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第92話 俺の名はエリオット・ガウディ

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 コウトの街から船に乗ってこれから住む予定のグラベンの街を目指している俺達は、途中イシムの村に寄って一晩を明かした後、また船に乗り込んでガリン河からナイラ河に航路を移動して俺の領主としての赴任地であるグラベンへと向かっていた。

 コウト、サゴイ、グラベンは河を利用した航路で結ばれている。ただ、コウトとサゴイの間は人の行き来や物の流通量も多いが、グラベンはその二つの街と比較して人や物の流れが相対的に少なくコウトやサゴイの繁栄具合に比べると取り残されているのが現状のようだ。

そして俺達一行は暇な者は甲板に出てそれぞれ自由な時間を過ごしているところだ。

『主様、僕は新しい街へ行くのが楽しみです』
『エリオ様に逆らう者がいたら問答無用で容赦なく懲らしめてやりますね』

『ああ、新しい街はどんなところなのか楽しみだな。マナ、問答無用で懲らしめるのはさすがに止めてくれ』

 コルはともかく、マナの方は本当に問答無用で容赦がなさそうで怖い。

『そういえば、マナには謝らないとな。せっかく花壇に草花の種を植えて芽が出て育ち始めてきたのに、引っ越しの為に植え替えなくちゃいけなくなってしまった』

『すぐに植え替えれば大丈夫と聞きましたので気にしておりません。新しい家でも花があればエリオ様の癒しになると思いますので今から楽しみです』

『うん、向こうで住む家の庭に早速植え替えるつもりだ。俺も楽しみだよ』

 トントン。

 従魔と念話をしていると、後ろからリタに肩を叩かれた。

「ねえ、エリオ。あれを見てよ」

 振り向くとリタが進行方向前方を指差している。
 何だろうと思ってリタが指を指す方向を眺めると、綺麗な円錐形の高い山が前方に見えてきた。山頂から裾野まで綺麗な稜線を描くその山は遠目から見ても美しい。

 もしかしてあれが火山の跡なんだろうか?
 ロイズさんには事前に情報を聞いていたけど、いざ現物を自分の目で見てみると、その雄大さと美しさに言葉を失いそうになる。

「綺麗な山だな」

「エリオもやっぱりそう思う?」

「ああ、ゴドールは地味で何も特徴がない貧乏な地方と聞いていたのであの綺麗な形の山の存在は唯一の救いだな。他はどうなのか行ってみないとわからないが眺める景色だけは良さそうだ」

「ふふ、そうね。景色が良さそうであたしもとても楽しみよ」

 何か一つでも良い部分があれば人はそれを心の支えにして何とかやっていけるもんだ。貧乏で特徴がないという前評判だったゴドール地方の印象が少しだけ良くなったぞ。

「エリオの兄さん。あの山が見えてきたらグラベンまではもうすぐですぜ」

「カレルさんはあの山の名前を知ってる?」

「勿論知ってますぜ。あの山の名前はサドマ山。大昔に大噴火してあんな形の山になったらしいですぜ。近くには湖もあります。冬になると山頂には雪が降って山肌が白くなりやすぜ」

 へー、あの山の山頂には雪が降るのか。だとすると、山の高さはかなりのものなんだろうな。ここから見ても凄い高さなのは確認出来るからね。

「サドマ山という名前なんだね。美しい山だ」

「遠くから眺める分には綺麗な山ですけどね。実際に近くへ行ってみると辺り一面ゴツゴツとした岩だらけで荒涼としてますぜ」

 火山跡だからそういうものなのか。でも、実際にどんなものなのかこの目で確認してみたいな。向こうに着いて落ち着いたら暇を見つけて従魔と一緒に行ってみよう。

「ありがとうカレルさん、参考になったよ」

 あの山の存在のおかげでグラベンの街が近づいてきたと知り、気分が高揚するとともに少しだけ緊張感が増してきた。たぶん現地の景色を直に観て心の中でゴドール地方を自分が治めるんだという実感が強くなってきたからだな。

 俺に出来るのかという不安な気持ちと、俺なら出来るという自信がお互いにせめぎ合っている状況だ。でも、昔の俺と違って今の俺は自分に対して大きな自信を持っているし、何よりも信頼出来る仲間達がいる。そう考えたらついさっき湧いてきた不安な気持ちがスッと消えていって気が軽くなってきた。

「皆さん、そろそろグラベンの船着き場に到着しますので下船の準備をお願いしやす。忘れ物がないように身の回りの確認をしてくださいよ」

 船員さんがそう言いながら船内を歩き回って来たので前方の河岸を確認すると、船着き場の桟橋が河岸から大きく張り出しているのが見えてきた。あそこがナイラ河に設けられたグラベンの船着き場のようだ。

 よく見ると河岸には大勢の人達がおり、こちらに向けて手を振っている姿が見える。あの様子だと俺達を待ち受けてる人達なのかもしれないな。

「エリオ殿、グラベンに到着ですぞ。気を引き締めていきましょう」

「ああ、わかってるよラモンさん」

「兄者よ、こういうのは最初が肝心ですぞ」
「エリオの兄貴よ。兄貴には俺達がついてるぜ」
「エリオの兄さん。ガツンとかましてやりやしょう」
「どんな相手でも姉貴に比べればきっと楽な相手っすよ」
「コラッ、ロドリゴ! 余計な事は言わないの!」
「ガッハッハ、相変わらずおまえ達姉弟は面白いな」
「フッ、俺は笑ってなんかいないぞ。ププッ」
「エリオさんには私がついてますよ」
「ソルンです。僕も忘れないでください」

「皆、俺を支えてくれ。頼むぞ!」

「「「応!!」」」

 船着き場に船が横付けされた。
 今日の俺は全身黒ずくめの装備だ。あえて正装ではなくこの装備姿を選んだのは着飾った貴族領主とは違って、現場重視の統治者であるとの姿勢と意気込みを見せる為だ。そして、俺自身の強さを印象付ける効果も狙った。力こそ全てではないが、力のない者は舐められるこの世界において第一印象は大事だからね。

 静かに、そして確実にゆっくりと俺は船から降りていく。
 船着き場で待っていてくれた人の中には、ゴドール地方から全権委任されてサゴイに来て、俺やロイズさんと交渉したブラントさんの姿も確認出来た。皆、無言になってグラベンに降り立った俺の第一声を静かに待ち構えている。俺は一通り待ち受けていた人達を眺めた後で口を開いた。

「俺の名はエリオット・ガウディだ。ゴドール地方の領主としてこの地を統治する為にやってきた。皆の者、船着き場での出迎えご苦労」

 これがゴドール地方のグラベンの地に降り立った俺の第一声だった。
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