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「「いただきます」」
出来たてのトーストをひと口頬張る。匂いで分かってはいたが、マヨネーズとハム、それから少し表面の焦げた半熟卵はベストマッチしている。一花の方を見ると、ひと口食べた途端、よほど美味しかったのか黙々と食べていた。気に入ってくれたのなら何よりだ。
「「ご馳走様(でした)」」
会話もないまま朝食を食べ終えたので後片付けをしようと席を立つ。それに合わせて一花も食器を持って立ち上がる。座っていても良いと言ったが、朝食の準備が出来なかったからと、一花は俺より先に流しに向かった。
「朝食とても美味しかった。直翔さんありがとう」
「それは良かった」
一花が洗った食器の水気を拭き取ろうとふきんを持って隣に立つと、一花は食器を洗いながらそう言ってきた。
直接お礼を言われるのはやっぱり嬉しい。次は何を作ろうかなと頭の隅で考え始めてるあたり、我ながら本当に単純だなと苦笑しそうになる。
拭き上げた食器を立てかけて、壁にかかった電波時計に視線を移す。もうすぐ9時になろうかという時間だった。
「一花くん、今日は出かけるんだったね。何時に出るんだい?」
「少し早いけど、身支度を整えたら出かけようかなと思ってる。ねえ直翔さんは今日何か予定あるの?」
「いや、特にないよ」
一花に予定を聞かれて脳内のスケジュール帳を確認しながら答えた。
うん、特に何もない。撮影の打ち合わせはもう少し先だし、納品した写真のリテイクも来てはなかったはず。強いていえば昨日撮影した画像の編集とかだろうか。
「それじゃあデートしよう!」
「……ん?」
困惑のあまり出た“ん?”をおそらく“うん”と肯定に受け取った一花はあれよあれよという間に、俺の身支度まで整えてしまった。やり遂げた一花は満足げなので良しとする。
それはそうと周辺を探索するという話ではなかったのか……。昨日言っていたのは口実かとも思ったが、きちんとそちらも含まれているらしい。
三十路手前のおじさんと出かけて何が楽しいのか。まあデートというのは冗談だろうし、細かい諸々は一切無視して一花との外出を純粋に楽しむことにした。
「やっぱり朝は人が多いね。通勤時間のピークは過ぎたと思っていたんだけどな」
「通勤時間は本当に人多いから。この駅は特急も停まるから余計に」
駅の改札を通りながら一花は人の多さに圧倒されていた。想像よりも人が多かったのだろう。無理もない。利便の良いところは住宅地があるし、その分人も増えるわけだ。つい最近も高層マンションが建っていた。
「気を落とすなよ。帰りはバスに乗って帰ってこよう。そしたら、少しは通学往路のイメージが出来るだろう」
「毎日こんな調子だったら嫌でも慣れるだろうし、うん、大丈夫」
ホームに行くと当たり前の光景だが、乗車位置案内に沿って各ドアの前に8名ほどが二列で並んでいた。その後ろに俺と一花は並んだ。
電車はほどなくして到着した。電車の中も人が多くドア付近に居たがドアが閉まった途端、中から押し返されるような気配がした。潰されるのを覚悟して身構えたが、いつまで経ったも押し返される感じがしない。よく見ると一花がドアに片手を付いて押し返しを抑えていた。
「それ、キツくないか?」
「平気。直翔さんは大丈夫?」
「俺は見ての通りだ」
ふと一花を少し見上げていたことに気付く。隣を歩いている時には意識してなかったから気付かなかった。まだまだ子供だと思っていたのに、こんなことも出来るようになったのか。
「……??」
「直翔さん、どうかした?」
俺の変化を敏感に感じ取ったのか、一花が心配そうにこちらを見ていた。
「いや、なんでもない」
一花に心配かけまいとそう答えたが、実際自分でも原因の分からない違和感を僅かに覚えただけなのだ。その違和感も一瞬で消えてしまい今はなんともない。あれは一体なんだったんだろう……。
数駅進んだ先の大学の最寄駅で下車する。人が多い時間帯に電車に乗ったのは久しぶりで既に疲労感が身体にまとわりついていた。一花も多少疲れた表情をしていたが、俺よりは全然元気そうだ。やはり11歳差も離れていればこの差は当然か。
駅の回りには商業施設や飲食店などが並んでおり栄えているのが見てとれる。仕事で来たことはあったけれど、用事を済ませたら寄り道もせず帰っていたから、じっくり歩き見るのは初めてだ。
「どうする? 一応大学まで行ったことはあるんだろう? 大学まで歩くか?」
「そうだね。駅から大学に行ったことはまだないから行ってみようかな」
「分かった」
スマホのマップを開いて道順を確認する。それから5分ほど歩くと、桜の並木道があり大学へと続いていた。桜と言っても今年は早咲きだったから、花びらはほとんど散って葉桜だが。
大学に向かって歩きながら、そうだと閃いた俺はカバンの中に入れていたミラーレスカメラをさっと取り出し、少し立ち止まってシャッターを切る。
「直翔さん?」
次いで振り返る一花に向けてまたシャッター切った。
ーーその瞬間は風が巻き起こり、道の端に寄せられていた花びらが舞い上がった。
ファインダー越しに見た一花は、まるで初めて会ったあの時のようで、俺の中の何かに多大なる衝撃を与えた。
出来たてのトーストをひと口頬張る。匂いで分かってはいたが、マヨネーズとハム、それから少し表面の焦げた半熟卵はベストマッチしている。一花の方を見ると、ひと口食べた途端、よほど美味しかったのか黙々と食べていた。気に入ってくれたのなら何よりだ。
「「ご馳走様(でした)」」
会話もないまま朝食を食べ終えたので後片付けをしようと席を立つ。それに合わせて一花も食器を持って立ち上がる。座っていても良いと言ったが、朝食の準備が出来なかったからと、一花は俺より先に流しに向かった。
「朝食とても美味しかった。直翔さんありがとう」
「それは良かった」
一花が洗った食器の水気を拭き取ろうとふきんを持って隣に立つと、一花は食器を洗いながらそう言ってきた。
直接お礼を言われるのはやっぱり嬉しい。次は何を作ろうかなと頭の隅で考え始めてるあたり、我ながら本当に単純だなと苦笑しそうになる。
拭き上げた食器を立てかけて、壁にかかった電波時計に視線を移す。もうすぐ9時になろうかという時間だった。
「一花くん、今日は出かけるんだったね。何時に出るんだい?」
「少し早いけど、身支度を整えたら出かけようかなと思ってる。ねえ直翔さんは今日何か予定あるの?」
「いや、特にないよ」
一花に予定を聞かれて脳内のスケジュール帳を確認しながら答えた。
うん、特に何もない。撮影の打ち合わせはもう少し先だし、納品した写真のリテイクも来てはなかったはず。強いていえば昨日撮影した画像の編集とかだろうか。
「それじゃあデートしよう!」
「……ん?」
困惑のあまり出た“ん?”をおそらく“うん”と肯定に受け取った一花はあれよあれよという間に、俺の身支度まで整えてしまった。やり遂げた一花は満足げなので良しとする。
それはそうと周辺を探索するという話ではなかったのか……。昨日言っていたのは口実かとも思ったが、きちんとそちらも含まれているらしい。
三十路手前のおじさんと出かけて何が楽しいのか。まあデートというのは冗談だろうし、細かい諸々は一切無視して一花との外出を純粋に楽しむことにした。
「やっぱり朝は人が多いね。通勤時間のピークは過ぎたと思っていたんだけどな」
「通勤時間は本当に人多いから。この駅は特急も停まるから余計に」
駅の改札を通りながら一花は人の多さに圧倒されていた。想像よりも人が多かったのだろう。無理もない。利便の良いところは住宅地があるし、その分人も増えるわけだ。つい最近も高層マンションが建っていた。
「気を落とすなよ。帰りはバスに乗って帰ってこよう。そしたら、少しは通学往路のイメージが出来るだろう」
「毎日こんな調子だったら嫌でも慣れるだろうし、うん、大丈夫」
ホームに行くと当たり前の光景だが、乗車位置案内に沿って各ドアの前に8名ほどが二列で並んでいた。その後ろに俺と一花は並んだ。
電車はほどなくして到着した。電車の中も人が多くドア付近に居たがドアが閉まった途端、中から押し返されるような気配がした。潰されるのを覚悟して身構えたが、いつまで経ったも押し返される感じがしない。よく見ると一花がドアに片手を付いて押し返しを抑えていた。
「それ、キツくないか?」
「平気。直翔さんは大丈夫?」
「俺は見ての通りだ」
ふと一花を少し見上げていたことに気付く。隣を歩いている時には意識してなかったから気付かなかった。まだまだ子供だと思っていたのに、こんなことも出来るようになったのか。
「……??」
「直翔さん、どうかした?」
俺の変化を敏感に感じ取ったのか、一花が心配そうにこちらを見ていた。
「いや、なんでもない」
一花に心配かけまいとそう答えたが、実際自分でも原因の分からない違和感を僅かに覚えただけなのだ。その違和感も一瞬で消えてしまい今はなんともない。あれは一体なんだったんだろう……。
数駅進んだ先の大学の最寄駅で下車する。人が多い時間帯に電車に乗ったのは久しぶりで既に疲労感が身体にまとわりついていた。一花も多少疲れた表情をしていたが、俺よりは全然元気そうだ。やはり11歳差も離れていればこの差は当然か。
駅の回りには商業施設や飲食店などが並んでおり栄えているのが見てとれる。仕事で来たことはあったけれど、用事を済ませたら寄り道もせず帰っていたから、じっくり歩き見るのは初めてだ。
「どうする? 一応大学まで行ったことはあるんだろう? 大学まで歩くか?」
「そうだね。駅から大学に行ったことはまだないから行ってみようかな」
「分かった」
スマホのマップを開いて道順を確認する。それから5分ほど歩くと、桜の並木道があり大学へと続いていた。桜と言っても今年は早咲きだったから、花びらはほとんど散って葉桜だが。
大学に向かって歩きながら、そうだと閃いた俺はカバンの中に入れていたミラーレスカメラをさっと取り出し、少し立ち止まってシャッターを切る。
「直翔さん?」
次いで振り返る一花に向けてまたシャッター切った。
ーーその瞬間は風が巻き起こり、道の端に寄せられていた花びらが舞い上がった。
ファインダー越しに見た一花は、まるで初めて会ったあの時のようで、俺の中の何かに多大なる衝撃を与えた。
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