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セカンドストーリー

二十六章 古代の魔法

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 昏々と眠り続けるリリアーナ。まるで老衰しているかのように何の反応も示さず、目を開ける様子はない。

「先生、どうですか?」

「これは……いや、しかし……」

以前リリアーナが倒れた時に見てくれた医者へとメラルーシィが問いかける。彼女の容態を見ていた彼が何かを探し始めた。

「……まさかとは思ったが、やはりか」

「先生、リリアの容態は如何なのですの? 目を覚ましますわよね」

何かを調べていた医者へと痺れを切らしエルシアが叫ぶように問いただす。

「……ここを見て下さい」

医者がリリアーナの右腕の袖をめくり見せた場所には痣のような模様のような物が浮かんでいた。

「その痣がどうかしたのか」

「これは古い文献にも掲載されている魔法陣です。古代魔法文明の頃に使われていたものと同じもの。おそらくリリアーナさんは何者かの発動した魔法により魂を夢の世界へと閉じ込められてしまったのでしょう」

「魂が夢の世界に閉じ込められる? そうなったらどうなってしまうの」

アルベルトが怪訝そうに尋ねると彼が説明する。その言葉に今度はフレアが首をかしげて聞いた。

「永遠に目覚める事が出来ない眠りの魔法。魂は夢の世界を彷徨い、昏々と眠り続けてしまう。魔法が解けない限り目覚めることはまずありえないです」

『っ!?』

医者が静かな口調で告げると皆息を呑み悲痛な思いでリリアーナの姿を見詰めた。

「何とか、その古代の魔法を解く方法はありませんの?」

「私には如何することも出来ませんが……古代魔法について詳しい友人がいます。その者に尋ねてみますので、少しの間お待ち願いたい」

『……』

彼の言葉に全員が不安そうな顔で押し黙る。医者は直ぐに友人に連絡してみると言って部屋を出て行く。

「お姉様……どうして、お姉様がこんなことに……うっ、うっ」

「でも、古代の魔法だなんて、そんな大昔に途絶えた文明の術を扱える人物がこの時代にいるという事なのか」

「魔法についての書物はいくつか残されていますが、それを紐解くのは難しく、また素質がない者が扱えることはないと聞いたことがあります。それを現在でも扱える者がいるとしたら、ザールブルグ王国の王家の血をひく者か、太古の魔術道具くらいしかないはずですが」

メラルーシィがこらえきれなくなった涙を流しながら嗚咽する横でマノンが険しい表情で言う。

それにルーティーが昔読んだ魔法についての書物の内容を思い出しながら話す。

「それじゃあ、そのザールブルグの王家の血をひいている関係者が?」

「そんなはずないわ。ザールブルグ王家は現在魔法をむやみやたらに使うことは禁止されている。ましてや人命にかかわる魔法は使うだけでたとえ王家の者であったとしても罪に応じた罰を与えられるほど。パーティーの席で何度かお会いしたことがあるけれど、あの王女様達が命を奪うような魔法を使うとは思えない」

リックの言葉にフレアがまずありえないと言い切る。

「となると、太古の魔法道具を骨董品として持っている何者かが故意に術を使った可能性は?」

「それもありえないと思う。太古の魔法道具は扱い方を間違えると術者の命に係わるはずだから、扱い方も分からない骨董商や収集者が扱えるはずがないわ」

ルシフェルの言葉にまたまた首を振って王女が答えた。

「王家の血をひく者でも、太古の魔法道具を使った者でもないとしたら、一体誰が、誰がリリア様をこんな目に合せておりますの!?」

エミリーが怒りと悲しみで震える声で叫んだ言葉に誰も答えが分からず押し黙る。

暫く重苦しい沈黙が降りたが、扉が開く音がして入ってきた医者へと視線が集中した。

「先生。魔法を解除する方法が分かったのか?」

「わたくし達でできることなのであれば、教えてください」

エドワードが言うと隣に立つセレスが感情の高ぶった声で尋ねる。

「えぇ。魔法自体をなかったことにする解除魔法と、術の効果を打ち消す無効魔法を複合した魔法をかければリリアーナさんにかけられた魔法は解けるそうです」

「つまり、古代魔法を打ち消すためには同じ古代魔法で打ち消すしか方法がない。……と、いう事ですね」

彼の話を聞いていたキールが絶望感しか残らない答えを呟く。

「他に、他に方法はないのか……リリアを救える方法は」

「……そう言われると思いちゃんと聞いておきましたよ。彼の話では錬金術のあるアイテムであれば魔法の効果を打ち消し解除することが可能だという話です。ただし、とても高度な技術が求められるアイテムらしくて、それを作れる錬金術師はほぼいないに等しいらしいですが」

フレンの言葉に医者がさらに説明を続ける。錬金術のアイテムであれば魔法の効果を打ち消せる。そのわずかな希望に皆の気持ちが浮き上がった瞬間、作れる者はいないに等しいと言われて沈み込む。

「あの、その錬金術のアイテムを作れるかもしれない人物を私は一人だけ知っているわ」

「フレア様、本当ですか?」

フレアの言葉にメラルーシィが勢いよく食らいつく。

「前にどんな病もたちまち直してしまう万能薬を探したのを覚えている? その薬を作った錬金術師ならば、魔法の効果を打ち消す錬金術のアイテムを作り出せると思うの。だけど、この国の人じゃないから、その人の所に直接行ってお願いしてみるしかないのだけれど」

「その錬金術師の人に会いに行けば、アイテムを手に入れられるかもしれない、という事だな」

王女の話を聞いていたアルベルトがわずかな希望に期待を膨らませる。

「わたしが直接会いに行って頼んでみる。遠くの国だから、戻ってくるのに少し時間がかかるかもしれないけれど、何とかしてそのアイテムを手に入れてくるわ」

「フレア様、お願い致します」

フレアの言葉にメラルーシィが願いを込めて頭を下げた。

リリアーナの為に魔法を打ち消す効果のある錬金術のアイテムを作れるかもしれない人物の所にお願いするため王女が自らその錬金術師の下へと赴く。話を聞いた国王が護衛としてディトを付かせた。こうしてフレアは遠くの国であるコーディル王国へと向けて旅立って行ったのである。

そうして皆が王女の帰りを待っている頃。夢の中へと閉じ込められてしまったリリアーナはいろいろな扉を通りあっちこっちの世界を彷徨っていた。

「何とかしてあの森の洋館まで戻らないと。そして、ロトに会ってもう一度ちゃんと話をしたい」

(亜由美、この扉だけ妙に歪んでおりますわ)

彼女の言葉に答えるようにもう一人のリリアの声が木霊する。

「もしかしたら、この扉が……いくわよ」

(いつでも準備は出来ていてよ)

リリアーナが扉へと手を伸ばすともう一人の自分も力強い声で答えた。

「……」

扉を引き開けるとあの薄気味悪い森ではなくどこかの屋敷の一室で目を瞬く。

「ここは?」

(どこだかわかりませんが、今までの夢とは違っておりますわね)

辺りを見回す彼女にもう一人のリリアも怪訝そうに答える。

「誰かいるみたい」

リリアーナが目を凝らしてみると部屋の中に三人の人影がある事に気付く。

『……奥様、おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ』

『あぁ、わたくしの可愛い娘。これから共に幸せになっていきましょうね』

『名前を決めなくてはな。女の子らしい優しくて素敵な名前を』

ベッドに横になる美しい婦人へと看護婦が取り上げたばかりの赤子を見せて微笑む。

我が子を胸に抱いた女性が嬉しそうに笑う姿に旦那と思われる優しそうな男性が名前を決めようと語った。

次の瞬間場面が切り替わるかのように一瞬であたりが暗くなり、その暗がりが照らし出された明かりの方を見やると、先ほどの夫婦が目の前に座る男性と何か話している光景が鮮明に浮かび上がってくる。

『頼む、アディス、ルアンナ。君達の子を家の養子として引き取らせてくれ。家には後継ぎがいないんだ。君達の子を引き取らせてくれ』

『だが、生まれたばかりの我が子を引き渡せと……そういうのかい兄さん』

頭を下げる男性へと旦那が困った顔で呟く。

『男の子が必要なんだ。後を継いでくれる男の子が。いろんな親戚をあたったが、子供が生まれたのは君達の所だけだった。お願いだ、大切に育てると約束する。だから……』

『ですが、お兄様。わたくしたちの子は……』

『頼む! 養子として受け入れてくれたら君達にもいくらか財産を残すと約束する』

彼の言葉に今度は婦人が何事か言いたそうに口を開くが、それを遮るように男性が再度頭を下げてお願いした。

『お金の問題じゃないんだ。……兄さんや姉さんの事は確かに心配だけど。だからと言って大切な我が子を養子にだなんて……』

『また、話しをしに来る。それまでに考えておいてくれないか』

旦那の困惑を他所に男性がそう言い切ると場面は歪みだし、また違う光景が映し出される。

『シャルロット、お前は今日からこのハーバート家の息子として暮らすんだ。いいな』

『シャルロット、ごめんなさいね。でも、こうすることが一番あなたにとっての幸せだと思うの。だから……』

『大丈夫ですよ。お父様、お母様。僕はちゃんといい子でいますので。だから、何も心配しないでください』

夫婦が話す目の前には四、五歳くらいの男の子の格好をしたシャルロットが立っていて、言い聞かせるかのように”彼”が答えた。

『愛しているよ。シャルロット』

『愛しているわ。元気でね……シャルロット』

『僕はちゃんといい子でいます。お父様とお母様が悲しまないように。だから……だからいつか必ず会いに来てくださいね』

頭を撫ぜる父親に抱き締める母親。そんな二人ににこりと笑い答えるシャルロットに夫婦が微笑み返す。

「だけど、どんなに待っていても、お父さんもお母さんもやってはこなかった。後になって知った事さ。義父おとうさま義母おかあさまが僕に会わせないように出入りを禁止していたと知ったのは……会ってしまえば、返してくれと言いだすのではないかと恐れて、そして僕も帰りたいと泣き叫ぶのではないかと思って。そうして僕はハーバート家の跡取りとしてずっと生きてきた」

「ロト……ねぇ。私の声が聞こえてる? 見えないの?」

再び切り替わった光景には薄暗い室内で魔法陣を描きその上に佇むシャルロットの姿があり、独り言を呟いていた。リリアーナが呼びかけてもまるで姿が見えていないかのように返事が戻って来ることはない。

「僕は、いい子でいなくてはいけない。それが、本当の両親と交わした最後の約束だから。だから、勉強も運動も頑張った。ハーバート家の名に恥じないようにエリートと呼ばれるまでになった。だから、僕は……このまま男としてハーバート家の後継ぎとして生きていくしかないんだ」

「ロト!」

魔法陣へと手をかざすと床一面が不気味な輝きを放つ。その様子に彼女は呼びかけ彼へと手を伸ばす。

瞬間世界が崩壊するかのように歪みだし崩れていく光景にリリアーナは瞳を固く閉ざした。
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