【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

ルミナ・モルガノットの冒険⑨(/□あくあついんず□⑲)

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 □□□□□


「ってぇぇぇぇぇええええ!」
 どどどどどどどどどど――、と、轟々と響く砲撃音。空気を震わし、地面を揺らす。

「わっ!?」

 水帆が驚いて声を上げるが、振り向きはしない。背後で何が起こっているのかは、分かっている。


 水萌が、不思議な術によって水の匣を造り出し、バケモノどもをまとめて包囲した。敵生物を直方体に囲う水壁の内部には榴弾砲りゅうだんぽうが連なり構えており、そして今まさに、水萌の号令を合図として砲弾が打ち出された。

 分厚い水の壁内は、瞬く間に砲弾の雨で埋め尽くされる。
 着弾して爆発しても、爆炎は上がらない。――あくまで水によって生成された弾。ただし榴弾の性質は再現されており、爆発の衝撃で弾丸の破片が散り広がり、それがまた銃弾のごとく飛び交う。

 炎や煙ではなく、水のはこの中は水飛沫みずしぶきと霧で満たされていく。そのため、バラバラに砕け散る蟲どもの肉片が割とハッキリ見て取れる。
 第二形態となった子蟲は、棘の連なる足が吹き飛ばされ、核となる大きな眼球が貫かれる。ぐちゃぐちゃになった肉片は、隣り合った蟲同士ですり合わされ、まるでハンバーグのタネのようだ。ただしそれもすぐ、次なる砲撃によって粉々に潰され、やがて完全に消える。


 それらの親である巨大な『海蟲シーワーム』は、閉ざされた水壁の中ではまさに格好の的である。
 すぼんだ口の周りに髭の様に生える細かな触手はえ無く吹き飛ばされ、その口、突出した陥入吻かんにゅうふんは榴弾の直撃を受けるとたちまち爆ぜ飛ぶ。
 先細りの頭部も、ぼてっと膨らんだ腹部も、そして卵を産み出すフジツボのような突起穴も、――各方位からの砲撃によってことごとく爆散していく。爆ぜた肉は、びしゃり、と濁った水へ溶けていった。

 地面に広がったそれらはずるりと動き出す。
 欠損部へ戻って再生するつもりなのだろうが、……溶け出た濁水が戻る前に、本体がさらに撃ち砕かれていくのだ。

 やがて腹部が大きく抉れると、――その中に、碧い輝きが垣間見えた。


(あれは……!)
 水萌はその光に見覚えがあった。


 幼い頃、水帆と触れたあの石――。オスティマに聞けばあれは石ではなくウロコなのだとか。……『海龍シーロンのウロコ』。
 自分たち双子に力を与えた石だ。同世代の中で頭一つ抜き出るほどの運動能力と学習能力、さらに類いまれなる水泳力。そして何より、自分が今行使している『水精錬金アクアアルケミー』の力。それらの基である、あの紺碧に光り輝く石。

 そういえば、生体兵器『海蟲シーワーム』の原動力は『海龍シーロンのウロコ』であるとオスティマが言っていたのを思い出した。
 だからこそ、あのバケモノを倒せるのは同じ力を持つ水萌たちだけなのだと。


 すなわちアレが、あのバケモノの核だ。

 水萌は、じっ、とその光を見つめる。すると、彼女の視線に合わせるように、二十門もの榴弾砲の砲身がぐりんと向きを変え、一斉にその光源へ狙いを定めた。


「これで終わり――っ!」
 確信し、そう言いながら、水萌はぶんと右手を振るった。

 水帆から力を受け取り、十二分に力を引き出せているとはいえ、ここまで大規模に術を展開し、維持させるのはさすがに相応の集中力を要する。
 水萌はふうっと息を吐きながら、渾身こんしんの斉射を放つのだ。


 二十門もの榴弾砲が同時に放たれ、反動で分厚い振動が空気を伝って広がる。少女らの体の芯を震わせると同時、バケモノの核へと砲弾が接触し、爆裂する。

 カッ――――、と。

 目映い光が、水壁を突き抜けて、夜の海岸を明るく照らした――。


「うわっ」
「きゃっ!?」
『うおっ』

 あまりの過激な光に、水萌だけでなく、背中を向けていた水帆も驚いて声を出す。
 オスティマも、アクリル素材の瞳に激しい光が入り込み、短い手を伸ばして目を覆う。
 二人の少女と一体のぬいぐるみの影が、地面に長く伸びた。


 光と共に、ばっしゃああああん、と水が大きく広がった。
 水萌の形成した水壁が崩れ、波となって少女らを覆う。重火器も水へと帰化し、壁と共に流れていく。



「…………」
 やがて水が海へと流れ、海岸に静けさが戻った。辺りには霧が大きく広がっていたが、緩やかな潮風がそれを運び、視界が開ける。

 そこには、奇怪なバケモノの姿はすでになく。

 夜の海岸に、ただ二人の少女と一体のぬいぐるみがいるだけであった。


「や、やった……!」

 数秒、その光景を眺めていた。呆然と、何者もいなくなった岩肌の地面に視線を向けていた。
 次第に、現実感が伴っていく。――勝利したのだ、という、現実に対する実感である。


 くるり、と振り返る水萌。
 180度視点を転換させた先には、水帆。



「~~~~っ! やったよ、みなほおーっ!」
「うんっ、よくやったね! さっすが私の妹だ!」
『いやァ、俺も驚いたぜ、ミナモにここまでの力があったとはな。よくやったぜ、ミナモ』

「違うよドラコ、言ったでしょ、あたしだけの力じゃないって。水帆が応援してくれたから、水帆が力をくれたから、あたしは戦えたわけ。――ありがとね、水帆」
「ふふっ」
「えへへ」

 まだまだ幼さを存分に発揮しているようなキラキラとした笑顔を咲かせながら、二人は思わず抱き合った。そのとき、ぴしゃり、と水滴が弾ける。


「あ、さっきの水で全身びしょ濡れだ……」
 さきほどの波で、頭のてっぺんから足先まで水浸しになってしまっていた。

「そうだね。でも、あたしはちょうど水着だったしヘーキだ」
「あれ、もしかしてそれを見越しての水着だったってこと? おお、さすが水萌」

「え、いや別にそういうわけじゃ……」
「うんうん、私の自慢の妹だ、水を使った戦いだから水着を用意しとくなんて殊勝だなあ。……うーん、でもやっぱ胸の大きさだけは心許ないってゆーか」
「う、うっさいなあ!」

 夜の海岸。
 淡い月明りに照らされた中、水萌と水帆はきゃっきゃと楽しそうに騒いでいた。

 二人の少女のそんなやり取りを、ドラゴンのぬいぐるみに魂を宿した海底人オスティマは微笑ましく眺めていた。
 悪しき海底人が地上侵略の足崖として差し向けてきた生物兵器を打ち倒し、海底世界と地上世界との戦争の勃発などもなんとか阻止されたのだ。


 戦いが終わった穏やかな海岸に、ざん、と白波が寄せた。


 □□□□□


        /
        /


「…………」

 鮮烈な既視感は、次第にぼんやりと暖かな感覚へと移り変わっていく。
 もはや既視感などいう曖昧なものでなく、確固たる記憶としてそのイメージが、ルミナ・モルガノットの頭の中で再生された。


 前世の記憶。

 そうだ。自分はあの戦いに勝利した。頭を撃ち抜いた『海蟲シーワーム』が再生して子の蟲ともどもまた動き出したときには本当に死を覚悟したものだったが……それでも、自分は勝利した。
 彼女のおかげで。

 誰よりも大事な人だった。
 彼女は、文字通り血を分けた姉妹――双子の姉。

 自分の名は『ミナモ』、彼女の名は『ミナホ』。


「――ルミナちゃんっ!」
 男の声がすぐ近くで聞こえた。そこでようやく、ハッとする。

 男が、肩を掴んで自分の名を呼んでいた。
 自分の名……?
 ああ、そうだった。自分はルミナ。ミナモは過去の名だ。妙な感じである。


 男は、かなり慌てた様子である。彼はウェイド。
 ……ん? ウェイド……。
 うえいど……。
 今になって、ふと、彼の名に引っ掛かりを覚えたが、しかし今はそれについて深く考えている場合ではない。

 胸の奥底から湧き上がる熱い気持ち、前世の記憶に意識を向けている余り、今の自分の状況を忘れてしまっていた。



 現在、自分は池の底に隠されていた古代遺跡に潜り、その最奥部の地下空洞まで来ていて……ああ、そうだった、巨大な蠕虫様の魔蟲と対峙していたのだ。

 かつて戦った『海蟲シーワーム』とまるっきり同じ姿のバケモノと、そいつが産み出した――こちらは姿が異なる、おぞましい寄生性を持つ甲虫の群れ。
 空洞内の水に浮かび漂いながら、岩壁にしがみついている自分たちに向かってゆっくりと近づいて来ている。

 前世の記憶に引っ張られて、古代遺跡なんていう場所の方がいっそ別の世界――『異世界』であるようにさえ感じられてしまうが、目の前の光景は紛れもない現実。
 ただ、奇怪な蟲の群れに押し寄せられている点においては、むしろ馴染み深い。


 ルミナはいたって平然とした様子で、迫りくる敵生物をじっと見据えた。

 硬い外骨格を持つ小さな蟲たちを押しのけて、巨大な親蟲が突進をかましてきた。ああ、あちらの『海蟲シーワーム』は後方に控えているばかりだったが、この魔蟲は積極的だ。
 などと考えながら、ルミナはすっと右手を前へ差し出した。


 するとたちまち、ざざんっ、と、水面から水柱が垂直に迫り出してきた。

 いや、柱というより壁だ。
 分厚い水壁が数メートル高さまで一息に立ち上り、二人の人間と、蟲の群れとの間を遮断する。大きな波を立てながら迫りくる巨体は、水の壁に激突する。ばしゃんと水飛沫を立てながらも、壁は崩れない。


「なっ……」

 ウェイドは驚き、息を呑んだ。言葉なく、ただ手をかざしただけで巨大な水壁を造ってしまうとは……。
 これもまた『水の精霊石』による魔法効果、水の操作か。
 しかし本来、精霊石で扱えるのはごく簡易な魔法効果のみであり、ここまで大規模な水の操作はできない。すでに何度か見ているものの、やはり彼女の力は規格外だ。

 驚嘆を漏らすウェイドとは対照的に、依然として平然とした様子のルミナ。
 ――それも当然である。こういった窮地は、すでに乗り越えた経験があるのだから。
 その記憶も、たった今思い出された新鮮なものであり、且つ鮮明であるため、要するに彼女にしてみれば『ついさっきやってみせたことをもう一度再現すればよい』といった具合であった。

 実際、少女が頭の中で思い描くのは、かつてと同じモノ。

 そのイメージに従い、水はばしゃばしゃと音を立てながら形を成していく。直方体の檻である。巨大な芋虫のような魔蟲と、小さな寄生性の魔蟲の群れ、それらをもれなく囲い、閉じ込めた。


「お、おおっ……! すごいぞルミナちゃん、蟲どもを捕らえた!」
「まだこれからですよ」
「え?」

 困惑するウェイドを後目に、ルミナは意識を集中させて分厚い水壁にエネルギーを送り込む。
 造り出すは、当然、大口径の砲身。
 壁の内側から迫り出し、筒状を成した水が、途端に鉄へと変質していく。二門、三門と立て続けに重厚な砲身が精製されていき、やがて二十門もの榴弾砲が四方の壁にずらりと並んだ。


「じゃ、いきますよ、ウェイドさん」
 唖然とするウェイドの方をちらと見て、ルミナは言う。


「ってぇぇぇぇぇええええ!」
 やはり叫ばずにはいられなかった。


 彼女の号令と同時、水で形成された匣の中で榴弾が斉射された。

 着弾と同時に爆発し、激しい水の衝撃と共に破片が飛散する。小さな蟲の外骨格などすぐに砕けてしまう。
 六本の足が途端に暴れ出すが、それもすぐに水に呑まれて動けなくなり、次弾の爆破をモロに受けてバラバラに爆ぜ飛ぶ。絶え間ない衝撃では分裂して増殖する間もなく、やがて卑しい寄生蟲は次々に消滅していった。


 そしてやはりそれらを産み出した親蟲の巨体は格好の的であり、逃れようもなく頻りに砲撃を受けてその身を抉られていく。
 爆ぜた身はばしゃんと溶けて濁水となるが、それが本体へと戻るよりもまた次に他部位を打ち砕かれていく。数秒も経たないうちに頭部はすでに失われ、ぼてっと膨らんでいた腹部も身を削がれ瘠せ細っていく。
 ――やがて、どろどろに溶けていく巨体の中に光り輝く何かが垣間見えてくるのだ。


「あれはっ……!」
 ルミナが行使している術が一体何なのかは理解できないままだが、その光り輝く石を見て、ウェイドがハッと声を上げる。

「魔力石! ――あれが魔蟲の核だ、ルミナちゃん!」
「魔力石……?」

 バケモノの核というと、かつての記憶で倣えば『海龍シーワームのウロコ』のはずだが、今対峙している魔蟲の場合は『魔力石』というものなのか。
 魔力石とは初めて聞いたが、まあ言葉の響きでその意味は察せられる。精霊石が精霊の宿る不思議な石ならば、魔力石とは魔力が秘められた石ということだろう。


「じゃあ、これで終わり――っ!」

 ならばその石の魔力によって魔蟲が動いているということだろうと確信し、ルミナはそう言った。言いつつ、ぶんと右手を振るう。同時に、砲弾が斉射される。


「ウェイドさん、しっかり壁に掴まってて!」
「なに?」

 核を撃ち抜いた直後、大きな波が怒ることを予期し、ルミナは彼に告げた。当然、その予期は的中する。前世で見たまま、カッとまばゆい光が発され、そして水壁が崩れて大波が起こる。

「うおっ」
「わぷっ」

 二人は大きな波に襲われるが、必死に岩壁の窪みに手をかけ、耐える。


 地下空洞内にたまった水が激しく掻き乱れる。
 だがそれも、大波を凌いで顔を出したルミナの手によってピタリと静止される。彼女の膨大な魔力による水の操作は、水流さえ止めてしまう。



「…………、ふう」

 ルミナは右手を吐き出したまま、ゆっくり息を吐く。静かになった地下空洞内に、ちゃぷん、ちゃんぷん、とまだわずかにだけ水が揺れる音が響いている。

「ルミナちゃん、君は一体……」

 彼女と並んで顔を出したウェイドは、口を半開きにさせながら目の前の光景を見る。静けさを取り戻した空洞内には、すでにおぞましい蟲など一匹も残っていないのだ。


「ウェイドさんの言った通りですよ。……私、前世の記憶を思い出したんです。さっきの術は、『水精錬金』っていうんです」
「あ、アクアアルケミー……? 一体なんだ、それは?」
「……うーん。それが私にもあんまりわかんないんですけどね」

 そう言いながら、にぱ、とコモドらしい笑顔を見せるルミナ。


 隅なく水に濡れ、ポタポタと髪先から滴を落としているウェイドに対し、絶えず精霊石の魔法効果を保持し続けていたルミナは一切の水濡れを被ってすらいない。


        /


「私の記憶のこととか、さっきの術についての話は……、その、一旦置いておいていただいていいでしょうか? 少し込み入った話でして、如何とも説明しづらいといいますか……」

 ルミナは、複雑そうな表情をしながらそう言った。

「とにかく、今はまずあそこに向かいましょうっ、ウェイドさん!」
 彼女が指差したのは、今いる空洞の壁際の反対、奥の方の壁にある大きな窪み。

「あ、ああ。そうだったな。すぐに向こう側まで行って、遺跡の宝を確認しよう」


 そもそも、二人がこの古代遺跡へと入ったのは、レギオンとしての特別任務のためだ。
 その任務は、遺跡の調査。
 調査と言っても遺跡の年代測定やら地質調査といった学術的なことなどではなく、ウェイド曰く、遺跡の奥に眠る『旧時代の遺物』を求めて遺跡の最奥部まで潜ることが目的であったとのこと。

 まさにそれが、この地下空洞の奥に眠っている。巨大な魔蟲が現れて行く手を阻まれたが、その守り手は消えた。
 今一度、その『お宝』の姿が露となっている。
 二人から見て対面の壁に大きな窪みがあり、そこに、石製の棺のようなモノが置かれているのだ。


 ルミナは、ウェイドの手を握る。体を触れさせていれば、水の精霊石による魔法効果を彼にも貸し与えられるのだ。そうして、二人で水中を軽やかに移動していく。
 丸い地下空洞をまっすぐ突っ切り、対面の壁へとたどり着くと、ざぱっと水から上がる。

 そこには、直方体の石の匣がどしりと置かれていた。


「この中に、古代のお宝が?」
「まあ、何が入っていても貴重には違いないし、お宝……とも言えるかな」

 古代遺跡にてバケモノが次々と行く手を阻んできて、ついにその最深部にはお宝が隠されている――なんて、なんだか『ありがちなこと』だなと感じていたルミナだったが、その既視感こそ前世の記憶から来るものだったのだと今になって気付く。

 自分は、『げーむ』というものを好んでいて、中でも『あーるぴーじい』というジャンルのものでは、こういった場面が定番となっていたのだ。
 まだその細部に至るまでの詳細な記憶までが蘇っているわけではないが、おおよそその概要などは思い出される。


「開けるぞ」
「は、はいっ」

 少し緊張したように声を上ずらせて返事をするルミナ。
 実際、緊張している。
 石製の箱は棺のような形をしているので……もしかすればミイラなどが入っていたりしないだろうか。そう思うと、たちまち恐怖感が沸き上がる。
 さきほどおぞましい蟲の群れをあっさり全滅させた勇ましい少女とは思えないような弱々しい表情で、石の匣の蓋へ手をかける。ウェイドと共に、蓋を力いっぱい押した。

 ――ごごん、と鈍い音を立てながら、匣が開かれる。


「…………あれ?」

 重厚な蓋がスライドし、匣の中身が露となる。
 意表を突かれ、ルミナはきょとんと目を丸くした。

 ……大きな棺は、そのスペースを半分以上も余らせていて、中心にちょこんと丸い石が置かれているだけであった。何か透明な球体だ。

 直径二十センチほどの、水晶玉である。


「ウェイドさん、これは?」
 ルミナは隣に立つ男の顔を見上げ、尋ねた。ウェイドは石棺の中に手を伸ばし、その水晶玉を手にする。

「これは、精霊石だな」
「精霊石?」

 ルミナは、内ポケットに入れておいた石を取り出し、それを見比べる。
 彼女の持つ石は片手で握り込める程度の小さなものなのに対し、ウェイドが手に取ったそれは大きい。そして、透明だ。
 ルミナが持つ水の精霊石は碧く、彼女が触れていると淡く紺碧の輝きを放つ。だが大きな水晶玉は色も光もなく、何よりエネルギーを秘めているようには感じられない。

 自分の持つものとはまるで違うが、これも精霊石なのか。


「君の持っているものとは違う。精霊石とは言いつつも、この中には精霊は宿っていない。だからまあ、精霊石の原石とでも言うか」
「原石、ですか……?」

「ああ。旧時代に人為的に加工されて造り出されたものだね。――本来、精霊石とは魔力の充溢した空間内で洗練された石に自然と精霊が宿り、生成される天然石だ。この石の様に、精霊が宿るポテンシャルを持ちながらしかし空のままの状態である『原石』は、完成された精霊石よりもかえって希少なんだ。しかもこれほど大きいなものともなれば尚更ね」
「なるほど、そうなんですか」


 この小さな精霊石も希少だと言われて手渡されたものだが、原石はそれよりも更に希少らしい。まあ、このような遺跡の奥に隠されたいわば秘宝、希少であるのは確かにそうなのだろうが。
 しかし、見たところではあまり特別なお宝と言うような印象は受けない。

「そう、希少だ。……これこそ、我々が求めていたものだよ、ルミナちゃん。レギオンの特務官が各地の古代遺跡を巡り、これを探していた。つまりこれを手に入れることが、遺跡調査という今回の任務の目的だったわけだ」

「これを、手に入れることが……? どうして、その石が必要なんですか?」

 当然の疑問だ。いくら希少であっても、とはいえその石自体に特別な力が宿っているわけではない。なにせ『原石』なのだから。
 果たしてその石が、わざわざ古代遺跡に潜って、危険を冒してまで手に入れる必要があるものなのか。レギオン特務官の任務として何の意義があるのか。いまいち腑に落ちない。

 少女の質問を受け、ウェイドはしばし考えるように間を空けてから、口を開く。


「それについての話は一旦置いておいていいか? 少し込み入った話で、如何とも説明しづらいからな……」

 ウェイドは、複雑そうな表情をしながらそう言った。
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