上 下
16 / 19
巨人の進撃

15

しおりを挟む
 めきょめきょ、と、檻の鉄柱を容易く曲げてしまうビゲル。
 通路の左右に並ぶ牢を、次々に開放する。


「さあ。みんな、こっちよ!」

 開け放たれた牢屋。
 ひょこっと顔画を出し、囚われていた子らを連れ出すのはレイア。


 ずしんずしんと地下通路を進んでいく巨人。
 始めの三人は一目散に逃げ、奥にいた″勇者″と″魔術師″のもとへ。



「なんで、ここに……巨人がいやがるっっ!?」


 勇者は、その姿を見て愕然とする。


 旧監獄の入り口の方から逃げてきた三人は、ようやく息を落ち着けて、勇者と魔術師に説明をする。



「た、たいへんだ、何者か分からねえが、″小説家″だとか名乗る男が、現れてっ……。そいつ、ここの秘密を知ってやがった。ガキどもを解放するって言って、そいつ、巨人を召喚したんだ!」


「なんだと……?」


 見ると、確かに巨人が、次々と牢をこじ開けていっている。


「く、くそがっ!」

 ぎりり、と歯を軋ませて怒りをあらわにする勇者。


 ――その背後、通路の一番奥にあたる牢。

 そこに捕らわれている少女、シィナは……彼らの会話をしっかりと聞いていた。



(た、助けが、きたんにゃ……?)


 暗い通路の奥から巨人が姿を現したのを見たときは、ぞっとしたが……どうやら、あれは善い人のようだ。

 今にも電撃魔法を喰らいそうになっていたところだった。
 助けが来たと知り、ほっと、安堵の息を漏らすシィナ。



「くそ、おとなしくやられてたまるかよっ! ――オイ、お前ら、あいつをなんとかしろ!」

「い、いやでも、巨人を相手には、さすがに……」

「うるせえ! いいからなんとかするんだよッ」

「なんとかって、リーダー、んな無茶な……」



 男どもがわあわあと言い合っているうちに。

 ビゲルは、ついにシィナ以外の子供たちを全員解放してしまった。
 まだ、通路の最奥である冒険者パーティの男たちとはしばしの距離があるが……。




「――ちっ、きょ、巨人でも、最大出力の電撃魔法を喰らえばさすがに……!」

 魔術師が、慌てて手をかざす。



「ビゲル! なんだか攻撃魔法を仕掛けて来るつもりみたいよ!」

 レイアは巨人の足の隙間から覗き込み、男どもの動向をみていた。



「大丈夫だ。――よっと」


 ビゲルは、近くの牢の鉄柱を……めきょめきょ、とまた曲げて、そのまま、バキン、と折ってしまう。

 折った鉄柱を横倒しにして持ち、わずかに振りかぶると――、



「ふんっ!!!」


 男どもに向けて、ぶおん、と投げつけた。



「なっ――!」

 横倒しの形のまま、狭い通路の中をぎゅんと突き進む鉄柱。


 そのまま、五人の男にまとめて激突し、後方に吹き飛ばす。

 後方――シィナが捕らえられている最奥の牢だ。
 その牢の柱に、吹き飛ばされた男たちが張り付いた。



 がしゃしゃしゃしゃんっ!! と、激しい音が響く。


「にゃっ!?」


 男たちの背に隠れて、詳しい状況があまり見えていなかったシィナは、彼らがいきなり牢にぶつかってきたので、驚いて声を上げる。

 ただ、男たちはすぐにずるずると地面に倒れていき、視界が開ける。
 通路の奥の様子が見えた。

 ……満足そうににやりと笑む巨人と、足元からその巨人を惚れ惚れといった目線で見上げる少女と、――そして、少女の後ろから静かに顔をのぞかせた、黒い外套の男。



 巨人と、少女と、男。
 ……シィナは、なんとなくすぐに察せた。

 あの男が、さきほど話に聞こえてきた――″小説家″ではないか。



 すぐ、巨人がそばまで来て、気絶したまま床に転がっている男どもを手で払って追いやると、牢の柱に手をかける。
 そのまま、めきょん、と軽々しく捻じ曲げてしまった。



「――ふう。これで最後の子だな。ああ、ちょうど十分だな」

「ホント、時間ぴったりね」



「ありがとう、ビゲル、レイア。なんていうか、……夫婦、これからも幸せにな」

 ベルは、巨人と少女に礼を言った。



「ああ。俺たち、今ちょうど、薬草の豊富な良い森を見つけて、そこで暮らしてるんだ。これからは魔法薬じゃなくて、今は薬草の調合研究をな。そこの原住民の種族ともうまくやれてるし、いい感じだよ」

「うん。最近、学院時代の友達と連絡を取っててね。良い調合薬が作れたら、彼女に仲介してもらって市場に出せるかも。今、いいカンジなの」



「へえ……」

 ベルは、自分の書いた小説の……その後のことを聞けて、なんだか不思議な気分になった。

 ″小説家″のスキルは物語を書くことだが、それは自分の創作ではない。
 この世界のどこかに実在する人間の物語だ。
 ビゲルとレイアもそうだし、……そして、そうだ、シィナも。



 ビゲルとレイアは、爽やかな笑顔を湛えたまま、淡い光となってその場から消えてしまった。
 召喚の時間が終了して、元の場所へと――最近見つけた良い森とやらに還ったわけである。



 通路の奥に目を向けると、……ぽかん、として、こちらを見ている猫の少女。


 ベルは、すっかり伸びてしまっている男たちの懐を探り、カギを見つけた。そのカギを持ったまま静かに牢に入り、そして、シィナの手枷を外してやる。



「あ、ありがと……」

 ひとまず手枷を外してくれたことへの礼を言うが、謝辞はそこそこに、まずは疑問がいっぱいある。

「あなたは一体、だれにゃ?」




「俺は、ベル。ベル・ノーライト。……通りすがりの小説家だよ」

「しょーせつか……」

 やはり、さきほどあの男どもが言っていたのは彼のことなのか。
 しかし、意味が分からない。
 小説家というと、そのまま小説を書く人……そんな人間がなぜここにいるのか。シィナは、いっそ訝しいと言わんばかりに、目の前の男をじとっとした目で見る。



「えーっと……説明は、またあとで。ともかく、ここを出よう、シィナ」

「にゃっ!? なんで、私の名前を……?」



「――あ、いや、その……。一応、俺は君のことを知ってるんだけど、それについてもまたあとで説明するから。ホラ、出口はこっちだ」


 そう言って、ベルはシィナを促す。
 猫娘は、なにがなにやら、といった感じで首を傾げながらも、倒れている男たちをひょいと跨いで歩き出す。




「…………」

 暗い通路の中。前を歩く男の背中を見て、シィナはふと、不思議な気持ちになった。


 胸のうちに淡く灯る暖かな気持ち。


 そして、それによって押し出されたものなのか――つう、と、零れ落ちるモノ……。


 シィナは、先行する男の服の裾を……きゅ、っと、掴んだ。



「――?」

 くいっと引っ張られ、ベルは足を止めた。
 なんだろうか、と振り返って……ぎょっと驚く。




「――ふっ、うぎゅ……」


 少女が、自分の体に顔を埋めて、肩をしゃくりあげていた。


「なんだ!? ど、どうした、シィナっ?」


「わかっ、わかんにゃい、なんかわかんないけど、こみ、上げてきて……っ」













 少女は泣いていた。




 そうか、それほど怖い思いをしたのだな、と、ベルは思った。
 もっと早くに自分が動いていればそれほど怖い思いはしなかったはずだと、後悔をする。


 ――だが、涙の理由は、怖かったからではない。安堵のために零れた涙ではない。



 その感情は、シィナ自身もまだ分からない。
 少女の胸のうちに灯ったその暖かな想いが何なのか。

 それは、こののち、自覚するところとなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~

斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている 酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

処理中です...