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第一章
7. コンビニにて
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夏の夜の街を、少女と少年と人猫が歩いてゆく。
その後ろから、主人と分離した機械の馬がついていった。
食料などを集めるため学校の敷地を出たはいいが、街は人影が消え完全な闇に包まれていた。
ネープの肩に取り付けられた強力な小型投光器だけが、あたりを照らす光源だった。
いったん帰宅したいという空里の希望は、ネープに却下されていた。もし帝国の奇襲があったら、空里の家族や周辺住民にも被害の及ぶ可能性があるからだった。
空里の家がまだ無事かどうかもさだかでなかった。学校の周辺では、電気だけでなく携帯電話の電波もストップしており、家族と連絡を取ることも、東京や日本……世界がどうなっているのかについての情報も全くつかめなかった。
投光器の光が、ビルの谷間に漂う一つの影を照らし出した。
「あ、メダマクラゲ……」
「ドロメック。見たものをそのまま映像にして帝国全土に配信している機械生物です」
「テレビ局ね。ライバーかな?」
「皇帝は自分の軍隊の威容を帝国中に見せつけるため、ドロメックを大量に持ち込みました。しかし、今は帝国軍の残党がその配信を止めて情報を統制し、我々をスパイするために使っている……」
「ああいう機械生物も、どこかに星百合の一部が使われているのさ。超空間を進むハイパーウェーブで映像を飛ばせるのもそのためだ。もっとも、詳しい仕組みについての知識はとっくに失なわれてて、人間は使うだけなんだがな」
シェンガが解説を引き継いだ。
人間というのは、猫の姿をしている者たちも含まれるらしい。
「ふうん……あ、ここ」
空里は真っ暗な交差点の一角に建つ、行きつけのコンビニを指し示した。
店内も闇に沈んでいる。
ネープが難なく入り口のドアをこじ開け、キャリベックと共に奥に消えると、ほどなく店内の照明がパッと灯った。
「必要なものを確保してください。キャリベックに運ばせるから、足りないものがないように多めに……」
「電気来てたの?」
「キャリベックのエネルギーをつないで変換しているんです。ここの設備は一通り使えるはずですよ」
その言葉に空里は思い立ち、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「あ、ネット生きてる。店内無線つながるわ」
途端に、未読の通知やらメールやらがアラート音とともにどっと画面に流れ込んできた。
メッセージアプリには、母からの書き込みが大量に入っていた。ほとんどが「無事なの? 返信してちょうだい」という内容だった。
「アサト、急いでください。今のところ軍の動きはないが、あまり長い間留まりたくない」
ネープが腕に仕込まれた何かの計器をチェックしながら空里を急かした。
「はいはい、ちょっと待って……」
本当は母と通話したいところだったが、無事を知らせるメッセージだけは送っておいた。
「よし、と……」
スマホをしまい、棚に残されたサンドウィッチやおにぎり、日持ちしそうなパンやペットボトル飲料をカゴに詰める。それと、当面の日用品。タオルに歯ブラシ、替えの下着、いくつかの防災グッズもかき集めた。ついでに大好きなチョコ菓子も……
「ほぼ、避難生活よね……」
品物でいっぱいのカゴをレジの方へ持って行きながらハタと気づく。
「あ! お会計どうしよう?」
待っていたネープが眉をひそめた。
「お会計? 対価交換のことですか?」
「お金を払うの。電子マネーならあるんだけど……」
「非常時ですよ? 持ち出しても誰も咎めないでしょう」
理屈ではその通りだと思ったが、空里は訳知り顔でその理屈を説く異星人の少年に、はじめて苛立ちを覚えた。この星や国の約束事をないがしろにされ、文化を侮辱されたような、妙な憤慨を感じたのだ。
「あなたの国の法典を守るんだったら、この国の法律も守ってよ……そうだ、いま借用書書いて置いてくから、ちょっと待ってて」
空里はカゴをドンとカウンターに置いて、商品をあらため出した。
「ええと、全部でいくらかな……」
「電子マネーというのは?」
意外なネープの問いに、空里はスマホを取り出してバーコードを表示して見せた。
ネープはカウンターの中に入ると、レジ周りをちょっと見回しただけでバーコードリーダーを手にし、レジの操作を始めた。
「後払い……か……」
カゴの中のパンを取り、リーダーにバーコードを読み取らせる。
まるで、年季の入ったバイト少年のように、次々と商品をスキャンしていくネープの様子を空里は呆れながら見つめた。
「おーい、アサト」
シェンガの声に店の奥へ向かうと、ミン・ガンの戦士はマグロ山かけ丼の容器を熱心にながめていた。
「これ、うまそうだな。もらってっていいか?」
「ねえ、ネープって一体何者なの?」
「ネープはネープさ。完全人間で、皇帝のメタトルーパーだ。言ったろ?」
「完全……て、なんでも知ってるってこと?」
「知力も体力も、並みの種族では太刀打ち出来ない、一種の超人さ。感情に流されることもないから、判断を誤ることもない。おまけに武術、戦術、最新兵器の操作にも長けてて、一騎当千の兵隊でもある。キャリベックと合体したネープをなんとかしようと思ったら、宇宙艦隊が要るぜ」
「そんな人間が……どうやって生まれたの?」
シェンガは肩をすくめた。
「さあな? あいつらはもう何千年も銀河皇帝の側に仕えて、皇帝と……それにも増して〈法典〉を護ってきたんだ」
「あいつら? ちょっと待って。ネープって彼一人じゃないの?」
「当たり前だろ。全く同じ顔、全く同じ能力、全く同じ遺伝子を持ったネープが、何百といるさ。どうやって殖えてるのかは知らんが、世代交代もしてる。年寄りのネープもいるし、半分は女だ」
「!」
何百人ものネープ……年寄りのネープ……女の子のネープ……みんな同じ顔の……
それは、今日聞いた銀河帝国についての話の中で最も驚異だった。
「あいつも、同類には番号で呼ばれてたはずだ。よう! ネープ! お前は何番だ?」
「ネープ三〇三」
レジの方から答えが返って来た。
な? と言うように目配せすると、シェンガはマグロ山かけ丼を持ってカウンターに向かった。
「これも頼む」
ピッ!
「アサト、さっきのバーコードを」
空里はスマホを差し出しながら少年の美しい顔をしげしげと眺め、同じ顔がいくつも並んでいるところを想像しようとしたがうまくいかない……
ただなぜか、彼が一人でいてくれた方がいいのにと思わずにいられなかった。
その後ろから、主人と分離した機械の馬がついていった。
食料などを集めるため学校の敷地を出たはいいが、街は人影が消え完全な闇に包まれていた。
ネープの肩に取り付けられた強力な小型投光器だけが、あたりを照らす光源だった。
いったん帰宅したいという空里の希望は、ネープに却下されていた。もし帝国の奇襲があったら、空里の家族や周辺住民にも被害の及ぶ可能性があるからだった。
空里の家がまだ無事かどうかもさだかでなかった。学校の周辺では、電気だけでなく携帯電話の電波もストップしており、家族と連絡を取ることも、東京や日本……世界がどうなっているのかについての情報も全くつかめなかった。
投光器の光が、ビルの谷間に漂う一つの影を照らし出した。
「あ、メダマクラゲ……」
「ドロメック。見たものをそのまま映像にして帝国全土に配信している機械生物です」
「テレビ局ね。ライバーかな?」
「皇帝は自分の軍隊の威容を帝国中に見せつけるため、ドロメックを大量に持ち込みました。しかし、今は帝国軍の残党がその配信を止めて情報を統制し、我々をスパイするために使っている……」
「ああいう機械生物も、どこかに星百合の一部が使われているのさ。超空間を進むハイパーウェーブで映像を飛ばせるのもそのためだ。もっとも、詳しい仕組みについての知識はとっくに失なわれてて、人間は使うだけなんだがな」
シェンガが解説を引き継いだ。
人間というのは、猫の姿をしている者たちも含まれるらしい。
「ふうん……あ、ここ」
空里は真っ暗な交差点の一角に建つ、行きつけのコンビニを指し示した。
店内も闇に沈んでいる。
ネープが難なく入り口のドアをこじ開け、キャリベックと共に奥に消えると、ほどなく店内の照明がパッと灯った。
「必要なものを確保してください。キャリベックに運ばせるから、足りないものがないように多めに……」
「電気来てたの?」
「キャリベックのエネルギーをつないで変換しているんです。ここの設備は一通り使えるはずですよ」
その言葉に空里は思い立ち、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「あ、ネット生きてる。店内無線つながるわ」
途端に、未読の通知やらメールやらがアラート音とともにどっと画面に流れ込んできた。
メッセージアプリには、母からの書き込みが大量に入っていた。ほとんどが「無事なの? 返信してちょうだい」という内容だった。
「アサト、急いでください。今のところ軍の動きはないが、あまり長い間留まりたくない」
ネープが腕に仕込まれた何かの計器をチェックしながら空里を急かした。
「はいはい、ちょっと待って……」
本当は母と通話したいところだったが、無事を知らせるメッセージだけは送っておいた。
「よし、と……」
スマホをしまい、棚に残されたサンドウィッチやおにぎり、日持ちしそうなパンやペットボトル飲料をカゴに詰める。それと、当面の日用品。タオルに歯ブラシ、替えの下着、いくつかの防災グッズもかき集めた。ついでに大好きなチョコ菓子も……
「ほぼ、避難生活よね……」
品物でいっぱいのカゴをレジの方へ持って行きながらハタと気づく。
「あ! お会計どうしよう?」
待っていたネープが眉をひそめた。
「お会計? 対価交換のことですか?」
「お金を払うの。電子マネーならあるんだけど……」
「非常時ですよ? 持ち出しても誰も咎めないでしょう」
理屈ではその通りだと思ったが、空里は訳知り顔でその理屈を説く異星人の少年に、はじめて苛立ちを覚えた。この星や国の約束事をないがしろにされ、文化を侮辱されたような、妙な憤慨を感じたのだ。
「あなたの国の法典を守るんだったら、この国の法律も守ってよ……そうだ、いま借用書書いて置いてくから、ちょっと待ってて」
空里はカゴをドンとカウンターに置いて、商品をあらため出した。
「ええと、全部でいくらかな……」
「電子マネーというのは?」
意外なネープの問いに、空里はスマホを取り出してバーコードを表示して見せた。
ネープはカウンターの中に入ると、レジ周りをちょっと見回しただけでバーコードリーダーを手にし、レジの操作を始めた。
「後払い……か……」
カゴの中のパンを取り、リーダーにバーコードを読み取らせる。
まるで、年季の入ったバイト少年のように、次々と商品をスキャンしていくネープの様子を空里は呆れながら見つめた。
「おーい、アサト」
シェンガの声に店の奥へ向かうと、ミン・ガンの戦士はマグロ山かけ丼の容器を熱心にながめていた。
「これ、うまそうだな。もらってっていいか?」
「ねえ、ネープって一体何者なの?」
「ネープはネープさ。完全人間で、皇帝のメタトルーパーだ。言ったろ?」
「完全……て、なんでも知ってるってこと?」
「知力も体力も、並みの種族では太刀打ち出来ない、一種の超人さ。感情に流されることもないから、判断を誤ることもない。おまけに武術、戦術、最新兵器の操作にも長けてて、一騎当千の兵隊でもある。キャリベックと合体したネープをなんとかしようと思ったら、宇宙艦隊が要るぜ」
「そんな人間が……どうやって生まれたの?」
シェンガは肩をすくめた。
「さあな? あいつらはもう何千年も銀河皇帝の側に仕えて、皇帝と……それにも増して〈法典〉を護ってきたんだ」
「あいつら? ちょっと待って。ネープって彼一人じゃないの?」
「当たり前だろ。全く同じ顔、全く同じ能力、全く同じ遺伝子を持ったネープが、何百といるさ。どうやって殖えてるのかは知らんが、世代交代もしてる。年寄りのネープもいるし、半分は女だ」
「!」
何百人ものネープ……年寄りのネープ……女の子のネープ……みんな同じ顔の……
それは、今日聞いた銀河帝国についての話の中で最も驚異だった。
「あいつも、同類には番号で呼ばれてたはずだ。よう! ネープ! お前は何番だ?」
「ネープ三〇三」
レジの方から答えが返って来た。
な? と言うように目配せすると、シェンガはマグロ山かけ丼を持ってカウンターに向かった。
「これも頼む」
ピッ!
「アサト、さっきのバーコードを」
空里はスマホを差し出しながら少年の美しい顔をしげしげと眺め、同じ顔がいくつも並んでいるところを想像しようとしたがうまくいかない……
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