【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

□あくあついんず□㉑

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「おはよ、水帆」
「おはよう、水萌ちゃん」

 それぞれ、同じタイミングで自室を出て、廊下で顔を突き合わせた水萌と水帆。
 間に鏡面が入っているかのように、二人、全く同じ清々しい笑顔をたたsえながら朝の挨拶を交わした。
 今朝は、二人とも時間通りに目覚め、どちらかがどちらかを起こしに行くこともなかった。


 昨晩、海底から放たれる生体兵器『海蟲シーワーム』をついに打ち倒した水萌は、もう夜を徹して『水精錬金アクアアルケミー』の特訓をすることもない。
 水帆も、もう水萌に対抗するために夜通しFPSゲームのランク上げに熱中することもない。

 昨晩、戦いを終えて帰宅したのち、二人とも夜更かしせずにゆっくりと眠ったので、本朝、快適に目覚められたわけである。


 共に階段を降り、共に洗面所へ。交代で顔を洗う。

「水萌ちゃん、よく眠れた?」
「うん。でも、すごい戦いの後だったからかな……なんていうかちょっと気持ちが昂ってて。昨日の夜は、寝付くのにちょっと時間かかっちゃったな」
「私も」

 朝食を終えてから、着替えを済ます。中学に上がって一か月半ほど経ち、制服もすっかり着慣れた。成長を見越して――あるいは願って、少し大きめのサイズである。

 家を出て、近くのバス停へ。
 停留所で、二人、小さな体を寄せてバスを待つ。

 ふと、水帆が口を開いた。


「……どうする? 水萌ちゃん」
「どうする、って?」
「昨日の夜、言ってたことだよ。……授業始まるまでに、先生に言っとく?」
「ああ、うん。……そーだね。朝のうちに。一緒に行ってくれるよね?」
「あたりまえでしょ。私もおんなじなんだから」

 そう言って目を合わせ、笑み合う双子。
 周囲に人気はないが、しかし外なので、さすがに頬を触れ合わせはしない。でも本当はしたい。

 バスが到着し、二人の目の前で留まった。大型車が停車するとき特有の、高圧空気が抜ける音が鳴る。
 扉が開くと、幼い双子は共にぴょんと跳ねるような軽快な足取りで段を上り、乗車した。



 昨日の夜、言っていたこと。
 それは、少しの間、部活を休もうかという話である。

 海岸からの帰り道、話していたことだ。


 水萌は上井戸先生の指導にいささか辟易していた。
 基本的には優しく、頼もしく的確な指導ではあるのだが、しかしやはり時折見せる厳しさがすごく怖い。目上の人から静かなる怒りを向けられるのが一番堪えるものだ。
 とはいえ、それだけ熱心に指導をしてくれているのであり、それに熱意を以って応えるべきなのだろうが、――いかんせん、水萌には水泳に対してそれほど高いモチベーションはない。

 水萌が良い記録を目指すのは、あくまで水帆に対して優位に立ちたいからであった。

 だが、海底人がぬいぐるみに宿って水萌の前に現れて以来、この二週間、色々とあってすでに水帆と競い合うことには意義を感じない。
 同時に、彼女の中の水泳に対するモチベーションは、ささやかなものへと鳴りを潜めて行ってしまった。それは、水帆も同様だ。


 部活の仲間へは申し訳ないが、それが二人の正直な気持ちだった。

 さすがに、部活を辞めるという判断は早計かと思う。だが、この心持のまま部活へ参加してもあまり打ち込めない。
 だから、数日だけ、いったん日を置いてみよう――と、二人で話し合って決めたのだ。

 学校へ到着すると、まっすぐに職員室へ向かった。水泳部の顧問へ、その旨を伝えるためだ。
 水泳部の顧問は、当然、本中学に勤める教師である。職員室に行けば彼女に会える。

 こういった場合、なにかうまいこと理由を仕立て上げてしまうほうが利口だろうが、一ノ瀬姉妹はそう器用に口が回る方でもない。
 言葉は選びながらも、臆面なく、正直に気持ちを伝えた。要するに色々と思うところがあって練習に対してポジティブに打ち込めないので、数日だけ、休みをもらいたいと話だ。

 その女性顧問は実に理解ある教師であり、ともすればわがままとも取られ得る二人の要望を快く受け入れてくれた。

 ……だが、懸念はある。

 上井戸先生だ。
 彼は外部から招かれている特別顧問であり、当然、今は会えない。


「上井戸には私から言っておくよ。ああ見えて少し気難しいやつだけど……なんとかフォローしておくから」

 顧問はそう言ってくれ、水萌と水帆は安心して職員室を出た。
 ……ただし、きっとあの人は納得してくれないだろうなあ、とも思う。
 顧問が言うように確かにあの人はああ見えて気難しい。なんというのか、こう、少し前時代的な硬さがある。理由なく休むなんて、きっと彼に直接申し出ていれば許しは出なかっただろう。



「ほんと、ごめんね」
 水萌は切実な面持ちで、藤岡に頭を下げた。

「いやいや、別に私に謝んなくてもいいから」

 同じ水泳部である藤岡千里。同じクラス所属でもあるので、学校生活の範囲で言えば、水帆よりも彼女との方が共にいる時間が長い。
 そんな親しい友人に、部活を休む件を黙っているわけにもいかない。水萌は教室へ行ってすぐ、藤岡に話しをした。


「まあ、先輩たちも皆、変に水萌に期待しすぎてた感あるし。ちょっと休んでまた戻るって言うなら、それは水萌の自由じゃん?」
 友人の暖かな言葉に、じいん、と胸を熱くする水萌。

「ありがと。はー、よかった。藤岡に言うの、ちょっと怖くってさ。嫌われたらどうしよっかなって……」
「なによそんな、水臭い」
「み、水臭いっ!? え、あたし、そんな臭いする……?」
「…………。あー、うん。あれだね。水萌ってカワイイよね」
「へっ?」


 別に、いつも部活へ参加するのにあたって欝々とした気分になっていたとか、そういうことはない。
 水泳をするのは好きだし、部活の仲間は好きだ。
 この機にちょっと心機一転するために、数日だけ休部しようと思った、それだけ。

 でも、この後部活動が待っていないと思うと、なんだか妙に清々しい気分でいられた。授業内容も、すっと頭に入って来る。不思議だ、とても特別な一日に感じられる。


「わっかる! ホント、なんか今日一日気持ちが軽かったよ」

 放課後。
 朝からそんな気持ちだったのだと水萌が伝えると、水帆も激しく同意した。


        /


『水萌ちゃんっ、あぶない!』
「――っ」

 やにわに、襲い来る銃弾の雨。

 水萌は慌てて駆け出し、そばの岩陰へ飛び込んだ。危ういところであった。水帆の忠告が少しでも遅れていたら、回避が間に合わずハチの巣になっていただろう。

「ありがと、水帆」

 ふう、と一息ついて礼を言うが、しかし落ち着いていられる状況ではない。
 敵はまだこちらを狙っている。
 ちらとでも顔を出せばすぐに狙撃されるだろう。しかしこのまま隠れ続けているのも危険。


『任せて水萌ちゃん。さっきので敵の位置は分かったから』
「ほんと?」
『うん。水萌ちゃんはそこにいて。私が後ろに回り込むから!』
「き、気を付けて」
『だいじょーぶ。任せて』

 電波を乗せて届く姉の言葉は、実に頼もしい。

 残る敵はあとわずか。佳境である。
 このままうまくいけば一位だ。
 ――そう思うと、緊張し、コントローラを握る手にじとりと汗がにじむ。


 かねてからプレイしているFPSのゲーム。
 水萌と水帆、今まではそれぞれ個人マッチでプレイし、ランクを競い合って来ていたが、今はタッグを組んでいる。それぞれの自室で、ケータイでの通話を繋ぎながらプレイしているのだ。

『おいミナホ! いたぜ、あそこだ!』

 ケータイのスピーカーから、聞きなれた男の声が聞こえた。オスティマだ。
 彼は今、水帆の部屋におり、あちらで観戦しているのだ。


 彼がぬいぐるみに魂を宿して、二週間余り。
 始めに水萌とコンタクトを取って以来、他の家族にばれないよう、彼はずっと水萌の部屋で生活をしてきた。

 だがあの夜の戦いにて水帆にもその存在が知られたので、今は水帆の部屋に行っている。ずっと水萌の部屋に籠ってばかりだったので気分転換したかったのだろう。
 水萌としてはここ最近ずっと一緒にいたぬいぐるみが部屋にいないと少し寂しく感じてしまうが、そもそもあのぬいぐるみ『ドラコ』は幼い頃に水帆と協力してクレーンゲームで取ったものだ。二人のもの。独り占めはできない。

 姿は愛着あるぬいぐるみとはいえ、中身は海底人『オスティマ』。水帆にとっては、つい昨日の夜に初めて会ったばかりの男であるはずだが、すでに慣れ親しんでいる様子だ。


『ヤツはミナモの方に注意を向けてる! こっちには気付いてねえぜ。チャンスだ』
『わ、分かったからそんな大きい声出さないで、音が聞こえないよ』
『よっしゃ、そこだ!』

 二人の声はケータイ電波を介さずとも、部屋の壁を越えて生で聞こえてきそうな勢いだ。
 もしかすれば自分より水帆の方が海底人との相性が良いのではないかとさえ思えてくる。……二人がわちゃわちゃと言っているうち、水萌のモニタ画面に、相棒が敵をキルしたと通達される。


「ありがと水帆! ……このまま一気に攻めよう!」

 そう言って意気込み、荒野を突き進む。
 二人はその日だけでも数度、一位を勝ち取り、タッグマッチでのランクをぐんぐんと上げていったのだ。



 双子揃ってゲーム好きなのに、最近は一緒にゲームをすることはあまりなかった。
 帰宅してから夕飯の時間までの間、みっちりと二人で共にゲームに興じた。それがとても楽しかったのだ。

 楽しい反面、少しだけ後ろめたい気持ちもある。
 ……部活を休んでまで、遊んでいる。他の部員たちは練習に励んでいるだろうに、自分たちは帰宅後ゲーム三昧だ。この姿を見られれば恨めしく思われるだろうか。

 でも、まあこういうのも精神衛生的に良いものなのではとも思える。

 部活に前向きに打ち込めないから、いったん休む。
 参加を強制されているわけでもない部活動だ、そういう選択も自由なはずである。

 それに、都合の良いところにだけ顔を出して甘い汁を吸おうなどというならいざ知らず、今の二人はただ数日休むだけ。
 もしそれが咎められるというなら、それはやはり、前時代的な考え方だと思える。
 顧問の先生や藤岡だって快く受け入れてくれたし、いつも優しくしてくれる諸先輩方も二人をきっと非難したりはしないだろう。……まあ、懸念される人物は一人いるが。

 何にしても、後ろめたさは捨てて一心に愉しみ、リフレッシュしよう――と、水帆と話した。



 翌日。
 帰宅して着替え終えると、二人はすぐにキッチンへ立ち並んだ。

 お菓子作りに挑戦してみようと思い立ったのだ。水萌も水帆も、ほとんどやったことがなかったが、かねてから興味はあった。

「チーズケーキたべたい」

 水萌の意向で、メニューはチーズケーキに決定された。
 初心者にはいささかハードルが高そうだが、まあ二人で力を合わせれば余裕だ、と考えた。帰り道にスーパーへ寄って材料は買い揃える。幸い、母親がたまにお菓子作りをするので道具はキッチンに備えてあった。


「よっし。超絶美味しいチーズケーキ作ってやるわ」
「うん、水萌ちゃん。二人で作るんだもん、絶対美味しいよ」


 小学生の頃、調理実習の際に買った可愛らしいエプロンをし、作業を始める。
 初めてのお菓子作りでも、二人で協力すれば絶対に失敗しない自負があった。

 取り掛かりから、すでに卓越した連携を見せる。

 何も言わず水萌がクッキー生地の作成を始めると、水帆はクリーム生地を作り始める。妹が麺棒でガツガツとクッキーをたたき割る横で、姉はハンドミキサーで生地材料を順々に混ぜ合わせていく。


「手え疲れてきた……交代」
「ん」

 クッキーを割るのに苦戦していた水萌が交代を申し出る。すぐに入れ替わり、それぞれ作業を継承する双子。

 片方が鼻歌を始めるともう片方がハモリを乗せたりなどし、二人肩を並べて、順調に生地を作り上げていく。

 やがて二つのボウルにそれぞれクッキー生地とクリーム生地が完成すると、ホール型にきれいに型紙を敷き、生地を入れていく。それを予め熱しておいたオーブンに入れ、あとは焼き上がりまで一時間弱待つのみ。


 オーブンが低い唸りを上げながらケーキを焼き上げていく。
 時間が経過するにつれ、次第に香ばしい匂いが室内に満たされていった。

 その香りが空腹感を促し、二人そろって、キュルキュルと腹鳴ふくめいを奏でる。まるで示し合わせたように同じタイミングで鳴ったものだから、二人は顔を見合わせて笑った。


「うはー。やばい、おいしそ……」
 やがて焼き上がったケーキを前に、キラキラと目を輝かせる。

「どうしよう。今すぐ食べたいな……」

 おなかも減って来たし、いっそこのまま焼き立てを食べてみたい欲求もあるが、それをぐっと堪える。少し置いて粗熱を取ってから、冷蔵庫へ入れる。

「夕飯の後のデザートだね」
「そうだね。あー、楽しみ。お父さんとお母さんも、びっくりするだろうね」

 そう言って、楽しげに笑み合う双子。


 予見通り、食後にお手製ケーキを振る舞うと、父と母はその完成度に驚いていた。
 彼女ら自身もその味に思わず顔を蕩けさせる。

 双子姉妹の初のお菓子作りは大成功に終わった。
 楽しく、そして美味しく、親を喜ばせることもできて嬉しい。一人、水帆の部屋で待ちぼうけを喰らうオスティマを差し置いて、水萌と水帆は幸せな時間を過ごした。



 そして夜はまた、ゲームに興じた。

『やったね水萌ちゃん。ランク、ぐんぐん上がって行ってるよ』
 通話口から聞こえる水帆の声。

「ほんとにね。やっぱあたしら二人は無敵だね」
『うん。ふふっ』

 プレイ画面は激しく銃弾飛び交う戦場であるが、部屋を跨いで共にプレイする双子姉妹は実に和やかな雰囲気であった。


「明日はどうしようか、水帆」
『うーん、そうだなあ……』

 しばし考えるように間を置いてから、水帆が言う。

『家でやるゲームもいいけど、たまにはゲーセンなんかもいいよね」
「おっ、いいね」
『クレーンゲーム、二人で協力してすごいの取っちゃおうよ』

 幼い頃。
 二人で協力して景品を取った記憶がよみがえる。本日は水萌の部屋にいるぬいぐるみ――ドラコだ。ずっと放っておかれたのが気に食わないのか、部屋の隅でいじけている。


「ええへ、また明日が楽しみだなあ」
 と言いつつ、パァン、と狙撃銃を放ち、ヘッドショットを決める水萌。

 部活から、あるいは上井戸先生から離れ、二人で自由な日を過ごし始めて二日目。
 実に楽しく、充実した時間である。

 二人は笑う。
 とても、幸せだ。
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