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手癖の悪い猫
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冒険者ギルド所属のパーティ『太陽のキャノウプス』を脱退したベルは、元の田舎暮らしに戻るため――旅立った。
彼の出生地は、ずっと西にある。
街道を、一人、ひたすら歩く。
元パーティの拠点地から出発して、ベルが始めに到着したのはリグリアの街。
ここで一泊し、明朝、また旅を再開することとなる。
宿を取ったベルは、その晩、なんとなく机に向かい、――小説を書いた。
さらさらと迷いなくペンが走るのは、上位職″小説家″のスキルによる力だが、そのとき、自らの手で作品を生み出す充実感のようなものは彼自身も感じている。
ものの数時間で一つの小説を書き上げたのだが。
(でも、これはもう別に誰かに見せることもないよな……)
そう思い、完成した小説のその紙束を、そのまま机の上に置いたまま寝た。翌日、宿の主人に言って、処分しておいてもらおうと考えた。
/
「部屋に、紙の束が置いてある。それを捨てておいてくれないか」
「紙束ですか。ヘェ。かまいませんが」
「悪いな」
「いえ。どうもありがとうございました。良い旅を」
宿代を支払い、そんな二、三言のやりとりを主人と交わしたのち――ベルは宿を出て歩き出した。
街の中央通りは、朝から賑わっている。
通りには出店が並び、人通りは多い。
通りの中で、なにやら騒いでいる者達がいた。五人組で、格好を見ればわかる、冒険者だ。
「ああっ、クソ! やられた!」
「落としたんじゃないのか」
「バカ言え、俺がそんなヘマするはずないだろう。スリに遭ったんだ」
おそらく剣士系の上位職″勇者″であろう、リーダー格の男が、自分の身をごそごそと探りながら喚いている。
何かを紛失したらしい。落としたのではない、スリに遭ったのだ、と主張する。
もちろん、そんな騒ぎに興味はない。ベルは、素知らぬ顔で、彼らの横を通り過ぎようとした。
だが――。
わあわあと騒ぐ冒険者パーティのもとへ、通りすがった街の住人が声をかけた。ベルが通り過ぎる際、冒険者たちと住人との会話がちらと聞こえたのだ。
「ああ。あんたたち、やられたね。この辺りじゃあ、よくあることだ」
「よくあることだと?」
「そう。スラム街の方で暮らす、ある女の子がね。どうにも手癖が悪くて、よくスリをはたらくんだ」
「なんだよ、そりゃ。犯人が分かってんなら、さっさとしょっぴいちまえばいいじゃないか」
「無理だよ。その女の子は、猫人族の血を引いてる。目で追えないほど動きが俊敏で、とてもじゃないが捕まえられない」
「猫人族の血を引いてるだあ? 生意気な小娘だな……俺たちがとっつ構えてやるよ。そいつの名前はなんつうんだ?」
勇者が、荒い口調で街の住人に問う。住人は少し躊躇った様子ながらも、その少女の名を口にする――……。
「ああ。シィナ、という子だよ」
ベルは思わず、足を止めていた。
――『シィナ』。
その名前に、覚えがあった。聞き覚え、ではなく見覚え……でもなく、書き覚えがあったのだ。
スラム街で暮らしている少女、猫人族の血を引いていて俊敏であり、スリをして金を稼いでいる……。
『手癖の悪い猫』。
元パーティのメンバーに渡した小説……シィナという少女は、その主人公だ。
/
リグリアの街、東部・スラム街――。
ベニヤ板で作られた平屋が並び、舗装されていない道路にはゴミが散見される。荒んだ街である、と、はっきり言える。
その中を駆ける、小さな人影。
肩口にかかる銀髪が、ふわりと風に舞う。その髪は艶々しく、鮮やかだ。
あるいは着古されている筈の服さえ決して不潔には見えず、小柄な獣耳少女は、荒んだスラム街の中でいて、実に見目に良い。
「ふう……」
スラム街の一角で、少女はぴしゃっと足を止める。
そして手にした短剣を眺めながら、にやり、と笑むのだ。
「あの勇者サン、こんな上物の短剣、あっさり盗まれちゃうなんて――、」
彼の出生地は、ずっと西にある。
街道を、一人、ひたすら歩く。
元パーティの拠点地から出発して、ベルが始めに到着したのはリグリアの街。
ここで一泊し、明朝、また旅を再開することとなる。
宿を取ったベルは、その晩、なんとなく机に向かい、――小説を書いた。
さらさらと迷いなくペンが走るのは、上位職″小説家″のスキルによる力だが、そのとき、自らの手で作品を生み出す充実感のようなものは彼自身も感じている。
ものの数時間で一つの小説を書き上げたのだが。
(でも、これはもう別に誰かに見せることもないよな……)
そう思い、完成した小説のその紙束を、そのまま机の上に置いたまま寝た。翌日、宿の主人に言って、処分しておいてもらおうと考えた。
/
「部屋に、紙の束が置いてある。それを捨てておいてくれないか」
「紙束ですか。ヘェ。かまいませんが」
「悪いな」
「いえ。どうもありがとうございました。良い旅を」
宿代を支払い、そんな二、三言のやりとりを主人と交わしたのち――ベルは宿を出て歩き出した。
街の中央通りは、朝から賑わっている。
通りには出店が並び、人通りは多い。
通りの中で、なにやら騒いでいる者達がいた。五人組で、格好を見ればわかる、冒険者だ。
「ああっ、クソ! やられた!」
「落としたんじゃないのか」
「バカ言え、俺がそんなヘマするはずないだろう。スリに遭ったんだ」
おそらく剣士系の上位職″勇者″であろう、リーダー格の男が、自分の身をごそごそと探りながら喚いている。
何かを紛失したらしい。落としたのではない、スリに遭ったのだ、と主張する。
もちろん、そんな騒ぎに興味はない。ベルは、素知らぬ顔で、彼らの横を通り過ぎようとした。
だが――。
わあわあと騒ぐ冒険者パーティのもとへ、通りすがった街の住人が声をかけた。ベルが通り過ぎる際、冒険者たちと住人との会話がちらと聞こえたのだ。
「ああ。あんたたち、やられたね。この辺りじゃあ、よくあることだ」
「よくあることだと?」
「そう。スラム街の方で暮らす、ある女の子がね。どうにも手癖が悪くて、よくスリをはたらくんだ」
「なんだよ、そりゃ。犯人が分かってんなら、さっさとしょっぴいちまえばいいじゃないか」
「無理だよ。その女の子は、猫人族の血を引いてる。目で追えないほど動きが俊敏で、とてもじゃないが捕まえられない」
「猫人族の血を引いてるだあ? 生意気な小娘だな……俺たちがとっつ構えてやるよ。そいつの名前はなんつうんだ?」
勇者が、荒い口調で街の住人に問う。住人は少し躊躇った様子ながらも、その少女の名を口にする――……。
「ああ。シィナ、という子だよ」
ベルは思わず、足を止めていた。
――『シィナ』。
その名前に、覚えがあった。聞き覚え、ではなく見覚え……でもなく、書き覚えがあったのだ。
スラム街で暮らしている少女、猫人族の血を引いていて俊敏であり、スリをして金を稼いでいる……。
『手癖の悪い猫』。
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その中を駆ける、小さな人影。
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「ふう……」
スラム街の一角で、少女はぴしゃっと足を止める。
そして手にした短剣を眺めながら、にやり、と笑むのだ。
「あの勇者サン、こんな上物の短剣、あっさり盗まれちゃうなんて――、」
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