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第72話 男二人の昼食会

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  部隊や街を悩ましたカモン一味による脅迫ゆすり事件もようやく解決する事が出来た。収監中の犯人の男達が毒殺されたり俺に対する深夜の襲撃があったものの、黒幕で首謀者であるカモンが自ら死を選んだ事によって、コウトの街の商会が金を脅し取られるという由々しき事態はこれでなくなるだろう。事件に関わっていて捕らえられた者達はしかるべき罰を受けさせる予定だ。

 商会に対しては脅迫されて奪われた全額全てを街の予算で補償する事になり、商会側も大いに喜んでくれて円満に解決出来そうだ。そうだ、忘れちゃいけないのが自治部隊の再編成。部隊の隊長など幹部連中が事件に関与していた第一部隊だが、その後の調査で判明したカモンと結びつきがあり事件に何かしらの関係があった部隊員はそれぞれ処罰の対象になった。

 そして第一部隊は解散となり、部隊員は第二部隊と第三部隊に編入配属になった。結果として第二部隊は繰り上がって第一部隊に、俺の第三部隊は第二部隊に繰り上がった。二部隊になって少し変則的になるが、街中の警備や周辺地域の巡回も上手く組み合わせて問題がないようにした。将来的には再編成で元の三部隊制に戻す予定になっている。

 こうして事件の後処理も無事に進み次第に元の日常を取り戻しつつある。一部隊あたりの部隊員が増えた事で若干執務室の仕事も増えたが、その分は新しい人材を登用したのでむしろ以前よりも部隊運営は楽になったと思える。解散した第一部隊にも真面目で優秀な人がいたのだが、第一部隊では資質や才能を活かす機会がなくて燻っていたらしく俺やラモンさんに抜擢されて喜んでいた。

「エリオ、本部から定期報告の書類が来てるよ。読んでおいてね」

「わかったよリタ。今から読むよ」

 俺の机に本部から回ってきた地域情勢や街の情報などが纏めてある書類が置かれたので手に取って読み始める。この書類は広い地域の動きや近隣情勢、そして街の情報などを本部の担当調査官が定期的に調査したものを書類にして各部隊に配布されるものだ。

 青い布を頭に巻いた賊徒、通称青巾賊もまだ散発的に各地で発生しているみたいだな。西の大国キルト王国が崩壊して事実上各地が独立状態となってしまったのは誰もが知る事実だし、王国の名を借りるという今までの権威や手段を失って急速に力が衰えた名ばかりの領主では時代のうねりを抑え切れなくなっている。

 つまり、実力次第ではそれらを押し退けてこの乱世を成り上がっていける可能性もあるという事だ。但し誰かがその土地や街を支配するとしても、青巾賊のように掲げている大層な言葉とは裏腹にただ奪うだけが目的では街の支持を得られないだろう。

 本部が調査した情報には、ここコウトの街と南にあるサゴイの街は今のところ安定していると書かれているが、その北西の地域は己の私腹を肥やす為に住民に重税を課していた領主がとうとう住民達に追放されたらしい。青巾賊に目を付けられなければいいのだが。

 椅子に座りながらそんな事を考えていると、執務室のドアが外側から叩かれた。どうやら誰か来たようだ。ノックの音に気がついたミリアムがドアを開けると、若い男が外に立っていてここへ訪問してきた理由を告げてきた。

「失礼します。エリオ部隊長に本部からの連絡を伝えに参りました」

「どうぞ、執務室の中に入っていいよ」

「ありがとうございます。では、本部からの連絡です。統括官殿がエリオ隊長をお呼びです。昼食を用意するので出来れば昼頃に来られたしとの事です」

「了解した。統括官には昼頃に伺わせてもらうと伝えてくれ。伝令ご苦労さま」

 俺の返事を貰うと役目を果たした本部の隊員は部屋から出ていった。統括官からの呼び出しとは珍しいな。しかも昼食付きというからには緊急な用件でないのは確実だろう。そういえば、統括官には年頃の娘さんがいたはずだ。まさかうちの娘を君の相手にどうだろうかとか言い出したりしてな。

 ハハハ、さすがにそれはないか。まあ、行けばわかるだろう。俺がニヤニヤしながらそんな事を考えていると、それを見ていたリタとミリアムが眉を顰めながら小首を傾げていた。そして、コルとマナも俺の方を見ながら同じように小首を傾げていた。君達、たまには俺もそういう想像をするんですよ。

 そして、執務をこなしているうちに昼前になったので統括官のところに行く準備をする。何かあったら本部にいるから呼んでくれと言い残し、コルとマナに留守番を頼むと念話を送って俺は本部にいる統括官の元へ向かった。

 第三部隊改め、第二部隊となった専用施設を出て本部までの道のりを歩いて行く。本部まではそれほど距離がないのであっという間に到着した。立番の本部隊員に統括官から呼ばれて会いに来たと告げるとすぐに部屋へ案内してもらえた。統括官室に入るとレイモン統括官が笑みを浮かべながら俺を出迎えてくれる。その笑顔がちょっと怪しいぞ。まさか本当に娘さんを俺に紹介しようとしてるんじゃないだろうな?

「やあ、エリオ第二部隊長。忙しいところ呼び出してすまなかった」

「どうも、統括官殿。それほど忙しくはなかったので気にしないでください」

「とりあえず、あちらのテーブルに行こう。昼食が用意してある。君に話があるのだがまずそちらを食べてからにしよう」

「はい、わかりました」

 指し示されたテーブルには昼食が既に用意されていて温かそうな湯気が立っている。焼かれたばかりの肉にライ麦のパン、そして野菜が入っているスープだ。統括官といえども俺が普段食べている昼食とそんなに変わらないか。

 二人ともせっせとナイフとフォークとスプーンを動かし、肉を頬張りパンを千切ってスープで胃に流し込む。まあ、普通の昼食会といえるだろう。食べ終わって食器が下げられた後に食後の紅茶を出された。なかなか良い香りの紅茶だ。

「私には娘がいるのだが、この紅茶葉はその娘が選んでくれたものなんだよ。味はどうだい?」

 えっ、まさか本当に娘の話なのか?

「う、旨いですよ。何というか香りが鼻孔をくすぐり、飲むとそこはかとなく心地よい渋みもあり、個性が強いながらもバランスが取れていて素晴らしい紅茶葉だと思います」

「そうか、君に褒められて親の私も鼻が高いよ」

 良かった。俺の対応は外していないようだな。

「ところで本題となる君をここへ呼んだ理由だが、サゴイの街の差配人が君に非常に好意的で興味を持っているようなのだ。君を名指しでサゴイの街まで会いに来てくれないかと招待の要請があったのだよ」

「その人から俺にサゴイの街への招待ですか?」

「賊徒、いや青巾賊を君が見事な策で撃退したという話が周辺地域に伝わっているのは君も聞いているはずだ。だが、君が思っているよりも遥かに周辺地域には君の名前が知れ渡ってるんだよ。それにサゴイの差配人は大昔から続く名家でこのコウトの街にも非常に強い影響力を持っているお方なんだよ。だから君がこの要請を引き受けてくれるとありがたい。強制ではないので最終的には君が自分で判断して構わないけどね」

 なんと、統括官からの話とはサゴイの差配人が俺に会う為にサゴイの街へ正式に招待したいという内容だったのだ。さて、どうするべきだろうか。
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