27 / 46
第三章
6. 宇宙海賊ハル・レガ
しおりを挟む
重い沈黙が仕切り壁の中を包む。
ややあって、シェンガがようやく口を開いた。
「なあアサト……気持ちはわかるが、無駄だと思うぜ。俺は見たんだ。俺たちがデッキごと墜落する寸前、あいつは……背後から迫って来た機動衛兵に撃たれてたよ……」
「それは私も見た。でも、死んだと決まったわけじゃないでしょ?」
そう言いながら、空里は撃たれたネープの姿を思い出して、喉の奥がヒリヒリと痛むような気がした。
「ネープは生きてると思うの。なぜかはわからないけど……そう思うの。無駄かもしれないけど、生きてるかどうかを確かめずにこの星を出るのは、どうしてもいや」
「あなたが言ってるのは、あなたたちと一緒にいた完全人間の男の子のことですね?」
サーレオがたずねた。
「そう! 知ってるの?」
「ドロメックが見ていましたからね。銀河中の人間が見たことでしょう。彼が撃たれるところは……」
「その後、どうなったかは見えたの?」
答えたのはハル・レガだった。
「多分……生きてると思うよ。撃ったのは麻痺ビームのようだったからな」
「本当!」
空里は思わず大声を出していた。
「その後、医務衛兵が連れて行ったようだが、死体を運ぶ様子ではなかったな。明らかに、死んで欲しくない態度が見て取れたよ」
ほら! と言うように空里はシェンガとティプトリーの顔を見た。
二人とも、空里のこんなにもうれしそうな顔を見るのははじめてだった。
「つまり……帝国軍の医療区にいるってことか。上層の軍管轄エリアにまた戻らなきゃならんな」
シェンガが腕組みをしながら言った。
「あるいは、さらに上のサロウ城にいるかもしれません。あの子に用があるのは軍というより、ラ家でしょうからね」
サーレオの言葉に空里は身を乗り出した。
「そこへは、どう行ったらいいんですか? どうしても彼を助け出さなきゃならないんです。お願い! 教えてください!」
サーレオはちょっと悪戯っぽい微笑を見せた。
「ネープは銀河皇帝やその候補者に欠かせぬ者……であるとはいえ、貴女《あなた》にとってはさらに重要な存在になってしまっているようですね」
そこまで悟られているなら、なおさら引き下がれない。
空里は眉間にぐっと力をこめて、美少女の視線を受け止めた。
「どう行ったらと言うより、どう気づかれぬようサロウ城に忍び込んで、彼を奪い返すか……それはハル、あなたの領分のようですね」
サーレオに振られて、ハル・レガは頭をかいた。
「そうなるかな……」
「ハル……レガさん、お願い。手伝ってください」
「簡単な仕事ではないよ。可能性がなくはないが……本当にやり抜く覚悟が要る。そこは、だいじょうぶかい?」
空里は力強くうなずいて見せた。
「ハルはもう、手口をいくつか思いついているでしょう。そうしたことの専門家ですからね。宇宙海賊として……」
ティプトリーが目を向いた。
「ワオ。なんてアメイジングなお仕事なの。いよいよ映画みたい」
「昔の話さ。本当に大昔の……ね」
遠い目をするハル・レガにシェンガが聞いた。
「上層区へは、建物の中を通って行くのかい? 見つからないような高速リフトでもありゃ話は早そうだが……」
「いや、外を行く。幸い、そのために都合のいいことがあるんだ。そう、上層区へ辿り着くチャンスは十分ある。問題はその先だけどな……」
「百合紀元節を利用するのね。いいタイミングだこと」
サーレオの言葉の意味はわからなかったが、いい方向へ流れているらしい話に空里の気は明るくなってきた。
「アサト、どうやら貴女は星百合に近く感じられているようですね。それがどういうことかはまだわからないでしょうけど、わかった時またお会いしましょう。とにかく無事にこの星を出て、銀河皇帝になるのです。すべてはそこから始まるのです」
空里たちがサーレオの前を辞し、ネープ救出のために動き始めた頃……
彼らの目標であるサロウ城の内部では、鳴り響く警報音と機動衛兵たちが交錯し、そのうねりの中を、エンザ=コウ・ラが足早に歩を進めていた。
中央保安室に入ると、城内の全域をカバーするセキュリティ・ドロメックの送ってくる映像が、壁や中空を埋め尽くしている。特別あつらえのドロメックを、このような用途で自由に使えるのは、帝国でも軍か限られた高位の公家くらいだった。
そして、ラ家はその両方なのだ。
しかし、それでも脱走したネープを視界に収めることは出来ていなかった。
当然だ……完全人間が簡単に保安システムの網にとらえられることなどあり得ない。奴はきっと、我々の想像もしないようなところに隠れて、確実に脱出出来るチャンスをうかがっているのだ。
「完全人間は発見出来ていませんが、城外へ出ていないことも確実であります。ドロメックを城の壁体内部ならびに配管シャフトへ送り込んではいかがでしょうか?」
城内保安責任者の司令官が進言した。
離着床でネープたちを取り逃した間抜けに比べれば、遥かに使える男である。
「すぐにやれ」
司令官はパッと踵を返して指示を放ち出した。
城内にいるならば、これで見つからぬわけはないが……奴もそうなることは見抜いてるはずだ。なんとか向こうの裏をかいて、絡め取ってやらねば。
エンザは無駄と知りつつ、ドロメックの送ってくる映像をひとつひとつあらため出した。
自分の想像もつかないところ……
ネープの居場所は、まさに彼がそう思った通りのところだった。
すなわち、エンザの足元の床板一枚を隔てた、その真下だったのだ。
脱走直後からネープは、保安ステーションを目指し、そこに潜んでいた。ステーションにはあらゆる情報が集まって来るからだ。
医務室で掠め取った携帯端末を流体脳に接続し、表示される情報を全て記憶、分析し、空里の置かれている現状を正確につかんだ。
あとは、この星を出るための手段……船の問題だが、乗って来たスター・コルベットがまだ同じ離着床にあるようだった。しかも、航法流体脳の交換は完了しており、いつでも使える状態に復旧していることが報告されていた。
これで十分だ。行動に移る時だった。
城内武器庫の位置を確認したネープは、狭い空間を這いずって動き出した。
ややあって、シェンガがようやく口を開いた。
「なあアサト……気持ちはわかるが、無駄だと思うぜ。俺は見たんだ。俺たちがデッキごと墜落する寸前、あいつは……背後から迫って来た機動衛兵に撃たれてたよ……」
「それは私も見た。でも、死んだと決まったわけじゃないでしょ?」
そう言いながら、空里は撃たれたネープの姿を思い出して、喉の奥がヒリヒリと痛むような気がした。
「ネープは生きてると思うの。なぜかはわからないけど……そう思うの。無駄かもしれないけど、生きてるかどうかを確かめずにこの星を出るのは、どうしてもいや」
「あなたが言ってるのは、あなたたちと一緒にいた完全人間の男の子のことですね?」
サーレオがたずねた。
「そう! 知ってるの?」
「ドロメックが見ていましたからね。銀河中の人間が見たことでしょう。彼が撃たれるところは……」
「その後、どうなったかは見えたの?」
答えたのはハル・レガだった。
「多分……生きてると思うよ。撃ったのは麻痺ビームのようだったからな」
「本当!」
空里は思わず大声を出していた。
「その後、医務衛兵が連れて行ったようだが、死体を運ぶ様子ではなかったな。明らかに、死んで欲しくない態度が見て取れたよ」
ほら! と言うように空里はシェンガとティプトリーの顔を見た。
二人とも、空里のこんなにもうれしそうな顔を見るのははじめてだった。
「つまり……帝国軍の医療区にいるってことか。上層の軍管轄エリアにまた戻らなきゃならんな」
シェンガが腕組みをしながら言った。
「あるいは、さらに上のサロウ城にいるかもしれません。あの子に用があるのは軍というより、ラ家でしょうからね」
サーレオの言葉に空里は身を乗り出した。
「そこへは、どう行ったらいいんですか? どうしても彼を助け出さなきゃならないんです。お願い! 教えてください!」
サーレオはちょっと悪戯っぽい微笑を見せた。
「ネープは銀河皇帝やその候補者に欠かせぬ者……であるとはいえ、貴女《あなた》にとってはさらに重要な存在になってしまっているようですね」
そこまで悟られているなら、なおさら引き下がれない。
空里は眉間にぐっと力をこめて、美少女の視線を受け止めた。
「どう行ったらと言うより、どう気づかれぬようサロウ城に忍び込んで、彼を奪い返すか……それはハル、あなたの領分のようですね」
サーレオに振られて、ハル・レガは頭をかいた。
「そうなるかな……」
「ハル……レガさん、お願い。手伝ってください」
「簡単な仕事ではないよ。可能性がなくはないが……本当にやり抜く覚悟が要る。そこは、だいじょうぶかい?」
空里は力強くうなずいて見せた。
「ハルはもう、手口をいくつか思いついているでしょう。そうしたことの専門家ですからね。宇宙海賊として……」
ティプトリーが目を向いた。
「ワオ。なんてアメイジングなお仕事なの。いよいよ映画みたい」
「昔の話さ。本当に大昔の……ね」
遠い目をするハル・レガにシェンガが聞いた。
「上層区へは、建物の中を通って行くのかい? 見つからないような高速リフトでもありゃ話は早そうだが……」
「いや、外を行く。幸い、そのために都合のいいことがあるんだ。そう、上層区へ辿り着くチャンスは十分ある。問題はその先だけどな……」
「百合紀元節を利用するのね。いいタイミングだこと」
サーレオの言葉の意味はわからなかったが、いい方向へ流れているらしい話に空里の気は明るくなってきた。
「アサト、どうやら貴女は星百合に近く感じられているようですね。それがどういうことかはまだわからないでしょうけど、わかった時またお会いしましょう。とにかく無事にこの星を出て、銀河皇帝になるのです。すべてはそこから始まるのです」
空里たちがサーレオの前を辞し、ネープ救出のために動き始めた頃……
彼らの目標であるサロウ城の内部では、鳴り響く警報音と機動衛兵たちが交錯し、そのうねりの中を、エンザ=コウ・ラが足早に歩を進めていた。
中央保安室に入ると、城内の全域をカバーするセキュリティ・ドロメックの送ってくる映像が、壁や中空を埋め尽くしている。特別あつらえのドロメックを、このような用途で自由に使えるのは、帝国でも軍か限られた高位の公家くらいだった。
そして、ラ家はその両方なのだ。
しかし、それでも脱走したネープを視界に収めることは出来ていなかった。
当然だ……完全人間が簡単に保安システムの網にとらえられることなどあり得ない。奴はきっと、我々の想像もしないようなところに隠れて、確実に脱出出来るチャンスをうかがっているのだ。
「完全人間は発見出来ていませんが、城外へ出ていないことも確実であります。ドロメックを城の壁体内部ならびに配管シャフトへ送り込んではいかがでしょうか?」
城内保安責任者の司令官が進言した。
離着床でネープたちを取り逃した間抜けに比べれば、遥かに使える男である。
「すぐにやれ」
司令官はパッと踵を返して指示を放ち出した。
城内にいるならば、これで見つからぬわけはないが……奴もそうなることは見抜いてるはずだ。なんとか向こうの裏をかいて、絡め取ってやらねば。
エンザは無駄と知りつつ、ドロメックの送ってくる映像をひとつひとつあらため出した。
自分の想像もつかないところ……
ネープの居場所は、まさに彼がそう思った通りのところだった。
すなわち、エンザの足元の床板一枚を隔てた、その真下だったのだ。
脱走直後からネープは、保安ステーションを目指し、そこに潜んでいた。ステーションにはあらゆる情報が集まって来るからだ。
医務室で掠め取った携帯端末を流体脳に接続し、表示される情報を全て記憶、分析し、空里の置かれている現状を正確につかんだ。
あとは、この星を出るための手段……船の問題だが、乗って来たスター・コルベットがまだ同じ離着床にあるようだった。しかも、航法流体脳の交換は完了しており、いつでも使える状態に復旧していることが報告されていた。
これで十分だ。行動に移る時だった。
城内武器庫の位置を確認したネープは、狭い空間を這いずって動き出した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。

ーUNIVERSEー
≈アオバ≈
SF
リミワール星という星の敗戦国で生きながらえてきた主人公のラザーは、生きるため、そして幸せという意味を知るために宇宙組織フラワーに入り、そこで出来た仲間と共に宇宙の平和をかけて戦うSFストーリー。
毎週火曜日投稿中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる