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ベクトル王国編
5 ユラの味方
しおりを挟む「おいおいおい、能無しがなに一丁前に飯食ってんだよ!」
「ーーぐぅっ!!」
辺りが暗く始めたころ、ユラは庭園の端でまたも執事見習い2人組に蹴飛ばされる。
地面に倒れたと同時に、手に持っていた硬いパンが2人の足元へと転がり、グシャリと踏まれた。
「うっわ!硬ぇ~。お前こんなの食おうとしてたのかよ!?かははっ!やばっ!飢えた獣かよ」
「いや能無しオメガなんだから、飯が食えるだけでも感謝しねーと!なあ?卑しいオメガちゃん!」
2人はそう言って笑いながら、何度も何度もパンを踏んだ。
せっかく厨房に捨てられていたパンを運良く見つけられたのに……それはもう、食べられる物では無いくらいにぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
静かになった庭園の端には、汚れと傷だらけのユラと、土の混ざったぐちゃぐちゃのパンが残った。
ぐぅ~とお腹の音が鳴り響いた。
『ユラぁ、だいじょうぶ?』
『ボクたちぃ、あいつらこらしめる?』
「ううん、心配しないで……また貰いに行けばいいだけだから……ありがとう」
ユラは地面と、空を見上げて力なく笑った。
物心ついた時からずっと、ユラの味方をしてくれる……ユラの唯一の友達たち。
「もう1つ……あるといいな」
ヒリヒリと痛む身体を起こして、ユラはまた厨房へと足を進めた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「お、おはよう…ございます!朝食をお持ち致しました」
「……おはよう」
螺旋階段を登りきり、息が荒いままユラはぺこりと腰を折り、そのまま昨日の様に食事の準備に取り掛かる。
今日も今日とて罪人である男性の食事メニューは豪華だ。
ゴロゴロと野菜やお肉の入ったスープや白くて柔らかいパンには赤い色をした、ジャムと呼ばれるものも付いている。
黄色に輝いたふわふわのスクランブルエッグとパリッと焼けたソーセージからはジューシーな匂いが漂ってくる。
昨日の夜も結局殆ど食べられなかったユラのお腹の中は、今朝水道でたらふく飲んだ水しか入ってなくて、キュルキュルと静かにお腹が鳴ってしまった。
(……っ!お腹の音……聞こえてないよね…?)
目の前の男性にだけは、何故か卑しい奴だと思われたくなかった。
自身の食事を欲しがる意地汚い奴だと……そう思われたくなかったのだ。
チラッと視線を男性に向けるも、男性はいつもの様に窓の無い窓辺に座り、時々ピクピクと黒い耳や尻尾を揺らしながら、じっと外を見ているだけだった為、ユラはほっと息を吐いたのだった。
「……食事は済んだのか?」
男性は食事に手を付け始めて直ぐに、昨日と同じ事をユラへと問いかけた。
「……え?あ、あの…」
(どうして、そんな事聞くんだろう……)
男性は手を止め、じっと見つめてくる。
それは、ユラがその問いに答えるまで動かないと頑なに言われている様な気がして……ユラは慌てて口を開いた。
「たっ、食べて……きました……」
(……嘘だ。食べてきた……なんて…)
早朝、まだ辺りが薄暗い時間からユラは起床し、厨房や庭園での仕事を強制させられていたため、朝に食事ができることはまず無いのだ。
例に漏れずに、本日も口に入れたのは冷たい水のみで、空腹だった。
「そうか」
男性の無機質なその一声で、また沈黙が訪れる。
男性が何を考えているのか……ユラには分からなかった。
でも、これまで自身の事を気に掛けてくれる人なんて、地面や空を自由に飛び回る……他の人達には見えない小さな友達しか居なかったユラには、それがとても温かいものに感じた。
……いくら無機質で無表情でも、胸がソワソワとして、嬉しかったのだった。
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