【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

ルミナ・モルガノットの冒険⑧(アガメ遺跡)

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 既視感。

 巨大な蠕虫様ぜんちゅうようのバケモノ。

 腹面に穴が連なり、そこから黒い卵を産み出す。十、二十の卵が、次第にひび割れ、中の蟲が顔をのぞかせているという、おぞましい状況。


 このような状況に直面するのは、もちろん、人生で初めての筈だ。

 そもそも物心ついた頃にはすでにモルガノット教会堂で暮らしていて、十三歳になるまでアプルパリスの街を出たこともない。
 ウェイドに出会い、初めて街を出て、遺跡へと入った。
 あのようなバケモノを目にした経験など、今までにない。

 それなのに。
 克胸の奥底から顕然と沸き上がってきた既視感。

 自分はこの光景を見たことがある?
 記憶をたどっても、そんなことは決してあり得ないはずなのに、どうしてもその感覚を拭えない。


 岩壁に張り付いていた巨大な蟲が、また水の中へ潜り込んだ。
 どざん、と波が立ち、反対側の壁の際にいたルミナとウェイドのもとへ押し寄せる。

 一瞬、白波が視界を覆う。呑まれないよう、凸凹とした岩壁に手をかけて波をやり過ごした後、改めて、遠い向こう側の壁を注視すると、さらにぞっと背筋に悪寒が這った。


 卵の殻を押し割り、出てきたのは甲虫。

 一つ前の部屋で、大量に襲ってきた寄生性の魔蟲だ。
 硬い外骨格を持ち、うねうねと動く節のない足が六本生えている。
 外骨格を破壊しても、その足がそれぞれ芋虫のように独立して襲って来る。
 しかもその足はバラバラに切り刻んでも死なず、またそれぞれが独立して動き出す――という、極めて厄介でおぞましいモノ。

 三十個近い卵から、その寄生蟲が次々と現れて来る……。


「はっ、はあっ……」
「ルミナちゃん……」

 絶望的な状況を前に、ルミナはとにかく息を落ち着けるのに必死だ。そんな少女


「――だ、大丈夫、です」
 深く息を吐いた後、きっ、と敵生物を見据えながらルミナは言う。

「私が、戦いますからっ……!」

 逃げ道は塞がっている。
 相対するのは無数の蟲たち。

 この状況で、戦えるのは自分しかいない。


 ウェイドは先の戦闘で魔力を使い果たし、もう魔導武器を扱えない。自分が戦わねばならない。……今までウェイドに守ってもらってばかりだったのだ、今度は自分が戦い、彼を守らねばならない。

 怖いし、不安だ。
 だが、それらを押し返そうとする熱く灯る気持ちもあった。

 先ほどから感じる強烈な、それはなおも膨れ上がっているのだが、なぜか、それは少女を奮い立たせてくれた。


 記憶の奥底に眠る『何か』。

 それが何かはまだ分からない。
 薄くぼんやりとしていて判然としない。
 だが、確かなものだと確信できる。既視感は気のせいなどではなく、本当に、自分は今の状況に似た経験をしたことがあると思えるのだ。


 ――そして、そのとき、自分は敵に打ち勝てた気がする。

 きっとそうだ。

 まるで根拠のない話だが、でもその感覚のおかげで、この絶望的な状況にも光明が見いだせる。
 自分は一度あの巨大なバケモノを倒したことがある……気がする。
 そして今の自分にも同じくその力がある……気がする。

 その感覚が、手に握った精霊石へと伝わる。
 魔力が流れ込み、石は強い輝きを放った。青白い光は、少女の指のすき間から漏れ、少々薄暗い地下空洞の中で光の筋を作る。


「ルミナちゃん。すごいぞ、魔力が溢れ出してる」

「は、はい。なんだか自分でもよくわからないんですけど、力が溢れて来るみたいな感じで……。きっと、あの蟲を倒してみせますっ!」

「そう言ってくれるのは心強いが、だが一体どうやってあの数を……」

 壁に産み付けられた卵から出てきた甲虫は、ぼとぼとと水へ落ちていき、そのまま水面へ浮いた。節のない柔らかな足で水を掻き、群れとなって泳ぎ進んで来る。
 その数は三十近いうえ、やつらは足が分離して独立した蠕虫となる。
 いくらなんでもあれらすべてを倒すというのは無茶である。……しかも、敵はそれだけでなく、卵を産んだ親である巨大な蟲がいるのだ。水の中に潜った親蟲は、巨大な影となって見えている。

 ……と、そのとき。ウェイドは異変に気付いた。

 大きな影の先端が、ずるずると伸び始めたのだ。


「――ルミナちゃん!」
「え? ……きゃあああっ!?」

 水に潜っていた大きな蟲。まだ離れた位置にいると思って油断していた。
 ……大きな体は遠くにいながら、その先端から細長く伸び、水中から迫って来ていたのだ。

 ルミナもそれに気づいたが、すでに遅かった。縄のような細いモノが、水中で素早く伸び、少女の足首に巻き付く。そして、勢いよく引き込んできた。


「うぷっ」

 一気に水中に引きずり込まれるルミナ。幸い、精霊石を手放すことはなく、その魔法効果も持続されているため水中で息が苦しくなることはない。

 ルミナは水の中で、足元を見た。
 細い触手が幾本か、足首にきつく巻き付いている。
 その先を目で追うと、白い巨体が控えている。

 あの蠕虫様の魔蟲だ。……あいつは、少し形態を変えていた。体の中に陥入していた吻が伸び、先細りの口が突き出している。口の中には鋭い歯がびっしりと生え揃っており、その口周りから細かな触手が伸びているのだ。

 少女を捕らえた魔蟲は、水上に顔を出した。そのまま連れ立って引き上げられるルミナ。足を掴まれたまま引き揚げられたので、逆さ吊りの状態となる。



「――っ」

 そんなことを気にしている場合ではないと分かっていても、反射的に、スカート裾をひしっと掴んで下着が見えないようにしてしまう。
 ……本当に、そんなことを気にしている場合ではない。
 少女の体を吊り上げた巨大魔蟲は、すぼんだような口を思いきり広げる。当然、少女をその口腔内へ放り込み、ずらりと並ぶ歯で骨を砕き、磨り潰したのち、呑み込むためである。

 ぐん、と触手が引かれ、ルミナの小さな体はひょいと軽々しく放られる。


「あ」

 刹那、頭の頂点から足先までを稲妻の様に鋭く貫く、鮮烈な感覚。
 ――死の予感。

 一つ前の部屋で、寄生蟲の群れに追い詰められた時にも、このままでは死んでしまう、という感慨は抱いた。だが、今感じるのは、もっと差し迫ったものである。「ああ、この次の瞬間には自分は死んでいるな」と、はっきりと分かる。それほど確実な予感である。

 どうやらこういったときは、感覚は研ぎ澄まされて、世界がスローモーションの様に見えるらしい。
 瞬きの内に、思考は目まぐるしく回る。


 死の予感。
 そして、既視感。

 今までを上回るほど強烈な既視感が、少女の胸中を埋めた。

 ――そうだ。やはり、見たことがある。

 このバケモノ。
 そして、バケモノが黒い卵を産み付ける様。
 そんなはずはないのだが、でもやっぱり、自分はこいつらを見たことがあると確信できる。今生でそのような体験はしたことがない、はずなのに。

 今生では……?


「う、……こ、このッ!」

 一瞬よぎった、妙な感覚。確かな既視感を、しかしすぐに気合いで振り払った。危機的状況の中、瞬時に意識を研ぎ澄まし、力を引き出す。

 水の膜が、少女を守った。

 精霊石に魔力を注ぎ、中空にいながら周囲に水を出現させた。ルミナを中心として、ドーム状の薄い水膜が広がる。それは少女を喰らおうと広げられた口よりも大きく、ばしゃん、と、弾かれた。

 弾き飛ばされたルミナは、水膜ごと、水の上へ落ちる。沈み込むことはなく、水上にボールが浮くように、水面に留まった。



「大丈夫か、ルミナちゃん!」

 ウェイドの声が地下空洞内に響く。彼はまだ壁際の方にいる。

 ルミナと離れてしまい、精霊石の魔法効果の共有が断たれ、彼は水中で自由に動くことができない。
 そもそも泳ぎの不得意なウェイドなので、岩の凹凸に手をかけてしがみ付いていることで精一杯である。水濡れを防ぐこともできないので、全身びしょ濡れ。そんな有様で、少女の危機を目にしながら何もできない。


「私は大丈夫です、ウェイドさん!」
 そう答えるが、……明らかに大丈夫な状況ではない。

 水膜を張りながら、水面へ浮き立つルミナ。
 首を巡らせ、周囲を見る。

 ……目の前には、たった今自分を飲み込もうとしていた巨大な蠕虫様の魔蟲。
 そして、そいつが産み出した外骨格を持つ寄生性の魔蟲が三十体、ルミナを取り囲んでいる。
 壁際にいる男のことは差し置いて、まずは少女を喰い殺そうというのか、すべての魔蟲が一斉にルミナを狙っている。……逃げ場はない。


 このまま水の盾の中に籠城し続けていたって、光明はない。
 魔力が尽きれば終わりだ。
 そうなる前に何とかしなければならないが、どうすればよいのか。

 ルミナ一人で、この数を相手にするのは不可能だ。

 一つ前の部屋で寄生蟲の群れを倒したのは、ウェイドの魔導武器による攻撃。無数に広がった蟲たちを捕らえて押し固め、一つの的に絞ったのはルミナの水の操作によるものだが、そこへとどめの攻撃を放ったのはウェイド。
 爆発を起こす投げナイフだ。
 水を操るだけでは殺せない。さらに言えば、寄生蟲の親であるあの巨大な魔蟲を殺すには、相応の火力が要るだろう。



「…………」
 ルミナは、静かに息をする。

 ついに取り囲まれ、為すすべのないこの状況。――ここに至ってもなお、強烈な既視感が襲い来る。この危機的状況にあって、焦りや恐怖などよりも大きく膨れ上がる。

 やはりそうだ、自分は、同じような窮地に立ったことがある。

 なぜそんな記憶が湧くのか、という疑念は捨て去る。今、考えるべきは――ならば自分は、同じこの窮地をどうやって脱したのかということ。

 岩壁にしがみついて身動きの取れないウェイドは、水膜の盾を張ったまま呆然とする少女を遠く見ながら、きっと死の恐怖を前に言葉も出ないのだろう、と思っていた。
 そう思いながらも、どうすることもできない自身に強く苛立つのだ。


 だが、当のルミナは恐怖などしていない。

 少女は目を閉じ、黙し、懸命に――『思い出していた』。


 魂の奥底に刻まれたような、深く遠い記憶。
 必死にそこに意識を向け、なんとか手繰り寄せようとしていた。眉間にぎゅっと皺を刻みながら、意識を研ぎ澄ます。



「ふっ、ん……」

 次第に、何か熱いモノが胸の奥からじわりと湧き立つ。

 はっきりとした記憶、ではない。
 既視感の正体は依然として判然としないが、その代わり具体的な形となって現れるのは、圧倒的な力感。胸の奥底に眠っていたエネルギーを、『』ような感覚……。


 ぱしゃ、ぱしゃ、と水が目の前でゆっくり動く音が聞こえる。
 何か、自分の意思の奥底から湧き出たエネルギーに精霊石が反応し、水の操作が発動しているのが分かる。

 無意識だ。

 水の動きを感じながらも、まだルミナは目を閉じて、湧き上がる力が途絶えないよう意識を集中させている。



 目を閉じながらでも、感じる。……水によって、『それ』が象られていくのを。

 まずは細長い筒。
 筒の内側は渦巻くような溝が走っている。
 筒の台となる部分と、その下部に突き出る引っかけ、
 上部には覗き穴、
 さらに握り、
 そして先端とは逆にどっしりと分厚い後部。

 懸命に意識を巡らせて謎の既視感を思い求めた結果、自然と湧き出てきたイメージ。それが水によって造形されたのだ。


「ん……」

 だが、まだだ。

 眼前に浮き立つ水の造形。だが、形を成しただけでは完成ではないと分かる。漠然と湧き上がる感覚がそう訴えるのだ。
 ルミナはさらに集中し、水で象られた『それ』に、力を注ぐ。

 分かるのだ。

 さらなる力を注ぐことで、水が金属へと変質する。そういう不思議な術を、自分は使ったことがある……。
 そんな術は、水の精霊石による魔法効果の範囲を超えているはずだが、果たしてこれは魔法なのだろうか。分からない。いやそもそも、一体どのような原理でその現象が起きるのか、『当時』の自分も理解はしていなかったように思う。



 ルミナは、ゆっくりと目を開けた。

 さきほど水で造形されたモノが、金属へと変質している。ずっしりと重厚な物だが、水面に落ちることはなく、ふよふよと浮いている。

 なぜ自分がこんなものを造り出せたのか、これが何なのか、――そもそも胸の奥底から湧き立つこの感覚と記憶の断片の正体は何か。
 と、そんなことを気にしている余裕はない。
 造り出したこの『武器』が、すぐ、数秒の内に綻び、水へと帰化してしまうことも感覚で分かっていた。



 球状の水の盾に籠るルミナが、なにやら特殊な術を発動して武器を精製した。
 その気配を察したのだろうか、水膜に籠城する少女を囲って様子を窺っていた蟲の甲虫の群れが、途端、一斉に飛びかかって来た。

 おそらく、水膜にすき間なく張り付き、とにかく物量で盾を破ろうとしているのだろうか――だが、すでに攻撃は放たれていた。

 水から金属へ変質し、ルミナの目の前に形成された特殊な武器。指を引っ掛けるような部位があるが、そこを引くよう意識を向ければ、実際に手を触れずとも独りでに引かれる。
 同時に、先端の筒から小さな弾が回転しながら打ち出された。
 筒の先が差していたのは、蠕虫様の巨大な怪物の、先細りの頭部。撃ち出された弾丸は、少女を囲うシールドを内側から突き破り、敵生物――『魔蟲』に向け、まっすぐ飛来する。


 ぱああああああんつ、と、乾いたような高音が地下空洞内に響いた。


「――ふうっ、めいちゅう……!」

 撃ち出された弾丸は、巨大魔蟲の頭、そのど真ん中を見事に撃ち抜いていた。


 蟲の口から生え、束となった細かな触手を激しく爆ぜ飛ばし、さらに口腔内を突き進んで背から貫き出た。白くぬめった液体が、バケツをひっくり返したように大きく広がる。撃ち抜かれて砕けた肉片がすぐさま溶けて、飛沫となっているのだ。

 ルミナは、大きく息を吐いた。
 意識を研ぎ澄まして張り詰めた糸のように硬くなっていた体をほぐす。弾丸によって穿たれた水膜は、すぐに割れて水となって流れ落ちた。
 ……そこに引っ付いていた蟲たちも、ぼとぼとと落ちていく。
 ルミナの足元の水面にぱしゃりと浮くが、そのまま動かない。

 なんとなく悟っていた。あの巨大な蠕虫様の魔蟲がそれらを産み出した親であり、その親を殺せば子の蟲たちも動かなくなるはずだと。


 すぐに動かなくなった小さな甲虫たち。
 対して、親である魔蟲はしばし苦しそうにもがいていた。撃ち抜かれた穴から、濁った水がどろどろと流れている。――やがて、動かなくなった。頭の欠けた巨体が、水面に浮いたまま停止する。


 それと同時に、ルミナの目の前に浮揚していた武器も水へと帰化し、消える。

 やはり、精製した武器はすぐに消えてしまう。なんとなく、感覚で、そうだと分かっていた。
 胸の奥底から湧き出てきたエネルギーだが、それは完全なものではないと分かる。割合で言うなら九割ほどしか引き出せていないような、そんな感覚があった。



「ルミナちゃん!」

 広い空洞内、遠い壁の方から声が聞こえる。ウェイドだ。
 目の前の敵生物や胸の奥底に眠る妙な感覚へ意識を向けてばかりで、彼の存在を忘れていた。ルミナはすぐに彼のもとまで泳いで行った。


「ルミナちゃん、今のは一体……?」

 彼女の術を終始見ていたウェイドは、心配や称賛の声などをかけるよりもまず、あの術の正体について問いだした。


「いえ、私にも、良くは分からないんですけど……」

 ウェイドの手を取ってやり、必死に壁にしがみついている彼に精霊石の魔法効果を共有させつつ、ルミナは難しい顔をして言う。


「なんか、あの大きい魔蟲を見たときからものすごい……既視感っていうか、不思議な感覚が湧いて来て。昔に見たことがあるような、そんな。えっと、それで、よくわからないうちに――水から武器を造る術が、自然と使えるようになって……。そんな経験なんてない筈なのに、それでもどうしてか、昔の記憶みたいな、なんか変な感じで」

 突然湧いて出た記憶の断片、判然としない感覚。
 自分でも理解できていないので、それをうまく説明することができず、しどろもどろとなってしまうルミナ。


「…………」
 彼女の言葉を聞き、ウェイドは考え込むようにしばし黙す。そして、ぽつりと言う。

「それはもしかして、君の――前世の記憶、というやつかもしれないな」
「え?」

「聞いたことがある。この世界に生まれる前に、自分の魂が別の世界で生きていた場合がある。そのときの記憶が不意に思い出されるということが、稀にあるらしい」
「前世……?」

「ああ。というのも、同じレギオン特務官の仲間にそんな話をするやつが――、」

 と、ウェイドがなにか言いかけたところ、――ルミナの中に、今まで以上に鮮烈な感覚がカッと湧き起こった。
 あまりに激しい既視感が襲うので、ウェイドの声が耳に入って来ない。


 前世……。

 こことは違う別の世界。そこで生きていた別の自分。


 海。
 潮風のにおいを間近に感じる、海沿いの町。
 そこで暮らす、自分……。


 自分と、……他にとても大事な人が共にいた。とても大切な人だったはずなのに、その人物の顔がうまく思い出せない。
 同じ年頃の少女だったと思うが、彼女の顔を思い出そうとしても、なぜか自分の顔が浮かんでくる。
 でもその時分は髪が長くてほくろの位置が右目なのが妙であるが。

 ――これが、ウェイドの言う『前世の記憶』。
 こことは違う、別の世界で生きていたときの自分。

 さきほどの巨大な魔蟲……。そうだ、アレと戦ったことがある。

 さきほどと同様に――水の盾の中、周囲には卵から生まれた子の蟲たちに取り囲まれていて、そこで武器を精製して親蟲の頭を撃ち抜いた。

 ……

 どた、と地面に倒れ込む巨体。
 それは岩肌の地面。海岸だ。
 辺りは暗い。夜だった。
 夜の海岸で、自分は……体のラインがはっきりと出るような密着した服を着て、そして隣には……ドラゴンの子?
 ドラゴンにしては妙に愛くるしいようなものが、いたような……。
 そうだ、そのドラゴンと一緒に、勝利を喜んだ。ついに蟲――名は、確か……『しーわーむ』、を、倒したのだ、と。


 だが、その直後に何かが起こった?

 ざわざわと、胸騒ぎを感じるルミナ。あのとき、ついに敵生物を倒して窮地を脱したと、思った。でも、それで終わりだったか……?


 不穏な気配が胸の中に沸くのを感じながら、そもそもルミナは気がかりなことが浮かんだ。……この記憶が『前世』というなら、当然、今ここにいる自分、ルミナ・モルガノットは生まれ変わった後だということで、ならば当然、その『昔の自分』は、一度死を経験していることとなる。

 果たして自分は、どのように死を経験したか?

 ただ寿命を全うし、自然と死んだのか。

 それとも、人生半ばでなにか不幸があって死んだのか。……もしかして、ちょうど今の自分と同じような年の頃に、あえなく死んでしまったなんていうことは……。


 胸のざわつきが一層大きくなる。

 自分は本当に、あのバケモノを倒せたのだったか?
 そんなことを考え、呆然としていたのもとに――ざん、と白波が寄せた。


 ざざざざざ――、と。

 激しい水音が響く。

 不穏な気配を感じ、慌てて空洞の奥の方へ視線を向ける。巨大な影が、のそり、と鎌首をもたげるのが目に入った。……魔蟲だ。


「あ……」
 ルミナはそれを見て、ぞっ、と背筋に悪寒が走るのを感じた。

 さきほど頭を撃ち抜いた巨大な蟲。
 弾丸により穿たれて大きく開いた頭部の穴から、どろり、と濁った水が溶け出していた。その濁水が、ずるずると動き出し、欠けた頭部に戻っていく……。

 銃で頭を撃ち抜かれた蟲は、再生し、また起き上がった。


 『その光景』を目にするルミナは、また強くのだった――。
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