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17話ー告白③
しおりを挟む「ずっと門村先生に会いたいと思ってました」
衣服越しにピッタリと重なった二人の体は互いの呼吸の度に深くくっ付いたり、少し離れたりを繰り返す。
「門村先生から貰った言葉と一緒に生きてきたんです。進路を決める時、親父は自分の跡を継いで欲しいから経営を学べってしつこかったんですけど、俺は、自分ではどうしようも出来なくなって立ち止まってしまった人に門村先生のように寄り添いたいと医療の道に進みました。今はまだ研修医だけど、先生の隣に立っても恥ずかしくない人間になって、絶対にお礼を言いに行こうって思ってた」
雄大の顎まで流れた涙の粒は冷たくなって落ちようかどうしようか迷いながら顎先に掴まって小さく横に揺れる。
「会えたらすぐにでも、三津谷です、覚えてますかって言いたかった……でもまさかこんなふうに再会するとは思ってなくて。研修先をじいちゃんの跡を継いだ田口先生のところに決めて勤務し始めて少し経ってから、Ωと診断を受けたけどαの症状が出てるって患者さんが来院して、調べてみたら門村先生のカルテが出て来て……身内のミスでこうなってるのに呑気に挨拶なんてされても先生困るだろうなって」
戸賀井が雄大の体を解放する。熱くなりかけていた体は戸賀井の温もりを失い冷めていく。
「先生はもういいって言うかもしれないけど、じいちゃ……祖父の件は俺の医者人生全てをかけて償っていくつもりです」
「……犠牲になりたがっちゃ駄目だよ。君の人生は君のものだ。おじいさんのものでもないし、俺のものでもない。誤診があったのは間違いないけど、それ以上におじいさんは医者として沢山の人を救ってきたんだろう。君が医者という職業を志したってことはそんなおじいさんに少なからず憧れを抱いていたはずだし、だったら君はおじいさんのしたことを償うんじゃなくて、おじいさんがしてきたように困っている人を救ってあげて」
この手で、と戸賀井の手を掬い取る。筋張った男らしい手に目を落としながら、成長したな、などと親戚のおじさんのような考えをする。
この子は真っ直ぐなんだ。
縋り付けばきっと雄大の人生ごと背負ってしまう。そんなこと、させられるわけがない。
体が離れてしまったことに寂しさを覚えながら視線を上げて雄大は微笑む。
「俺は君のお陰でヒートを乗り越えられた。本当に感謝してる。もう一人でも大丈夫だから、君は君の人生に戻って」
三ヶ月してヒートが来なければ強い薬を使うと言われていた。でもヒートは来た。
だからもう戸賀井と同居する理由はない。
ぽかんとしていた戸賀井の口がぱくぱくと動いて、触れていた手を強く握り返される。
「まっ、待ってください、先生、あの、えっと……俺、自分のこと犠牲にしたりしないです。俺がしたいから、先生の人生に関わりたいから、そばに居たいから言ってます」
「……うん、でもね――」
「離れたくないんです。小学校の時みたいに知らない内に居なくなるとか……あの時は子供だったから何も出来なかったけど、今は違う。俺は大人で、αで、先生を守れます」
戸賀井の視線は一切ぶれずに雄大に刺さっている。
雄大は瞬きすら出来ない。心の内から湧いてくる感情を抑えるのに必死で息をするのもやっとだ。
これがΩの本能。αに、いや、戸賀井に守られたいと体の芯が震える。
「お、俺は、戸賀井くんに守って貰わなきゃいけないような存在じゃないよ。Ωだけど、男で、大人で、教師だし」
違う。こんなことを言いたいわけじゃない。もっと大事な、確かめなければならないことがある。
「……前にさ、戸賀井くんは好きな人以外には理性が働くって言ってたじゃない? でも、俺がヒートになった時に戸賀井くんもラットになってたよね。あれって、つまりさ――」
「ああ、あれは先生以外のΩには反応しないってことです」
「うん、うん……なんかそれは話の流れで分かったんだけど……遠回しな表現って受け取り方が人それぞれで曖昧だし……えーっと、単刀直入に聞くね。戸賀井くん、俺のことが好きなのかな? 間違ってたらごめんだけど、今、俺、告白されてる?」
何ということだろう。三十四の男が、「俺のこと好きなんじゃないの?」と聞く恥ずかしさ。
けれどはっきりさせなければ、思案のしようもない。
若い時なら勢いや自分勝手な解釈で突き進むことも出来たが、今の雄大はこれを確かめずして先に進めない。
大人歴が長くなるほど比例するように臆病度は上がっていく。
「……いっ……言って、なかったですか、俺。好きって言ってない? あれ、え、す、いません」
自覚がなかったのか、突然湯につけられた蛸みたいに戸賀井の顔が赤く染まっていく。
そうなのかそうじゃないのか、雄大はそれが聞きたいのだけれど、戸賀井は「あー」とか「うー」とか「失敗した」とか呟いている。
「違うなら違うって言ってくれないと、俺、永遠に恥ずかしいんだけど……」
「違うんです。ああっ、違うっていうのは、そういう違うじゃなくて……門村先生がじいちゃんの誤診でΩかもしれないって、クリニックの関係者数人だけに共有された時、俺もその中にいたんです。それで、俺みたいな研修医がしゃしゃり出ていい場面じゃないのは重々承知でお願いしたんです、門村先生と同居させてくださいって。俺のじいちゃんがしでかしたミスだから、俺にも治療に関わらせて欲しいって。勿論、その気持ちは嘘じゃないけど、下心がなかったかといえば……それも否定できません」
フーッと戸賀井が息を吐く。次に新しく空気を吸い込むと、緊張しているのか頬を強張らせながら下手に笑う。
「俺、門村先生が好きです。小学校の頃からずっと。子供の勘違いでもなんでもない、αだからΩに魅かれるとかそういう本能の話でもなく、俺の心が門村先生じゃなきゃ嫌だって言ってます」
だからそばに居させてください、と柔らかく言われてその言葉が胸の内を擽る。
どう返事をしよう。何と言えば大人の体面が保たれるだろうか。
考えても考えても答えは出ずに、雄大は湧き出る涙を溢さぬよう堪えながら戸賀井の手を握り返した。
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