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ベクトル王国編

15 宰相様

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ヒヤリと頬に落ちた冷たい感覚に目が覚めた。

ザァー……ポタポタと外から聞こえる音に、床に敷いていた藁と古びたシーツから起き上がったユラの小さな口がゆっくりと動いた。


「雨…か……」


近くからは、このボロい小屋の同居者である子馬達がブルブルと泣き、その様子は寒くジメジメした雨空を嫌がっているようにも聞こえた。

周りを見ると、屋根があるにもかかわらず床に水溜まりを作っていて、酷い雨漏りに眉を下げる。


「寒っ……」


だが、ユラにゆっくりしている時間など無い。
雨の日だろうと寒かろうと……倒れるくらいに暑くたってユラには雑用の仕事があるのだ。


もう何年もの疲労が蓄積した身体に力を入れて起こし、ユラは小屋を出たのだった。





✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼




厨房の扉を開くとまだ誰も居なかった。
それもそのはず。
こんなにも早朝から働き始めるのはユラしか居ないのだから。
休みはなく、誰よりも早く仕事を始め、誰よりも遅く仕事を終えるのが今のユラの日課なのだ。


「ぅんしょ……」


厨房の隅にある麻袋の中から、大量のじゃがいもを取りだしバケツへと移す。
そこへ外にある井戸で冷たい水を汲み、切れ味の悪いナイフで皮を剥いていく。

いつもと同じ日課。

今日は雨が降っていていつもより寒いし、雨で濡れた髪もボロい服も既にビチョビチョだ。
それでもやらなければ、硬い棒で叩かれて、踏みつけられて……使えないと何度も何度も吐き捨てられるから。


ユラは重いバケツを持って、雨が防げそうな建物と建物の間に腰を下ろす。


『ユーラぁ!おはよぉ~』

『いっしょにあそぼぉ!』


黙々とじゃがいもの皮を剥いていると、明るく声をかけてくれる2つの声にユラは顔を上げた。


「あ、リョクとスイ!おはよう。あれ?みんなは?」


ユラの問いに2人は呆れた声を出す。


『フウはぁじめじめいやーってぇ』

『ゼオはぁぬれるのいやーってぇ』

『アースはどろあびいそがしいってぇー』

『ほんとにじこちゅーなんだからぁ』


2人はそう言って次第にプンプンと怒り始めた。
その様子はユラから見たらとても可愛くて、ふふっと笑った。


『ユラはぁ…あめいやぁ?』

スイは少し寂しそうに聞いてくる。
これは、雨の日にいつもスイがユラに聞く質問だった。
どうしてスイがこんな事聞くのか、ユラにはいつも分からなかったが、いつも通りユラは素直な気持ちで答えた。


「ううん、嫌じゃないよ。フウとゼオとアースに会えないのはちょっと寂しいけど、雨の日はスイがいつも以上に楽しそうだから」


えへへと笑いながら答えると、スイがとても嬉しそうに飛び回り、『ユラだぁいすきぃ』と頬に擦り寄ったのだ。
それがまた嬉しくて……。



僕も笑うーー









「噂は本当の様だな気色悪い。これ以上私に恥をかかせるなオメガごときが」


不意に聞こえた中低音は酷く憎しみを含んだ様な声だった。

ユラは声の方向に勢いよく振り向く。


「あ……と、とうさーーー」


驚き咄嗟に声を出した瞬間、目の前の初老男性は手に持っていた細長く丈夫な杖を振りかぶり、ユラの腕を殴りつけた。


「ぁぐぅ……!」


地面に倒れ込み泥だらけになったユラ。
そこへもう一度、強い力で背中を打ち付けられた。


「っかは……っ!」


「薄汚いオメガがその様に私を呼ぶな忌々しい」


うつ伏せに地面に倒れたまま痛みで身動きが取れないユラの背中を、グリグリと杖で押し続ける。
先程叩かれた部分を集中的に押され、痛みに苦しむ呻きがユラの口から漏れた。


初老の男性……それはこの国の宰相で、ユラの父だ。
裾の長い深緑の服には金の刺繍が施され、真っ白のサルエルパンツは雨の日だと言うのに汚れ1つない。
小さな丸メガネをかけ、白髪の長髪は後ろに纏められ、長い白髭も同じように真ん中でひとつに結われていた。
ユラの父は御歳60歳。

そして、ユラの母はユラを身篭った時……まだ16歳の少女だった。



「私の慈悲でこの城で働かせてやっていると言うのに、その私に恥をかかせおって。お前が私の血を引いているなど不愉快極まりない。お前は完璧な私の唯一の汚点だ」


「ぅぅ……」


身体中が痛くて痛くて、意識が朦朧とする。
でも、目の前の人が言っている言葉は一言一句ハッキリと聞こえる。
自分を卑下する言葉……憎い憎いと心の奥底から聞こえてくる。


「おい、コレをアレと一緒の部屋に入れておけ。丁重に扱うように……これ以上傷が着いたらも興が削がれてしまう」


「「はっ!」」



その声の後、雑に誰かの肩に担がれた。
ヅキヅキと身体が痛み、それも暫くすると麻痺したように何も感じなくなった。


(……ルーファ)


咄嗟に浮かんだ人の名前を、ユラは心の中で呟き意識を失った。
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