれで墓参りに?」

「うん。だって、何も悪い事して無いのに殺されちゃって、誰もお墓参りにこないなんて哀しいでしょ?」

そう訊ねると壱与ちゃんが純粋な笑顔を浮かべて答える。

「そうだね。あ、だからさっき有り難うって、言ったんだ」

「うん。那磔お兄ちゃんが来てくれて、このお墓に眠っている人達も有り難うって言ってると思うから」

俺が言うと彼女は大きく頷いて笑った。

「それじゃわたし帰るね。そろそろお勉強の時間だから」

壱与ちゃんが言うと立ち上がり、屋敷の方角へと向かって歩き去っていく。

「ん?」

墓の表面に『大切な私の家族』という文字が刻まれている事に俺は気付いた。

表側が綺麗なのに対して裏側にある墓に眠っている人達の名前が刻まれている部分は、何故か苔が蔽い茂っていて読む事が不可能だった。

「……変な墓だな」

俺は小さく呟くと踵を返して屋敷へと向けて歩いて行った。


 翌日。広間に顔を出すと屋敷の人達全員がそこで寛いでいた。

「皆さん。ここにいたんですね」

俺が声をかけると皆一斉にこちらを見やり笑顔で迎えてくれる。

「今皆で話をしていたんです。那磔さんの話も聞かせて下さい」

「旅をしている時の話なんて、面白くないぞ」

那留君の言葉に苦笑しながら話す。

「そう言わずに話を聞かせてあげて下さい。子供達が喜びますで」

「こちらに来て話を聞かせてくれませんか?」

「あんまり期待しないで下さいね」

彩さんの言葉に続けて魁さんも頼んできた。

それに再び苦笑して答えるとソファーへと近付いていく。

「那磔様。お茶をどうぞ」

「あ、麗奈さん。有り難う」

麗奈さんが側に寄ってくると、紅茶の入ったカップを置いてくれる。

それにお礼を言って一口飲む。

「那磔殿。旅をしている時はどのようにして夜を過していたのですか?」

「町に行けば宿を取れるが殆ど野宿だな」

雪彦さんが興味深げに質問してきた為即座に答える。

「野宿って本当にするんだ~。楽しそうだね」

「所が野生の獣なんかに襲われる危険があるから、あんまり安心して眠れないんだ」

壱与ちゃんの言葉に俺は口角を上げて笑むと答えた。

「那磔様は剣の腕を極める旅をしていらっしゃるので、襲ってくる獣等簡単にやっつけてしまうのでしょう?」

「まぁ、俺の方が強いって事を見せ付けて追っ払うかな」

「那磔様はお優しいのですね」

仁さんの言葉に答えると、今度は麗奈さんが口を開いて微笑んだ。

「う~ん。時と場合によるかな。こっちだって命の危険にさらされている訳だし、追い払えない時は……な」

「そうだろうね。誰だって自分の命の方が大事だろうからさ」

那留君達の前だから言葉を濁す俺に、聡久さんが補助するように話してくれる。

そうして俺は屋敷の人達と楽しい一時を過していった。


 ゆっくりとした時間を楽しんでいた時だった。

「ここか!」

「見つけたぜ!」

「っ?」

不意に扉が乱暴に開け放たれると、2人の冒険者達が部屋へと入ってきたのだ。

「な、何だ?」

「ん? あんたもここの悪霊を倒しに着たのか?」

俺が驚き立ち上がり声を上げると、剣士が話しかけてくる。

「あ、悪霊?」

「何だ? 知らないでここに着たのか?」

唖然とする俺に彼が訝しげに眉を顰めるとそう言った。

「ここは幽霊屋敷で有名なんだぜ」

「おれ達はその悪霊を倒しにこうしてここに着てるんだが……」

「何度倒してもまた直ぐに復活しやがるんだ」

彼等が口々に内容を俺に話して聞かせる。

「そこでおれ達は一つの答えに行き着いた」

「この中に悪霊の本体が紛れ込んでいて、そいつを倒さなければまた復活するじゃないか。ってな」

「そんな……」

冒険者達の言葉に俺は背後にいる住人達を見た。

主達を庇うように前に出て彼等を睨みつける、仁さん。聡久さん。雪彦さん。

その背後に那留君を抱きしめ冒険者達を睨む彩さん。

その二人を庇うように前に立つ魁さんと、その背後で震えている壱与ちゃんを落ち着かせる様に抱きしめている麗奈さん。

彼等が悪霊だなんてとてもじゃないけど俺には思えなかった。

「この人達は如何見ても人間じゃないか?」

「こいつ等は人間じゃねえ。おれ等は何度もこいつ等と戦ってる。あんたは素人だから分からないだろうがな」

俺の言葉に剣士が言うと馬鹿にした様に鼻で笑う。

「今日こそは成敗してやる」

「ま……」

「那磔様。危険ですので、お下がり下さい」

彼の言葉に声をあげて抗議しようとした時、仁さんに声で制され壁際に追いやられる。

「……何度御越し頂いても無駄ですので、お帰り願います」

「あんまりしつこいと……オレ達も黙っておかないよ」

仁さんの言葉に続けて聡久さんも低い声で話すと、威嚇するように鋭い目つきで彼等を睨みやる。

「俺達を呪い殺すとでも言うのか?」

「あら? その様な事私達は一言も言ってないわよ」

剣士の言葉に彩さんが皮肉な笑みを浮かべて冷たく言い放つ。

「何だと!!」

「お喋りはその位にしておけ。さっさと片付けるぞ」

怒り出す彼に向けてガンマンが軽く諌めると銃を構えた。


 緊迫する空気の中。状況を打破する手も見つからないまま俺はただその場に突っ立っていた。

「剣さえあれば……」

貸してもらっている部屋に置いてある剣を持っていれば、冒険者達を止める事ができただろう。

「……くそ!」

何も出来ないという悔しさで両手の拳に力を入れ、強く握り締めると目の前の遣り取りを見守り続けた。

「おりゃ!」

剣士が魁さんの背後にいる壱与ちゃんと麗奈さんに向け素早く走り込んでいくと剣を振り上げる。

「「っ!!」」

すかさず聡久さんが二人を庇うように前に出ると、その彼の前に仁さんが走り込み剣士を蹴り飛ばした。

「麗奈。那磔君を安全な位置に避難させなさい」

「畏まりました」

主の言葉に麗奈さんが返事をすると、俺の方へと小走りに駆けて来る。

「那磔様。こちらに……」

彼女が俺の右手首を掴むと早足に暖炉の前へと向かって移動していく。

「ここなら安全ですので、ここにいて下さいませ」

「麗奈さん。あの……」

暖炉の前に来ると麗奈さんが俺に向き直り安心させるように微笑みながら喋った。

俺は戸惑いながら口を開くが言葉が出てこなくて押し黙る。

「ここなら彼等の攻撃は届いてはきません。なので安心してここにいて下さいませ」

彼女は俺が不安になっているのだと勘違いしたのだろう。

落ち着かせるようにゆっくりとした口調で話す。

確かに冒険者達の間合いからは離れている為、この場所に攻撃が届くことは無い。

「いや……そうじゃなくて」

「……驚かれましたか?」

言葉が上手く出てこない俺に向けて麗奈さんが小さな声で尋ねてきた。

「えっ?」

「……突然、この様な事に巻き込まれて、さぞ驚かれたでしょう。申し訳御座いません」

彼女の言葉を理解できなかった俺は、間抜けな声を上げると目を瞬かせる。

麗奈さんが申し訳なさそうな表情で言うと頭を下げた。

「いや。麗奈さん達の所為じゃないし」

「那磔様……」

俺の言葉に彼女がこちらを見やると小さく微笑む。

「っ!?」

「え?」

麗奈さんが突然慌てた様子で顔の向きを変える。

その行動に驚きながら彼女の視線を辿り、俺も部屋の中央へと目を向けた。

「っ! 雪彦さん?! 仁さん?!」

目線を向けた先には冒険者の攻撃を受けて倒れ込む雪彦さんと仁さんの姿が。

その光景に俺は叫ぶように二人の名前を呼んだ。

「……残念」

「不正解」

「え?」

確実に急所を突かれたはずの二人が静かに立ち上がると、皮肉な笑みを浮かべてそう言い放った。

その現状に俺の頭は真白になり、困惑した思いで彼等を見詰めたまま呆然とする。


 何が起きたのか一瞬俺には分からなかった。

『こいつ等は人間じゃねえ』

先程の剣士の言葉が頭の中でぐるぐる回り反響する。

「そんな……」

魁さん達は本当に……?

「那磔様……」

「っ!」

ぼんやりしている俺に麗奈さんが控え目に声をかけてきた。

その言葉で意識を現実に引き戻した俺は彼女の顔を見やる。

「……驚かれましたか?」

「えっと……」

麗奈さんが先程と同じ言葉を静かな口調で呟く。

それに返す言葉が出てこなくて口ごもる。

「…………」

「……驚いたけれど魁さん達が悪霊だなんて、やっぱり俺には思えない」

彼女の落胆したような悲しげな笑みを見て、俺は慌てて言葉を紡いだ。

「那磔様。……有難う御座います」

「……」

麗奈さんの言葉に何も言えずに俺は、笑みを意識して口角を上げて答えることしか出来なかった。

「そうか! 分かったぞ! 本体っていうのは表に出て来る訳が無い。前に出ればやられるからな!」

「そうか! そうだよな! なら……何時も守られている奴。そいつが本体って事だな」

冒険者達の声に俺の意識は再びそちらへと戻される。

彼等が言っている事と、同じことを俺も思っていた。

(彼等のいう通り、仁さん達は確かに守っていた。だとすると……)

俺は意識を集中させて見え隠れする答えを掴む為に思案し始める。

「って事は、あいつ等が守っている……あの譲ちゃんが本体って事か!」

「きゃぁ!?」

「っ! 壱与ちゃん!?」

剣士が言うと仁さん達を薙ぎ払い壱与ちゃん目掛けて斬りかかった。

彼女は悲鳴をあげて倒れ込む。

その声に考え込んでいた俺は慌てて壱与ちゃんの名を叫んだ。

「っ! お嬢様!?」

「「「壱与!!」」」

「「壱与様!?」」

「壱与お嬢様!!」

屋敷にいる人達から悲鳴が上がる。

「っ、ふふふ……」

暫くその場に倒れて動かなかった彼女から笑い声があがった。

「残念。はずれ~☆」

「それじゃあ……」

そしてゆっくりとした動作で起き上がると、剣士の利腕を鷲掴みにして可愛らしい笑顔を浮かべたまま言い放った。

そんな遣り取りを見やりながら俺は、先程から見え隠れしているものの答えが頭の中に浮かびあがり、確信の付いた口調で小さく呟く。


 部屋の中は更に緊迫した空気が流れ始めていた。

「よくも壱与を……貴様等だけは許さん!!」

「……」

那留君が鋭く冷たい眼差しを冒険者達へ向けるときつい口調で叫ぶ。

壱与ちゃんの下に駆けてゆき彼女を抱きしめている彩さんも、無言で彼等に怒りの眼差しを向けていた。

「仁! 聡久! 雪彦! 手加減する必要は無い。そいつ等を叩きのめせ!」

怒りで頭に血が上っているのか、あの紳士的な魁さんですらきつい口調で言い放ち、剣士を睨みつけている。

「はい。旦那様」

「と、言う事だから……遠慮はしないよ」

「……覚悟して下さい」

その主の命令に仁さんが一つ返事をすると、怒りを押し殺した笑みで冒険者達を見やり、懐からナイフを取り出して構えた。

聡久さんも作り笑顔を浮かべて彼等を見ながら、壁にかけられていた拳銃を手に取ると構える。

雪彦さんは怒りを隠す事もせずにきつい眼差しで冒険者達を睨みつけながら、装飾用で飾れている骨董品の剣を手に構えた。

「お覚悟!」

仁さんの一言で場の空気が凍り付いたかの様に冷たくなる。

「……ゴク」

俺は生唾を飲み込み今までに経験した事の無い殺気に手に汗を握った。

「お嬢様に手を出すとは……許しはしない!」

「っ! 離せ!!」

「い・や・だ♥」

雪彦さんが剣をちらつかせながらゆっくりと剣士の下へ歩いていく。

彼が必死に鷲掴みにされた手を振りほどこうとするが、壱与ちゃんは全く離そうとはしない。

「覚悟!」

「っ! うわぁ!!」

「皆ここで死んだの。あの子を残して……哀しいね」

「え?」

雪彦さんが大きく剣を振り被ると、剣士目掛けて勢い良く下ろし斬りつけた。

倒れ伏す彼をぼんやり眺めながら壱与ちゃんが何か呟いていたが、小さな声だった為に俺にはよく聞き取れなかった。



 あれから何時間経過したのだろうか。

ガンマンが必死に声を掛けるが、剣士は床に倒れたまま動かない。

「申し訳ありませんが、お連れ様は先にお休みになられました」

「っ! 貴様!」

雪彦さんの言葉に彼が怒りで顔を歪ませる。

「そう怒らないで下さい。貴方様にもゆっくりお休み頂けるようにご用意致しておりますから」

「な!?」

直ぐ側で聞こえた仁さんの声に、ガンマンは驚き慌てて距離を置いて身構えた。

「おや、まだお休みになられませんか? では退屈しないようにお相手して差し上げましょう」

「小賢しい!」

仁さんの言葉に彼が憎憎しげに言い放つと銃を向ける。

「彼がいやならオレが相手になりましょうか?」

「煩い! 貴様等全員消えうせろ!」

彼の隣に立ち聡久さんが作り笑みを浮かべてわざとらしく訊ねた。

それにガンマンが半分叫ぶように言うと銃を乱射する。

「っ! そっちは……」

「っ!? ……雪彦!」

「くっ!」

那留君が乱射された銃弾を目で追うと驚愕の表情をして呟く。

魁さんが慌てて雪彦さんに命令を出す。

その言葉が終わる前から彼は慌てて駆け出すと、銃弾の放たれた方角へ向けて懸命に走るが確実に間に合わないだろう。

「うっ!!」

「っ! 麗奈さん!!」

あっちこっち移動しながら戦闘していた為に、冒険者達の攻撃の間合いがいつの間にか変わっていたのだろう。

乱射された銃弾の一つが麗奈さんの胸に当った。

彼女が苦痛に表情を歪めるとその場に崩れる。

俺は倒れきる前に慌ててその体を支えた。

「麗奈……」

「「「麗奈!!」」」

壱与ちゃんが驚愕の顔で小さく呟くと、その場に崩れるように倒れ込む。

魁さんと彩さんと那留君の悲痛な叫び声が、同時にその場に反響した。

「貴様!」

「ぐぁ!」

仁さんが怒りに歪めた顔をガンマンに向けると、ナイフで彼の急所を切り裂く。

彼は悲鳴をあげてその場に倒れ込んだ。


俺は彼女の体を支えながら出血し続ける左胸に手を当てて必死に止血しようと試みる。

「麗奈さん! 確り!」

「……那磔様。ご無事ですか?」

麗奈さんが俺の顔を見やると、弱弱しく微笑みながらか細い声で尋ねた。

「俺は心配ないから! 自分の事を心配しろ!」

「那磔様。あり、がと、う……」

俺は震える声でそう叫びながら止血を続ける。

彼女は一筋の涙を流すと小さく笑んだ。

「麗奈……」

那留君が小さく呟くとそっと目を伏せる。

彼の身体は静かに消えていっていた。

「麗奈~!!」

彩さんが涙を流しながら彼女の名を叫ぶ。

その彼女の姿も徐々に消えていく。

「麗奈! 麗奈!」

魁さんが必死に叫ぶ中。ゆっくりとその姿は消えていっていた。

「麗、奈……」

壱与ちゃんが青い顔のまま床に伏した状態で静かに目を閉ざし動かなくなる。

「「「っ! お嬢様……」」」

「え?」

仁さん。聡久さん。幸彦さんは少しずつ姿が消えていく中でも、必死に麗奈さんの側へと駆け寄ろうとしていた。

彼等の発した言葉に俺は驚き小さく呟きを零す。

「っ! 麗奈さん?」

支えている麗奈さんの体から重みが消える。

それに慌てて彼女の顔を見やると、幸せそうに微笑んだまま麗奈さんは俺の手の中で静かに眠っていた。

「麗奈さん!!」

一人きりになったこの部屋で俺は涙を流し絶叫する。


 麗奈さんの亡骸を抱え込んだまま俺は暫くの間その場で泣き崩れていた。

「那磔様……」

「え?」

突然誰かに声を掛けられたので俺は振り返る。

そこには黒い頭巾を被り黒いショールを羽織った女性が俺を見下ろして立っていた。

「……昔、この屋敷で殺人事件が起こりました」

「金品目当ての泥棒……しかし住人に気付かれ口封じの為に皆殺しされた。……本当は何があったんだ?」

彼女は俺を見下ろしたまま話しかけてくる。

その言葉の続きを俺は言うと麗奈さんの体を床に寝かせて立ち上がり、女性と視線を合わせて問いかけた。

「……あれは私が10歳の時の出来事でした」

彼女は静かな口調で語り始める。

――あの事件日に私は学園の夏休み合宿から戻りこの家に帰りました。

『ただいま……あれ?』

何時もなら私が帰る前から外で待っていて、出迎えてくれるはずの仁さんの姿がそこになかったのです。

『如何したんだろう?』

変だと思いながらも私は玄関の戸を潜り抜け鞄を置きに自室へと向けて歩いていきました。

『……変なの。雪彦さんも聡久さんも、何所にいるんだろう?』

何時もなら聡久さんや雪彦さんと擦違うのに、静まり返った広い廊下を私はひたすら歩いていきました。

『あれ?』

自室に向かう途中にある中央広間の扉が少しだけ開いていたのです。

『何だろう?』

普段扉はきちんと閉めるようにとお母様は言っていました。

疑問を懐いた私はそちらへと近付いて、そっと扉を開けて中の様子を窺ったのです。

『っ!?』

扉を開けたとたん私は絶句して目を大きく見開きました。

『お父様? ……お母様? ……お兄様? ……お姉様?』

床に倒れたまま動かないお父様達の下へと、私は恐る恐る近付いていきました。

『お父様……如何したのですか?』

幼かった私にはまだお父様達が二度と目を覚まさない事に、気付けないままその肩を揺すり続けました。

『お母様? お兄様? お姉様? ……っ! そ、んな』

何度声を掛けても揺すり続けてもお母様も、お兄様も、お姉様も、目を明ける事はありませんでした。

『っ!?』

ようやく冷静に周りが見える様になった時に、私はこの部屋全体が異常な事に気付きました。

乱暴に倒された机。色々な物が散乱する部屋に床一面の血の海。

それを見て私は言葉を詰まらせました。

『そんな……きぁっ?』

一歩後退りした時に私は何かに躓いてその場に転んだのです。

『何? ……っ!』

視線を向けて見た先にはお父様達と同じように血を流して倒れて動かない仁さんと雪彦さんの姿が。

『仁さん! 雪彦さん! っ?』

彼等の下へと駆け寄っていく途中で倒れている聡久さんの姿が目に飛び込んできました。

『っ! ……いゃ~っ!!』

私は涙を流しながらその場で泣き崩れました。――


 静かな部屋で俺は彼女の身に起きた出来事を黙って聞いていた。

「その後結局犯人は見つからず……この事件が解決する事はありませんでした」

「悔しさとか憎しみなんかより……寂しかったんだね」

語り終えた彼女の瞳を見詰めて俺はそっと呟く。

「哀しくて、辛くて……だから君は魁さん達と過ごした」

ぽつりぽつりと呟きながら彼女の顔を見続ける。

「そうする事で一人ぼっちの寂しさを、胸の内に沈めこんだんだよね」

「……」

俺の言葉に彼女は小さく頷いた。

「はじめはショックの余り、幻覚を見ているのだと思っておりました。でも……」

彼女はそこまで言うと大きく頭を振るい、その瞳に俺の顔を映す。

「それは私の寂しいと言う気持ちが外に出て形を成したものでした」

「君の気持ちに皆が答えてくれたんだね」

彼女の言葉に俺はそう言った。

「私は那磔様に嘘をつきました」

「桟橋は本当は壊れてなかった……でしょ」

瞼を伏せて申し訳なさげに話す彼女に俺は先に答えを言う。

「後で地図を見て調べたんだけど、この近くに桟橋なんて無い。だからあれは俺をここへ留めておく為の嘘って訳だ」

「……申し訳ありません」

俺の言葉に彼女が小さく謝る。

「那磔様に少しでも長くここにいて欲しかった……」

小さく呟かれた言葉に俺はあえて黙っていた。

「那磔様。……有り難う御座いました」

「さよなら。……麗奈さん」

彼女が優しい微笑みを浮かべて言うと静かに消えていく。

そんな麗奈さんに向けて俺は小さく囁いた。


 静かな屋敷の墓地で俺はお墓の前に花を添えて手を合わせた。

「ここなら皆いるから寂しくないだろ?」

目を明け墓へと向けて小さく呟く。

『大切な私の家族』と刻まれた後に『共に眠る』という文字を付け足す。

「ん?」

不意に背後から足音が聞こえてきた為、怪訝に思いそちらを振り返り見る。

「あんたここで何してるんだ?」

「この屋敷に泊めて貰った旅の者です。貴方こそここに何しに?」

白髪が混ざり始めている中年の男性が俺に声を掛けてきた為それに言葉を返した。

「わしは墓参りに着たんだ」

「ここの屋敷の人達を知っているのですか?」

彼の言葉に俺は驚き尋ねる。

「昔ここにはお金持ちの貴族が暮らしていてな。その大金欲しさに盗みに入った馬鹿な泥棒がいたんだ」

「え?」

男性は静かな口調で語り出す。

その言葉を聞いて俺は瞬きして彼の顔を凝視する。

「その男は盗みに入り屋敷の住人に気付かれて、ここで捕まれば家族や周りの者達から冷たい目を向けられると思った」

「……」

男性の話を俺は黙って聞いた。

「頭が真白になった男はパニックになり、側にあったナイフを乱暴に振り回した。気が付くと屋敷の住人達が血を流し倒れていた」

彼は話しながら墓に目を落とす。

「恐くなった男は血塗れたナイフを握り締めたまま、がむしゃらに屋敷から逃げ出していった……」

男性は墓に花を添えながら一旦息を吸い込む為に言葉を止める。

「それから男は人と関わる事を恐れ、深い山の奥で一人ひっそりと暮らしていた」

彼は再び墓に視線を向けると口を開いた。

「何十年も経ったある日。町で古新聞を回収する仕事をしていた男は、一つの新聞記事にあの屋敷の住人達が、あの日に亡くなったことが掲載された記事を読んだんだ」

男性は墓に手を合わせて祈りを捧げる。

「その時はじめて後悔と罪悪感を覚えた。若気の過ちなんて世間は言うが、人を殺してしまったらそれだけでは済まない」

「……でもその男性は罪を償おうとしてる。だから、ここに着たんですよね」

目を明けて墓を見詰める彼へと俺は言った。

「こんなことで許される事じゃないがね」

「有り難う御座います」

目を伏せて呟く男性へ向けて、俺は礼の言葉を述べる。

「え?」

「貴方がここに着てくれた事をこの墓に眠っている人達は、喜んでくれてると思うので」

彼が俺の言葉に驚きこちらを見やった。

そんな男性へ向けて俺は穏やかな口調で話す。

「ここで手を合わせてくれた事できっと、貴方を許してくれたと思います。ただ……」

そこまで言うと一度墓へと目を向ける。

「ただ、ここに墓参りに来てください。それだけがここに眠る人達への償いになると思うので」

俺はそう言って口角を上げて笑んだ。

「それでは俺は先を急ぎますので、ここで」

「ああ。……変わった青年だったな」

俺は言葉を交わすと踵を返してその場から歩き去る。

その背後から聞こえてきた男性の言葉に気付かぬ振りをしながら。

                      END
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