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すれ違いスポーツ

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 自分で言うのもなんだけど、私は大抵のことは人並み以上──いや、さらにそれ以上にはできる。
 というより、できると自信を持って言えるくらいの努力をしてきた。
 みんな私も何でもできる完璧人間みたいに言うけど、そのどれも最初から得意だったわけじゃない。どんなにきつくても、努力して上達させたのだ。
 だから私は、決して天才じゃない。
 もし、私の周りにいる人で、最も天才に近い者がいるとすれば、それは多分、りゅうたろーだ。
 めんどくさがりで、嫌いな物は徹底してしない。私がずっとそばにいるから、あいつは私といつも比べられて、まるで落ちこぼれのバカに思われることが多いけど、実際のところほとんどの物は人並み程度にはできる。
 例えばわかりやすく勉強なら、授業は寝る、宿題はしない。そのくせ教科書を一夜漬けで読んだだけで、順位は常に半分くらいの位置をキープしている。
 おまけにりゅうたろーが運動神経がとにかくいい。私にとって言えば、スポーツはどれだけ努力しても上達しない、正真正銘唯一の欠点だ。
 けどりゅうたろーは、一時期珍しくやる気を出していたこともあってすごく上手い。それもあらやるスポーツにおいて、だ。
 事実、正式に部活にさえ入っていればスポーツ推薦で高校に行けたほどだ。
 だから私にとってりゅうたろーという幼馴染は、誇りであり、憧れだった。
 けど中学に入った頃からだっただろうが、私の努力は実を結んで、みんなに評価され始めた。努力したものはりゅうたろーすらも優に超えて、私はダメな幼馴染をもつ完璧少女になった。
 そのときの私の感情は、嬉しいより怒りの方が大きかった。
 だって、りゅうたろーは本気を出していない。一番の長所だったスポーツすら嫌いになって、毎日家でダラダラ過ごすだけ。
 どうしようもなく腹立った。
 本気で憧れていたからこそ、私はりゅうたろーに近づきたくて、また追い越したかった。それなのに、そんなの興味なさそうに。
 りゅうたろーは好きなのに、好きだからこそ、りゅうたろーの態度がムカついた。
 スポーツ以外はなんでも完璧にこなせる努力家とスポーツ以外はだめだめの天才。
 対照的な二人は歳を取るにつれてぶつかり合うことも多くなった。
 そうこうしているのに、気がつけば顔を合わせれば喧嘩する嫌いあった関係。
 こんなはずじゃなかったのに。
 体の距離は近くても心はずっと離れていた。
 でも最近は、なんかすごくいい感じじゃない!?
 あの間接キスから喧嘩することもなくなって、どことなく甘い雰囲気が流れているような気がしなくもない!
 とにかく、今こそ攻めどきだ。
 今日はりゅうたろーが助っ人で参加するサッカーの試合。いつもはどれだけ親に誘われても、嫌いな人からの声援なんて嫌なんじゃって思ったり、単純に素直になりきれなかったりで行けなかった。
 だけど、今回は行く。しっかり応援して、また一つ心の距離を縮めるんだ。

「絵梨奈、来てくれたんだな」
「仕方なくね。お母さんに言われたから」

 うぅ~だめだ。あともう少し素直になれない。

「でも、前は来なかったろ?」
「だからそれは! その……」

 りゅうたろーのやつ。絶対わかってて聞いてる!
 現にニヤニヤしてるし……。

「何笑ってんのよ」
「いや、なんでもない」
「負けたら許さないから。あなたの唯一の長所でしょ?」
「へーへー、もちろんわかってるよ。だから、ちゃんと応援してくれよ」
「まあ、せっかく来たしね……」

 りゅうたろーは顔をパンッと叩いて、チームメイトの元に走っていった。
 しばらくしてから、いよいよ試合が始まった。
 ポジションとかはよくわかんないけど、りゅうたろーはどちらかと言うとゴール側?
 早速ボールを持った相手選手が、りゅうたろー方面に攻めてきた。
 りゅうたろーは直前まではゆったりとした構えだったのに、相手が目の前に来ると一瞬で腰を下ろして、目にも止まらぬスピードでボールを奪った。
 というか、私には一瞬すぎて何が何だかよく分からなかったけど、とにかくりゅうたろーがすごいのはわかった。ボールを奪った瞬間、相手はピリッとした空気になったし、こっちからは歓声が湧いた。
 私の両親も興奮している。

「いいぞ竜太郎くーん! 流石僕の息子だー!」

 違うでしょお父さん。

「キャー! 竜太郎君こっち向いてー!」

 恥ずかしいからやめてお母さん。
 でも、ほんとにカッコいい。相手は完全に意表をつかれた様子で、りゅうたろーの前はガラ空きだった。
 このまま一気に攻めて、得点に繋げるんだ。

「えっ……」

 思わず声が漏れた。
 だって、りゅうたろーは少し走っただけですぐにパスしてしまったから。
 素人目でもわかるくらい、攻める隙があったのに、りゅうたろーはしなかった。
 たしかに一人じゃゴールまでは行けないかもしれないけど、ボール奪って終わり、よりも確実によかったはずだ。
 考えたくないことだけど、りゅうたろーの性格を考えればありえる。
 手を抜いてるんだ。あえて。
 それは試合が進むにつれて確信に変わっていった。たしかにりゅうたろーの活躍はすごい。自分のところだけじゃない、幅広く守って、全てのボールを奪っている。
 そのおかげもあって、勝負は一対一の同点だ。
 みんながりゅうたろーに歓声を上げて褒める。
 けど私は、到底そんな気分になれなかった。だって、誰よりもりゅうたろーのことを近くで見てきて、誰よりもその才能を知ってて、誰よりも憧れ、誇りに思ってたから。
 前半が終わり、休憩時間に入る。
 りゅうたろーが走ってくる。

「いやー竜太郎君大活躍だったねえ」

 お父さんがマネージャーみたいにタオルを渡しながら言う。

「まあ、こんぐらいしか取り柄がないんで」
「これだけできたら十分すぎるくらいだよ。なあ?」
「そうそう」

 お母さんも頷きながら言った。

「うちの絵梨奈だって、勉強ばっかりでスポーツはなーんにもできないし」
「そんなことないよ。絵梨奈ちゃんにはいっつもお世話になってるから~」

 と、おばさんも参戦して、自然な流れで四人の雑談に入っていった。
 全く、私達よりあの四人の方が仲良いんだから。毎年子供を置いて四人で旅行に行ったり。
 いや連れてけよ。

「どうだった? 絵梨奈」

 りゅうたろーは明らかに自慢げに聞いてくる。
 その態度にもまたイラッときて、つい冷たく返してしまう。

「別に」
「おい、なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 何をぬけぬけと。自分が一番わかってるくせに。

「…………なんで手を抜いたの?」
「お前……」

 私に気付かれていたことに驚いたのか、りゅうたろーの声が詰まった。

「いや、あのな」
「あんだけかっこつけてたくせに、結局これ?」
「違うって。ペース配分を考えてただけだよ。後半バテたらまずいだろ」
「でもみんな、一生懸命プレイしてた。敵も味方も、あんた意外」
「仕方ないだろ。俺はずっと運動してなかったんだし。人より体力が劣るのも……」
「でもたしか、助っ人を頼まれたのは一週間以上前よね?」
「あ、ああ。それが何だよ」
「それからあんた、一回でも体力戻すように運動した? ペース配分を考えてってことは、最初からバテるのがわかってたってことよね? だったら助っ人を受けたときから、走ったり対策は練れたんじゃない?」
「それは……」
「がっかりね。せっかく観に来てあげたのに」

 いつのまにか本音を全てさらけ出してしまった。
 りゅうたろーが言い訳を述べようとする度、本当に腹が立ったし、止めるつもりもなかった。

「なんだよ……。運動音痴のお前に言われたくねーよ」

 ぼそり、と呟くように言ったその言葉。
 これが完全にトリガーになった。カッと頭に血が昇る。

「最低ね。少なくとも私は、手を抜くようなことは絶対しないわ!」
「だから、それがお前にはわからないって言ってんだよ。口だけならなんとでも言えるぜ!」
「……なにそれ。ほんと最悪。今のりゅうたろー、大っ嫌い」

 りゅうたろーは苦虫を噛み潰したような険しい顔で吠えた。

「じゃあ帰れよ! 嫌いなやつの試合なんて見ても仕方ないだろ!」
「は?」
「俺だってな。お前に見られてちゃ目障りで集中できねーんだよ」
「あっそ! もう知らない!」
「こっちのセリフだ!」

 売り言葉に買い言葉。喧嘩はどんどんヒートアップして、最悪の形で決着した。
 何よりゅうたろーのやつ。
 せっかくかっこいい姿が見れると思ったのに。頑張るって約束したのに、手を抜いた姿を見せて、そんなのを喜ぶとでも?
 おまけに喧嘩にもなって、こんなことなら、ほんとに来ない方が良かった。
 …………けど。
 イライラした足取りでチームに戻るりゅうたろーなら背中を見て、チクリと胸が痛んだ。
 違う。たしかにガッカリしたし、本当にムカついたけど、別に喧嘩がしたかったわけじゃない。
 いつもの癖で、つい熱くなりすぎてしまった。
 一度冷静になろう。

「あれ? 絵梨奈どこか行くの?」
「うん。ちょっと熱くなったからジュースでも買いに」

 お母さんに下手くそな笑顔でそう答えて、私はグラウンドから離れた。
 しばらく歩いて、はぁとため息をこぼす。
 言いすぎちゃったかな? まだ試合は始まってない。今からでも謝りに行く?

「あれ? 美崎?」

 あと一秒でもあれば謝りに行こうと決断できたものを、ギリギリで遮られた。
 声をかけてきたのは、相手チームのユニフォームを着ていて小麦色に焼けた肌で、背が高くて世間的にはイケメンと分類されるであろう男だった。

「柊君?」
「そうそう、久しぶりだな~! 来てたんだ」

 ひいらぎ 拓馬たくま。私やりゅうたろーと同じ中学の同級生で、中学生のときはキャプテンしてた。
 すごく女子からの人気が高くて、週三ペースで告白されていたことを覚えてる。
 二年生のときに同じクラスになって、隣の席になった時に柊君が教科書を忘れたことをきっかけに仲良くなったんだ。と、多分柊君は思ってる。
 実際は、その事件からしばらく私は彼が苦手だった。なぜなら、変な噂が流れていたから。
 私と柊君がちょっと仲良く喋ってるだけで、二人は付き合ってるとかいう厄介な噂が一瞬で広まった。
 そのとき私はりゅうたろーのクラスが別れていたし、顔を合わせれば喧嘩ばっかりなので誤解を解くチャンスもなかった。
 幸い、遥がりゅうたろーと同じクラスだったので、それとなく誤解であることを伝えるように仕向けた。ただし、これをきっかけにりゅうたろーの遥の仲が良くなるってデメリットがあったけど。
 まあ遥は誰にでもあんな調子だし、不幸中の幸いってやつかな。りゅうたろーも遥を好きなる、なんてこともなかったみたいだし。
 誤解も無事解けてきてからは、柊君への苦手意識もなくなった。そもそも、彼自体が遥みたく誰にでも距離が近いタイプの人間だったんだ。

「こんなとこで何してるの? 試合は?」
「俺一年だぜ? まだ補欠だよ。先輩に言われてスポーツドリンク買いに行くんだ。うちマネージャーいねえし」
「一人で?」
「じゃんけんに負けたんだよ」

 悔しそうに言うけど、顔は笑っている。

「じゃあ手伝おうか? 一人じゃ大変そう」
「へっ? いいのか? 誰かの応援に来たんじゃ」
「いいの。それでどうする?」
「じゃあ、せっかくだし頼むわ」

 私達は思い出話に花を咲かせながら校門を出て、近くのコンビニに向かった。
 その途中で、走って学校へ向かう遥を見かけた。
 そういえば、いつもしつこく誘ってきたっけ。一緒にりゅうたろーの応援に行こうって。
 今日は何か事情があって遅れたんだろう。後で合流しよう。

「そういえば、初めて話したときぐらいからしばらく変な噂たったよな。俺達が付き合ってるって」
 
 ドリンクをカゴに詰めながら、柊君がそう言った。

「あはは、あれには困ったよね」
「まあ結局はすぐ収束したから良かったんだけど」
「そうね。遥と柊君が誤解って広めてくれたから、ありがとうね」
「あはは。俺なんて大して役に立ってないよ。全部田村と星川のおかげ」
「りゅうたろー……?」

 まさか。りゅうたろーが遥と収束させたなんて話聞いたことない。

「あれ? まさか知らないの? 田村とは親友だし星川とは幼馴染なんだろ?」
「いや、そんなの……。りゅ、りゅうたろーが誤解って触れ回ったの?」
「え? 違うけど……ほんとに知らないの?」
「何が?」
「俺達の噂が話されなくなったのは、別の噂がたったからだよ。田村と星川が付き合ってるって」

 え…………?

「朝、でしょ。そんな冗談……」
「ほんとだよ。田村って誰にでもフレンドリーで、ある意味美崎以上に恋愛に興味なしって感じだったのに恋人ができたからもう衝撃でさ。星川も運動神経いいし田村の幼馴染ってことで有名だったから」
「でも私そんな話聞いたことない!」
「そうか? でもほら、田村って人気の割に告白されないだろ?」
「それは誰にでもあんな感じだから」
「まさか。たしかにそれもあるけど、噂がたつ前はもっと──」
「もういいよ」

 二人が、付き合ってた?
 そんなことありえない。だってそんな話聞いたことないし。りゅうたろーは私の……って、そんなこと言えるほど、私はりゅうたろーに近い存在なの?
 ついさっきだって喧嘩したばっかりで。
 ああ、もうやばい。

「ごめん。私用事思い出しちゃった」
「え、おい美崎ちょっと待てよ!」

 柊君の静止も聞かずコンビニを飛び出して、がむしゃらに家へ走った。
 走りながら泣いていた。
 走って走って、気づいたらベッドの上に倒れていた。
 今ごろりゅうたろーはどうしているだろうか。
 きっと、遥を見て……。

「うう……、ぐすっ……!」

 何もやる気が出ない。
 体はぴったり止まってしまったみたいに動かない。
 それなのに、涙だけは止まらなかった。

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