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シーズン1/第一章
ロームルスの秘剣⑭(敵⇔味方)
しおりを挟む【マルス街道――騎士団と対峙する、剛太郎】
「戦争のため……?」
エシリィから、ジャルダン聖教会が魔剣を欲する理由を聞いた。
……確かに、単純なことであった。
魔剣は、かつての『魔人族との戦争』において大きな戦果をもたらした伝説の剣。それが必要になるのは、やはり同じ場面。
「分かってくれたか? これこそ、君には全く無関係の話なんだ。国と国、あるいは種族と種族での問題だ。君が我々の前に立ち塞がる理由などどこにある?」
「…………」
依然、彼女の言うことは正論である。
もはや到底、俺が首を突っ込むべき問題ではない。
「いいか。魔人族との戦争は、避けられぬ未来なのだ。確実に起こるその戦争に向け、今、魔剣が必要なのだ。これは皇国民のため。大義のためだ。……正義感の強い君になら、理解してもらえると思うのだが」
エシリィは、落ち着いた表情のままそう言う。
《……ほらね。言ったでしょう。あの女は、あなたとは違うのよ》
((…………。そうだな))
彼女は、中央教会の下部組織・ブルック騎士団の一員だ。彼女には彼女なりの立場と、そして彼女なりの正義がある。
だが俺にも、俺なりの正義がある。
「――その話を聞いて、大人しく引き下がるつもりにはならねえよ。要は、その剣を教会の手に渡すってことは、戦争を助長するってことだろう。……知らない国のこととはいえ、俺としては看過できないな」
「まったく……。何度も言うが、これは君には関係のない問題なのだぞ」
「あのなあエシリィ。関係ないとか、関係ないんだよ。俺は俺のやりたいようにやる。……それに何より、俺は、その女の子――ミアの護衛だ。剣は渡さない。一度頼まれたからには、最後までやり通すよ」
俺がそう言うと、彼女は、ふう、と深く息を吐いた。
「なるほど君は頑固者だな」
「お互い様だ」
「まあ、いい。できれば君を傷付けたくはなかったが。しかし君があくまで我々の邪魔立てをするというなら、……こちらも吝かではない」
「御託はいいから来いよ」
「…………」
彼女は言葉なく、ちらりと後ろを振り返り、背後に控えていた部下の騎士たちに目を向けた。
促された部下たちが前へ出る。それぞれ、剣や、槍を構えている。
「私の魔法で眠らせれば無用な戦いはせずに済むのだがな。もとより、そのための『眠りの魔法』だ。……だが、ついさきほどこの少女に使ったので、またすぐには魔法は使用できない。心苦しいが、君は少々、痛い思いをしてもらわなくてはならん」
言葉で言うほど残念そうな顔でもなく、エシリィは言う。
改めて言われなくても、そんなことは覚悟の上である。
俺は、ぐっとこぶしを握り、ファイティングポーズを構える。――同時に、ぎし、と骨が軋む音がした。
《分かってると思うけど、もうとっくに限界なのよ、あなた》
分かっている。
昨夜のダフニスでの状況を考えれば、俺がこの騎士たち相手に苦戦することはあり得ない。彼らは魔獣の群れに対して苦戦していたが、俺はその魔獣の群れに一人で圧勝したわけだ。
普通に考えれば、彼らが束になってもかかってきても、俺一人で簡単に相手にできる。
……だがそれは、俺が万全の状態であればの話だ。
魔人との戦闘を経て、俺の体はボロボロだ。疲労感もさることながら、何よりダメージが大きい。
しかも、『奥の手』――ダークエネルギーのフルチャージモードを使ってしまったので、新たにミュウからエネルギーの供給を受けられない。これ以上、エネルギーの負荷に体が耐えられないのだ。
この状態で、重装の兵士を五人相手にするのは、はっきり言って無謀だ。
じり、じり、とにじり寄って来る騎士たち。
俺は思わず、少しだけ後ずさってしまう。
一番前へ出ていた騎士が、ついに駆け出した。
重い鎧を着ているわりに、俊敏な動きをしやがる。
剣を振り上げながら迫って来る騎士の動きはまるでスローモーションのようにしっかりと見えているのだが、それを瞬時に躱そうとしても、体が追い付いてこない……。
重く、鋭い剣が、頭上から降りかかって来る――。
そのときだった。
視界の端――なにか細長い影が横切った。後ろの方から、びゅん、と風を切って何かが通過する。
対峙する騎士にばかり注意を向けていたので、後方から『それ』が放たれた気配に気付くことはなく、不意にその鋭利な矢先が耳を掠める感触に寒気がした。
それは、矢である。
矢が、俺に向かって剣を振るおうとした騎士のその手に激突した。籠手をはめた手に突き刺さることはなかったが、衝撃で、剣を持っていたその手が離れる。
剣がぐるぐると回りながら宙を舞い、やがて近くの太い木の幹に、カッ、と突き立った。
「――――!?」
俺に剣を振るおうとした目の前の騎士や、後ろで構えていた他の騎士、そしてさらに後方に控えるエシリィ――騎士団全員が、こちらに目を向けて唖然としている。
……いや、その視線は俺に向けられているのではない。
俺を飛び越えた向こう、俺の背後へと向けられている。
《あ、うそ……!》
たとえ俺の後方であってもその様子を確認できるミュウが、先んじてそんな声を上げる。
俺も振り返り、そこにいる――矢を放った人物を確認する。
紫色の影が、二つあった。
「――ま、魔人……っ!?」
ここへ来る道中、戦った相手――魔人の兄弟が二人そろって、そこに立っていた。
「よお。ゴウタロウ。なにをなさけねーツラしてんだ」
にやり、と笑んで言うのは、兄の方。
その隣に立つ弟は、構えていた弓を下げる。たった今、騎士の手を撃ち抜いたのは彼の放った矢である。
一瞬、背筋が凍った。
騎士団を相手にするのでも無謀だと思っていたところへ、さらにあれだけ苦戦した魔人たちが二人そろって来てしまった。これだけの相手とまとめて戦うなんて、もう無謀なんてものじゃない。
……そう思ったのだが、なにやら様子がおかしいことに気づく。
「おい、騎士ども。……よくも俺たちを騙しやがったな」
「そうだぜ。魔人をナメたらどうなるか、教えてやるぜ」
魔人たちは、俺を飛び越えて向こう――騎士団に向けて、そう言うのだ。
騙す? なんのことだろうか。
それに、魔人は明らかな敵意を騎士団に対して向けている。
……さっきの矢。あれは、騎士の手元に命中した。俺を狙ったわけじゃない。
「勘付かれたのか。……まったくアルベルトのやつめ」
かく言うエシリィも、魔人の傭兵に対して向けるのは敵意の目。
どういうことだろうか。
騎士団とアルベルトは通じていた。ということは、アルベルトに雇われた身である魔人たちと騎士団もまた通じているはずだ。
それが、お互いが明らかな敵意を持って対峙している。
挟まれた俺は、意味が分からずにただ呆然と立ち尽くすばかりである……。
そんな混乱の中。さらに驚きを上塗りされる。
……魔人が立っている方、街道の先から、見覚えのある女性が駆けて来たのだ。
「はあっ、はあっ、…………ふうぅ。も、もう、魔人さんたち、速すぎですよ……」
ようやく魔人のそばまで追いついた彼女は、膝に手を付き、肩で大きく息をする。
少し青みがかった長い黒髪を、うなじの辺りでリボンを結んで一つ括りにした、メイド服の女性……。
「キ、キアルっ?」
ダフニスの町で会った若いメイド、キアルであった。
「ゴウタロウさん! やっぱり、ミアお嬢様の護衛についた青い服の男って、ゴウタロウさんのことだったんですね」
「え、ああ……。そう言う君は――そうか、エルディーンの屋敷に仕えているって言ってたな。アルベルトって奴が屋敷を襲ったって聞いてるけど、君は無事だったんだな」
「ええ。私は大丈夫です! まだお屋敷はアルベルトさんたちに占拠されてますけど……、私だけはなんとか抜け出して来たんです。――って、私なんかより、ゴ、ゴウタロウさんの方は傷だらけじゃないですか! 大丈夫ですかっ? も、もしかして、騎士団の人たちにひどいことを……?」
「あ、いや、これはこの魔人にやられた傷だけど……」
そう言って、そこに立つ魔人の兄の方を指差す。
差された魔人は、おもむろに歩き出しながら口を開いた。
「悪かったな、ゴウタロウ。だがまあ、お互い様だ。……お前のパンチは効いたぜ」
言いつつ、そのまま俺の横を通り過ぎ――前へ出て、改めて騎士団と対峙する。
「だが、もう俺達は争う立場じゃあねえ。――敵は一緒だぜ。あいつら、騎士団の連中だ」
びし、と、対峙する騎士たちを指差すセドー。
《……なるほど。要するにこの魔人たちは、騙されて雇われてたってわけね》
……そうか。俺も、そこでようやく察せた。
「そもそも、俺たちはアルベルトの野郎が教会や騎士団と通じてるなんて聞いてなかった。いやまあ、俺たちはしょせんフリーの傭兵だから、雇い主の事情なんざいちいちい聞きゃしねえが。
……だが、連中が魔人族と戦争をするために魔剣を手に入れようとしてるなんて聞いちゃあ黙ってらんねえよ。そんな事情、知ってりゃハナからこの仕事は請けてねえ」
確かに、それが当然だ。
魔人族に戦争を仕掛けようと考えるジャルダン聖教会や、その配下である騎士団、そしてアルベルトは、彼らから見れば敵なのだ。
……野蛮な魔人だが、それなりに郷土愛はあるらしい。彼らが事情を知ってこの仕事を請けているわけはないのだ。
「執事のレオンさんが、そのことに気付きまして。なんとか私だけ屋敷を抜け出せたので、私が魔人さんに事情をお話ししたんです。……そしたら、私たちに協力してくれるって――騎士団と戦ってくれるって、お約束してくださいました!」
エルディーンの屋敷からここへ来る道中、キアルが彼らを起こしたのか。
……一発パンツを入れただけの弟の方はともかく、ダークエネルギーをフルチャージして渾身の一撃を放ったというのに――兄の方がこうしてピンピンしているのは少しショックに感じた。
《いくらなんでも回復早すぎでしょ……。魔人ってとんでもないバケモノなのね……》
しかしそれも僥倖とみるべきか。ヤツがバケモノたればこそ、今こうして味方として加勢してくれているわけである。
「言っとくが、報酬金はいらねえぜ、メイドの姉ちゃん。傭兵として姉ちゃんの頼みを受けたんじゃねえ。これはもう俺たちの個人的な戦いなんだ。なあ、弟よ」
「おうよ兄者。俺たちゃこう見えても郷土愛が強えもんでな。――戦争なんざ、起こさせるかってんだ」
そう言って剣を構える兄と、弓を構える弟。
メイドは、セパディア皇国民として。
傭兵の兄弟は、魔人として。
どちらも、立場は違えども志は同じだ。
相手国を『敵』として認識して、戦おうというのではない。『戦争など起こしてなるものか』、と、そう考えているわけだ。
このまま教会に魔剣を渡しては、戦争を助長することになる。
だから、今ここで、なんとしても魔剣を取り返してみせると奮起し、騎士団と対峙している。
キアルも魔人兄弟も、その意志は同じ。
そしてそれは、俺も同じだ。
さんざん、無関係だと詰られてきているが、――しかし自分の行いは間違ったものでなかったのだなと、俺は安堵した。
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