僕(じゃない人)が幸せにします。

暇魷フミユキ

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第1章

1-9数学の授業前の雑談、あるいはしょっちゅうフラれている人の話

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 威勢良く引き受けたとはいえ、やはりそんな話をするなんてなかなか気まずい。いつ訊くべきかうかがっている間に……

 一週間が経っていた。
 我ながら情けないとは思うけど、考えてみれば草壁とも幸恵さんともそういう話をしたことが無いのだから仕方がない。誰かの噂程度でも話題に出たことがあるのならまだしも、何も無しでは気恥ずかしい。絶対にいつも通りしゃべれない自信が満々です。

 そもそも、僕はどちらに対してもどうせ付き合っている人がいるのだろうと思っていた。たとえば街で可愛い女性がいたとして、その人には必ず相手がいると思うようにしている。そしてその想定は十中八九当たる。
 その例に漏れないと考えていたのだから、その手のことを訊く必要性なんて感じていなかった。訊けば「え~なんかきかれたんですけど~」ってなるのがオチじゃないですか。
 もし訊くとしても相当のイケメン、たとえばこの前に座っている人とかなら違うんでしょうね。

「君島? 大丈夫か」
 その目の前の人が話しかけてきた。

「え? ああ、大丈夫。ちょっと考えてた」

新城しんじょうのことか!? なんだよどいつもこいつも!」
 左の席から横槍が入る。

「勝手に恨まないでもらえます? そんなことばっかりだね。大原おおはらって」

「何? そんなこと」
 ためる大原。

「……あr」「君島にここまでの話を説明するとー」
 新城が食い気味に割って入るのだった。

「俺が話している途中でしょうが!」

 この人たちはいつも僕の席の周りにいる顔ぶれとは違う。
 次の授業は数学。目指す大学の難易度や現状の成績によって教室が振り分けられる。
 つまり教室を移動する人もいるわけで、かく言う僕も教室を移動している。結果として別のクラスの人が近くに来る。
 右隣に草壁もいない。代わりに着席したのは木庭きばだ。

「なんだ? また大原がくだらないことで喚いてんのか?」

「くだらないこと……。おーおーそうでしょうよ。あんな可愛い幼なじみがいるんだ、君も不自由してないんでしょうねえ、こいつと同じで」

「なんの話だよ」

「なんで俺の近くにはいないんだ……」

 少し緊張した。そういえばこれまでは今の大原と同じ感情だったが、僕の状況は変わってしまった。表情でも言動でも一切感づかれないようにしないと。

「焦るなよ。あまりそういう話すると逆に逃すぞ。大丈夫だって、お前は面白い……って俺は思ってるから」

「良いこと言うね」
 僕は単純に感心したけど、大原は震えだした。

 木庭は何かに思い至ったような声を出した。
「そういう話か。別に最近は話してもない」

 授業の用意をしながらどうでもよさそうに言った。

「お前ら慰めのつもりかっ」
 涙声の大原。必死だ。必死すぎる。

「なんだ最後! なんか思うところあるんだろ!」新城に言い放つ。
「お前らの近況報告ありがとうな!」木庭に叫ぶ。

「なんだい、ノコギリザメの話かな?」

「それは薙ぐ鮫だろ!」つっこむ大原。
「おお!」驚嘆する新城。
「相変わらずうまい」絶賛する僕。
「……そうか?」懐疑する木庭。

 穏やかなしゃべりで気の抜けたことを言い放った油井ゆいがやってきて、大原の後ろの席に着いた。

「で、どうした? また女か?」

「分かってんじゃねえかよ。その言い方生々しいよ。女の子とかにしようよ」

「まずは勉強から頑張るといい」

 真っ当な意見だ。

「……俺には、それしか」

 それだけ呟いて大原は問題集を解きはじめたのだった。
 (人によって)面白くて切ない男はここにいた。

「でなんでこんな話に?」

「俺また振られたんだ」

「ざまあ見ろ。そしてよく休め」

「財布係お疲れ」

 木庭と油井は適当に、多少の羨望を裏返した悪意をもって返す。これがいつものことだ。
 僕もこれが五回目だったか六回目だったか覚えていない。
 それでも新城の様子からあの二人のことを思い起こして、いつも通りに返せなかった。
 何回目かでも、寂しいものは寂しいようだった。
 僕は適当に言葉を選んだ。

「どうせ次があるんでしょ」
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