異世界で神子となったけど、神聖力がほぼないので、女神の泉から力を得ることにしました。

沐猫

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1.転移先は水の中でした。

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 その日、女神ユトゥルーナを崇拝するアスピレイアス王国の王都ブディムにある大聖堂では、実に百年振りに神託が下された。
 内容はこうだ。
『ーー永きにおよぶ均衡を瓦解させる悪しきものが目覚めようとしている。力をつけ、備えよ。我が神子はみなを導くであろう』

◇◆◇

「……ハッ、ハクシュン!!」

 神波亨かんなみ とおるは頭をフル回転させて現状を把握しようと努力した。しかし何がどうしたら見知らぬ場所でずぶ濡れになり、腰ほどの深さの水の中に座り込むようなことがあるのか。
 いくら考えても正解を導き出すことができず、亨はずぶ濡れになる前の記憶を辿ることにした。

 今日は待ちに待った…わけでもないが、大学の入学式だった。これを極めたいといったものはないものの、高校卒業後すぐに就職する気にもなれず、周りと合わせるように近場の大学に進学することを決めた。

 でもまあ進学するならこれはやろうと決めていたことがある。そう、大学デビューだ!奥手な自覚はあるが慣れた環境でその性格を治すことは難しい。だからいい機会と思って、眼鏡からコンタクトに変えたし、ボサっとした重めの髪も少し明るくなるように染めて、後は美容師にお任せしてカットしてもらった。

 大学は自宅の最寄駅から数駅先にあって、駅からも徒歩十五分ほどの比較的立地の良い場所にある。大学には入学前に何度も訪れたから迷うことはない。スマホでSNSやゲームをしながら駅から大学に向かって歩いていて…あれ?そこからの記憶がなんだか靄がかかったようにうまく思い出すことができない。

 なんとか記憶を捻り出そうと唸っていると、ふいに周囲の空気が変わったような気がした。間も無く微かに金属音が混じった足音が複数近づいてきた。

「!? そこは神聖なる女神様の泉である! 中に入るなど不敬であるぞ!!」

 全身白を基調とした服装に身を包み、鎧を纏った人がこちらを見た瞬間、先頭にいた人は怒鳴り声を上げてズンズンと近づいてきた。
 だが、亨は怒鳴りつけられたことにはあまり触れず、ここにやってきた人と投げかけられた言葉を反芻する。

 女神の泉?日本ではあまり聞き馴染みのない言葉だな。それにこの人達の容貌といい、立ち振る舞いといい、全然日本っぽくない。でも言葉は理解できるからやっぱり日本なのか?ん~、異国を体験できるテーマパークってわけでもないよな。そうだったらこんな剣幕で怒られるわけないし。いや、水の中に浸かってたら怒られるもするか。
 でも、自分はつい先程まで大学に向かって歩いていたはずだ。大学の近場にテーマパークなんてない。

 ふとSNSでよく見かける広告が頭を過った。それは悪役令嬢の逆転劇だったり、異世界転生した主人公が世界を救う物語だったりした。
 ま、まさか。

「おい、聞いているのか! さっさと泉から出ないか!!」

 くいっと腕を引かれて、思考していた意識が現実に戻される。現状理解に脳内処理が追いついておらず、すぐに現実逃避してしまうようだ。
 泉から出され床に座り込むと、白い鎧を纏った人達に剣を突きつけられた囲ませた。

「貴殿はどこからここに入った!」
「この場所は定められた時にしか一般公開はしていない。護衛の目を掻い潜るとは何が目的だ!」

 複数の怒気に当てられ、剣を突きつけられた亨は、すうっと血の気が引いた。現実逃避すらできないほど、これは非常に不味い状況だろう。剣は偽物には見えないし、騎士?みたいな人たちは本当に怒っている。何か言わなければと考えば考えるほど、口の中から水分は消え、言葉は出てこない。
 亨には、囲っている人達が納得できるような説明など、何一つ持ち合わせていないからだ。

「黙っていないで何とか言ったらどうだ!」

 業を煮やした一人が剣を首筋の方に持ち上げた時、突如手の平くらいのつむじ風が剣を弾いた。何が起きたのか誰も分からず、辺りは一瞬にして静まり返った。

 すると、パタパタとした足音と先程聞いた重量感を感じさせる足音がこちらに近づいてくる。軽めの足音の持ち主は、聖職者のようで、全身は白の装いで、ブルートパーズのような色のケープの羽織っていて、金の美しい刺繍が施されたストールを首にかけていた。

「ッお待ちなさい! その方は神子様なのです!! まずはその剣を収めてください!!」

 またしても予想外の言葉に、空気が凍りつくともに、助けに来てくれたらしい人以外がピタリと停止した。

「ーーオルティス司教様、本当にこのお方が神子様なのですか? 司教様のお言葉を疑うわけではありませんが、突然のことで戸惑ってしまいまして……」
「ええ、間違いありません。伝承にあるように黒髪に黒い瞳。俗世では見たこともない御召し物。
ーーそしてまだ小さいですが、守護獣もいます」

 オルティス司教は、騎士達を宥めながら、亨が神子である根拠を伝えた。それを聞いた騎士達はお互いの顔を見合わせて、かなり気まずそうに剣を収めた。

 亨はまた情報過多によって、頭の中がぐるぐるとしていた。気になるワードが所狭しと並べられていたが、本当に何一つとして飲み込むことができなかった。

 何も声を発しない亨にオルティス司教は、両膝を折って祈るような姿勢になると、周りに居た騎士達も司教に倣って跪いた。

「神子様、この度は誠に申し訳ございませんでした。只今聖堂内が混乱しており、聖騎士達もいつになく警戒を強めていたようでございます。ーー私共のご無礼を何卒お許しくださいませ」

 オルティス司教が脅してきたわけでもないのに真摯に謝ってくれているのが伝わってくる。すると緊張が解れたのか、急に寒気が全身を駆け回った。
 そうだよ。ここにきてすぐ泉の中にいたものだから全身びしょ濡れだった。今の今まですっかり忘れていた。

「…クシュン」
「ハッ! 神子様、全身が濡れていらっしゃるではないですか!? 私としたことが神子様のご様子にも気付かず、こちらの事情ばかりお話しするとは……本当に申し訳ありません。後程お叱りはいくらでも頂きますので、まずは御身を温めましょう。先に湯の準備をするよう神官に伝えなさい。神子様は私が責任を持ってお連れする」

 近くに控えていた騎士に指示を出すと、失礼しますと言いながら近づいてきたオルティス司教は、座り込んでいる亨を横抱きにして歩き出した。

「!?!?」

 そういわゆるお姫様抱っこである。この歳になるまで彼女がいたことのない亨にとって、まさかお姫様抱っこするのではなく、される側になるとは夢にも思わなかった。それにオルティス司教は騎士達に比べると細身だから余計に驚いた。いや、そんなことより自分で歩けるから!
 申し訳なさが先に立ったので、声をかけることにした。
 
「あの…自分で歩けますので降ろしてください。それにあなたの服が濡れてしまいます」

 亨に声を掛けられたオルティス司教は少しだけ亨に視線を向ける。向けられた瞳は優しさを帯びていて、なぜか恥ずかしさを感じた。

「お心遣いありがとうございます。しかし、神子様は聖堂内をご存じありませんし、今は緊急事態です。私では頼りないと思いますが、どうか今しばらく御身を私に預けてくださいませ。」

 確かにどこに風呂場があるかわからない。それに事情を知らない人が自分を見たら…またさっきのような面倒に巻き込まれるかもしれない。
 その考えに至った時、オルティス司教も亨の考えが読めたのだろう。さらに歩く速度を上げて、風呂場に向かうのだった。
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