6 / 19
手癖の悪い猫
5
しおりを挟む
冒険者ギルド所属のパーティ『太陽のキャノウプス』を脱退したベルは、元の田舎暮らしに戻るため――旅立った。
彼の出生地は、ずっと西にある。
街道を、一人、ひたすら歩く。
元パーティの拠点地から出発して、ベルが始めに到着したのはリグリアの街。
ここで一泊し、明朝、また旅を再開することとなる。
宿を取ったベルは、その晩、なんとなく机に向かい、――小説を書いた。
さらさらと迷いなくペンが走るのは、上位職″小説家″のスキルによる力だが、そのとき、自らの手で作品を生み出す充実感のようなものは彼自身も感じている。
ものの数時間で一つの小説を書き上げたのだが。
(でも、これはもう別に誰かに見せることもないよな……)
そう思い、完成した小説のその紙束を、そのまま机の上に置いたまま寝た。翌日、宿の主人に言って、処分しておいてもらおうと考えた。
/
「部屋に、紙の束が置いてある。それを捨てておいてくれないか」
「紙束ですか。ヘェ。かまいませんが」
「悪いな」
「いえ。どうもありがとうございました。良い旅を」
宿代を支払い、そんな二、三言のやりとりを主人と交わしたのち――ベルは宿を出て歩き出した。
街の中央通りは、朝から賑わっている。
通りには出店が並び、人通りは多い。
通りの中で、なにやら騒いでいる者達がいた。五人組で、格好を見ればわかる、冒険者だ。
「ああっ、クソ! やられた!」
「落としたんじゃないのか」
「バカ言え、俺がそんなヘマするはずないだろう。スリに遭ったんだ」
おそらく剣士系の上位職″勇者″であろう、リーダー格の男が、自分の身をごそごそと探りながら喚いている。
何かを紛失したらしい。落としたのではない、スリに遭ったのだ、と主張する。
もちろん、そんな騒ぎに興味はない。ベルは、素知らぬ顔で、彼らの横を通り過ぎようとした。
だが――。
わあわあと騒ぐ冒険者パーティのもとへ、通りすがった街の住人が声をかけた。ベルが通り過ぎる際、冒険者たちと住人との会話がちらと聞こえたのだ。
「ああ。あんたたち、やられたね。この辺りじゃあ、よくあることだ」
「よくあることだと?」
「そう。スラム街の方で暮らす、ある女の子がね。どうにも手癖が悪くて、よくスリをはたらくんだ」
「なんだよ、そりゃ。犯人が分かってんなら、さっさとしょっぴいちまえばいいじゃないか」
「無理だよ。その女の子は、猫人族の血を引いてる。目で追えないほど動きが俊敏で、とてもじゃないが捕まえられない」
「猫人族の血を引いてるだあ? 生意気な小娘だな……俺たちがとっつ構えてやるよ。そいつの名前はなんつうんだ?」
勇者が、荒い口調で街の住人に問う。住人は少し躊躇った様子ながらも、その少女の名を口にする――……。
「ああ。シィナ、という子だよ」
ベルは思わず、足を止めていた。
――『シィナ』。
その名前に、覚えがあった。聞き覚え、ではなく見覚え……でもなく、書き覚えがあったのだ。
スラム街で暮らしている少女、猫人族の血を引いていて俊敏であり、スリをして金を稼いでいる……。
『手癖の悪い猫』。
元パーティのメンバーに渡した小説……シィナという少女は、その主人公だ。
/
リグリアの街、東部・スラム街――。
ベニヤ板で作られた平屋が並び、舗装されていない道路にはゴミが散見される。荒んだ街である、と、はっきり言える。
その中を駆ける、小さな人影。
肩口にかかる銀髪が、ふわりと風に舞う。その髪は艶々しく、鮮やかだ。
あるいは着古されている筈の服さえ決して不潔には見えず、小柄な獣耳少女は、荒んだスラム街の中でいて、実に見目に良い。
「ふう……」
スラム街の一角で、少女はぴしゃっと足を止める。
そして手にした短剣を眺めながら、にやり、と笑むのだ。
「あの勇者サン、こんな上物の短剣、あっさり盗まれちゃうなんて――、」
彼の出生地は、ずっと西にある。
街道を、一人、ひたすら歩く。
元パーティの拠点地から出発して、ベルが始めに到着したのはリグリアの街。
ここで一泊し、明朝、また旅を再開することとなる。
宿を取ったベルは、その晩、なんとなく机に向かい、――小説を書いた。
さらさらと迷いなくペンが走るのは、上位職″小説家″のスキルによる力だが、そのとき、自らの手で作品を生み出す充実感のようなものは彼自身も感じている。
ものの数時間で一つの小説を書き上げたのだが。
(でも、これはもう別に誰かに見せることもないよな……)
そう思い、完成した小説のその紙束を、そのまま机の上に置いたまま寝た。翌日、宿の主人に言って、処分しておいてもらおうと考えた。
/
「部屋に、紙の束が置いてある。それを捨てておいてくれないか」
「紙束ですか。ヘェ。かまいませんが」
「悪いな」
「いえ。どうもありがとうございました。良い旅を」
宿代を支払い、そんな二、三言のやりとりを主人と交わしたのち――ベルは宿を出て歩き出した。
街の中央通りは、朝から賑わっている。
通りには出店が並び、人通りは多い。
通りの中で、なにやら騒いでいる者達がいた。五人組で、格好を見ればわかる、冒険者だ。
「ああっ、クソ! やられた!」
「落としたんじゃないのか」
「バカ言え、俺がそんなヘマするはずないだろう。スリに遭ったんだ」
おそらく剣士系の上位職″勇者″であろう、リーダー格の男が、自分の身をごそごそと探りながら喚いている。
何かを紛失したらしい。落としたのではない、スリに遭ったのだ、と主張する。
もちろん、そんな騒ぎに興味はない。ベルは、素知らぬ顔で、彼らの横を通り過ぎようとした。
だが――。
わあわあと騒ぐ冒険者パーティのもとへ、通りすがった街の住人が声をかけた。ベルが通り過ぎる際、冒険者たちと住人との会話がちらと聞こえたのだ。
「ああ。あんたたち、やられたね。この辺りじゃあ、よくあることだ」
「よくあることだと?」
「そう。スラム街の方で暮らす、ある女の子がね。どうにも手癖が悪くて、よくスリをはたらくんだ」
「なんだよ、そりゃ。犯人が分かってんなら、さっさとしょっぴいちまえばいいじゃないか」
「無理だよ。その女の子は、猫人族の血を引いてる。目で追えないほど動きが俊敏で、とてもじゃないが捕まえられない」
「猫人族の血を引いてるだあ? 生意気な小娘だな……俺たちがとっつ構えてやるよ。そいつの名前はなんつうんだ?」
勇者が、荒い口調で街の住人に問う。住人は少し躊躇った様子ながらも、その少女の名を口にする――……。
「ああ。シィナ、という子だよ」
ベルは思わず、足を止めていた。
――『シィナ』。
その名前に、覚えがあった。聞き覚え、ではなく見覚え……でもなく、書き覚えがあったのだ。
スラム街で暮らしている少女、猫人族の血を引いていて俊敏であり、スリをして金を稼いでいる……。
『手癖の悪い猫』。
元パーティのメンバーに渡した小説……シィナという少女は、その主人公だ。
/
リグリアの街、東部・スラム街――。
ベニヤ板で作られた平屋が並び、舗装されていない道路にはゴミが散見される。荒んだ街である、と、はっきり言える。
その中を駆ける、小さな人影。
肩口にかかる銀髪が、ふわりと風に舞う。その髪は艶々しく、鮮やかだ。
あるいは着古されている筈の服さえ決して不潔には見えず、小柄な獣耳少女は、荒んだスラム街の中でいて、実に見目に良い。
「ふう……」
スラム街の一角で、少女はぴしゃっと足を止める。
そして手にした短剣を眺めながら、にやり、と笑むのだ。
「あの勇者サン、こんな上物の短剣、あっさり盗まれちゃうなんて――、」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。
黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!
ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生!
せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい!
魔法アリなら色んなことが出来るよね。
無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。
第一巻 2022年9月発売
第二巻 2023年4月下旬発売
第三巻 2023年9月下旬発売
※※※スピンオフ作品始めました※※※
おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる