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第四章
2. 惑星〈青砂〉
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「三〇二……三〇二……」
どこかで自分を呼ぶ声がする……
就寝中だったネープ三〇二はすぐに覚醒すると、体内感覚だけで起床時間までまだ二時間近くあることを知り、眉間に皺を寄せ「うー」とうなった。
夜中に叩き起こされても、こんな反応をするネープは自分くらいだろう。ふつうなら緊急の用を察知し、一瞬で意識を稼働状態に切り替えるものだ。
緊急?
見ると、ベッド脇のテーブルに置いた情報通信端末の立体プロジェクターが、一人の少女の立体像を結んでいた。
「スターゲート管制ステーションから報告します」
少女は三〇二が面倒を見ている部下の一人、ネープ八四四だった。教育室を出たばかりで、まだ六歳だ。
「何……?」
三〇二は返事を待たずにすべてを悟り、パッと飛び起きると立体像に向き直った。
「星百合軌道三九五.三のポイントに寄港予定にない小型船が現れました。明らかにゲートから……」
「型は? 帝国軍スター・コルベット?!」
八四四は報告を遮られて一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに返事をよこした。
「船影を照会したところ、九十六%の確率でそのようです。まだコンタクト出来ていませんが……」
「こっちでやる!」
三〇二は少女の立体像をひっくり返しながらコムパッドを鷲掴みすると、自室を飛び出して戦略ステーションの中央オフィスに向かって駆け出した。
全裸で。
* * *
惑星〈青砂〉……
ネープの瞳にも似た色の星。
空里は、次第に大きくなってゆくその姿を魅入られたように見つめながら、言った。
「着いたのね?」
「はい。まず、衛星軌道上のウォーステーションに接舷します。そこで他の乗員を降ろしてから、地表に降りて〈皇冠授与の儀〉を執り行います」
「え? 私たちはあの星に降りられないの?」
ネープの言葉にティプトリーが口を挟んだ。
「〈青砂〉は禁忌の地なのだよ。降りられるのはネープと銀河皇帝、その後継者だけじゃ」
クアンタが答えた。
「〈皇冠授与の儀〉に限っては、元老の立ち会いも認められます。クアンタ卿は降りられますよ。ご同意いただければですが……」
ネープの誘いにクアンタは皮肉な笑みを浮かべた。
「ここまで連れて来て、今さらそれを聞くかね。わしが同意しなかったら、どうするつもりなのだ?」
「アサトの即位に同意しないということは、ラ家への恭順と判断せざるを得ません。もし、他の元老の立ち会いで即位が成ったら、これは帝国の〈重力導士連《グラブナ》〉全体が皇帝を拒否したことになります」
クアンタはひゅっと唇を鳴らした。
「ほとんど脅迫だな。選択の余地は無いように見えるが、そこは主体的に選択する理由が欲しいところだ。ひとつ、問題の中心である本人に聞いてみようか」
そう言うと帝国の元老は、空里に向き直った。
「あんたはどうだ? わしが何者かもよく解っとらんと思うが、わしに即位まで立ち会って欲しいか? 手っ取り早くことを進めたいという気持ち以外に、わしでなきゃいかん理由はあるかね?」
空里はクアンタの顔を見上げ、しばらく考えてから答えた。
「あの女……レディ・ユリイラは、私と一緒にあなたも殺そうとしましたよね。それって、理由になりませんか? これから、あの女やラ家との戦いになった時、私たちは協力し合えるんじゃないかしら」
「おお……」
クアンタは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「勇ましいお嬢さんだ。もう、即位後の帝国平定にまで思いが至っている。彼らと和睦する気はないのかね? 簡単に戦いというが、ラ家は強大だ。敵にするには大きな覚悟が要る、と思うがね」
「覚悟っていうのとは違うかもしれないけど、これから何があってもあまり気にならないと思うの。私には……家族も故郷もないし……」
「アサトにはもう、失うものは何もないのです」
ネープの言い足しに、クアンタは笑みを消した。
「そう……か」
空里はドーム窓に潜り込むと、膝を抱えた。
「失うものは何もない……くう! かっけえ!」
その軽口の調子に微かな震えを感じ、ティプトリーは空里に近づくと彼女の首を軽く抱いて自分の肩に押し当てた。
青い惑星の光を映す窓の強化ガラスに、涙がぽたりと落ちた。
スター・コルベットは、ウォーステーションの小さなドッキングベイに吸い込まれていった。
見えないシールドが気密を確保し、船の着地と同時に何人かの係留要員が現れた。全員がマスク付きのヘルメットを被っている。
「あれもみんなネープなの? あなたと同じ顔してるの?」
空里が聞いた。
「はい。我々は大人数で人前に出る時、ほとんどの場合、顔を隠します。同じ顔をした人間の集団は、それに対した者の心理を不安定にすることが多く、脆弱な精神の持ち主だと発狂することもあるのです」
「発狂とはまた、穏やかじゃないわね」
ティプトリーが言った。バッキンガムの衛兵だって同じような顔じゃない……そんなことでおかしくなるなんて、ロンドン見物も出来やしない……
シェンガとティプトリーだけが船を降り、空里はランプウエイの下まで見送りに出た。
「じゃあ、待ってるから」
「もらった皇冠、あとで見せてくれよな」
空里はちょっと微笑んで手を振ると、再び船上の人となった。
ドッキングベイの外に出て、飛び立つスター・コルベットを窓越しに見送る二人に、ネープの一人が声をかけてきた。
「お部屋を用意してあります。こちらへどうぞ」
案内に従って歩き出したティプトリーは、廊下の奥に小さな子供の姿を見た。
顔を隠していない、三、四歳ほどの小さな子供……の、ネープがこちらを見つめている。
本当に、さっきまで船で一緒だったあのネープと同じ顔だ。
やがて、物陰から誰かに呼ばれたらしく、その子供は振り返ると曲がり角の向こうに消えてしまった。
ティプトリーは一瞬、なぜか背筋が寒くなる思いを感じ、案内役のネープの後頭部をまじまじと見つめた。
全く同じ顔を持つ完全人間しかいない、宇宙ステーション……もしかしたら、ここは宇宙で一番異常な場所かもしれないと思えたのだった。
「確かにおかしくなりそうだわ……」
「何か言ったか?」
シェンガが聞いた。
ネープに比べれば、この二本足の猫ちゃんの方がまだまともな存在に感じるのも不思議だ。
「別に……あなたは、ここの連中が気持ち悪くないの?」
「別に……異種族だからな。種がかけ離れていると、皆同じような顔に見えるもんだ。ここの連中もあんたもアサトも、そんなには違って見えないよ」
「失礼しちゃう……」
とにかく、早くここを離れたい。無理を言ってでも、アサトに着いて行けばよかった……
惑星の地面の上なら、まだマシなことだろう。
その〈青砂〉の地表は奇観だった。
星の名の通り青い大地は、砂ではなく無数の岩山に覆われていた。巨大な岩山の上は平らな台地状となっており、周縁部は底が見えないほど深く切り立っている。まるで、〈鏡夢〉で見たサロウ城市のビル群がそのまま青い岩になったようだと空里は思った。
やがて、スター・コルベットは岩山の一つへと接近していった。
その頂上にだけは建造物の姿がある。船を迎えるように広がったその建物は高さもなく簡素な姿だったが、どこか荘厳な雰囲気を醸し出しており、寺院か神殿のようにも見えた。
「あれが〈守護闘士宮〉か」
クアンタが確かめるように言った。帝国の元老すら訪れる機会は稀な場所なのだ。
「あそこが、ネープたちの本当の本拠地なのだ。彼らはあそこで生まれ、帰れる者はあそこで生涯を終える」
「つまり、あなたの実家なのね。里帰りね」
空里が傍の少年に言った。
「そう思ったことはありませんが、そうかもしれません。〈皇冠授与の儀〉もあそこで行います」
「ほお……もう、準備もできているようだな」
コルベットは建物の中庭にあたる駐機場へと降下していく。
そこでは、数人の人影が待っているのが見えた。何か黒々とした大きな箱のような物体も鎮座している。
「〈玉座機〉か! 大きいな。四号サイズじゃないか?」
空里にはクアンタの驚きがわからなかった。
「スロノギア?」
「アサトを護ってくれる玉座であり、武器でもある生物機械です。使い方はすぐにわかります」
軽いショックがブリッジを揺らし、スター・コルベットは着地した。
「降りたら、すぐに式が始まります。段取りは私に任せて。ただ側に着いて来てください」
空里は頷いてネープの後に従った。
昇降口のランプウエイが降ろされ、ひんやりした高地の空気が船内に流れ込んでくる。
銀河皇帝の後継者は、ついに〈青砂〉の地に降り立った。
どこかで自分を呼ぶ声がする……
就寝中だったネープ三〇二はすぐに覚醒すると、体内感覚だけで起床時間までまだ二時間近くあることを知り、眉間に皺を寄せ「うー」とうなった。
夜中に叩き起こされても、こんな反応をするネープは自分くらいだろう。ふつうなら緊急の用を察知し、一瞬で意識を稼働状態に切り替えるものだ。
緊急?
見ると、ベッド脇のテーブルに置いた情報通信端末の立体プロジェクターが、一人の少女の立体像を結んでいた。
「スターゲート管制ステーションから報告します」
少女は三〇二が面倒を見ている部下の一人、ネープ八四四だった。教育室を出たばかりで、まだ六歳だ。
「何……?」
三〇二は返事を待たずにすべてを悟り、パッと飛び起きると立体像に向き直った。
「星百合軌道三九五.三のポイントに寄港予定にない小型船が現れました。明らかにゲートから……」
「型は? 帝国軍スター・コルベット?!」
八四四は報告を遮られて一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに返事をよこした。
「船影を照会したところ、九十六%の確率でそのようです。まだコンタクト出来ていませんが……」
「こっちでやる!」
三〇二は少女の立体像をひっくり返しながらコムパッドを鷲掴みすると、自室を飛び出して戦略ステーションの中央オフィスに向かって駆け出した。
全裸で。
* * *
惑星〈青砂〉……
ネープの瞳にも似た色の星。
空里は、次第に大きくなってゆくその姿を魅入られたように見つめながら、言った。
「着いたのね?」
「はい。まず、衛星軌道上のウォーステーションに接舷します。そこで他の乗員を降ろしてから、地表に降りて〈皇冠授与の儀〉を執り行います」
「え? 私たちはあの星に降りられないの?」
ネープの言葉にティプトリーが口を挟んだ。
「〈青砂〉は禁忌の地なのだよ。降りられるのはネープと銀河皇帝、その後継者だけじゃ」
クアンタが答えた。
「〈皇冠授与の儀〉に限っては、元老の立ち会いも認められます。クアンタ卿は降りられますよ。ご同意いただければですが……」
ネープの誘いにクアンタは皮肉な笑みを浮かべた。
「ここまで連れて来て、今さらそれを聞くかね。わしが同意しなかったら、どうするつもりなのだ?」
「アサトの即位に同意しないということは、ラ家への恭順と判断せざるを得ません。もし、他の元老の立ち会いで即位が成ったら、これは帝国の〈重力導士連《グラブナ》〉全体が皇帝を拒否したことになります」
クアンタはひゅっと唇を鳴らした。
「ほとんど脅迫だな。選択の余地は無いように見えるが、そこは主体的に選択する理由が欲しいところだ。ひとつ、問題の中心である本人に聞いてみようか」
そう言うと帝国の元老は、空里に向き直った。
「あんたはどうだ? わしが何者かもよく解っとらんと思うが、わしに即位まで立ち会って欲しいか? 手っ取り早くことを進めたいという気持ち以外に、わしでなきゃいかん理由はあるかね?」
空里はクアンタの顔を見上げ、しばらく考えてから答えた。
「あの女……レディ・ユリイラは、私と一緒にあなたも殺そうとしましたよね。それって、理由になりませんか? これから、あの女やラ家との戦いになった時、私たちは協力し合えるんじゃないかしら」
「おお……」
クアンタは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「勇ましいお嬢さんだ。もう、即位後の帝国平定にまで思いが至っている。彼らと和睦する気はないのかね? 簡単に戦いというが、ラ家は強大だ。敵にするには大きな覚悟が要る、と思うがね」
「覚悟っていうのとは違うかもしれないけど、これから何があってもあまり気にならないと思うの。私には……家族も故郷もないし……」
「アサトにはもう、失うものは何もないのです」
ネープの言い足しに、クアンタは笑みを消した。
「そう……か」
空里はドーム窓に潜り込むと、膝を抱えた。
「失うものは何もない……くう! かっけえ!」
その軽口の調子に微かな震えを感じ、ティプトリーは空里に近づくと彼女の首を軽く抱いて自分の肩に押し当てた。
青い惑星の光を映す窓の強化ガラスに、涙がぽたりと落ちた。
スター・コルベットは、ウォーステーションの小さなドッキングベイに吸い込まれていった。
見えないシールドが気密を確保し、船の着地と同時に何人かの係留要員が現れた。全員がマスク付きのヘルメットを被っている。
「あれもみんなネープなの? あなたと同じ顔してるの?」
空里が聞いた。
「はい。我々は大人数で人前に出る時、ほとんどの場合、顔を隠します。同じ顔をした人間の集団は、それに対した者の心理を不安定にすることが多く、脆弱な精神の持ち主だと発狂することもあるのです」
「発狂とはまた、穏やかじゃないわね」
ティプトリーが言った。バッキンガムの衛兵だって同じような顔じゃない……そんなことでおかしくなるなんて、ロンドン見物も出来やしない……
シェンガとティプトリーだけが船を降り、空里はランプウエイの下まで見送りに出た。
「じゃあ、待ってるから」
「もらった皇冠、あとで見せてくれよな」
空里はちょっと微笑んで手を振ると、再び船上の人となった。
ドッキングベイの外に出て、飛び立つスター・コルベットを窓越しに見送る二人に、ネープの一人が声をかけてきた。
「お部屋を用意してあります。こちらへどうぞ」
案内に従って歩き出したティプトリーは、廊下の奥に小さな子供の姿を見た。
顔を隠していない、三、四歳ほどの小さな子供……の、ネープがこちらを見つめている。
本当に、さっきまで船で一緒だったあのネープと同じ顔だ。
やがて、物陰から誰かに呼ばれたらしく、その子供は振り返ると曲がり角の向こうに消えてしまった。
ティプトリーは一瞬、なぜか背筋が寒くなる思いを感じ、案内役のネープの後頭部をまじまじと見つめた。
全く同じ顔を持つ完全人間しかいない、宇宙ステーション……もしかしたら、ここは宇宙で一番異常な場所かもしれないと思えたのだった。
「確かにおかしくなりそうだわ……」
「何か言ったか?」
シェンガが聞いた。
ネープに比べれば、この二本足の猫ちゃんの方がまだまともな存在に感じるのも不思議だ。
「別に……あなたは、ここの連中が気持ち悪くないの?」
「別に……異種族だからな。種がかけ離れていると、皆同じような顔に見えるもんだ。ここの連中もあんたもアサトも、そんなには違って見えないよ」
「失礼しちゃう……」
とにかく、早くここを離れたい。無理を言ってでも、アサトに着いて行けばよかった……
惑星の地面の上なら、まだマシなことだろう。
その〈青砂〉の地表は奇観だった。
星の名の通り青い大地は、砂ではなく無数の岩山に覆われていた。巨大な岩山の上は平らな台地状となっており、周縁部は底が見えないほど深く切り立っている。まるで、〈鏡夢〉で見たサロウ城市のビル群がそのまま青い岩になったようだと空里は思った。
やがて、スター・コルベットは岩山の一つへと接近していった。
その頂上にだけは建造物の姿がある。船を迎えるように広がったその建物は高さもなく簡素な姿だったが、どこか荘厳な雰囲気を醸し出しており、寺院か神殿のようにも見えた。
「あれが〈守護闘士宮〉か」
クアンタが確かめるように言った。帝国の元老すら訪れる機会は稀な場所なのだ。
「あそこが、ネープたちの本当の本拠地なのだ。彼らはあそこで生まれ、帰れる者はあそこで生涯を終える」
「つまり、あなたの実家なのね。里帰りね」
空里が傍の少年に言った。
「そう思ったことはありませんが、そうかもしれません。〈皇冠授与の儀〉もあそこで行います」
「ほお……もう、準備もできているようだな」
コルベットは建物の中庭にあたる駐機場へと降下していく。
そこでは、数人の人影が待っているのが見えた。何か黒々とした大きな箱のような物体も鎮座している。
「〈玉座機〉か! 大きいな。四号サイズじゃないか?」
空里にはクアンタの驚きがわからなかった。
「スロノギア?」
「アサトを護ってくれる玉座であり、武器でもある生物機械です。使い方はすぐにわかります」
軽いショックがブリッジを揺らし、スター・コルベットは着地した。
「降りたら、すぐに式が始まります。段取りは私に任せて。ただ側に着いて来てください」
空里は頷いてネープの後に従った。
昇降口のランプウエイが降ろされ、ひんやりした高地の空気が船内に流れ込んでくる。
銀河皇帝の後継者は、ついに〈青砂〉の地に降り立った。
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