大人気乙女ゲームの世界に来てしまったのでゲームの知識を駆使して生き残ります

水竜寺葵

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八章 消えた男達と領主ヴォルトス

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 四天王のうちの一人ジャスティスさんと会ってから暫く経ち、私達は燃え盛る森から逃げることに成功すると安全な場所で馬車を停めて野営することとなった。

「こちらに姫様とレナ殿の寝床を用意いたしました。今日はいろいろとありお疲れでしょう。どうぞゆっくりお休みください」

「有り難う。イカリも疲れてると思うからゆっくり休んでね」

馬車の中に寝床を用意し終えたと言って教えてくれるイカリ君にアオイちゃんがお礼を言ってゆっくり休むように話す。

「姫に案じて頂けて有り難き幸せ。では、僕はこれで失礼します」

「……ねえ、アオイちゃん。イカリ君何だか表情が悪くなかった?」

「へ? そうかな。きっと疲れているんだと思う。私だって疲れている時は表情硬くなるもの」

嬉しそうに微笑む彼の表情に違和感を覚えた私はイカリ君が立ち去った後アオイちゃんに聞いたが、彼女は疲れているのだろうと言って特に気にしていない様子。

「それならいいんだけど」

「レナも疲れたでしょ。ゆっくり休もう」

「うん」

イカリ君の様子が気になったが確かに四天王の一人と戦った後なのだから疲れているのだろうとアオイちゃんの言葉にぼんやりと考え事をしながら頷く。

そして私達は床に就き少しでも体を休めようと目を閉じて眠りの世界へといざなわれた。

「……ん」

暫くうとうとしていたのだが微かな物音を聞き拾い意識が浮上する。誰かが馬車の外にいるようだけど、こんな夜中に一体誰が?

「夢……かな」

きっと夢と現実の合間で幻の音を聞いたのだと思い再び眠ろうとすると今度ははっきりと大きな音が聞こえ慌てて意識を浮上させる。

「夢じゃない。誰かいる」

アオイちゃんを護衛する兵士が交替しに来たのかもしれないそう思ったが気になって起き上るとそっと馬車の外へと出た。

「……」

「イカリ君?」

そこにはこちらから背を向けた状態で左腕を抑えて佇んでいるイカリ君の姿があり私はそっと声をかける。

「!? あ、起こしてしまいましたか。申し訳ありません」

「い、いえ。何だか眠れなくて少し夜風に当たりたいなって思って……それよりもどこか痛むのですか?」

私の声に明らかに驚き慌てて振り返り謝る彼へと私もあせりながら答えると続けて尋ねた。

「……なんでもないです。これは僕が未熟だったせいです。ですから痛みなど苦になりません」

「やっぱりどこか痛いのを我慢してるんですね。悪化したりしたらよくないですよ。見せて下さい」

私の言葉に俯き呟いたイカリ君に近寄りどこが悪いのか診ようと手を伸ばす。

「っ……夫婦のち、契りを交わしていない女人に触れられるのは、それは破廉恥です」

「よく分からないですけど、怪我を診るのに結婚してるとかしてないとかは関係ないと思います」

慌てて背後へと退き顔を真っ赤にして説明する彼。だけどその意味が解らなくて私はそう言いながら怪我を確認しようとした。

「……い、いけません。怪我を見てはいけないのです!」

「!?」

身体を抱きしめ叫ぶイカリ君の言動に驚き私は立ち止まる。

「あ、大きな声を出してしまい申し訳ございません。ですが、この怪我はあまりに酷く、貴女が見るに耐えない怪我なのです。ですから貴女に見られたくはありません」

「私は、イカリ君がどんなに酷い怪我を負ったとしてもそれから目を背けたりなんかしませんし。その怪我によってイカリ君の事を異端な目で見たりなんか絶対にしません」

私は気付いた。彼がどうして怪我を見せようとしないのか。それは私達の世界では当たり前のように怪我をしたらそれを診て手当てするという習慣がある。

でもこの世界では酷い怪我をした人を哀れむどころかその醜い傷を見て嫌悪感を抱く人達がいる。悲しいことだがこの世界ではそれが当たり前なのだ。だから私に怪我を見られたくないのだと。

だからこそ私はできるだけ優しい表情を意識して穏やかな口調でそう話した。

「……レナ殿」

「ですからお願いです。私にその傷の手当てをさせてはもらえないでしょうか」

不思議そうなそして驚いたような瞳を私へと向けるイカリ君にそう言って頼む。

「……分かりました」

「有り難う御座います」

私の気持ちを受け入れてくれて頷く彼にお礼を言うとそっと近寄る。イカリ君は無言で上着を脱ぎ上半身だけ裸になった。

左胸から腕にかけて鋭利な刃物で斬られたと思われる深い傷跡ができていて、止血はしたようだがまだ肌の再生ができていないせいでそれは見ているだけでも痛々しくて、きっと本当は激痛に悩まされていただろうにずっと私達の前ではそれを隠していたことに心が締め付けられる。

「……」

「少しじっとしていてくださいね」

私が無言で傷を見詰めているので不安になったのだろうイカリ君の瞳が曇る。だから私は笑顔を意識して口角をあげるとそう言って腕輪をはめている手を傷跡にかざした。

「!? こ、これは……」

すると前回同様腕輪をつけているほうの手から暖かな光が溢れ彼の傷跡が見る見るうちに癒えていく。それにイカリ君が驚き目を大きく見開きながら小さな声を零す。

「これで大丈夫だと思います。どうですか、痛みはまだありますか?」

「それが……摩訶不思議な事に先ほどまで感じていた痛みがまったく感じなくなりました。それどころか怪我をする前の様に体か軽くこれなら武器を振っても大丈夫そうです」

私が言うとかざしていた左手をそっと離す。それに腕を動かしてみたりしながら彼が心底驚いた顔で語った。

「それは良かった」

「本当にその腕輪には人を癒す力があるのですね。今身をもって体験いたしまして確認できました。レナ殿のその癒しの力は姫様をお助けする事ができましょう」

怪我が治って本当に良かったと安堵しているとイカリ君がそう言って微笑む。だけどもともとこの力は私のものじゃない。それにこの癒しの能力を与えてくれた神様達の力がどれくらい使えるのかだって分からない。

「そんな。これは私の力ではないので……それにこの腕輪をくださった神様や精霊さんのおかげで私はこうして癒しの力を使えるようになったんです。今までは何もできなかった分少しでも役に立てるのならと思っているのですが、何処までこの力が使えるのかだって定かではないんです。皆さんが危険な状態になっている場面で使えなかったらって考えるととても怖くて……」

戦場に一緒に行きたいと願ってあの時はこの力があるから大丈夫だなんて豪語していたが今は不安で仕方がないのだ。だから私は素直な気持ちを言葉に出す。

「ですが、神々や精霊の力がそんな簡単に無くなるとは思えません。レナ殿は神々や精霊に愛されている。それだけ心の澄んだお方なのです。ですから、貴女が望めばきっと神々も精霊もいつでも力を貸してくれましょう。それに貴女が恐怖を感じる前に僕達が必ず敵を倒して見せます。姫様とレナ殿の事は僕達が守りますので、ですからどうかご安心ください」

「イカリ君……。私も足手まといにならないようしっかりついて行きます。ですからどうか、どうか無事にこの戦いを終わらせましょうね」

「そんなこと愚問です。僕達は必ず勝てます。そして世界に平和を取り戻せることでしょう」

真っすぐなまでに純粋な彼の言葉に私はどれほど救われた事か。有り難くて嬉しくて自然と表情が緩む中そう言うと、イカリ君がふわりと笑い力強い口調でそう断言する。

ああ、そうだ。イカリ君はこういう子だったな。その真っすぐなまでに生真面目な性格と純粋な優しさにアオイちゃんもどれだけ助けられてきた事か。

ゲームをプレイしながらイカリ君は本当にいい子だなって何度も思った事が今現実に目の前で起こっている。

彼の優しさに私はただただ感謝すると同時に何だか本当に私がついて行っても大丈夫なのだと安心感を覚えたのだった。

それから翌日西へと向けて旅を続けていき、一週間が経った頃目的の地へと到着する。

「ずいぶんと静かね」

「もう直ぐ近くの村に辿り着くはずだからそこで領主の事について情報を得よう」

馬車の中からそっと外の様子を伺い見ながらアオイちゃんが呟く。それに御者席に乗り手綱を操りながらキイチさんが話す。

私達が近くの村へと到着すると村の中には女と子供それにお年寄りの姿しかなかった。

「南の地では女性と男性の姿がなかったけどこっちでは逆に男性の姿がどこにも見当たらないわね」

「何かあったのかもしれないし、アオイちゃん聞いて回りましょう」

旅芸人の一座がやってきたというのに誰も歓迎した様子もなく、子どもたちもはしゃぐことなく皆暗い顔で生活している。

村の中を見回したアオイちゃんがそう言うとアゲハさんが提案して私達は手分けして情報を集めることにした。

たしか西の地を治める領主は力こそすべてって感じで、男の人達を全員兵士として仕えさせてるのよね。それから……それから……あれ?

(それからどうなるんだっけ?)

私は今まで鮮明に覚えていたはずのゲームの記憶がおぼろげになっていることにここではじめて気づく。

(どうして、あんなに何度もプレイしたのに?)

必死に思い出そうとすればするほど記憶は霞がかっていき遠のく。覚えている事さえ本当だったかあやふやになるような感覚に焦りを覚えた。

「レナ。顔色が悪いぞ。どうかしたのか」

「い、いえ。何でもないです。ちょっと乗り物酔いしてしまったみたいで……」

顔に出ていたのか私のことを心配してキリトさんが声をかけてきたので慌てて答える。

「レナは繊細ですね。オレ達で話を聞いて回ってきますのでここで休んでいてい下さい」

「す、すみません」

ハヤトさんがそう言うと私は馬車で待つことになってしまった。それから暫くかすれ行くゲームの記憶を必死に覚えておこうとあらがっていると皆が戻って来る。

「どうやらこの村の男の人達は皆領主の館に連れていかれたっきり帰ってこないみたい」

「この村の平和さを見るに前の様に全員捕らえられているってわけじゃなさそうだな」

「そうですね。捕らえられているのだとしたら次は我が身かもしれないともっと怯えているでしょうから」

アオイちゃんの言葉にユキ君が話すとハヤトさんも納得して頷く。

「姫様。これは領主の館がある町に行ってみるのが一番かもしれませんよ」

「そうだな。その方がもっと確実な情報を得られるだろう」

トウヤさんの言葉に珍しくキリトさんが同意する。警戒してはいるのだろうけど彼の言葉は間違ってはいないからだろうな。

「姫、ここより先は危険な場所。十分ご注意下さいませ」

「うん。皆も気を付けてね」

イカリ君の言葉にアオイちゃんが言うと皆馬車に乗り込み領主の館がある町まで向かう。

町へと到着すると再び情報を集める。すると領主であるヴォルトスさんがこの地に住まう男性は皆兵士として働かせていて息子や旦那は館に連れていかれたっきり戻ってこないのだと教えてくれた。

「男の人達の姿だけがないのは領主ヴォルトスが全員連れていってしまったからなのね」

「西の地を支配する領主ヴォルトスは力こそすべてだと考えていらっしゃる方だとおれもお聞きしています。姫様。このままではこの地に住まう人々は働き盛りの男達を兵士として取られたまま生活が苦しくなる一方かと思われますがいかがいたしますか」

アオイちゃんが怒りに身を震わせながら言うとトウヤさんが考え深げな顔でそう話した。

「このまま放ってなんか置けないよ。私達で領主の館に乗り込もう」

「ちょっと待った。姫さんの気持ちも分からないでもないけどいきなり兵士達が乗り込んでいっても返り討ちに合うかもしれない」

「キイチ殿それはどういうことですか?」

怒りのままにこぶしを握り締め宣戦布告するかのように言ったアオイちゃんへとキイチさんが待ったをかける。その言葉にイカリ君がどういう意味かと尋ねた。

「さっき聞いた通りに力こそすべてだと考えている領主の館だ。きっとあっちこっちに仕掛けが施してあるに決まってる」

「つまりただ乗り込むだけでは仕掛けにより行く道を阻まれ、その間に相手が態勢を整えてしまえばこちらがやられてしまうということだな」

彼が腕組みして説明するとキリトさんも納得して語る。

「それなら作戦をしっかりと考えていった方が良いですね」

「だけど力で抑え込むような奴の屋敷にどうやって気付かれずに進軍するつもりなんだ」

ハヤトさんが考え深げに言うとユキ君が鋭い質問を投げかけた。

「ふふ。そこは私達の出番でしょう。旅芸人の一座がこの地にやってきたってので是非とも領主様にその芸を披露したいって言って領主様のご機嫌を取るのよ」

「で、その間に姫さん達が軍を動かす。これで完璧だろう」

それに不敵に笑いながらアゲハさんが言うとキイチさんも任せておけと言わんばかりに微笑む。

「だがいっぺんに多くの兵が動いては気付かれてしまうと思うけど、そこは如何するつもりで?」

「なら、キイチさんとアゲハさん達が領主の気をひいている間にキリトさんとハヤトさんそれにトウヤさんの三人で別動隊を率いて屋敷の裏に回り込みそこで合図があるまで待機。その間私達は正面から館に侵入して表と裏で挟み撃ちにするってのは如何かな」

「成る程。流石は姫様。それなら相手も包囲された状態での接戦を余儀なくされて慌てるということですね」

トウヤさんが大勢の軍が動いてはすぐにばれるのではないかと言うとアオイちゃんが作戦を考える。それにイカリ君が納得して頷いた。

「それじゃあ、この作戦で決まりだね」

「なら早速オレ達は領主の館に向かうとしよう。きっと退屈している領主は大歓迎して招き入れてくれるさ」

私もその作戦ならうまくいったはずだと記憶の彼方に忘却されかけているゲームの内容をよみがえらせようとしながら頷く。キイチさんが言うと御者席へと座り込み手綱を握る。

「キイチさん、アゲハさん気を付けてね」

「姫さん達もご武運を」

心配そうなアオイちゃんへとにこりと笑い彼が言うと馬車を走らせ立ち去っていった。

それからすぐに私達は三つの軍に分かれて四方八方から領主の館を取り囲むように進軍する。私はアオイちゃん達と一緒に真正面から突入する軍へとついて行くこととなった。

(大丈夫きっとうまくいく。……だから不安になんか思っちゃ駄目なんだ)

緊張と不安で動機が早まる心音の音を聞きながら私は祈るように腕輪へと右手をあててアオイちゃん達について進軍を続ける。

そして館の近くまでくると旅芸人の一座の人達が芸を披露するその時を静かに待ち続け私達は近くの茂みの中へと身を隠したのだった。
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