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第137話 山を駆け下りる

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 街道沿いではゴドールのジゲル将軍の第四軍とベルマン将軍の第六軍、そして後から加わったロドリゴの近衛軍が、攻め寄せてきたザイード軍と対峙しながら激しい攻防戦を繰り広げていた。

 さて、その頃カウン将軍とゴウシ将軍の率いる軍はどこに向かっていたかというと、彼らの軍はひっそりと左右両脇にある山中を右と左の山にそれぞれが分担して登っていた。

「もう少しだ!」
「それ! 登れ!」

 カウン達の騎馬隊は馬を叱咤激励しながら山を登っていく。実はこの山には街道からは見えない位置に簡単な登山道が作られていて、馬や荷馬車でも登れるような幅の道が整備されているのだ。

 何でこんな誰も利用しないような山にそんな道を整備したのかというと、その理由は戦略上必要だったからだ。各地の地形調査が測量部門によって行われており、ここの地形の複雑さに目をつけたラモンさんやロメイの参謀役達が、公式には発表せずに予算も参謀機密費から出して、密かに山を登っていく道を整備させていたというのが真相である。

 地図や地形の把握は重要なもので、治水や利水に街道整備、農作地や牧畜に適した場所の選定、新たな開拓地の候補地選びなど、内政を行う上で何かと欠かせない重要なものである。それと同時に戦略上でも地図や地形は戦いの結果を左右するほどに重要な軍事情報でもあったのだ。

「カウン将軍、この私とラモン長官が整備した登山道は馬も登れて便利でしょ?」

 カウンに話しかけているのは参謀としてここ最近軍の中で存在感を増しているロメイだ。今回の作戦ではエリオに指名されて、カウンの率いる第一軍の特別参謀という立場で参戦している。

「ああ、ロメイの言うようにそれがしの軍の騎馬隊は脱落者もなく登りきれそうだ。馬が何とか登っていける角度で道が作られているようだな」

「よく気がつきましたねカウン将軍。この道はつづら折れにして馬が登れるように出来るだけ緩やかな角度になるように作ったんですよ」

「そうか。だが、これからそれがし達が降りる時はほぼ直線になるのであろう」

「ハハハ、それは仕方がないですよ。なんてったってそれが今回の作戦の最大の肝であって最大の見せ場でもあるんですからね。カウン将軍もゴウシ将軍も出来ると思ったからこそこの役目を引き受けたのでしょう?」

「その通りだ。それがしも出来ると思ったからこの役目を引き受けたのだ。前に兄者とラモンに騎馬隊を扱うのなら、平地だけでなく斜度のある登り下りも扱えるようにしておいてくれと指示されて角度のある斜面での騎馬の訓練を積んでいたが、それがとうとう役に立つ日が来たようだ。兄者の進言を素直に聞いておいて良かった」

「エリオ様は先見の明がありますからね。あの人には人を惹きつける色々な要素があって私も良い主君を得られたと大満足ですよ」

「確かに。兄者には言葉では形容し難い大きな力がある。それがしが一生ついて行こうと決めただけのものを兄者は持っているのだ。年上のそれがしが唯一兄貴分と認める男だからな。ロメイが兄者をそう思うのも当然だ」

 エリオの知らないところで男達から胸の奥の熱い気持ちと最大限の評価をされているなんて、エリオ本人がその場に居たなら恥ずかしさのあまりに照れ笑いで誤魔化していただろう。

「カウン将軍。そろそろ街道を上から見渡せる場所に出るはずです」

 ロメイが言った通りにカウン率いる第一軍は、山を登りながら裏手から表側に回り込んで街道が見渡せる場所に出てくる事が出来た。山肌から下を覗き込むとゴドール軍とザイード軍が向かい合って戦っているのが良く見える。

「フフフ、ここからは敵の陣容が一望出来る。あとはそれがしと弟分のゴウシにこの戦いの趨勢が委ねられているといっても過言ではないだろう」

「カウン将軍。前方をご覧あれ。ゴウシ将軍の第三軍も我らと向かい合う形で表側の山肌に出てきましたよ」

 ロメイに指摘されて、戦闘が行われている街道付近を挟んだ前方の山肌を確認すると、カウンの第一軍と向かい合うようにゴウシの率いる第三軍が山肌に展開してその姿を見せていた。

「おっ、見てみろや。向こう正面の山にカウンの兄貴達の姿が見えるぜ」

 ゴウシは向かい側に見えるカウン達の姿を見て副官のボンドウに話しかけた。

「確かに。ここからでもしっかりとカウン将軍達の姿が見えますな」

「ボンドウよ、騎馬隊と弓隊の準備を急がせてくれ。カウンの兄貴には負けてられねえぜ」

「早速取り掛かりましょう」

 ゴウシに指示されたボンドウは、自軍の騎馬隊や弓隊に対してテキパキと的確な指示を出していく。動きづらい山の中でもどこから動かしていけば最も効率が良いのかを、頭の中で計算しながら巧みに采配しているのはなかなか見事なものだ。

 ボンドウは元々はある国のギルドでギルド長として働いていたそうだが、自分の才覚を別のもので発揮したいと思い立ち、どうせなら新しい土地に行ってみようと考えて辿り着いたのがゴドールだったそうだ。性格的に前のめりになりがちなゴウシの副官として、冷静で頭の回転も早く、ゴウシの手綱を握れるボンドウの存在は第三軍にとって必要不可欠なものになっていた。

 さて、その頃。エリオは戦闘が行われている街道付近で自軍の動きを後方から俯瞰しながらその目に捉えていた。我が軍の被害はほとんどなく軽微。負傷して後方に送られてくる兵は僅かだ。対してザイード軍は防御網を無視した無謀な突撃を繰り返してかなりの被害を出していた。

「ラモンさん、我が軍は上手くいっているようだ。改めて思うがジゲル将軍とベルマン将軍は守備が堅くて反撃能力も高いな。ロドリゴの軍が加わった事によって安定度が更に増している」

「そのようですなエリオ殿。敵は引くに引けぬ状況になって焦りが出ています。まさか兵力の多い自分達の軍が何故か逆に追い込まれていくとは考えもしなかったでしょう。後は仕上げを残すのみです」

「エリオ様! 左右の山から準備完了の合図が上がってます!」

 俺の後ろで控えていたルネが、左右の山から上がる狼煙の合図をいち早く見つけて俺に報告してくれた。ルネの言葉通り、左右の山の中ほどから空に向かって一筋の煙が一本ずつ真っ直ぐに上がっている。カウンさんもゴウシさんも戦闘の準備が完了したようだ。あとは攻撃開始の合図を出すだけだな。

 俺は右手を空に向けて魔力を込めて光弾を打ち上げた。戦場を上から照らす光の玉を見たカウンとゴウシの軍は弓隊が敵に向けて頭上から一斉射撃を始める。いきなり自分達の頭上から降り注ぐ矢の雨の攻撃に晒され慌てふためいたザイード軍はパニックになっている。

「皆の者! それがしに続け!」
「おいら達の出番だ! 敵の横っ腹に突撃しろ!」

 その声を合図に、カウンの第一軍の騎馬隊とゴウシの第三軍の騎馬隊が、左右の山から斜面を駆け下りてザイード軍の横っ腹に突撃を始めたのだった。
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