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第131話 視察のついでに買い物

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 クライス地方から品止めをされ、その対抗措置としてこちらも同様の措置をして一ヶ月程が経った。そして俺は現在の街の様子を見に護衛のルネと従魔を連れてお忍びという形で街中へ視察に出ていた。

 街中で日用品や食料の商品不足はあるのかとか、売っている商品の物価の変動はどうなっているのかなど、個人的に領主として知りたい情報があるのでね。まあ、身なりは街の住民風を装っているが、見る人が見れば従魔連れなのですぐに俺だとすぐにわかるだろうけどさ。

「エリオ様、今日は街の視察ですか?」

 早速、見知った露店商の店主に声を掛けられた。

「ハハ、そうだよ。街の様子はどうなのか、困ってる人はいないかとか個人的に把握しておきたいのでね。店主よ、商売は順調かい? 仕入れに問題はないか? ここ最近の売れ行きはどうだい?」

「はい、おかげさまで商売は順調です。仕入れも問題ありません。私のような者にまで気にかけてくださってありがとうございます」

「ああ、それは良かった良かった。商売頑張れよ」

「さすがエリオ様だ。先程の店主はエリオ様に全幅の信頼を寄せているように感じた。お慕いするエリオ様は私にどれくらいの信頼を寄せてるのだろうか? ああ、エリオ様に直接聞いてみたいけど答えが怖くて聞けない……」

「ルネ、急にどうした? 俺を見つめながらぶつぶつと独り言を言ってるようだが……」

「いえ、何でもありません」

 おかしな奴だな。たまにこうやって俺を見ながら独り言を言って自分の世界に入ってる時がある。ルネも若い女性だからな。そういう部分は男の俺には何を考えているのかわかりにくい。前にリタやミリアムに聞いたらルネの性格はわかりやすいと言っていたが、俺だけがわかってないのだろうか。

「さて、次は装身具店に行こう」

「はい、了解です」

 装身具の店とは簡単に言うとアクセサリー店だ。クライス地方のザイード家から品止めされた物の中には宝石を含む鉱石が大きな割合を占めていたので、他の地域からその分を補填したとしても多少の影響は出てしまうと予想されていた。

 生活必需品ではなく、たかがアクセサリーではないかと言われるかもしれないが、それを生きる糧の仕事として商売をしている人達が大勢いるのだから、そんなのはどうでもいいと言う訳にはいかないからな。この人達が稼いだお金で街で食料や日用品を買えば、その食料や日用品を売っている商売の人も回り回って恩恵を受けるのだ。

 何軒かある装身具店の中で、小さめの店に俺は向かっていった。大店だとまだ余力があるだろうから影響はすぐには出にくいと考えたからだ。小さい店は余力がない分、鉱石の仕入れ価格の変動に影響されやすいだろうしな。

「こんちは、誰かいる?」

「はい、どちら様でしょうか?」

 店の奥から姿を現したのは中年の男だ。白いシャツにエプロンのような前掛けを身に付けて職人っぽい出で立ちだ。この店の主人かな?

「ちょっと聞きたい事があってこの店に寄ってみたのだが、少しばかり話す時間はあるかな?」

「おや、従魔連れでそのお顔は……もしかしてエリオ様ですか? それに後ろの美しいお方はルネ様ではないですか!」

「ああ、その通りだ。あなたがこの店の主人か?」

「そうで御座います。それでエリオ様は私に何をお聞きになりたいのでしょうか?」

「この店は装身具を扱っている店だよな。材料に珍しい鉱石を扱ってると思うのだが仕入れの方で困ったりしてないか?」

「その事ですか。一ヶ月前に今まで入ってきた材料が急に入ってこなくなり、いつも材料を仕入れている商会にいつ入るかわからないと言われましたが、一週間ほど前からまた以前と同じように材料が供給されるようになり、ほっと一安心していたところです。私のような小さい店は在庫を多く抱えていませんので、使う材料によってはお客様から注文を受けた品が作れなくなる可能性がありましたが、どうにかお客様の注文の納期に間に合いそうです」

「それは良かった。注文を受けた品物が納期に間に合わないとなると店の信用に関わるもんな」

「そうで御座います。既にお客様から前金は頂いておりますので、納期までに注文の品物が作れないとなると割り引きをせざるを得なくなるか、最悪キャンセルという形になって見込んでいた収入がなくなるところでした」

 小さい店は蓄えもそんなになさそうだし、お得意様に店を乗り換えられたら収入も減って困るだろう。カレルさんが手を回してくれたおかげで鉱石関係の流通も深刻な影響を受けなくて済んだようだな。

「ならば、この店を訪問したのも何かの縁だ。ついでと言っては何だが手頃な価格の品物を買わせてもらおう」

「エリオ様、お気遣いしてくださってありがとうございます」

 店の中を見渡すと、数は少ないが出来合いの品物が並べられている。その中でシンプルだが綺麗な石が埋め込まれた腕輪が数点展示されていて、それが俺の目に留まった。

「店主よ、この腕輪の値段はどれくらいだ?」

「これならこの金額です」

 腕輪の値段を店主に聞いてみると、思っていたよりも手頃な値段で今の俺の持ち合わせでも余裕で足りそうだ。リタとミリアムに買っていこう。

「ならば、その赤い石が埋め込まれている腕輪と青い石が埋め込まれている腕輪をくれ」

「お買い上げはこの二点でよろしいですか?」

 いや、待てよ。そういえば普段俺の護衛を頑張ってくれているルネにも買ってやるか。高い品物ではないしな。

「いや、ちょっと待ってくれ。おい、ルネ。赤と青以外の色の石の埋め込まれている腕輪ではどの色がいいと思う?」

「えっ、色ですか? わ、私なら紫……ですね」

「そうか、店主よ。その紫の石が埋め込まれている腕輪も買う事にした」

「かしこまりました。以上の三点で間違いないですね?」

「ああ、よろしく頼むよ」

 その場で店主にお金を渡すと、それぞれの腕輪は保管用の専用ケースに収められて俺に渡された。

「エリオ様、当店でお買い上げ頂きましてありがとうございました」

「何か商売上で困った事があったら遠慮せずに内政官に相談するようにな」

「重ね重ねお気遣いありがとうございます」

 装身具の店の主人に送られて店を出た俺は後ろを振り返り、ルネに近づきその手に先程買った紫の石が埋め込まれた腕輪が入ったケースを握らせた。

「ルネ、これは日頃のおまえの献身的な仕事ぶりに対する俺の感謝の気持ちだ。さっきおまえは紫色の石が良いと言っていたのでこの腕輪を受け取るがいい」

「えっ! 私にくれるんですか!」

「ああ、日頃の仕事ぶりへのご褒美みたいなものだ。その為に買ったのだからな。深く考えずに受け取ってくれればいいよ」

「エリオ様、ありがとうございます! 死ぬまで身に付けて私の生涯の宝物にします!」

 ハハ、大げさだな。生涯の宝物だなんて。まあ、こんなに喜んでもらえたのなら安い買い物だったかもしれないな。目をうるうると潤ませながら俺を見つめるルネの端正な顔を見ながら俺はとても良い気分になっていた。
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