銀河皇帝のいない八月

沙月Q

文字の大きさ
上 下
5 / 46
第一章

4. 完全人間

しおりを挟む
「おい、ネープ……」

 足を引きずりながら戻ってきた人猫が言った。
「!」
 人猫の言葉がわかる! その声はやや甲高いが、大人びた男性の物言いだった。
「お前も見てたろ? 皇帝は死んじまったぜ。あるじがいなくなっちまったら、お前もお役御免だろ。とっとと引き揚げろよ」
 ネープと呼ばれた少年は人猫に向き直った。
「そうはいかない。お前たちが奪った種子を取り戻すのも、自分の使命だ」
「なるほど……だがその娘は関係ねえだろ。あらためて相手してやるから、その子は解放してやれよ」
「それも無理だ。むしろ彼女の問題を解決する方が優先だ。邪魔はするな」
 少年は槍を人猫に向けて言い放った。
「何の問題だ? この子をしょっぴこうってのか? ここは帝国領外だぜ。ネープだろうが元老だろうが、法典をたてに原住民を裁くことなんか出来ないはずだ!」
 原住民……黙って聞いていると、自分が未開の僻地に住む遅れた人種扱いされているような気がする。

「ちょっと待ってよ……」
 どうにか落ち着きを取り戻した空里は、二人の議論に割って入った。
「何の話かわからないけど、友達がさっき爆発したところにいたの。どうなったのか確かめに行きたいんだけど……いいでしょ?」
「ああ、いいともさ。あんたは自由だ。好きにこの星を歩き回る権利がある」
 先に応えたのは人猫だった。
「あんたは自由だ。誰にも邪魔はさせないぜ。俺がついてる……」
 そう言うと、人猫は空里に近づき……
 そのままどうと空里の足元に倒れ込んだ。
「ちょっと!」
 忘れていた。人猫は手傷を負っていたのだ。
「大変、手当てしなくちゃ!」
「それが、あなたの望みですか?」
 少年……ネープが空里に問いかけた。
 何を言ってるのだろう? 私の望みだったらかなえてくれると言うのかしら? 空里はそうであって欲しいと念じながら、語気強く返答した。
「そうよ! お願い、この子の手当てを手伝って」
 ネープの身体が、ガチャリと音を立てた。
 見ると、少年は二本の足で立つ普通の人間の姿になっている。腰から後ろ、機械の馬の部分が分離したのだ。
 ネープは人猫を抱き抱えると、あたりを見回し、部室棟の方へ歩き出した。
 分離した機械の馬も勝手に着いてくる。その脚は馬の足というよりも、伸縮自在の触手に近い。歩く様はさながら金属製のクモかタコだ。
「これ……ロボットなの?」
 空里の問いにネープは答えた。
「キャリベックです。メタトルーパーの人造馬ですよ」
 敬語を使ってる……言葉の意味は全然わからなかったが、敬語は空里の不安感を多少やわらげた。

 人猫を抱えたまま、ネープは階段を昇って部室の一つに足を踏み入れた。
 ソファに人猫を横たえると、ネープは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、傷の周りを洗い出した。空里は救急箱を探そうとしたが、あっという間にネープに先を越された。まるで勝手知ったる人の家だ。
「何がどこにあるか、全部知ってるみたいね」
「簡単な観察と推測です」
「……完全人間には簡単な、だよな」
 人猫は意識を取り戻していた。
「完全人間……」
「そうだよ。完全人間で、皇帝のメタトルーパー……もっとも、皇帝を護るという一番大事なお役目に失敗したところを、さっき見ちまったけどな……うっ!」
 きつく包帯を巻かれて人猫はうめいた。
「助かる?」
「大した傷ではありません。倒れたのは体力の消耗と暑さのせいです」
 空里は「手伝って」と言ったが結局手当はネープが一人で済ませてしまった。
「どうして俺を助けるんだい?」
 人猫が空里に問いかけた。
「わかんない……わかんないけど、あんまりひどいことが起きすぎて……」
 ミマ……どうなっただろうか……
「少しでも、ひどくないようにしたかったのかも……ひどくないってどういうことかもわからないけど……何言ってるのかしらね、私」
「…………」
 人猫はただじっと空里の顔を見つめていた。
「俺は、シェンガだ」
 出し抜けに、自己紹介された。
「私は……アサト。遠藤空里」
「長い名前だな……」
 そういうと人猫は目を閉じた。
 空里はほうっと息をつき、自らも目を閉じた。
 どこからか、心地よい涼しい風が吹いてくる……あの子、ネープがエアコンをつけてくれたようだ。もうちょっとだけ、このまま休ませて……
 そしたら、ミマのところに行って……

 はっと気づくと、部室には西日が差し込んでいた。

 人猫……シェンガはまだ眠り続けているが、ネープの姿はどこにもない。
 空里は部室棟を出て、夕暮れ時の校庭に立った。

 誰もいない……

 あたりに残された破壊の跡を除けば、穏やかな夏の夕方だ。校門のあった場所に開いた大きな穴からは、まだうっすらと煙が立ち上っている。
 ミマや級友たちがどうなったか確かめたかったが、もうどうするにも時間が経ちすぎた……それに、あの穴をのぞいたら見たくないものを見ることになるような気がして怖い……

 どうしよう……このままうちに帰ろうか……
 家はどうなっただろうか? 母さん、父さんは? 
 急に寂寥感がこみ上げて、空里の視界が涙ににじんだ。

 何かの歌にあったように、涙がこぼれないよう天を振り仰ぐ……すると、校舎の屋上で人影が動いているのに気がついた。
 ネープだ。
 帰りたいけど、その前に誰かと話したい……それが異常な現れ方をした正体不明の少年でも……
 空里は無人の校舎の階段を昇り、少年の元へ向かった。

 屋上への入り口は普段しっかり施錠されているが、今その鉄製のドアは恐ろしい力で蝶番から引きちぎられ、外に倒れていた。
「あらあら……」
 ネープは空里の方をちらっと見て、すぐ手元の仕事に注意をもどした。一瞬、目があっただけでも、やっぱり息を呑むほどの美しさだ……
「何してるの?」
 美少年は傍の機械馬、キャリベックに繋がった道具を片付け始めた。
「状況を確認してました。あまり芳しくない……」
「そうなの……ねえ、一体この騒ぎは何? あなたたちはどこから来たの? さっき私の問題がどうとか言ってたけど、何の用があるの? わかるように説明してくれるとありがたいんだけど」
 ネープはちょっと考え、キャリベックをとんと叩いた。
 その機械は四本の触手で空里の背後へ歩いてくると、しゃがみ込むように本体を屋上の床に下ろした。
「かけてください、アサト」
 はじめて名前を呼ばれた……シェンガとのやりとりを聞いてたのか。
 男の子に下の名前呼ばれるの、何年ぶりだろう……自分でもおかしいほどしおらしい態度でキャリベックの本体に腰を下ろす。

 そして始まったネープの話は、そんな物思いとは裏腹に剣呑でとてつもないモノだった。

「あなたが殺した男は、銀河帝国皇帝ゼン=ゼン・ラ二〇四世だったのです。そして今、あなたがその皇位継承者として第一位の位置にいるのです」
「……ふうん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

刻の唄――ゼロ・クロニクル――

@星屑の海
SF
 遙か彼方の未来、人類の活動圏が天の川銀河全土に広がって二十万年の時を経た時代。二度の銀河全土を覆う動乱の時代を経た人類は、局所的な紛争はあるものの比較的平和な時代を生きていた。人工知能に代表されるインテリジェンスビーングが高度に進化した時代、それらに対抗するため作られた戦士キャバリアー達がグラディアートという戦闘兵器を用い戦いの主役となっていた。  零・六合は一年半前、ある存在に敗れ旅の巡礼者となり戦いから身を引いていたのだが、旅の途中ボルニア帝国の内乱に巻き込まれてしまう。

処理中です...