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第139話 生け捕りにされた者達の選択

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 戦場をぐるっと見渡すと、戦いの場になったこの場所には敵味方の兵士達が多く倒れ伏していた。だが、そのほとんどを占めるのはこの戦いに敗れたザイード軍の兵士達なのは言うまでもない。

 既にこの戦いの勝敗は決していてカウン将軍とゴウシ将軍が敵の残党の掃討を始めているところだ。俺の命令で敵でも降伏する者は命を助けるが、まだ抵抗する者に対しては容赦なく対処してよいと伝えている。

「エリオ様。ロドリゴ将軍とルネ隊長が戦場で生け捕りにした敵の将達を連れて戻ってまいりました」

 配下の報告を受けて指し示された方向に顔を向けると、ロドリゴとルネが縄で縛られた数人の男を引き連れてこちらへと向かってきていた。傍らには俺の従魔がいて、生け捕られた敵の武将達に対してこの期に及んで変な行動を起こさないようにと牽制している。

「義兄さん。言われた通りに敵の将を生け捕りにしてきたっすよ。僕が捕らえたのは一人が将軍でもう一人はその副官みたいっす」

「エリオ様、私も二人ほど捕らえてまいりました。こちらも一人は将軍。そしてもう一人は隊長クラスと思われるのだが、戦ってみるとかなりの手練れだったので興味が湧いて生け捕っておきました」

「ロドリゴ、ルネ、二人ともご苦労。俺の指示通りに敵の将を生け捕りにしてきた手腕は見事なものだな。おまえ達の腕を信頼した甲斐があったよ」

「義兄さんに面と向かって褒められると照れ臭いっすよ」
「エリオ様の役に立てて光栄です」

『コルとマナもご苦労さん。後でいっぱい撫でてやるからな』

『わーい、やったー!』
『ふふ、私の毛並みでエリオ様の心を癒やしてみせますわ!』

「さて、勝負は時の運とも言う。敵に生け捕られて不本意だと思っているかもしれないが、この通り既に戦いの勝敗は決している。事と次第によっては悪いようにはしないつもりなので君達の名前を教えてくれるかな?」

 俺の問いかけに誰も答えず、生け捕りにされた者達は暫く沈黙していたが、その中で意を決した一人の男が重い口を開き始めた。その男は堂々としており、引き締まった体と俺を見る鋭い目は見るからに歴戦の強者という印象だ。

「まず、私の名を言う前に聞きたいのだが、貴殿が最近メキメキと頭角を現して漆黒のエリオと周辺にその名を轟かせているエリオット・ガウディ殿で間違いないだろうか?」

「俺の質問に質問で返してくるのはどうかと思うが、ここは素直に答えてやろう。各地で俺がどのように見られているのか知らないが、俺がエリオと略称で呼ばれるエリオット・ガウディ本人だ」

「そうか、やはり貴殿がエリオット・ガウディ殿だったのか。先程は質問に質問で返して申し訳なかった。この通り謝罪させてもらう。それで私の名前だが、ブンツ・ジオリと申す。ザイード軍では有事には将軍として軍を率いる立場であり、平時にはここから程近いウルバンの街を治めています」

 ほう、意外と礼儀正しい人物だ。ザイード家からの使者の態度を覚えている俺からすると、ザイード家全体が鼻持ちならない高慢な人間の集まりなのではと考えていたが、必ずしもそうではないのかもしれないな。

 一人が話し始めたおかげで後の者も話しやすくなったのか、ブンツと名乗った男の次に立派な体格の男が喋り始めた。

「次は俺が話そう。俺の名前はガンロ・ノドア。ブンツと同じく有事にはザイード軍の将軍として戦場に赴く立場にある。普段はブンツの治めるウルバンの街の北隣にあるアルマという街を治めている。この度の戦いの貴方達の軍の動きはとても見事で素晴らしいものだった。我らが敗れたのも運などではなく当然の結果だと思っております」

 このガンロという人物も、恨みつらみを言う訳でもなく潔く自分達の負けを認めている。こういう場面では運が悪かったと言い訳をしがちだが、素直に相手を称える姿勢はなかなかのものだし、ブンツと共に人間としての器量の大きさを感じる。

「私はブンツ将軍の副官をしているデポと申します。ここは危うい地形だと思い、ブンツ将軍と共に司令官に進言しましたが聞き入れてもらえず、危惧した通りに完敗です。敵ながら見事な作戦で御座いました」

 敵方にもこの地形を罠ではないかと訝しむ人物はいたのだな。司令官とやらがすぐに攻めてきてくれたおかげで我が軍はほとんど被害を出さずに完勝出来たが、じっくり来られていたら結構な損害を出していたかもしれん。

 さて、最後の男はルネが手練れだと認めた奴か。体つきは細めだが動きが俊敏そうだ。

「吾の名はルコウ。己の武には自信があったのだが、そこの女騎士の強さには敵わなかった。敵ながら惚れ惚れするくらいに素晴らしい強さだった。男だろうが女だろうが、俺よりも強い者に負けたのだから何も悔いなどない。吾の完全敗北だ」

 こいつはおそらく戦闘好きなんだろうな。自分が負けたのが女のルネであっても、一つも愚痴や言い訳を言わないし相手の強さを素直に認める潔い態度だ。

「君達は俺達と戦って負けた。生かすも殺すも俺次第の状況だ。配下達に君達を生け捕ってこいと指示したのは、俺達の相手のザイード軍というものがどういう人物達に率いられて構成されているのか興味があったからだ。ザイード家から俺のところに来た使者は尊大な態度で俺を舐めていたからな。だからザイード軍もその使者と似たような連中なのかと確かめてみたくなってな。会ってみて同じような連中だったら話を聞いた後ですぐに首を刎ねようと思っていたんだ」

「確かに。あの時のザイード家からの使者はエリオ殿を舐めていましたな」

「そこで実際に会ってみた結果だが……なあ、俺の下で働く気はないか? 喧嘩を売られたからにはザイード家は容赦なく潰すつもりだ。それにこの戦いに負けたせいでザイードの戦力はガタ落ちだろう。俺の方針では俺の治める土地では統治の仕方を一元化するつもりだから個人に土地や徴税権は与えずに年俸という形で雇う事になるがな。まあ、その年俸は一般的な基準よりもかなり多い。ここで首を刎ねられるか、俺の配下になるか今すぐに選んでくれないか。この条件でも俺という人間を信じて付き従っても良いと思うなら是非とも仲間になって俺の為に働いてくれ」

「「「………」」」

 いきなり究極の二者択一を迫る俺の問いかけに、生け捕りにされた敵の捕虜達はさすがにすぐには答えを出せずに無言のままだ。すぐに答えを出せというのは酷かもしれないが、追い詰められた時の決断の速さも問われているのだ。

「決めました。このブンツ、喜んでエリオ殿の配下になりましょう。その理由としてあなたには人を惹きつけるだけのカリスマと大きな器があると感じたからです。それはザイード家の当主にはないものです。それだけでなく、近頃のゴドール地方の躍進を見るにエリオ殿のような人物の下で働いてみたいと常々密かに思っていたからです。これからの私の人生はエリオ殿に賭ける事に決めました」

「俺もブンツと同じだ。このガンロの命、エリオ殿に預けましょう」

「私もお二人の将軍と同じです。ブンツ将軍とガンロ将軍がエリオ殿に下るのなら、ブンツ将軍の副官の私も運命を共にするだけです。どうかよろしくお願い致します」

「最後になったが吾もエリオ殿の配下になると決めた。ザイード家よりもこっちの方が面白そうだしな。それと女騎士の周りで無双していた従魔らしきものに凄く興味を惹かれたのも決め手だ。あの毛並みはとても美しい」

 四人とも俺の配下になってくれるのか。ブンツとガンロの将軍に加えて頭の切れそうなデポという副官。そして、ルコウという面白そうな奴も大きな戦力になるだろう。俺の従魔に興味を持つとはなかなかセンスがありそうだ。

「そうか、今よりおまえ達は俺の配下だ。まだ暫定として捕虜の身分のままだがな。これからよろしく頼むぞ」

「「「はっ! よろしくお願いします」」」

 よし、俺に新しい配下が加わったぞ。
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