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ベクトル王国編

13 明るい仲間

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「ほら」

「だっ!大丈夫です……僕なんかに……むぐっ!」

「早く噛め…でもゆっくりな」


ヨルファスはいつものように、手ずから自身の食事をユラへ食べさせる。
ほとんど表情も変えず、言葉数も少ないヨルファスは、早く噛めと言ってきたり、ゆっくり食べるように言ってきたりと忙しなく、ユラはどちらの言葉に従えば良いのか分からなかった。


「ほら、次……」

「え、え…でもルーファもーー」



「ヨルファース!!お待たせー俺が居なくて寂しかっただろ!そうだよな!お前がこんな汚ぇとこ閉じ込められて……くふふふっあはははっ!あークッソおもしれぇーのなんのって……あれ?ーーーぅえ?」


入口の重く分厚いドアを軽々と蹴破る様にして入り、声を上げる人物にユラは目を見開いた。

それと同時に身体を震わせる。

目の前の長身の男性は、ベクトル王国に仕える衛兵が着用する制帽と軍服を着ていて、一目見ただけでその人物がベクトル王国の者であることが分かる。
そしてその人物の瞳に映るユラは今、自身が命じられた世話係の対象である罪人の膝の上に居るのだ。

この姿は誰がどう見ても、罪人がユラを世話している様にしか見えない。
オメガでひ弱で……ただでさえ仕事が出来ないと言われているのに、あろう事か自身の仕事をサボり、楽をしているのだ。

サーッと血の気が引いていく。
火照っていた頬は瞬時に色を無くし、青くした。


「ご……め、さ……」


「ユラ?」


変わらない低く優しい声をかけるヨルファスの声も、今のユラには聞こえていなかった。
震える手足を動かして膝から降りると、ユラは額を冷たい床へと擦り付けた。


「ーーユラっ!!」


「すみません、すみません……もうしません、ごめんなさい。しっ…しっかりお仕事します……何でもします…だ、だから…だからーー」

(……痛いことはしないでーー)



その言葉は暖かい体温と、逞しく硬い胸によって塞がれた。
気が付くと、涙をポロポロと零していたユラはヨルファスに抱き寄せられ、顔は苦しいくらいにヨルファスの胸へ埋まっていた。


「大丈夫だ…大丈夫。そんなことしなくていい」


ヨルファスの長細い尻尾がユラの腰に回り、優しく背中を撫でてくれる。
気が動転して軽く過呼吸を起こしたユラだったが、トントンと大きな手からの温もりを感じ、優しい声と、温かさと、柔らかいふわふわの尻尾が、ユラの気持ちを落ち着かせてくれた。



「ほぇ~、あのヨルファスが…。え、俺夢でも見てんのかな?……いてぇ!夢じゃない…え?え?現実?ヨルファスが?うわっ!なんか予想外すぎてついていけないんだけどぉ!!」


「ラガード煩い。少し静かにしてろ」

「あ、はい。すみません」



ラガードと言われた男性は怒られた子供のように姿勢を丸くする。
ユラから見れば、罪人であるヨルファスの言葉に落ち込む様子を見せるラガードの態度が不思議でならなかった。



「驚かせてすまない。コイツは俺の仲間だ」


「え、ルーファの…仲間?」


ヨルファスは無表情の顔を少しだけ崩して頷く。


「そそ!ヨルファスの仲間だよ!ラガードっていうんだ!よろしくね、え~っと」

「ゆ、ユラです!ぁの…よ、よろしくお願いします」


ユラは立ち上がり、ペコりと頭を下げた。
ヨルファスの仲間という事は、この人も罪人なのだろうか……。
見た感じヨルファスと同じで罪人の様には到底見えず、ユラは頭の中で考えを巡らせるも、直ぐに世話係という自分の立場を思い出し、考えを振り払った。



「うんうんよろしく~、しっかしヨルファスにもちゃんと人の心って言うか、感情があるって分かって俺安心しちゃった~。それもこれもユラちゃんのお陰かな?」


「え…僕のおかげってーーー」


何を言っているのかさっぱり分からず、聞き返した時……ユラは制帽を取ったラガードを見て目を丸くする。


「ぁ…みみ……」


無意識にユラは呟いた。
何故ならラガードには、ヨルファスと同様頭上に獣の耳が2つついていたからだ。

ヨルファスの耳や尻尾が黒いのに対して、ラガードの耳は金色。
髪色も綺麗な金髪で、陽の光でキラキラと輝いていた。


「ん?あーそう!俺もヨルファスと一緒!獣人なんだ。ここに潜り込むために尻尾を服の中に隠して来たんだけど、もぉ窮屈すぎ!!あー早くこれ脱ぎたぁーい!!」


ヨルファスの仲間であるラガードは、ヨルファスと違って感情も豊かで……何よりもよく喋る人だった。
初めこそユラはラガードが怖かったものの、ほんの数十分喋っただけで、優しいヨルファスの仲間だと分かっただけで……感じていた恐怖は見事に消え去ったのだ。


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