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~Another story~ 異世界から来た運命の子

六章 吟遊詩人の物語(うた)

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 旅芸人の一座の馬車に乗せてもらった刹那達は西の地へと向けての旅を続ける。

「ちょっとこの辺りで休憩しよう」

「この森を超えれば西の地に入るの。だからここで英気を養った方が良いって団長は考えたんだわ」

「お気遣い有り難う御座います」

キイチが言うと馬車を停める。不思議そうにする皆へとアゲハが説明した。それにアオイがお礼を述べる。

「姫さんやレナさんはずっと硬い床に座っているのも大変でしょう。こういう草むらでのんびり休むのも必要だと思ってね。それに噂では帝王の指示で四天王達が動き出したって聞いてる」

「いつ戦いになってもいいよう警戒しておかないとな。アオイもあまりおれ達の側を離れるなよ」

「それにレナもなるべく馬車の近くにいるように」

「はい」

(前から思っていたけどキリトって意外に過保護だよね)

目の前のやり取りを見ながら刹那は内心で思ったことを呟く。

(いや、キリトだけじゃないな。ここにいる奴ら皆アオイと麗奈に過保護だ)

内心で呟いた事を訂正する。しかしその中に自分も含まれていることに彼女自身は気付いていない。

「この辺りは本当に自然が豊かね。ねえ、ちょっとこの森の中を散歩してもいいかしら」

「それなら僕達もお供します」

アオイが言うとイカリが声をあげて皆は近くの小川の方へと歩いていく。しかしトウヤだけが付いては行かずに反対の方へと行ってしまう。その様子に気付いたのはキリトで睨めつけるような強い顔をして後を追いかけていった。

(トウヤが動いたか。これも予言書通りにって事か。疑っているキリトはやっぱりついていくんだね。ある意味生真面目な単細胞だね。ま、トウヤは分かっていての行動だからかなりの道化者だよね)

バカにしているような言葉だが彼女にとっては誉め言葉である。本人が聞いてそれに怒らないかと聞かれればそれはまた別の問題だが。幸いにも内心会話なので彼等自身がそれを知ることはない。

(僕も動くか? いや、まだ早いな)

刹那はそう考えるとアオイ達の方へと近寄っていった。

「なに皆して面白い顔してるのさ」

彼女等は何やら話をしている様子で難しい顔をする麗奈に頭を抱えるユキと困った顔をするアオイに一人だけおかしそうに笑うハヤト。そしてまったく意味が分かっていない顔のイカリ。その姿に刹那は思わず口を開いていた。

「この世界の地理について話していたのよ。ねえ、そう言えばセツナもこの世界の人じゃないよね? 倭人でも帝国の人とも顔つきも体つきも違うもの」

「それに現代日本語を知ってるしな。まさかお前この世界の人のふりをした異世界トリップ者だったりして」

アオイが言うと彼女の事を頭からつま先まで見やり尋ねる。ユキも本当は自分と同じ日本からきたんじゃないのかと言いたげな顔で聞いた。

「そんなこと知って君達の得になるとは思わないけど。僕は大宇宙せかい中に散らばった「影」を探してるからね。いろんなくにの言葉を知ってるのさ」

「セツナ殿は海の向こうの大陸にまで行っているのですか?」

それに答える代わりに事実を伝える。世界中の国と捉えたイカリが驚いて尋ねた。

「船には何度か乗ったこともあるし、空を飛んだこともある」

「空を? 鳥の様に羽もないのにいかにして空を飛んだのですか?」

「それってやっぱ飛行機に乗ったことがあるって事だろ。やっぱり未来人なんじゃないのか」

彼女の言葉に不思議そうな顔で彼がさらに質問する。ユキもほんとのこと言えよといいたげな顔で話す。

「小型の飛竜の背中に乗ってだよ」

「はぁ?!」

「ええっ!?」

「私飛竜とは物語の中の生き物だと思ってました。実際に存在するんですね」

「なんと。世界には飛竜なる珍獣が実際に存在するのですか? それは是非僕も見てみたいです」

実際にかつて飛竜の背中に乗り空を飛んだことがあるのだからたとえそれが刹那ではない「もう一人の自分」の記憶だったとしても嘘ではない。

その言葉に驚くユキとアオイとは対照的に瞳を輝かせる麗奈とイカリ。

「ははっ。セツナの話はとても面白いですね。是非今度ゆっくりと旅の話を聞いてみたいものです」

「長い物語になるよ。最後まで話を聞けるとは思えないし、まだこの旅は果てしなく続いているから結末おわりがないよ」

「それでも聞いてみたいわ。セツナの旅の物語を」

ハヤトが小さく笑うとそう言うので止めた方がいいといいたげに話す。その刹那の言葉に今度はアオイが微笑み口を開く。

「では今度ある吟遊詩人が唄った物語を一話ずつ語って聞かせてあげるよ」

「それは楽しみです」

「はい。私お話聞くのも読むのもとっても好きですので、セツナさんのお話を楽しみにしてますね」

「ま、退屈な話じゃなきゃ俺も聞いてやるよ」

皆が聞きたいと言ってくるとは思っておらず少し困った顔をした時、慌てて駆けてくる足音を聞いてそちらへと振り返った。

「姫様」

「アオイ」

「あ、トウヤさん。キリトさんもそんなに慌ててどうしたの」

足音の主はトウヤとキリトで、厳しい顔つきでアオイを呼ぶ。その様子に彼女は不思議そうに首をかしげて尋ねた。

「念のためこの周辺に帝国兵がいないか調べていたのです。そうしたら森の入口で帝国兵を引き連れた四天王のうちの一人ジャスティスを見かけましてね。どうやら我々がこの近くにきていることを知って命を狙っている様子です」

「こいつが怪しい動きをしないかと思い側で見張っていたら、帝国軍の兵士達を見つけた。奴等はすでにこの近くまで来ている。旅芸人の一座の馬車は守らねばならない。ここを知られるわけにはいかない」

「つまりこっちから接近して戦うって事だね」

二人の話にアオイが険しい表情になり言う。

(ジャスティスか。たしかそいつは瑠璃王国攻めの時軍師としておそれられた人物だって聞いたな。……どんな奴か会ってみる価値はあるね)

「そういうことです。幸い姫様方がこの近くまで来ていることは相手には知られてはいません。となれば万全の準備を整えこちらからおもむくのが一番かと思われます」

悪いことを企むような感じでニヒルに笑う刹那の様子に誰も気づくことなく、トウヤがそう言って提案する言葉にアオイ達が納得して頷く。

「レナは危ないから馬車の中で待っていてね」

「うん……アオイちゃん。皆さん気を付けて」

姫の言葉に麗奈が私も一緒に行きたいと言いたげな顔をしたが笑顔で見送る。

「麗奈、運命は間もなく君の胸の扉を叩くだろう。だからちゃんと留守番しててよ」

「? は、はい」

刹那の言葉の意味が解らず不思議そうにする。そんな彼女から視線を逸らすとアオイ達の後について馬車の下を離れていった。

森の中を突き進んでいると緑の軍服っぽい服を身にまとった男と数十人の兵士達の姿が見えてアオイ達は武器を構える。

「この近くに瑠璃王国の姫が率いる反徒共がいるはずだ。探し出せ」

「その必要はないわ。私ならここにいる!」

軍服のような服を着た男の言葉に凛とした声で姫の顔となった彼女が言う。

「貴方が四天王のジャスティスね。貴方の思い通りになんかさせない。私達は貴方達には負けないわ」

「自らおもむいてくれるとは好都合だ。ずっと姿をくらませていたままいればよいものを、反徒を率いて帝国に痣なす者を放っておくことはできない。よって貴様の命ここでもらい受ける」

アオイの言葉にジャスティスが両手剣を抜き放ち構える。一気に場の空気は電流が走るような緊迫感になった。

下手に動けばやられるとお互い思っているのか一向に動く気配がない。暫く睨み合いが続いて刹那は仕方なく動くことにする。

「下がってないと危ないよ」

「え?」

背後から聞こえた彼女の声にアオイが不思議そうに目を瞬く。すると次の瞬間敵兵の頭上から流星のような光が降り注ぐ。

「!?」

「今だ突っ込め」

「何が起きたか分かんないけど、う、うん。分かった。皆今よ突撃」

天から禍つ星でも落ちてきたのかと思い驚くジャスティス。その隙を刹那が逃すはずもなくそう声をあげた。何が起きたか理解できていない様子のアオイだったが彼女の言葉にはじかれたように返事をすると命令を下す。

アオイを筆頭にハヤト達や兵士達に旅芸人の一座の連中も皆一斉に敵の陣へと攻め入った。

「くっ……皆の者恐れるな。前へと突き進み姫の首を狙うのだ。姫を殺した者は帝王様よりお褒めの言葉を頂けることだろう。さあ、掛かれ!」

油断してしまった事に一瞬悔しげな顔をしたジャスティスだがすぐに態勢を立て直すため兵士達へと檄を飛ばす。その言葉に兵士達の士気があがり両軍入り乱れる大きな死闘が巻き起こった。

しかし南の地開放により元々いた兵士達より数が膨らみさらにはそこに旅芸人の一座も加わり威力を増した革命軍の勢いは止まらず、わずか数十人の帝国軍は押され始める。

「瑠璃王国の姫覚悟」

「姫様危ない! ……ぐぅ。……やぁあっ」

いつの間に近づいてきていたのかジャスティスがアオイの目の前にいて、彼女が避けるよりも相手の両手剣の刃の方がはるかに早く首を狙う。

それに近くにいたイカリが気付きアオイの前へと瞬時に駆け込み庇う。右胸から腕にかけて深い刀傷ができ痛みに一瞬顔を歪めるがすぐに態勢を立て直し長槍を相手の腕へと突き刺す。

「くっ」

「イカリよくやった。後は任せろ。はっ」

それにより手傷を負ったジャスティスが一旦アオイの側を離れる。そこに二刀を構えてキリトが突っ込んでくると相手を切り裂く。

「ちっ……現状は不利か。皆の者一旦引け! ここはオレに任せろ」

「ですがジャスティス様はどうなさるのですか」

周囲を見回し帝国兵達のほとんどが深手を負っている状況に彼が声を張りあげ命令を下す。その言葉に側にいた兵士が躊躇った顔で尋ねる。

「オレのことを心配する必要はない。お前達は言われたとおりにすればいい。もしオレが戻らなかった時は例のあれを決行しろ」

「は、はい。皆の者撤退だ」

睨み付ける様に兵士を見て言うジャスティスの言葉に彼は慌てて返事をすると大声を張りあげた。その言葉に生き残った兵士達は撤退する。

(ふーん。ジャスティスって誰かさんみたいで敵には容赦ないけど仲間は死んでも守るってタイプか)

刹那は言うとジャスティスを見詰めた。彼を見ながら誰かを重ねているようで悲しそうな寂しそうな瞳になるが、今はぼんやりと過去の事を振り返っている時ではないと気持ちを切り替える。

「おやおや、ジャスティス。貴方一人残ってどうなさるおつもりですか? まさか一人でおれ達と戦おうなんて軍師と呼ばれ恐れられた貴方がするはずはありませんよね」

「瑠璃王国の姫命拾いしたな……」

トウヤの言葉にジャスティスが捨て台詞を吐き出すと武器を仕舞い兵士達が逃げた方角とは反対側の方角へと駆けて行った。

「あいつ逃げる気だぜ。良いのか後を追わなくて」

「素人の俺が見てもやばそうなくらいの怪我を負ったんだ。逃げたところであいつが生きているとは思えないな。ま、運が良ければ生きてるかもしれないけどよ」

「それに深追いするのはよくありませんよ。それよりもだいぶ遅くなってしまいました。レナが心配している事でしょうから一度馬車へと戻りましょう」

キイチが追って息の根を止めた方がいいんじゃないのかと言いたげに尋ねる。それにユキが言うとハヤトも同意した。それよりも一人で残してきた麗奈の事が心配だと話す。

「そうね、でもその前にイカリ大丈夫?」

「姫様に心配して頂けるとは有り難き幸せ。ですが何のこれしきどうってことありません。姫様が気に病むほどの怪我ではないのでどうかご心配なく」

早く戻りたいのはアオイも同じ気持ちだが目の前で血を流しているイカリの事が心配で声をかける。それに彼が柔らかく微笑み答えた。

「でも、こんなに血が出てるのに」

「止血をすれば問題ありません。ですからどうかお気になさらずに」

そう言われても留まる事のない血の滴を見ていると不安でたまらないといった顔をする彼女へとイカリが優しく笑い大丈夫だと念を押す。

「うん……本当に心配いらないのね」

「はい」

(本当は今にも痛みと熱で倒れそうだって言うのに……イカリって意外に我慢強いんだね。アオイに対して自分の不手際で怪我を負った事に関して心配させるのも嫌なんだろう。うん、どっかの誰かみたいに生真面目で自分の未熟さによりできた傷に対して心配されたくなくて嘯くタイプか)

その言葉にほっとしたのか笑顔になるアオイへと彼が力強く頷き答える。しかし本当は今にも痛みと貧血で倒れそうであることを見抜いている刹那は内心で言葉を零すと再び過去の事を思い出し瞳を曇らす。

「姫様、ご無事ですか?」

「団長。アゲハさん。大丈夫ですか」

「え、どうして貴方達がここに?」

「おいおいお前ら、馬車の護衛は如何した?」

聞こえてきた兵士と旅芸人の女性の声にアオイとキイチが驚いて尋ねる。

「あまりにも姫様方の帰りが遅いので何かあったのではと思い援軍にきたのです」

「あら、それは心配かけさせちゃったみたいでごめんなさいね。でもレナちゃん一人残して貴方達までくるなんてあの子に何かあったらどうするつもりなのよ」

「ア、アゲハさん落ち着いてください。皆に心配かけちゃったみたいでごめんなさい。少し手間取ってしまって。でももう大丈夫。帝国軍は逃げていったわ」

それに兵士の一人が答えるとアゲハが心配をかけたことを謝るが、次の瞬間目を吊り上げて怒る。それに姫が慌ててなだめると援軍に来てくれた皆へと礼を述べた。

それからイカリの怪我を見るためにも早く馬車に戻ろうという事になり麗奈が待っているであろう場所へと戻る。

「レナただいま。遅くなってごめんね……って、あれ? レナ?」

馬車の中へと駆けこんだアオイだったが「アオイちゃん。皆さんお帰りなさい。無事で良かった」と声をかけてくれるはずのレナの姿はなかった。

「レナ、何処に行ったんだろう。まさか一人にされたことに気付いて皆を追いかけて森の中へ? うんん。いくらレナでも私達に心配をかけるようなことはしないはず。きっとこの近くにいるよね。探してみよう」

彼女は言うと馬車の近くを探し始める。

アオイが麗奈の姿を探しているころ刹那はキリト達とともに2台目の馬車の中に入りイカリの傷の手当てを手伝っていた。

「ぐっ……」

「酷い傷じゃないか。これのどこが大丈夫なんだよ」

彼女が止血して薬を塗り手当てしている間ずっとしかめっ面をして痛がる彼へとユキが呆れて言葉をかける。

「す、すみません。姫様に心配をかけたくなくて……あの、皆さんお願いです。このことは姫様とレナ殿には内緒にしていてもらえませんか。こんな醜い傷を見たらきっと……お二人を悲しませてしまいますので」

「分かりました。イカリの傷の事は二人には言いません。ですが、この傷で本当にこれからも戦いに参加する気ですか?」

それに申し訳なさそうに謝りながらも絶対にアオイと麗奈には言わないでほしいと頼む。それにハヤトが頷くが心配そうな顔で尋ねる。

「はい。この傷は僕が未熟だったため負った物。ですから、そのことで皆様の足を引っ張りたくはないのです」

「そこまで言うのならば戦いに参加することに異議は唱えないが、むちゃはするなよ」

「はい。有難う御座います」

イカリが自分のふがいなさに悔しそうな顔をしながら話す。それにキリトがそう言うと彼が嬉しそうに笑う。

「これはオレ達男達だけの秘密という事でトウヤあんたも言うなよ」

「美しい友情ですね。ですが、男だけの秘密というと何やら暑苦しく感じます」

(男だけってまだ僕のこと男だと思ってるのか……ここまで来たら言うのも面倒だしもうこのままでいいや)

キイチが笑顔で言った言葉にトウヤが嫌そうな顔で話す。

それを聞きながら刹那は内心で呟くと諦めた様子で結論付けた。

「貴様は口が軽いからな。アオイやレナに変な事を叩き込んだら許さないからそう思え」

「喋ったりなんかしないさ。どれだけおれのこと軽蔑してるんだ……昔の何でも信じ込み瞳を輝かせていたころのキリトの姿が懐かしいな」

「ああ、それはオレも思います。今のキリトはどうにも会話が続かなくて困ってましてね。あの頃の様に冗談や剣術話に花を咲かせたいものです」

「……お前等、今の俺は可愛げがない不愛想な大人になってしまったと言いたいのか」

キリトが彼を睨み付けて言うとトウヤがその視線を受けて溜息を零しながら話す。それにハヤトも同感だといった様子で声をあげた。

二人の言葉に眉間にしわを寄せながら彼が静かな口調で尋ねる。

「違うのか?」

「違いますか?」

「貴様等、ちょっと後で森の中へ来い」

同時に言われた二人の言葉に静かに怒りながらそう言い放つ。

「皆大変なの。麗奈の姿がどこにもないの!」

その時馬車の入り口の幕を荒々しく開けてアオイが入って来る。彼女の言葉に刹那とトウヤ以外の皆が不安そうな顔になる。

「心配しなくても大丈夫さ。麗奈は運命に導かれてちょっと外に出てるだけ。そのうち帰って来るよ」

「セツナ、レナの事が心配じゃないの?」

刹那の言葉にアオイが少し怒った顔をして言う。

「ここは神々や精霊に守られた森だ。心配はいらない。麗奈はすぐに戻って来るさ。それよりも探しに行くことの方のがかえって彼女の事を信じてない証拠だと思うよ。仲間ならさ信じてあげたら、必ず戻って来るってね」

彼女の言葉に皆が納得した様子で黙り込む。刹那のいう通り仲間なら信じてあげなくてはいけないのだ。いや、仲間だからこそ信じているのだ。彼女の無事を。そう言葉に含まれた意味を理解したからだろう皆が何も言わなかったのは。

麗奈は必ず戻って来る。そう信じて待つこととなった。

「アオイちゃん」

「あ、レナ。良かった無事で……どこに行っていたの? 心配したのよ」

刹那の言葉の通りに数秒後に麗奈が森の中から血相を変えた顔で戻ってくる。アオイが彼女の無事にほっとした様子で笑顔を向けると声をかけた。

「直ぐにこの森から出ないと。帝国兵が火を放ったのを見たの。このままここにいたら皆死んじゃう」

「!?」

「急いで馬車に乗り込んで。皆直ぐに出発するぞ」

青白い顔で震えながら話してきた麗奈の言葉にアオイが驚き目を見開く。キイチが御者席へと飛び乗ると大きな声を張りあげる。

皆が乗り込んだのを確認すると馬車は限界ぎりぎりのスピードで森の中を駆け抜けていった。

「……もう、大事な人達が火に焼かれて死ぬなんて嫌なの。……だからアオイちゃん達を守って」

「……」

火の手が後を追いかける様に馬車の後ろへと迫る中か細い声で麗奈が呟き祈るように指を組んだ。その声は誰の耳にも届いてはいない様子だったが、刹那だけはそれをしっかりと聞き拾っていたが何も言わずに窓の外から見える星空へと視線を向け続ける。

「……僕を受け入れてくれるの?」

そう呟くと共に彼女の体の中にこの世界の神々や精霊の加護の力が付属される。これにより刹那は「精霊」としての力の封印を解除する。べつに封印する必要はないのだが、あまりにも強すぎる力なのでこの惑星に影響を与えかねないため封印していたのだ。しかしこの世界に生きる神々や精霊達に認められたことによりこの星で「時の使者」としての能力が使えるようになった。

「レナが気付いてなかったら今頃私達は火の海の中にいたのかもしれないわね……」

「レナ。教えて下さり有り難う御座います。大丈夫ですか?」

「は、はい」

刹那の中で変化が起こっている事なんて知らないアオイ達が麗奈へと話しかける。それに彼女は返事をする。笑顔を意識しているのだろうがその顔は全然笑えていない。

「確かレナ殿のご家族とご友人は火事で亡くなられたとお伺いしております。もしかして嫌な記憶を思い出したのでは……」

「大丈夫です。もうずっと昔のことですから、でもアオイちゃん達が無事に帰って来てくれていて良かった。勝手に馬車を抜け出したことは本当にごめんなさい。でも何かに呼ばれた気がして……」

「その手に付けている腕輪はどうされたのですか?」

「これはよく分からないんですけど、馬車から出たら一匹の狼がいて、でその狼を撫でていたら光になって腕輪になったんです。その狼はきっと神様なんじゃないかな。その後でこの腕輪にいろんな神様や精霊さんの力が宿った気がするんです」

イカリの言葉に答えた彼女へとこれ幸いとばかりにトウヤが腕輪について尋ねる。しかし最初からその腕輪が何であり、麗奈がどこで何をしてきていたのか知っているので他の者達とは違い彼女の説明は話半分で聞いている様子だった。

「癒しの力……ね。それが本当なら確かに怪我をした時助かるけど」

「だが危険な場にレナを連れていくのはどうかと思うぞ」

「それを言うなら俺達も危険な場に引っ張り出されて正直迷惑してるんだけどな」

「しかし、姫様とユキ殿は戦えます」

考え深げに呟くアオイにキリトが話しかける。その言葉にユキが待てと言った感じで口を開いた。それにイカリが何が違うのかといった感じで不思議そうに尋ねる。

「戦えるって言うか戦う技術を得ないと生きてられないからしょうがなくだろ。正直に言うといまでも姫だから戦場で指揮をとらないといけないとか、軍の士気が下がるとかでアオイを危険な目に合わせている。その事を俺は認めたわけじゃない」

「まぁまぁ。ユキの言い分も分かりますが、戦うことを決めたのはアオイです。アオイの意志の強さは貴方も知っているでしょう。一度決めたら頑として譲りませんから」

「それは……だけどレナは別だろう。戦い方も知らないし防御だってできない一般人なんだぞ。いくら神々の力を得たからって絶対に安全だとは言い切れない」

「それは私もユキの言葉に賛成だわ。レナを危険な目に合わせたくないもの」

不機嫌そうに語ったユキへとハヤトがやんわり止めに入り話す。その言葉に確かにそうだけどと戸惑ったが麗奈は別だと言いたげに答える。その意見に姫も同意して頷く。

「姫様のご意見はもっともですが、これをどう決めるかはレナさんの自由ではないでしょうか」

「私今までずっと皆が無事に帰ってくることを待つだけでした。その度に心が張り裂けそうになるくらい悲しくてつらくて。だからこの癒しの力で皆さんを守る事ができるなら私は危険だと分かっていても一緒に側にいたいです」

「麗奈の意志は固いようだし。好きなようにさせてあげたら。何も出来なくて歯がゆい思いをし続けていたんだ。だからその腕輪の力であったとしても皆の手助けができるなら一緒にいたいんだろうから。それに……ただ無事であることを待つだけってのも辛くて悲しいものなんだよ。それなら何も出来なくても一緒にいて、側で見守りたい。そう願う麗奈の気持ちを理解してあげたら」

トウヤが言うと麗奈はこれ幸いとばかりに揺るがない気持ちで言葉を紡ぐ。それに刹那も連れていってあげればいいと話す。しかしその瞳はどこか寂し気で悲しそうだった。

「そうね。馬車にレナを一人きりにさせるのも不安だし、なら側にいれば守ってあげることもできるものね。分かった、レナを一緒に戦場に連れていく事にする。でも危険だって思ったら逃げてね」

「アオイちゃん。皆さんありがとうございます」

そんな様子には気付かずにアオイが頷くと笑顔で承諾する。他の皆も姫が決めた事ならばと異議を唱える者はいなかった。皆が同意してくれた事が嬉しくて麗奈は満面の笑顔でお礼を言う。

しかしこの場の空気は重苦しく誰もが納得しているわけでもなくただ漠然とした不安な時間が流れた。それに気づいているのかいないのか麗奈も表情が硬い。

「これはさある吟遊詩人が歌った歌の一説なんだけど……むかしむかしあるところに一人の少女がいました。彼女は七つの国の一つ「元」と呼ばれる国の領主に仕えていました。しばらくの間はとても平穏穏やかな暮らしをしていました。しかしある時ある「男」の策略により七国を巻き込んだ大きな戦が巻き起こり世界は東と西との真っ二つとなりぶつかり合うことになりました。その時後に「悪の子」と呼ばれ恐れられることとなる少女は戦を企てた「男」の策略を知りながら何もできずにただ悲しい歴史を繰り返す戦へと赴く主の事が心配で戦い方も知らないくせに付いていくと言って頑として譲らなかった。そして「男」の陰謀を阻止するために愛する主を守る為に悲しい結末しか迎えないと分かっているその戦へと着いていったのでした。……その少女は麗奈とは違い武器を持ち戦い方を学び主のために人を倒す覚悟と決意をして付いていく事となった。少女の願いはただ主や仲間達を助けたい。生きていて欲しい死なせたくないと願ったにすぎない。だけど主は少女だけは巻き込みたくないと願いできればその手を血で汚してほしくないと願った。二人の思いはお互いのことを思っての対立となったんだ。だからさ、今の麗奈とアオイ達も同じなんじゃないかな」

「なんだかそのお話悲しいね。でもそのお話に出てきてる領主と少女の気持ちはわかる気がする。私だって本当はレナやユキをこんな危険な戦いに参加させるのは本当は心苦しくていやだから」

「私もその「悪の子」って呼ばれることとなるという少女の気持ちがわかる気がします。私はその物語の少女のように戦えるようになるわけではありませんが、何も出来なくてもアオイちゃんや皆さんの側で守りたいと助けてあげたいとそう思うので」

静かな口調で吟遊詩人が唄った物語うたを語る刹那の言葉を聞き終えるとそっとアオイが口を開く。それに今度は麗奈が話して皆の顔を見詰めた。

「この物語の主人公である少女は結局は陰謀を企てた「男」をその手で殺すことにより悲しみの連鎖を繰り返していた戦いの時代を終幕へと導いた。しかしその「男」は友と呼んで慕った大切な人だった。そんな人を主のためだけに殺した。それが「悪の子」と呼ばれる所以だよ。だけどさ、麗奈はこの少女とは違う。だからもしかしたら誰も殺さずにこの戦いを終わらせることができるかもしれない。だからさ皆そんな不安そうな顔しないで、彼女がいる事で歴史は変わるかもしれないんだから」

「いやはや。セツナの話は難しくてよく分かりませんね。でも面白い話でしたよ。まるで本当の出来事のような迫力は感じましたね」

刹那がその言葉で締めるとハヤトが困ったように笑い話す。

「セツナのいっている意味はよくわからんが。要するに麗奈を戦場に連れていく事に不安がるなと言いたいんだな」

「成る程。たしかに何か起こったらどうしようと不安に思う事こそ心を乱し、敵と対峙した時にその隙をつかれればやられるかもしれない。だから不安に思わず大丈夫だという気持ちで臨めばこれから先の戦いつまり帝王との戦いも大丈夫だという事ですね」

それにキリトも言葉の意味を考えながら答える。彼の話にイカリも理解したといった顔で語った。

「なんだそういう意味か。なら回りくどい言い方せず最初っからそう言ってくれよ。要するに不安そうな顔をするな笑顔になれって言いたいんだろ」

「団長違うと思うわよ。レナちゃんが一緒ならこれから先の戦いの時に何かあっても私達の助けになってくれるかもしれない……ってことかしら?」

キイチもそれなら簡単にいえと言いたげな顔で話すとアゲハが苦笑してからそう言って首をかしげる。

「この話を聞いてそう受け止めたんならそれでいいよ」

「え、それじゃあ違うかもしれないじゃない。セツナ私達に分かりやすいように教えてよ」

「つまりセツナさんはレナさんの腕輪に宿った神々の力があれば今後四天王と対峙したりする時に役に立ってくれるのではないかと言いたいのではないでしょうか?」

投げやりな態度で答える彼女へとアオイが困った顔で尋ねる。それにトウヤが考えたことを答えた。

「それと歴史を変える事とどうつながるんだよ」

「それはその時になってみない事にはおれにももよく分かりませんよ」

それにユキが鋭く追及すると彼は小さく笑い答える。

「あんたいい加減なこと言ってるんじゃないだろうな?」

「もう、ユキ止めてよ。けんか腰になる事ないじゃないの」

「俺が悪いのかよ」

「ふふ。……あ、ごめんなさい。これから本当に皆さんと一緒に戦えるんだって思ったら嬉しくて。今までは一人で待つことしかできなかったけど、でもこれからは一緒にいられるんだって思ったらつい」

目の前でぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の様子に麗奈が小さく笑う。それに皆が不思議そうにして注目するものだから彼女は照れくさそうに頬を赤らめながら柔らかく微笑み話す。

それを聞いた途端皆がどっとして笑う。しばらく馬車の中は明るい笑い声であふれた。

「やれやれ。……ようやく笑ったか」

重苦しい空気を換えようと思い話した物語でこんな展開になろうとは思わなかったが、麗奈やアオイ達がようやく明るく笑ってくれたことに安堵する。

(戦場で何かあったらって考えて皆が不安な顔してたんじゃ麗奈も笑えないし、自分のせいで皆に迷惑をかけてるんじゃないかって麗奈が不安な顔してたんじゃ皆もどうしようかって思っちゃう。だから今は何も考えずに思いっきり笑え)

声に出して伝える事をしなかった言葉を心の中で呟くと彼女は誰にも気づかれないほど微かに微笑んだ。

「そう今は何も不安がることなんてない。未来は絶対に明るいに決まってるんだから」

預言書の通りに起こる未来を変える力を持っている彼女達の戦いの結末をまるで知っているかのような口調で刹那は呟くと満天の星空へと目を戻した。
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