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ベクトル王国編

1 役立たずのオメガ

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「ユラまたお前かっ!!この役立たず!!!今日は飯抜きだよ!!!!」



水が沢山入っていたであろうボロいバケツが地面に転がり、木製の床は水を吸い込みシミをつくっていた。



「……っ!す、すみま…せーー」



バシンと分厚い手で強く頭を叩かれる小柄な少年。
ユラ・ラドムは今日で十六歳を迎えるオメガの少年だ。

ストレートの優しいベージュ色の髪と陶器のような白い肌、薄い琥珀色の瞳は奥に光が指したようにキラキラと輝いていて、そんな瞳を縁取る長い睫毛にぷっくりとしたピンクの唇。
そんな可愛らしい印象を与える容姿は、汚れた薄い生地の服と共に汚れ、輝く瞳すら隠れてしまう程の伸びきった髪や傷の多い肌も相俟って酷く醜いものになっていた。


(また、ご飯抜きか……)


身長も低く力もないユラには、力仕事が必須である王城の下働きは想像以上にキツかったのだ。





この世には男女の性別の他にというものがある。
……ヒトはこのどれかの性に分類され、そして……多くは、この第二性に左右され生きているのだ。

アルファ(α)
頭脳明晰、容姿端麗、屈強な体躯……何に対してもそつなくこなし、完璧にやり遂げる。
世間ではエリートと呼ばれる者達だ。
ただ一つ……オメガの発情香はつじょうこうに逆らう事が出来ない。

ベータ(β)
人口の七割と圧倒的過半数を占め、何に対しても標準。可もなく不可もない……一般的な者達。アルファの下で働く者が多い。
オメガの発情香にあてられはするものの、抗う事の出来ないアルファ程では無い。

オメガ(Ω)
人口で最も少ない性でその中でも男性型オメガは珍しい。身体は小さく力も弱い。能力も二つの性と比べ劣り、無能とされる事も多々。
三ヶ月に一度発情期と呼ばれるものがあり、その期間…オメガは男性でも妊娠が可能。
オメガは男女共にアルファを産む確率が圧倒的に高い。



第二性が確定した瞬間、人々はその性に注目し、いくら高貴な存在だったとしてもオメガと判断されれば、その瞬間存在すらも否定され一気に底辺へと落ちていく。
それが…ユラが十六年間生きてきたこの国の認識で、ベータ社会であるベクトル王国の認識だ。

ユラの住むベクトル王国はベータ社会であった。
ベータが王となり、国を動かし、政治を行う。
アルファの出生率が無いに等しく、ベータが国を作って数十年……いつしかこの国は、ベータこそ最強、ベータはアルファよりも有能だと認識を固めて行ったのだ。

そしてそれは同時に、オメガの唯一のを完全に否定する事となり、その以外では劣るオメガを蔑む様になったのだった。


「おいユラ、次は芋の皮むきだ。さっさとやんな」

「は、はいっ」


冷たい水に浸されるいくつもの芋にユラは小さな手を伸ばす。
冬の寒さにだって何とか耐えているユラに、冷たい水が追い打ちをかけるように華奢な身体を凍えさせ、ぐっと眉を寄せた。

皮むきが終わると、休憩する暇もなく庭の手入れに入る。
……と言ってもユラの仕事はせいぜい雑草を抜く程度なのだが、それでもユラは一つ一つの仕事に全力を注いだ。
必要ないと言われないように…捨てられないように。
ユラは食事を抜かれても、服がほつれようとも、もっと自分が頑張れば認めてくれると、そう信じて……休みも無く働いた。





庭の手入れをしていると、遠くが何やら騒がしくなり始めた。
その様子に何かあったのだろうかと気になったユラは、衛兵に気付かれない様にゆっくり腰を上げ、目線の先を見つめた。


(……よく、みえないなぁ)


辺りも薄暗くなり始めた所為もあり、遠くで何が起きているのか目を凝らしても見えなかった。
だが、ただ事ではなさそうな声音に諦めず眺めていると、その瞬間、ドカッ!!と背中に衝撃が走り、ユラは地面に勢いよく突っ伏した。


「……っぅ!」


「何サボってんだよオメガ!」
「さっさと働け!能無しが!!」


若い男性が二人、ユラを強い力で蹴り、怒鳴りつけた。
背中はじんじんと熱く、転んだ拍子に手や足も擦りむいたようだった。
男性二人の顔を伸びきったベージュの前髪の隙間から覗くと、やはり二人は半年前に入ってきた執事見習いだった。

この二人は、よくユラで怒りを発散するのだ。
仕事でむしゃくしゃした時はもちろん、なんでもない時でもユラを見つけると歪んだ笑みでユラを傷付けた。


「す、すみません……」


「チッ、マジできめぇなお前。何でこんな汚ぇオメガと同じ雑用を俺達がしなきゃなんねぇーんだ!」
「オメガが王城で仕事もらえてんの自体おかしいんだよ!!使えないオメガのクセに!!」

怒りをユラへと向ける執事見習いは、抜いた雑草を入れていたバケツを思い切り蹴り、去って行った。
痛む身体を我慢して、ユラは散らかった雑草をもう一度バケツへと入れていく。
先程の衝撃でより一層ユラの服や身体は汚れてしまった。
靴はもともと履いていないため、足裏は氷のように冷え切り傷や擦り傷は麻痺して痛みさえ感じなかった。




「……大丈夫、僕は大丈夫だよ」

ユラは地面や空を見上げていつもの様に小さく呟いた。
ユラは度々、何も無いところで一人呟く変人としても、城の使用人に嫌悪されていたのだった。



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