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第四章
12. 月面の対決
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「アサトや、重力導線は機能してるぞ。玉座機《スロノギア》の足を衛星の方に向けなさい。軟着陸できるように」
まるで心配性の祖父のような、クアンタの声が聞こえた。
「ありがとうございます!」
空里は言われた通りに玉座機《スロノギア》をコントロールした。
「スロン……月に足を向けて。このまま降りていくからね。転んだりしないように、うまくバランスを取ってね」
〈青砂〉で、この生物機械を思念で制御する術を習ってはいたが、まだ慣れない空里は「スロン」という呼び名を与えて、いちいち口に出して指示をしていた。
「思ったより落下速度が速いようです。放り出されないよう、しっかり身体を固定しろと玉座機《スロノギア》に命じてください」
ネープが言った。
「スロン、私とネープの身体をしっかり固定して」
どうやって?
空里が思った瞬間、玉座からベルトのような触手が伸び、彼女の身体を押さえつけた。
「!」
スロンは、意外な形で命令に反応することもあるので、驚かされる……
見ると、ドロメックも自らの触手を伸ばして、ネープの足を固定している触手にからめていた。
「あんたも落ちないようにしなさいよ」
そうしている間に、月面がみるみる迫って来た。
墜落したスター・サブの位置はもうもうと立ち上る砂煙によってはっきりわかった。爆発こそしていないが、その衝撃は巻き上がった土埃であたりの様子を見にくくしていた。
「地表までの距離を目測します。着地まで約一分」
落下スピードはますます上がっている。
まわりの景色が光と影の紋様から、山や谷といった具体的な姿を取るようになり、玉座機《スロノギア》は真空低重力の中で舞い上がる砂煙の中に突入した。一分間は瞬く間に過ぎてゆく。
「姿勢はこのままでいい?」
「大丈夫です。着地十秒前……九、八、七、六……」
視界は真っ白だが、ネープはそうなる前に見た情報をもとに、冷静にカウントダウンを続けた。
「……五、四、三、二、一、着地します!」
ずんという衝撃の後も、空里たちの落下は続いた。
ショックを吸収するために玉座機《スロノギア》がその足をいったん縮めてたたんだのだ。やがて玉座まわりはゆっくりと下降を停止し、再び足が伸びて空里たちを高みに押し上げた。
「どうしよう! 何にも見えない!」
「バイザーのダストリムーバーを起動します」
言いながら、ネープが空里の装甲宇宙服《メタアーマー》の腕に仕込まれたスイッチを操作した。一定の大きさより小さなゴミを透過し、スキャナーが把握した物体だけを表示するシステムによって、あたりの視界がはっきりと開けた。
月面には、墜落したスター・サブの残骸が散らばっている。しかしそれらは壊れ過ぎることなく、構造材などはある程度形を保ったまま分解された状態になっていた。ネープの言った通り、月に向かっての最後の噴射が正確な計算のもとに行われた結果だった。
空里は玉座から立ち上がると、目当てのものを探しながら玉座機《スロノギア》を残骸の中へと進めていった。
「十二番フレームと……中央ビーム……スロン、そこのキール補強シャフトを引き抜いて」
命じながら、空里は玉座機《スロノギア》にさせたい動きの通りに自分も動いた。そうすることより思念がよりはっきりと、動作をトレースした形で命令を伝えるのだ。
玉座機《スロノギア》は自らの大きさに近い金属製のシャフトを残骸から引き抜くと、地面に突き立てた。
「あとは……副次動力伝達ケーブル……あった!」
「アサト、急いでください。ガンボートが近づいて来ました」
見上げると、火星のように赤い光点が見えた。
まだほんの小さな点だが、そこには明らかにこちらを向いた破滅の意志が潜んでいる。
「了解、急ぎます!」
空里は残骸を使って造りたいもののイメージを脳裏にはっきり描きながら、玉座機を駆使して仕事を始めた。
U字型船殻フレームの両端に、弾力のある動力伝達ケーブルを固定する。ケーブルは幅五十メートルほどの金属の骨に渡された弦となった。
「オーケー、あとは……」
弦の真下の地面に、船体の梁となっていた中央ビームを置く。引き抜いたキール補強シャフトを真上に向けてそこにのせ、弦につがえる……
出来た……!
と思ったその時、上空から火線が走り、玉座機《スロノギア》の背後に着弾して巨大な砂煙をあげた。
スター・ガンボートのブリッジでは、赤色熱弾砲のトリガーをエンザ=コウ・ラ自らが握っていた。
「見ろ、あれを!」
ビュースクリーンには、月面に固定された巨大な弓の前に立つ玉座機《スロノギア》が大映しにされていた。
「あれは、兵器だ。紛れもない兵器をもってこの艦を狙っているのだ。わかるか? これは対決だ。奴と、この私との対決なのだ!」
コルーゴン将軍は興奮したエンザの声に気圧されながらも、頷いて同意を示した。
「将軍、この対決の結末は貴官が証言するのだ。新しい銀河皇帝の誕生を、元老院と……帝国全土に知らしめる大役を務めるのだ!」
コルーゴンは、初めて上官の真意を知って驚愕した。そんな定めが〈法典《ガラクオド》〉にあったのか……
「もう少し……もう少しだ」
エンザはビュースクリーンにオーバーラップした照準ゲージを凝視しながら、赤色熱弾砲を連射した。だが、流体脳《フリュコム》の補助を得ない完全手動の操作では正確さを欠いた。
それでも、玉座機《スロノギア》の周辺に着弾する赤色熱弾は空里とネープにとって十分脅威だった。
「もう少し……もう少し上を向いて……」
空里は自ら弓を構える姿勢をとり、玉座機《スロノギア》にその動きをトレースさせた。
「ネープ、向きはどう?」
「もう少し右です。敵は自分から真上に来てくれています。そう、そのまま……」
一際近い着弾が、玉座機《スロノギア》の巨体を揺らした。
ガンボートの接近に連れて、狙いが正確になってきている。
「アサト、早く!」
ネープは足元に固定したシールドジェネレータを調整して、なんとか主《あるじ》を守ろうとした。
食いしばった歯の間からうめき声を漏らしつつ、空里はさらに弓を引いた。だが、今のまま放っては敵艦を破壊する勢いは得られない……皇冠《クラウン》の「目」がそれを告げていた。
「力が……足りない……」
玉座機《スロノギア》に連携する自分の力が、思っていたより弱いのだ。ダメだ……このままでは……
その時、ネープが空里に背後から抱きつき、その手を取った。
「!」
見えない力の抵抗を、二人の手が動かしてゆく。巨大な弓はさらに引き絞られ、長い金属製の矢に大きな力を与えていった。
「今です!」
いつの間にか目をつぶっていた空里は、ネープの声でぱっと手を広げ、玉座機《スロノギア》はケーブルを解放してシャフトを上空に放った。
エンザ=コウ・ラは最後の一撃を放つべく、ゆっくりとトリガーをしぼっていった。照準ゲージ内の標的は外しようもなく大きくなっている。玉座機《スロノギア》の首の部分には、ささやかなシールドに守られた人影さえ確認できる。
これで終わりだ……一瞬後には皇位は我がもの……勝利への確信と、敵への皮肉をこめた笑みを浮かべて青年はつぶやいた。
「銀河皇帝万歳……」
赤色熱弾が放たれる寸前、ビュースクリーンが暗転し、衝撃とともに何かがブリッジに飛び込んできた。
巨大な金属製のシャフトは、エンザのすぐ頭上をかすめ、ブリッジを貫いて停止した。
機器類はダウンしてすべてのディスプレイが光を失い、非常灯だけがあたりを照らす。爆発も火災も起きなかったため、エンザは一瞬安堵しかけたが、コルーゴン将軍のうつろな顔を見てすぐに深刻な状況に気づいた。
衛星の表面に向かって垂直に降下していた艦の制御が、一切失われたのだ……もはやスター・ガンボートは、ハッチ一枚動かせぬ巨大な棺桶に等しかった。
「閣下……脱出なさいますか?」
不思議と冷静な将軍の無意味な進言に、エンザははじめて素直に応じた。
「そう……だな……そうするとしよう……」
そのまま二人は動かなかった。兵も士官も誰一人動かなかった。
空里は走った。
実際に走っていたのは玉座機《スロノギア》だったが、玉座に着いた空里の意識はその足よりも速く先へ先へと逃げようとしていた。
「もっと速く!」
やがて背後で、制御を失ったスター・ガンボートが墜落し、その衝撃が襲いかかってきた。直撃は免れたが、大地震に等しい振動が足元の地面そのものを崩しにかかった。
何とか踏ん張ろうとしていた生物機械は、ついにバランスを失い前のめりに倒れていった。
「!」
空里の身体は、固定していた触手をすり抜け宙に舞った。
すかさずネープがその後を追って跳躍し、空里を両の腕に包み込んで抱きしめる。二人は舞い上がる砂塵の中に飛び込み、やがて崩れた砂山の上に落下した。低重力で柔らかい砂地に落ちたとはいえ、空里は衝撃で気を失いかけた。
「アサト!」
声に目を開けると、ヘルメットのバイザー越しに青紫色の双眸が自分を見つめていた。
「ネープ……」
「怪我はありませんか? どこか痛いところはありませんか?」
痛いところは身体中……そう言いかけて、空里は言葉を呑んだ。
気のせいだろうか……完全人間の少年はいつになく焦っているように見える。
私が心配?
でもそれは、私が銀河皇帝の後継者だから? 死なれては困る人間だから? 彼が、自分をただの遠藤空里として心配してくれることはないのだろうか……
空里は、危機を乗り越えた安堵感よりも、目の前の少年に対する不思議な切なさを強く感じた。そんな思いから、まったく状況にそぐわない言葉がその口からこぼれた。
「ネープって……笑わないのね……」
「……」
「完全人間は絶対笑わないの?」
「いいえ……私たちにも感情はあります。そういう感情をおぼえれば笑うことも出来ます。ご命令なら……」
空里は身を起こして、ネープの身体をのけるように手をかざした。
「いい……命令じゃなくて、自然に笑った顔が見たいの。いつか……ね」
空里の望みとは裏腹に、完全人間の少年は悲しげな顔で空里を見ていた。心配してくれてるのに、ちょっと意地悪なことを言っちゃったかな……
立ち上がりながら、空里は差し出されたネープの手を素直に取った。
「ごめんなさい。怪我はないみたい。大丈夫よ……」
玉座機《スロノギア》は変形して空里が玉座に着けるよう待機していた。その上を漂うドロメックは、空里とネープを見つめながら、彼らの姿を遥か彼方に送り続けている。
向こうでは、墜落したスター・ガンボートの後部艦体が、おさまりかけた砂煙の中で月面に突き立ち、さらにその彼方には……
「あ、地球……」
銀河皇帝の後継者は帰って来た。
旅立ってきた母星に。
旅立ったきた八月に……
まるで心配性の祖父のような、クアンタの声が聞こえた。
「ありがとうございます!」
空里は言われた通りに玉座機《スロノギア》をコントロールした。
「スロン……月に足を向けて。このまま降りていくからね。転んだりしないように、うまくバランスを取ってね」
〈青砂〉で、この生物機械を思念で制御する術を習ってはいたが、まだ慣れない空里は「スロン」という呼び名を与えて、いちいち口に出して指示をしていた。
「思ったより落下速度が速いようです。放り出されないよう、しっかり身体を固定しろと玉座機《スロノギア》に命じてください」
ネープが言った。
「スロン、私とネープの身体をしっかり固定して」
どうやって?
空里が思った瞬間、玉座からベルトのような触手が伸び、彼女の身体を押さえつけた。
「!」
スロンは、意外な形で命令に反応することもあるので、驚かされる……
見ると、ドロメックも自らの触手を伸ばして、ネープの足を固定している触手にからめていた。
「あんたも落ちないようにしなさいよ」
そうしている間に、月面がみるみる迫って来た。
墜落したスター・サブの位置はもうもうと立ち上る砂煙によってはっきりわかった。爆発こそしていないが、その衝撃は巻き上がった土埃であたりの様子を見にくくしていた。
「地表までの距離を目測します。着地まで約一分」
落下スピードはますます上がっている。
まわりの景色が光と影の紋様から、山や谷といった具体的な姿を取るようになり、玉座機《スロノギア》は真空低重力の中で舞い上がる砂煙の中に突入した。一分間は瞬く間に過ぎてゆく。
「姿勢はこのままでいい?」
「大丈夫です。着地十秒前……九、八、七、六……」
視界は真っ白だが、ネープはそうなる前に見た情報をもとに、冷静にカウントダウンを続けた。
「……五、四、三、二、一、着地します!」
ずんという衝撃の後も、空里たちの落下は続いた。
ショックを吸収するために玉座機《スロノギア》がその足をいったん縮めてたたんだのだ。やがて玉座まわりはゆっくりと下降を停止し、再び足が伸びて空里たちを高みに押し上げた。
「どうしよう! 何にも見えない!」
「バイザーのダストリムーバーを起動します」
言いながら、ネープが空里の装甲宇宙服《メタアーマー》の腕に仕込まれたスイッチを操作した。一定の大きさより小さなゴミを透過し、スキャナーが把握した物体だけを表示するシステムによって、あたりの視界がはっきりと開けた。
月面には、墜落したスター・サブの残骸が散らばっている。しかしそれらは壊れ過ぎることなく、構造材などはある程度形を保ったまま分解された状態になっていた。ネープの言った通り、月に向かっての最後の噴射が正確な計算のもとに行われた結果だった。
空里は玉座から立ち上がると、目当てのものを探しながら玉座機《スロノギア》を残骸の中へと進めていった。
「十二番フレームと……中央ビーム……スロン、そこのキール補強シャフトを引き抜いて」
命じながら、空里は玉座機《スロノギア》にさせたい動きの通りに自分も動いた。そうすることより思念がよりはっきりと、動作をトレースした形で命令を伝えるのだ。
玉座機《スロノギア》は自らの大きさに近い金属製のシャフトを残骸から引き抜くと、地面に突き立てた。
「あとは……副次動力伝達ケーブル……あった!」
「アサト、急いでください。ガンボートが近づいて来ました」
見上げると、火星のように赤い光点が見えた。
まだほんの小さな点だが、そこには明らかにこちらを向いた破滅の意志が潜んでいる。
「了解、急ぎます!」
空里は残骸を使って造りたいもののイメージを脳裏にはっきり描きながら、玉座機を駆使して仕事を始めた。
U字型船殻フレームの両端に、弾力のある動力伝達ケーブルを固定する。ケーブルは幅五十メートルほどの金属の骨に渡された弦となった。
「オーケー、あとは……」
弦の真下の地面に、船体の梁となっていた中央ビームを置く。引き抜いたキール補強シャフトを真上に向けてそこにのせ、弦につがえる……
出来た……!
と思ったその時、上空から火線が走り、玉座機《スロノギア》の背後に着弾して巨大な砂煙をあげた。
スター・ガンボートのブリッジでは、赤色熱弾砲のトリガーをエンザ=コウ・ラ自らが握っていた。
「見ろ、あれを!」
ビュースクリーンには、月面に固定された巨大な弓の前に立つ玉座機《スロノギア》が大映しにされていた。
「あれは、兵器だ。紛れもない兵器をもってこの艦を狙っているのだ。わかるか? これは対決だ。奴と、この私との対決なのだ!」
コルーゴン将軍は興奮したエンザの声に気圧されながらも、頷いて同意を示した。
「将軍、この対決の結末は貴官が証言するのだ。新しい銀河皇帝の誕生を、元老院と……帝国全土に知らしめる大役を務めるのだ!」
コルーゴンは、初めて上官の真意を知って驚愕した。そんな定めが〈法典《ガラクオド》〉にあったのか……
「もう少し……もう少しだ」
エンザはビュースクリーンにオーバーラップした照準ゲージを凝視しながら、赤色熱弾砲を連射した。だが、流体脳《フリュコム》の補助を得ない完全手動の操作では正確さを欠いた。
それでも、玉座機《スロノギア》の周辺に着弾する赤色熱弾は空里とネープにとって十分脅威だった。
「もう少し……もう少し上を向いて……」
空里は自ら弓を構える姿勢をとり、玉座機《スロノギア》にその動きをトレースさせた。
「ネープ、向きはどう?」
「もう少し右です。敵は自分から真上に来てくれています。そう、そのまま……」
一際近い着弾が、玉座機《スロノギア》の巨体を揺らした。
ガンボートの接近に連れて、狙いが正確になってきている。
「アサト、早く!」
ネープは足元に固定したシールドジェネレータを調整して、なんとか主《あるじ》を守ろうとした。
食いしばった歯の間からうめき声を漏らしつつ、空里はさらに弓を引いた。だが、今のまま放っては敵艦を破壊する勢いは得られない……皇冠《クラウン》の「目」がそれを告げていた。
「力が……足りない……」
玉座機《スロノギア》に連携する自分の力が、思っていたより弱いのだ。ダメだ……このままでは……
その時、ネープが空里に背後から抱きつき、その手を取った。
「!」
見えない力の抵抗を、二人の手が動かしてゆく。巨大な弓はさらに引き絞られ、長い金属製の矢に大きな力を与えていった。
「今です!」
いつの間にか目をつぶっていた空里は、ネープの声でぱっと手を広げ、玉座機《スロノギア》はケーブルを解放してシャフトを上空に放った。
エンザ=コウ・ラは最後の一撃を放つべく、ゆっくりとトリガーをしぼっていった。照準ゲージ内の標的は外しようもなく大きくなっている。玉座機《スロノギア》の首の部分には、ささやかなシールドに守られた人影さえ確認できる。
これで終わりだ……一瞬後には皇位は我がもの……勝利への確信と、敵への皮肉をこめた笑みを浮かべて青年はつぶやいた。
「銀河皇帝万歳……」
赤色熱弾が放たれる寸前、ビュースクリーンが暗転し、衝撃とともに何かがブリッジに飛び込んできた。
巨大な金属製のシャフトは、エンザのすぐ頭上をかすめ、ブリッジを貫いて停止した。
機器類はダウンしてすべてのディスプレイが光を失い、非常灯だけがあたりを照らす。爆発も火災も起きなかったため、エンザは一瞬安堵しかけたが、コルーゴン将軍のうつろな顔を見てすぐに深刻な状況に気づいた。
衛星の表面に向かって垂直に降下していた艦の制御が、一切失われたのだ……もはやスター・ガンボートは、ハッチ一枚動かせぬ巨大な棺桶に等しかった。
「閣下……脱出なさいますか?」
不思議と冷静な将軍の無意味な進言に、エンザははじめて素直に応じた。
「そう……だな……そうするとしよう……」
そのまま二人は動かなかった。兵も士官も誰一人動かなかった。
空里は走った。
実際に走っていたのは玉座機《スロノギア》だったが、玉座に着いた空里の意識はその足よりも速く先へ先へと逃げようとしていた。
「もっと速く!」
やがて背後で、制御を失ったスター・ガンボートが墜落し、その衝撃が襲いかかってきた。直撃は免れたが、大地震に等しい振動が足元の地面そのものを崩しにかかった。
何とか踏ん張ろうとしていた生物機械は、ついにバランスを失い前のめりに倒れていった。
「!」
空里の身体は、固定していた触手をすり抜け宙に舞った。
すかさずネープがその後を追って跳躍し、空里を両の腕に包み込んで抱きしめる。二人は舞い上がる砂塵の中に飛び込み、やがて崩れた砂山の上に落下した。低重力で柔らかい砂地に落ちたとはいえ、空里は衝撃で気を失いかけた。
「アサト!」
声に目を開けると、ヘルメットのバイザー越しに青紫色の双眸が自分を見つめていた。
「ネープ……」
「怪我はありませんか? どこか痛いところはありませんか?」
痛いところは身体中……そう言いかけて、空里は言葉を呑んだ。
気のせいだろうか……完全人間の少年はいつになく焦っているように見える。
私が心配?
でもそれは、私が銀河皇帝の後継者だから? 死なれては困る人間だから? 彼が、自分をただの遠藤空里として心配してくれることはないのだろうか……
空里は、危機を乗り越えた安堵感よりも、目の前の少年に対する不思議な切なさを強く感じた。そんな思いから、まったく状況にそぐわない言葉がその口からこぼれた。
「ネープって……笑わないのね……」
「……」
「完全人間は絶対笑わないの?」
「いいえ……私たちにも感情はあります。そういう感情をおぼえれば笑うことも出来ます。ご命令なら……」
空里は身を起こして、ネープの身体をのけるように手をかざした。
「いい……命令じゃなくて、自然に笑った顔が見たいの。いつか……ね」
空里の望みとは裏腹に、完全人間の少年は悲しげな顔で空里を見ていた。心配してくれてるのに、ちょっと意地悪なことを言っちゃったかな……
立ち上がりながら、空里は差し出されたネープの手を素直に取った。
「ごめんなさい。怪我はないみたい。大丈夫よ……」
玉座機《スロノギア》は変形して空里が玉座に着けるよう待機していた。その上を漂うドロメックは、空里とネープを見つめながら、彼らの姿を遥か彼方に送り続けている。
向こうでは、墜落したスター・ガンボートの後部艦体が、おさまりかけた砂煙の中で月面に突き立ち、さらにその彼方には……
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