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第二章
3. ウォーワームの襲撃
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「ちょっと待って……」
空里は一度スター・コルベットの船内に駆け戻ると、ネープから授かったマントを羽織って戻ってきた。なぜか、そうしなければならないような気がしたのだ。
他は今ひとつはっきりしない気持ちのまま、空里はカメラとティプトリーのマイクに近づいていった。
「ありがとう。お名前は?」
「遠藤……空里です」
「ミス・エンドー……アサトさん……アサトって呼んでもいいかしら?」
「どうぞ」
「あなたは、学生? 高校生?」
「高校二年生です」
「なるほど……それでこのキャンプはいつからここに?」
キャンプ……そういう風に見えるのか。
「一週間前から……でしょうか」
「それは……東京消滅のすぐ後にここへ来たということ?」
「あの時には、もう私たちはここにいました」
「じゃあ、あの〈白い嵐〉をここでやり過ごしたの? 一体どうしてそんなことが出来たのかしら?」
「そこにいる彼が……ネープがシールドを張って私たちを守ってくれたから……です」
「彼は、何者なの?」
「銀河帝国から来た完全人間……銀河皇帝のメタトルーパーです」
そこでティプトリーは沈黙し、カメラマンが英語で彼女に話しかけた。なぜインタビューを中断したのか尋ねているらしい。ティプトリーはトゲのある囁き声でそれに答えた。相手がまともなのかどうか、考えあぐねているようだ。
「あの……意味がわからないと思うんで、ネープに話してもらいます。私じゃうまく説明出来ないから……ネープ、この人たちに事情を教えてあげて」
空里の命令にネープは前に出ると、銀河皇帝の侵攻から東京の消滅に至るまでの事実と背景を、これ以上なく簡潔にまとめてティプトリーたちに話して聴かせた。
その間、ティプトリーの表情は疑念から驚き、そして次第に恐怖の色へと変わった。あまりに突拍子もない話を、理路整然と説得力を持って聞かされ、自分が狂人を相手にしているのではなく、それが真実であることを認めざるを得ないことによる恐怖だった。でなければ、自分が狂った子供たちの影響でそう思わされているかもしれないという恐怖だった。
「じゃあ……アサトは銀河皇帝になるのね? そして地球も、銀河帝国の一部になると……そういうことなのね?」
「この星がどうなるかは、即位した後で彼女が決めることだ。帝国の属領とするか、その価値も無いとして放置するか、破壊するか、それは誰にも止められない」
ケイト・ティプトリーは笑った。
「おお……恐ろしいことね。私たちの……全人類の運命はアサト次第なんだわ!」
空里は真面目にティプトリーの懸念を払拭した。
「別に地球をどうこうする気はありません。ご心配なく」
「よかった……それで、あなた方はこれからどうするの?」
「船の修理が終わったら、〈青砂〉という惑星に向かいます。ネープたちの星です。そこで即位に必要なものを用意してもらう……そうです」
「なるほど……では、どうか気をつけて行ってきてね。地球に帰って来たら……帰って来ることがあったら、またお話聞かせてちょうだい」
ティプトリーは空里に握手を求めた。
「……わかりました」
握手に応じた空里の手を二、三回振って放すと、CNNのリポーターはカメラに向き直って英語でインタビューの締めに入った。
「まさに、驚くべき出会いでした。東京消滅の真実、その裏に隠された銀河帝国の支配権を巡る争いに、我々取材班は世界ではじめて……」
そこまで言って、ティプトリーはマイクを下ろして顔をしかめた。
「……こんな与太話、誰が信じる?」
カメラマンは相棒の白人アシスタントと顔を見合わせた。
「よくわからんが……いま銀河帝国がなんとか言ったか?」
「そうよ……もう少しでこの子達のスター・ウォーズごっこにのせられるところだったわ」
「え? 今のインタビューは全部ボツかい?」
「ちょっと待って。仕切り直して、今度は本当のところを聞き出すから……」
ティプトリーはため息をつくと、マントを羽織ったコスプレ少女に向き直り、日本語に切り替えて説得モードに入った。
「アサト、お願い。本当のところを聞かせてちょうだい。ここは何なの? あなた方がさっきの話の裏に隠しているものは何なの?」
少女は後ろに控えた少年と顔を見合わせて眉をひそめてみせた。
「いえ、咎めてるんじゃないのよ。こんな状況だし、もし力になれることがあったら協力してもいい。でも、まず本当のことを教えてちょうだい。先に……」
その時、二本足の猫がビクッと緊張し、毛皮の下から何か武器のようなものを取り出してティプトリーたちに向かってきた。
「!」
身構えたティプトリーの脇をすり抜けて何歩か走ると、ミン・ガンの戦士は砂地に突っ伏して耳をそばだてた。
「来たぞ!」
シェンガは叫び、船の方へ駆け戻って来た。
「本当のことを教えて欲しい、か?」
ショックスピアーを構え直して、ネープが静かだが危険をはらむ囁きを口にした。
「すぐわかる……」
ティプトリーたちの背後で砂が吹き上がった。
直後、カメラクルーの一人が悲鳴を残し砂浜に呑まれて姿を消した。
「デニス!」
ティプトリーの叫びに呼応して、地下から何か細長く巨大な影が砂を巻き上げながら姿を現した。
「虫?!」
空里にはそう見えた。フレキシブルパイプのような金属製の体の先端に、大きな顎しかない頭が付いている虫だ。だが「虫」というにはとてつもなく大きい。
「ウォーワームです。彼らの航空機に潜んで来たのでしょう。でなければ、とっくに侵入は察知できたはずです」
「あんな大きなものが?」
「幼体はごく小さな機械生物なのです。目的地に侵入してから急成長し、作戦を実行するように作られています。おそらく一匹ではありません。船の中へ入っていてください」
ネープの指示に従って走り出した空里は、振り返ると立ち尽くしたティプトリーの姿を見た。
「ケイトさん! こっちへ!」
ティプトリーは襲いかかって来る怪物の顎を呆然と見つめていたが、ギリギリのところでしゃがんで避けた。その顎にネープが飛び乗り、ショックスピアーを振り下ろす。
ウォーワームの首が火花を散らし、少年を振り落とそうとして巨体が大暴れした。
はいずるように空里の方へ走って来るティプトリーの足元で砂が波打ち、金属製の虫がもう一匹現れた。新手のウォーワームは、今度は空里に向かって来た。
「!」
次の瞬間、大きく跳躍してきたネープの姿が二匹目の体にまたがっていた。ネープは振動ナイフを抜くと、ウォーワームの頭部に突き立てた。
そこへ、一匹目のウォーワームが損傷部から火花を散らして襲いかかって来る。が、轟音がとどろきその体はあっという間にバラバラに吹っ飛んだ。
チーフ・ゴンドロウワが大型のパルスマシンガンを撃ちまくりながら空里の前に出て来ていた。二匹目のウォーワームも、その火線に捉えられて飛び散った。
「やだ、もう一匹いるわ……」
砂地にへたりこんだティプトリーがつぶやいた。見ると、カメラクルーたちがヘリに向かって走っていくのを、三匹目のウォーワームが追いかけていた。しんがりを走っていたアシスタントが転倒し、巨大な顎の餌食となるのが見えた。
「ノー!」
他のクルーたちはその隙にヘリに乗り込み、離陸することに成功した。
獲物を取り逃した三匹目のウォーワームは、空里たちの方に向き直ると砂の上を走り出し……
次の瞬間、大きな爆発とともにバラバラに飛び散った。
「これでしまいらしいな」
熱核弾ランチャーを構えたシェンガが言った。
ヘリはあっという間に洋上へと飛び去り、戻って来る様子はなかった。
「ノー……」
「他の皆さん……行っちゃったんですか?」
声をかけてきたマント姿の少女とともに、彼女のしもべが集まって来た。二本足で歩く猫に、金属製の巨人……それに尋常じゃない美しさの少年……
そこに混じった自分の姿を思って、ティプトリーは引きつった笑いを顔に浮かべた。
「ええ……私は置いてけぼり。この狂った場所に一人放り出されたらしいわ……」
「まあ……まともな状況ではないと思いますけど狂ってるとまでは……」
妙に分別くさい空里の言葉に、ティプトリーはふと哀れみを覚えた。
この娘は、異常な事態に慣れて来ている……どこまでが本当かわからないが、銀河皇帝の後継争いという超現実的な問題に直面している自分を受け入れているのだ。
さて、自分はこの狂気にどこまで付いていけるだろうか……
「そうね……いずれにせよしばらくはここにいなきゃならないようだから、面倒をかけるけど色々教えてちょうだい。まず……」
狂った状況に耐えるには、まともなことを言ってちゃダメだ。
「一番近いスターバックスはどこかしら?」
空里は一度スター・コルベットの船内に駆け戻ると、ネープから授かったマントを羽織って戻ってきた。なぜか、そうしなければならないような気がしたのだ。
他は今ひとつはっきりしない気持ちのまま、空里はカメラとティプトリーのマイクに近づいていった。
「ありがとう。お名前は?」
「遠藤……空里です」
「ミス・エンドー……アサトさん……アサトって呼んでもいいかしら?」
「どうぞ」
「あなたは、学生? 高校生?」
「高校二年生です」
「なるほど……それでこのキャンプはいつからここに?」
キャンプ……そういう風に見えるのか。
「一週間前から……でしょうか」
「それは……東京消滅のすぐ後にここへ来たということ?」
「あの時には、もう私たちはここにいました」
「じゃあ、あの〈白い嵐〉をここでやり過ごしたの? 一体どうしてそんなことが出来たのかしら?」
「そこにいる彼が……ネープがシールドを張って私たちを守ってくれたから……です」
「彼は、何者なの?」
「銀河帝国から来た完全人間……銀河皇帝のメタトルーパーです」
そこでティプトリーは沈黙し、カメラマンが英語で彼女に話しかけた。なぜインタビューを中断したのか尋ねているらしい。ティプトリーはトゲのある囁き声でそれに答えた。相手がまともなのかどうか、考えあぐねているようだ。
「あの……意味がわからないと思うんで、ネープに話してもらいます。私じゃうまく説明出来ないから……ネープ、この人たちに事情を教えてあげて」
空里の命令にネープは前に出ると、銀河皇帝の侵攻から東京の消滅に至るまでの事実と背景を、これ以上なく簡潔にまとめてティプトリーたちに話して聴かせた。
その間、ティプトリーの表情は疑念から驚き、そして次第に恐怖の色へと変わった。あまりに突拍子もない話を、理路整然と説得力を持って聞かされ、自分が狂人を相手にしているのではなく、それが真実であることを認めざるを得ないことによる恐怖だった。でなければ、自分が狂った子供たちの影響でそう思わされているかもしれないという恐怖だった。
「じゃあ……アサトは銀河皇帝になるのね? そして地球も、銀河帝国の一部になると……そういうことなのね?」
「この星がどうなるかは、即位した後で彼女が決めることだ。帝国の属領とするか、その価値も無いとして放置するか、破壊するか、それは誰にも止められない」
ケイト・ティプトリーは笑った。
「おお……恐ろしいことね。私たちの……全人類の運命はアサト次第なんだわ!」
空里は真面目にティプトリーの懸念を払拭した。
「別に地球をどうこうする気はありません。ご心配なく」
「よかった……それで、あなた方はこれからどうするの?」
「船の修理が終わったら、〈青砂〉という惑星に向かいます。ネープたちの星です。そこで即位に必要なものを用意してもらう……そうです」
「なるほど……では、どうか気をつけて行ってきてね。地球に帰って来たら……帰って来ることがあったら、またお話聞かせてちょうだい」
ティプトリーは空里に握手を求めた。
「……わかりました」
握手に応じた空里の手を二、三回振って放すと、CNNのリポーターはカメラに向き直って英語でインタビューの締めに入った。
「まさに、驚くべき出会いでした。東京消滅の真実、その裏に隠された銀河帝国の支配権を巡る争いに、我々取材班は世界ではじめて……」
そこまで言って、ティプトリーはマイクを下ろして顔をしかめた。
「……こんな与太話、誰が信じる?」
カメラマンは相棒の白人アシスタントと顔を見合わせた。
「よくわからんが……いま銀河帝国がなんとか言ったか?」
「そうよ……もう少しでこの子達のスター・ウォーズごっこにのせられるところだったわ」
「え? 今のインタビューは全部ボツかい?」
「ちょっと待って。仕切り直して、今度は本当のところを聞き出すから……」
ティプトリーはため息をつくと、マントを羽織ったコスプレ少女に向き直り、日本語に切り替えて説得モードに入った。
「アサト、お願い。本当のところを聞かせてちょうだい。ここは何なの? あなた方がさっきの話の裏に隠しているものは何なの?」
少女は後ろに控えた少年と顔を見合わせて眉をひそめてみせた。
「いえ、咎めてるんじゃないのよ。こんな状況だし、もし力になれることがあったら協力してもいい。でも、まず本当のことを教えてちょうだい。先に……」
その時、二本足の猫がビクッと緊張し、毛皮の下から何か武器のようなものを取り出してティプトリーたちに向かってきた。
「!」
身構えたティプトリーの脇をすり抜けて何歩か走ると、ミン・ガンの戦士は砂地に突っ伏して耳をそばだてた。
「来たぞ!」
シェンガは叫び、船の方へ駆け戻って来た。
「本当のことを教えて欲しい、か?」
ショックスピアーを構え直して、ネープが静かだが危険をはらむ囁きを口にした。
「すぐわかる……」
ティプトリーたちの背後で砂が吹き上がった。
直後、カメラクルーの一人が悲鳴を残し砂浜に呑まれて姿を消した。
「デニス!」
ティプトリーの叫びに呼応して、地下から何か細長く巨大な影が砂を巻き上げながら姿を現した。
「虫?!」
空里にはそう見えた。フレキシブルパイプのような金属製の体の先端に、大きな顎しかない頭が付いている虫だ。だが「虫」というにはとてつもなく大きい。
「ウォーワームです。彼らの航空機に潜んで来たのでしょう。でなければ、とっくに侵入は察知できたはずです」
「あんな大きなものが?」
「幼体はごく小さな機械生物なのです。目的地に侵入してから急成長し、作戦を実行するように作られています。おそらく一匹ではありません。船の中へ入っていてください」
ネープの指示に従って走り出した空里は、振り返ると立ち尽くしたティプトリーの姿を見た。
「ケイトさん! こっちへ!」
ティプトリーは襲いかかって来る怪物の顎を呆然と見つめていたが、ギリギリのところでしゃがんで避けた。その顎にネープが飛び乗り、ショックスピアーを振り下ろす。
ウォーワームの首が火花を散らし、少年を振り落とそうとして巨体が大暴れした。
はいずるように空里の方へ走って来るティプトリーの足元で砂が波打ち、金属製の虫がもう一匹現れた。新手のウォーワームは、今度は空里に向かって来た。
「!」
次の瞬間、大きく跳躍してきたネープの姿が二匹目の体にまたがっていた。ネープは振動ナイフを抜くと、ウォーワームの頭部に突き立てた。
そこへ、一匹目のウォーワームが損傷部から火花を散らして襲いかかって来る。が、轟音がとどろきその体はあっという間にバラバラに吹っ飛んだ。
チーフ・ゴンドロウワが大型のパルスマシンガンを撃ちまくりながら空里の前に出て来ていた。二匹目のウォーワームも、その火線に捉えられて飛び散った。
「やだ、もう一匹いるわ……」
砂地にへたりこんだティプトリーがつぶやいた。見ると、カメラクルーたちがヘリに向かって走っていくのを、三匹目のウォーワームが追いかけていた。しんがりを走っていたアシスタントが転倒し、巨大な顎の餌食となるのが見えた。
「ノー!」
他のクルーたちはその隙にヘリに乗り込み、離陸することに成功した。
獲物を取り逃した三匹目のウォーワームは、空里たちの方に向き直ると砂の上を走り出し……
次の瞬間、大きな爆発とともにバラバラに飛び散った。
「これでしまいらしいな」
熱核弾ランチャーを構えたシェンガが言った。
ヘリはあっという間に洋上へと飛び去り、戻って来る様子はなかった。
「ノー……」
「他の皆さん……行っちゃったんですか?」
声をかけてきたマント姿の少女とともに、彼女のしもべが集まって来た。二本足で歩く猫に、金属製の巨人……それに尋常じゃない美しさの少年……
そこに混じった自分の姿を思って、ティプトリーは引きつった笑いを顔に浮かべた。
「ええ……私は置いてけぼり。この狂った場所に一人放り出されたらしいわ……」
「まあ……まともな状況ではないと思いますけど狂ってるとまでは……」
妙に分別くさい空里の言葉に、ティプトリーはふと哀れみを覚えた。
この娘は、異常な事態に慣れて来ている……どこまでが本当かわからないが、銀河皇帝の後継争いという超現実的な問題に直面している自分を受け入れているのだ。
さて、自分はこの狂気にどこまで付いていけるだろうか……
「そうね……いずれにせよしばらくはここにいなきゃならないようだから、面倒をかけるけど色々教えてちょうだい。まず……」
狂った状況に耐えるには、まともなことを言ってちゃダメだ。
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