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ベクトル王国編

9 頑張った

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「…ふゃ…ぁ…」


ヨルファスは再度お湯に付けしぼったホカホカのタオルを、優しくユラの肌へと滑らす。

内腿をなぞり、外腿へと移動していく……。
膝を撫でられ、脹脛、を通って踵へと到着した。
ヨルファスの綺麗な手は、その見た目とは裏腹に皮が厚くて硬く、ゴツゴツとしていた。
だが、それすらも心地よくて…大きな掌に安心感さえ覚えるのだ。


「なぜ……」


「……ふぇ?」


ポツリと声をこぼしたヨルファスを、ユラは熱い吐息を漏らしながら見つめた。


「なぜずっと裸足なんだ、靴は無いのか?」


ヨルファスはユラの足の裏をタオルを持つ手とは反対の手で撫でる。
ピクリと反応するユラの顔は真っ赤に染まり、しかしヨルファスの表情は心底心配する様に眉が下げられていた。

ユラの足の裏は上半身や足とは比べ物にならないほどに傷だらけだった。
それもそのはず、ユラは王城で下働きを初めてからというもの暑い夏も寒い冬だってずっと裸足で仕事をしていたのだから。


「く、靴は……ない…です」


「……なぜだ?」


ユラは俯いた。
これまではあまり気にしたことが無かったが、ヨルファスにそれを聞かれるのは心底恥ずかしい気がしてならなかったのだ。


「す、直ぐに…壊れてしまって」


「なぜ壊れた?」


初めの頃はユラだって靴を履いていた。
だがそれも直ぐに奪われ、オメガは裸足で十分だとハサミでビリビリに破られて捨てられた。
何度かユラの小さな友達が取り返してくれた時もあったけど、それでも直ぐに暴力を振るわれて奪われたのだ。
そんな事をされるくらいなら、靴なんて履かない方がいいと思ったのは、いつからだっただろうか…もう、ユラは覚えていない。


「僕は……お、オメガ…だから……靴なんか履いちゃ……ダメで…その、痛い事されるよりまし…だから……その…」


もじもじと手を弄りながらユラは俯く。
ヨルファスの綺麗な顔はユラの言葉を聞いた瞬間、怒りに顔を顰めた。


「……殺してやる…アイツら」


「……?ルーファ?」


ヨルファスの怒りの呟きはユラにはよく聞こえず、純粋な瞳でヨルファスを見つめる。


「いや……。よく頑張ったな…ユラ」


「……え?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。
『頑張った』なんて……ユラは1度だって言われたことがなかった。
仕事をするのは当たり前で、罵られるのも、暴力を振るわれるのだって当たり前だ。
ユラは出来損ないで、体力もなければ物覚えだって悪いといつも怒られていた。


……でも、ヨルファスはそんなユラを褒めてくれているのだ。
『頑張った』って言ってくれたのだ。
そう、ユラは皆の役に立ちたくて『頑張っていた』んだ。

ユラの大きな瞳からはポタポタと涙が溢れた。


「ぼ、僕……頑張った?」


「ああ……」


「そ、か……うん。あり…がと」


ユラは静かに泣いた。
小さな嗚咽が静寂な孤塔の部屋に小さく響き、抱きしめる温もりだけを感じて、ユラは初めて心から泣いたのだった。






✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼






「……これで少しはマシだ」


「あ、ありがとうございます」


ユラの小さな足は、タオルで汚れを落とした後ヨルファスによって包帯でぐるぐると巻かれた。
包帯は何故だかヨルファスが持っていて、それを使ってくれたのだ。
それは、傷を悪化させない為と靴の代わりだった。


「もう少し、頑張れるか?」


眉を下げてユラを見つめるヨルファス。
今日1日だけで、ヨルファスの色々な表情を見た気がするとユラは思った。
名前も知れ…呼ばせてもらえて、ユラの名前も呼んでくれた。
ちょっと微笑んだ表情や怒った様な表情、そして心配しているような表情と『頑張った』って言ってくれた事も……。


「?……はい!大丈夫」


もう少しとはどう言う事なのか、ユラには分からなかった。
でも、ユラは笑顔を浮かべて頷いた。
また頑張ったら、頑張ったねって言ってくれると思ったから。
優しく笑って、また頭を撫でて欲しいと思ったから。


「無理はするな」


ユラの笑顔を見て、ヨルファスも眉を下げて笑った。


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