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第89話 兄貴は俺らの大将だろ?

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「まあ、そういう訳なんです」

「………」

 朝一番で部隊本部に顔を出した俺はネルソン統括官に事の次第を報告した。あまりの急展開にネルソン統括官は口をあんぐりと開けて言葉も出ずに固まったままだ。

 そりゃそうだろうな。俺だっていきなりそんな報告を受けたら、コイツ何言ってやがるんだと正気を疑うと思うよ。

「エリオ君、悪いけどもう一度確認したいのだがその話は本当なのかね?」

「はい、今説明した通りにサゴイの街でロイズさんと面会した同じ時期に、ゴドール地方から全権委任された使者がロイズさんを訪問してまして、その目的というのがゴドール地方を治める統治者をここら一帯に強い影響力を持つロイズさんに推挙してもらう為だったのです。そこで白羽の矢が立ったのが丁度そこに居合わせた俺という訳でして…」

「なんと…これは紛れもない事実なんだね。君の報告を受けて私は驚きのあまり言葉が出て来なかったよ」

「たぶん、俺が統括官の立場でも一緒だと思います。一応、ここにロイズさんから預かってきた書簡がありますのでお読み頂けますか?」

 俺がロイズさんから預かってきた書簡を渡すと、統括官はその書簡を手に取りロウ付けされた封を切って一心不乱に読み始めた。ところどころ唸りながら読み耽っていた統括官は最後まで読み切ると顔を上げて俺に話しかけてきた。

「うむ、確かに君の領主就任は間違いないようだ。私からも心からおめでとうという言葉を贈らせてもらうよ」

「ありがとうございます統括官」

「この書簡に書いてあるが、君がキルト王国建国以前にその土台となるものを作り上げていた人物の末裔だったとは驚きだ。うろ覚えで申し訳ないが過去にそのような人物がいた事は私も少しは知っている。だが、君と同じガウディという名を持つ者がその中心人物だったのまでは知らなかった。詫びさせてくれ。申し訳ない」

「いえ、昔の事で歴史に詳しい人以外には忘れられていたようですから。それに俺自身でさえロイズさんに言われるまで自分の先祖の偉業を知りませんでした。キルト王国が大国として存在してる間、ガウディ一族は自らの存在を大っぴらにはせずにキルト王国から遠い場所で静かに隠れ住んでいたのでしょう」

「言われてみればそうかもしれんな。キルトにとって過去の主筋にあたる者の存在はどうにも扱いづらいだろう。むしろ隠したいどころか見つけたなら血筋の排除すら考えられていたはずだ。だが、キルト王国が崩壊した今の状況では君の存在はある意味特殊な存在になるやもしれん」

「どうですかね。俺には何とも言えませんよ」

「とりあえず事と次第は把握した。ロイズ殿からの強い要請もあるし、君がゴドールを治めたあかつきにはコウトの街も全面的に君を支援するように手筈を整える。コウト、サゴイ、グラベンの街が結束すれば大きな力になるだけでなく周辺地域の安定化にも繋がるからね」

「俺もそう思います。どうかよろしくお願いします」

「ところで、君の部隊の後任を今後どうするのか何か腹案はあるかね?」

「それなんですが、俺は第二部隊の腹心をそのままグラベンに連れて行きたいと思っています。そうは言ってもまだ本人達の気持ちも考えも聞いていないのでどうなるのか不明ですがね。もし、カウン副隊長がここに残るのなら隊長に推薦しますし、カウン副隊長が俺と一緒にグラベンに行ってくれるのなら、その代わりとして第一部隊の副隊長を俺の後任に推薦するつもりです」

「なるほど、第一部隊の副隊長なら私も信頼出来る。君の腹心が君と共にグラベンに行くというのなら、第一部隊副隊長の彼を第二部隊長の後任にするのがいいだろうね」

「ありがとうございます。カウン副隊長の返事次第ですが、カウン副隊長が俺と一緒にグラベンに行くと決まったら後任はその線で話を進めてください」

「わかった。コウトの街も現状は落ち着いているのでそこらへんは上手くやっておくつもりだ。たぶん何も問題はないだろう」

「統括官、俺は部隊に戻って今後の事を話し合いますのでそろそろ失礼します」

「うむ、後は任せてくれ」

 そのまま部隊本部を辞去した俺は自分の部隊の執務室へ向かった。おそらくリタが副隊長以下の面々を招集してるはずだ。集まっている人達それぞれの今後の事を決める場になるだろう。さすがに緊張してきたよ。

 そんな気配を察したのかコルとマナが俺に体を寄せて勇気づけてくれている。この二匹の存在は俺にとって何よりも心強い。

 第二部隊の執務室に到着してドアを開けると、部屋の中にはリタによって招集された顔ぶれが俺が来るのを待っていた。

「皆集まってくれてるようだね。急な招集で申し訳ない」

「兄者よ、そんな気遣いは無用ですぞ」
「エリオ殿、リタとミリアムに聞きましたぞ」

「カウンさん、ラモンさん、それにここに集まっている皆。俺はゴドール地方の領主になるのが内定した。向こうに着き次第正式に領主になる。そこで君達にお願いがある。俺と一緒にゴドールにあるグラベンという街に一緒についてきてくれないか。勿論、ここに留まりたいというのならその考えを尊重するつもりだ」

「エリオの兄貴よ、なんて面をしてるんだよ?」

「ゴウシさん…」

「兄貴は俺らの大将なんだろ? 一言俺についてこいと言うだけでいいんだよ!」
「ガッハッハ、その通りだぜエリオ」
「フッ、ゴドール地方か。グラベンという街はどんなところなんだ?」
「僕もグラベンに行くのが今から楽しみっすよ。ソルンもそうだよな?」
「はい、グラベンでも頑張ります」
「あたしは言うまでもないよね」
「私がいないとエリオさんは困りますもんね」

「それがしも兄者と運命を共にしますからな」
「エリオ殿、ゴドール地方の情報収集はお任せあれ」

「皆……ありがとう。改めて言うよ。皆、俺についてこい!」

「「「「応!」」」」
「「ワウ!」」

 執務室に大きな歓声が沸き起こり皆と気持ちが一つになった。これほど嬉しいものもない。もしかしたらという考えはどうやら杞憂だったようだ。

 すると、執務室のドアがノックされ外から大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「エリオの兄さん、弟分のカレルです! 入っていいですか?」

「ああ、ドアを開けて入ってきてくれ」

 ドアが開いて部屋に入ってきたのは厳つい顔をしたカレルさんだ。部屋に入るや否や集まっている連中をその厳つい顔で眺めていく。

「ほう、こいつは凄え。見たところとびきりの猛者揃いじゃねえですか!」

「兄者、誰ですかこの男は?」

「この人はコウトとサゴイの間にあるイシムという村の束ね役のカレルさん。色々あって俺の弟分になったんだ」

「そういう訳で俺の名はカレルだ。皆の衆よろしく頼むぜ」

「ああん? おめえ、エリオの兄貴の弟分を名乗るからには腕っぷしの強さが必要なんだぞ。おめえはおいらやカウンの兄貴と同じくらい強いっていうのか?」

「おう、俺はおまえの鼻っ柱を叩き折れるくらいには強いと思うぜ」

「なんだとコラッ、やってみろや! 吐いた唾飲まんとけよ」

「やってやろうじゃねえか!」

 ちょっとちょっと、何でこうなるかな。皆、呆れてるぞ。これって豪傑タイプのお約束事項なのかな?

「エリオ、何とかしなさいよ。ここで暴れられたら執務室が壊れちゃうよ」

 リタがそう言うので仕方ない。俺が間に入って仲裁するしかないか。そう思って一歩踏み出そうとすると執務室内に強烈な殺気が充満した。

 一気に部屋中が凍りつく。俺はすぐにわかったがその殺気の出どころは俺の従魔達だった。一触即発だったカレルさんとゴウシさんもその殺気に当てられて無言になってるぞ。

『主様、もっと必要ですか?』
『エリオ様、もう一度やりましょうか?』

『いや、もう十分だと思うよ』

「悪かった、おいらも言い過ぎた。仲良くやろうぜ」

「いや、俺の方こそ謙虚さが足りなかった。こっちこそ仲良くしてくれよな」

 良かった良かった。無事に事は収まったみたいだ。それにしても我が従魔ながら恐ろしい。豪傑二人をあっという間に大人しくさせちゃったよ。
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