【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

□あくあついんず□⑰

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「うそ、そんな――……」

 その光景を見て、水萌の顔からはさあっと血の気が引いていく。

 彼女の隣に浮揚するぬいぐるみは、驚きで言葉もない。


 夜の海岸。海から現れた卵を機関砲の連射で消し飛ばし、これであっさり戦いは終えられたのかと思った矢先、突如として大きな芋虫のような怪物が現れた。
 二度ほど、口周りに髭の様に生え伸びる触手に足をすくわれ、危うく喰われるところであった。
 初めて感じた、死の恐怖。
 水萌はひとまず気を落ち着けたくて、怪物と距離を置いたのだ。

 だが、それがまずかったかもしれない。


 水萌が息を整えている間、それを好機と見てか、巨大な蟲は地面に腹を擦りつけるような怪しい動きをしていた。
 一体何をしているのか分からなかったが、――その挙動の意味は、むくり、とまた巨大蟲が頭を持ち上げた後、すぐに察せられた。

 地面に並ぶ、――卵。


『まさか、あれは……』

 闇に溶けるような、黒い卵。
 淡い月明りに照らされてぬめり光っているそれは、……つい、十分ほど前に見たものである。

 この巨大な蠕虫ぜんちゅうが現れる前に、機関砲で消し飛ばしたモノ……。それを、地面に植え付けたのだ。なるほどあの腹にずらりと並んだ突起穴は卵を産むための器官なのか。


 ざっと見て、十数個はある。

 数秒と待たず、ピキ、パキ、と卵は一斉にひび割れ始めた。中から赤い体表が覗く。
 始めの夜に戦った、ディアニアに似たあのバケモノ――『海蟲シーワーム』だ。それが十数体、それぞれ卵の中に潜んでいる。


『まずい! まずいぞ、ミナモッ!』
 オスティマは慌てて叫ぶ。

『急いで、【水精錬金アクアアルケミー】でなにか武器を造るんだ。卵から出て来る前に、ぜんぶ消し飛ばしてやれ!』
「う、うん……!」

 頷くが、敵生物の卵がずらりと並ぶ光景にすっかり怯んでしまい、正直、立ち向かう気力は湧き難い。

「うっ、うくっ……」

 水萌はそれでも決死の思いで武器を造り出そうと力むが、――湧き上がる恐怖が、集中力を阻害する。
 それでも意識を振り絞るようにして、なんとか術を発動させた。
 地面から水を沸き立たせ、銃器の形を成し、金属へと変質させる。――作り上げたのは、短機関銃。少女の目の前にふわりと浮く銃。
 意思の力によって操り、引き金を引く。拳銃弾が連射され、並び立つ黒い卵に向かって弾幕が襲い掛かった……!

 どぱぱぱぱぱぱ、と過激な音が夜の海岸に響き渡る。
 卵の殻は砕け、その中身へと銃弾の雨が襲う。……だが、それもわずか数秒だけ。

 ぱしゃん、と、水が弾けて散る。


「あっ……」

 術によって造り出した機関銃は、すぐに水へと帰化してしまう。
 依然として、精製した武器を長く維持できない。
 たった数秒の連射で消し飛ばせた卵は直近にあった一個だけだ。あとはせいぜいその周囲の数個に被弾させているが、中身まで消し飛ばすには至らず、さらにその後ろに控える十個ほどの卵は無傷である。


「――――っ」

 きゅっと口を結び、間髪入れずにまた次の銃器を造り出そうと意識を向ける。
 だが、ただでさえ術の連続使用で集中力が摩耗しているうえ、切迫した状況への焦りと恐怖で意識が乱れ、うまくできない。
 また持ち上げた水塊がぷるぷると震え、銃の形を成す前にぱしゃんと弾けてしまう。目の前で虚しく散った水が、水萌の着用する水着生地を濡らす。



「だ、だめだよ、ドラコっ! うまくできない……!」

 悲痛な面持ちで、ぬいぐるみに訴える水萌。

 武器精製がまともにできない。
 それに、仮に銃器を造り出しても、それは数秒と持たず瓦解するのだ。
 卵の殻を破り、今にも動き出しそうなバケモノたち、その数は十数体――それらを一掃するには、そんなか弱い生産力では到底間に合わない。

 ついに、岩肌の地面に並んだ卵たちがすべて破られ、多足のバケモノが十数体、完全に姿を現した。
 始めの夜に戦ったモノと同じだ。今にもその足を伸ばし、攻撃を仕掛けて来るだろう。


 もう、勝ち目がない。

 その恐ろしい予感が、少女の胸の中にハッキリと湧く。
 焦燥や恐怖を色濃く表す表情が、やがて絶望へと堕ちる中、――さらなる窮地へと追い込まれる。


 卵から出た蟲の群れを挟み、向こうにはまだ巨大な蠕虫様の怪物が控えるわけだが、――そいつが、またも『あの動き』をし始めた。地面に腹を押し付け、ずりずり、と身を前後させたのだ。

 ただでさえ、眼前に十数体も並んでいるバケモノ。
 それを、さらに生み出そうというのか。


「う、うそっ……。そんな」

 足が、カタカタと震え出す。

「もう、ムリだよっ! あんなの勝てない、あたし、もう……っ!」

 ついに目じりに涙の粒さえ浮かせて、ぬいぐるみに縋りつくようにして言う水萌。



 いざこの海岸へと臨んだときには確かに抱いていた戦意は、もはや消えかけている。……だが、そんな弱腰の少女にもバケモノが容赦することはない。
 先に卵から還っていた十数体、前列の蟲たちが、攻撃を仕掛けてきた。それぞれ、頭に近い二本の足を、水萌に向かってぎゅんと伸ばしてくる。

 少女の細い体に巻き付き締め上げようとしていたり、あるいは少女の軽い体を鞭のように叩いて吹き飛ばそうとしていたり――統一性もなく、お互いに押しのけ合いながら棘の連なった足を伸ばして来るバケモノたち。


「あ……」

 差し迫る棘足。刹那、ぞくり、と背に冷ややかな感覚が走った。死の予感だ。

『ミナモッ! 【海盾シールド】だ!』
「――――っ」

 オスティマに耳元で叫ばれ、ハッとした。


 急いで、頭の中で半球状の水膜を思い描く。一気に張り詰めさせた意識が、恐怖や絶望を上回り、ギリギリのところで術の発動が叶った。
 ざざざっ、と水が湧き立ち、少女とぬいぐるみをドーム状に覆う。

 十重二十重とえはたえとなって迫っていた棘足が、寸でのところで、ばちぃっ、と弾かれる。


「ふっ、はっ、はぁっ……」

 肩で息をする水萌。
 もはや戦意を失いかけ、敵生物の攻撃を防ごうとすら思えなかった。シールドの展開が一瞬遅れていれば死んでいた。その事実を思うと、さあっ、と冷や汗が湧き出た。そして、涙も。



「ドラコぉ……」
 水萌はつう、と頬に涙を一筋流しながら、ぬいぐるみを見る。

 シールドを張れても、これで安心ということはない。

 今度こそ、窮地だ。
 ギリギリのところで展開させられたドーム状の水膜は、確かに身を守る盾ではあれども、同時に逃げ場を塞ぐ檻でもある。
 完全に追い込まれた状況だ。
 必死に恐怖を耐えてシールドに注力させているが、ついに心が折れれば、水膜は破れ、敵生物の手が伸びる。そうなればもう抗うすべはない。
 きっと、殺される。


「もう、勝てないよ。あたし、やっぱり術をうまく使えないし……。それに、使えても、あの数じゃあ……」
『…………』

 少女の悲痛な訴えに、オスティマはしばし黙し、そして言う。

『ミナモ。お前はただの地上人の少女だ。俺たち海底人のことには、本来、関係がねえ。だが、俺にはとっては、お前に戦ってもらうしか方法がねえんだ。敵は、力で海底帝国を支配して、地上まで進行するつもりだ。それはなんとか止めなきゃならねえ。それができるのは……やつらが【海龍シーロンのウロコ】の力を使って造り出した【海蟲シーワーム】に対抗できるのは、同じくウロコの力を持つお前だけなんだ、ミナモ』

「…………」

 つい弱音を吐いてしまったところに、返された言葉は、重い現実だ。


 アクリル素材のつぶらな瞳をまっすぐ向けて、言葉を続ける。

『だが、海底だけの問題じゃない。このままあのバケモノどもが地上へ攻め入れば、地上人たちは喰い殺されちまう。それを阻止できるのは、やっぱお前しかいねえんだ、ミナモ』

 少女の身に余る重責を負わせてしまっているのは重々承知だ。
 だが、それしか方法がない。
 水萌に戦いの宿命を押し付け、そしていざ戦いの場において窮地に陥った今、ついに彼女の心が弱々しく悲鳴を上げていようとも、――しかし、気休めの言葉をかけてやることでどうにかなるものではない。

 あまりに酷ではあるが、彼女が請け負った宿命、その小さな身で負う重みを、改めて告げる。

 ただそうすることで、少女の戦意に再び火が灯るのを期待するしかなかった。



『お前が倒せなきゃ、このバケモノどもは町へ攻め入る。おそらく一晩で、みんなやられちまう。お前が、倒せなきゃ……、』

 ひどいことを言っているのは分かっている。

『ミナホだって、バケモノにやられちまうんだ……!』
「――――っ」

 水帆の名を耳にした途端、ハッと、思い至る。

 水帆……。

 そうだ、水帆なら、こんな巨大な蟲のようなバケモノを目の前にしては、途端に足を竦ませてしまうだろう。いや、いっそ見た瞬間に卒倒してしまうかもしれない。そうなれば、もはや逃げられもせず、無残に喰い殺されてしまう……。


 町の住人、ひいては地上世界の全人類の命を思うことなど、少女の小さな胸ではあまりに規模が大きすぎる。
 ましてや海底世界のことなど詳しく知りもしない、
 目の前のぬいぐるみの故郷の危機を救ってやらねばなどと、そこまでの責任感を負えるほどさすがに少女の器は底深くない。


 ただ。
 ただ思うのは、水帆のことだ。

 自分が戦わねば、水帆の身が危うい。


 どうやらまた忘れてしまっていた。バケモノの大群を前にして絶望するあまり、始めに抱いていた思い――初心を失念していた。

 水帆のために、戦うのだ。

 それが戦う決心をした動機である。そしてその想いこそが、戦う力の源であったのだ。――水帆の顔を頭の中に思い浮かべる。するとたちどころに、胸の内に熱い力感が湧く。


 大きく息を吸い、吐く。
 気を落ち着けた水萌は、すっと顔を上げ、オスティマを見据える。



「そう、だね。水帆のために、あたしが戦わなくちゃ、ね。ここまできて、弱音を吐いてちゃいけない、よね……!」

『――そう、そうだぜミナモ!』

「…………うん。でも。それでも、やっぱりあの数相手にするのは、ちょっと、厳しいっていうか……。やっぱ勝ち目があるようには思えないっていうか……」

 いくら気を落ち着けても、現状は変わらない。バケモノの大群を目前として、やはり不安を吐露せずにはいられないのだ。
 今は水膜のシールドに籠城しているようなもので、ここから出ればすぐに数十本の棘足が迫る。バケモノたちは足を所在なげなようにふよふよと漂わせながら待ち構えているのだ。
 どれほど強力な武器を精製できても、せいぜい数秒しか維持できないのであればそれらをすべて撃ち落として凌ぐことは不可能である。


「だって、そもそもあの『海蟲シーワーム』が一体出て来るだけだと思ってたんだもん。それを、卵から出る前にやっつけちゃえば勝てるってドラコが言ったんだよ。なのに、なんかでっかい別のヤツが出てきて、しかもそいつが『海蟲シーワーム』をいっぱい生み出して……。話と違うよ」

 いささか愚痴をこぼすようにそう言う水萌。

『ああ。それなんだが……。今、俺気付いたんだがな』
「え?」

『俺が地上を出る前に聞いた情報は、【海蟲シーワーム】は一体だけだって話だった。一体の生体兵器が、敵の地上侵略のための足掛かりだから、そいつを倒せればいいってな。
 そりゃ当然だ、【海龍シーロンのウロコ】は何個もあるようなモンじゃないからな。そいつを組み込んで造る生体兵器が、何匹もいるわけねえ。優秀な俺の姉貴が得た情報なんだ、間違いねえんだ』

「でも、現に目の前にいっぱいいるじゃん。あなたのお姉さんが間違ってたんでしょ?」

『いや、だから、俺たちの方が勘違いしてたんだ。あの卵から出てきたヤツらじゃなく、奥のでっかい芋虫みてえなのが【海蟲シーワーム】なんだろう』

 確かに、多足を持つバケモノよりも、肢のない胴長の生物の方こそが明らかに『ワーム』然としている。


『要するにあのでかいヤツこそが【海蟲シーワーム】で、そいつは足を持つ子バケモノを産んで増やしていく……。そうだ、そうして群れを成したうえで、地上に攻め入るのが敵の手だってわけだ』
「え、うん、まあ。あっちのほうが『海蟲シーワーム』だってのは確かにそうだろうけど。でも、それが何だっていうのさ?」

 すなわち始めの夜に戦ったのは、生体兵器『海蟲シーワーム』の試作品だと思っていたが、違った。先兵として差し向けられたあの怪物は、その子蟲だったのだ。
 足が付いているモノたちではなく、その後ろに控えている巨大な芋虫のようなモノこそが、『海蟲シーワーム』。
 ただ、どちらが『海蟲シーワーム』であるかなど、この状況ではどうでもよいだろう、と水萌は思うのだ。


『だったら、望みはあるってことさ』

 ツルリと丸いアクリル素材の瞳に月明りを反射させて、オスティマは言うのだ。


『生体兵器の力は、【海龍シーロンのウロコ】なんだ。あの腹ん中で卵を造るのも、その中身のバケモノどもが動くのも、ウロコが持つ莫大な【海のエネルギー】を基にしているわけだ。
 ――だったら、どんだけ卵から雑兵が増えようが、親である【海蟲シーワーム】を倒せばいい。エネルギーの本丸が消えれば、子バケモノどもも死ぬ。ヤツらは命を持つ生き物じゃなく、ウロコのエネルギーで動くロボットみてえなモンなんだからな』

「へ、へえ……?」
 そう言われてもピンとは来ないが、まあ確かにそういうものなのか、と頷く水萌。


『だから、あのでかい方……【海蟲シーワーム】さえぶち殺せれば、きっとなんとかなる! この数相手じゃ全部消し飛ばすのはさすがに無理だが、アレ一匹なら何とか……』

「――う、うん。そうだね」

 胸中に渦巻く恐怖や不安を吹っ切り、冷静さを取り戻した水萌。

 気を落ち着かせられた今なら、『水精錬金アクアアルケミー』による武器精製も可能だろう。依然として、武器の形成は数秒しか維持できないだろうが、一体倒すだけで良いのなら、なんとかなると思われる。


 圧倒的な窮地の中で、ようやく見えた勝機。
 水萌はぐっと意気込むように構える。……が、その勝機を示唆した当のオスティマは、浮かない。


『……でも、まあ、そうは言っても簡単な話じゃねえな。親の【海蟲シーワーム】はかなり離れてて、その間には子供バケモノの方がひしめき合ってる……。親の方に向かって行こうにも、【海盾シールド】を解いた途端、子供バケモノの方が一気に襲い掛かって来るだろうな。……ちっ、どうすりゃいいか』

 バケモノの大群をすべて相手にせずとも良い、と言いつつも、目的の親に向かおうとすれば数十体の子が立ちはだかるだろう。
 結局、そいつらをまとめて相手にしなければならないわけで、これでは勝機も掴めない。

 やはり、シールドを張って籠城しているこの状況を打破することは無理なのか……と、オスティマはやるせないため息を吐く。



「……ううん、大丈夫」
『なに?』

「足の着いたヤツらを相手にしないまま、シールドを解かないまま、――あの親玉だけを狙うこと、できるよ」
『なんだって? ミナモ、一体どうやって……』

「言ったでしょ、あたし、普段FPSゲームとかやってんだよ。だから今まで武器も色々な銃を造れたわけだし。――要は、狙撃でしょ。離れた位置から、デカイのだけを狙うなら、むしろ得意だよ」

 ふふん、と威厳高に胸を張る水萌。


『お、おお……。そうか、そうだったな!』
「うん。任せて……!」

 ふう、と息を吐き、目を閉じる。水萌は、意識を集中させていった。


 この状況に応じた銃器の形と共に、思い浮かべるのは――水帆のこと。

 やはり、彼女のことを思えば、それに呼応するように胸の内から力が湧いて来る。
 小さい頃から何かと競い合い、いがみ合ってきた二人だが……誰よりも通じ合え、大事に思える姉である。むしろ、お互いが気持ちを共有し合えるからこそ競い合ってきたのだとも言える。


 ここでバケモノを討つ。
 水帆を守るために。

 その想いがあるからこそ、力を引き出すことが出来る。
 それでも依然として100%にまでは至れていないのは自覚できるが、まあ、変わらず力の引き出し率90%のままでも『海蟲』を倒すことはできる。一発、あの頭部を撃ち抜けば済むことだ。


 勝負は、一瞬。

 武器精製に力を注げば、海盾には綻びが生じるだろう。そうなれば、すぐにでも無数の棘足が迫って来る。
 だから、武器を造り上げてからシールドが敗れるまでの一瞬。
 その瞬間のうちに、本丸、親蟲である『海蟲シーワーム』を撃ち抜いてしまわなければならない。


 簡単なことではない。だが、水萌には自信があった。

 頭の中に思い浮かべた水帆の姿――彼女が、自分のことを応援してくれているような気がした。水帆の応援があれば、これ以上なく力を発揮できる。そう思えた。

 パッ、と目を開けた水萌。
 その眼前には、セミオートマチックライフルが造り出されていた。



 武器精製に力を注いだことで、やはりシールドには綻びが生じる。きれいな半球を描いていた水膜が、大きく歪み、わずかに崩れ始めた。――その隙を逃すまいと、多足のバケモノはすぐさま攻撃を仕掛けてくる。
 少女の周囲を囲むように待ち受けていたそいつらは、それぞれ数本ずつ、棘の連なる足を伸ばし迫って来たのだ。

 ――だが。

 棘足が少女に向かって伸張を始めたとき――すでに、小銃の引き金は引かれていた。
 水から金属へ変質し、水萌の目の前に形成された銃器。
 彼女の意思による操られ、手を触れずに引き金は引かれる。

 その細長い銃身が差すのは、蠕虫様の巨大な怪物の、先細りの頭部。
 撃ち出された弾丸は、少女を囲うシールドを内側から突き破り、敵生物――『海蟲シーワーム』に向け、まっすぐ飛来する。


 ぱああああああんつ、と、乾いたような高音が響いた。


「やた、めいちゅうっ!」
 水萌は思わず、ぴょんと小さく跳ねた。


 その少女らしい無邪気な反応だが、彼女の目が捉える光景はなかなか凄惨なものであった。

 二十メートルほど先、ひしめく多足生物の群れを越えた先に控えていた巨大芋虫。
 頭部の先から突き出された陥入吻かんにゅうふん、そのすぼんだ口から髭の様にわさわさと伸びる細かな触手――少女が小銃から放った銃弾は、それら触手の束を爆ぜ飛ばしながら突き進み、その奥、鋭い歯が生え揃った口の中へ潜り込むと、そのまま背から貫き出ていた。
 後ろ頭と呼べばよいか、もたげた頭の後ろが弾丸に穿たれ、柔らかな肉が弾け、水飛沫の様にばしゃりと肉片が散り広がる。

 巨大な怪物は、苦しむように大きく身を捩じり、もがいた。
 何かが流れ出ているが、どうやら血ではない。そのぶよぶよとした体は水を吸って膨らんだものだったのだろうか、銃弾に穿たれた穴からびしゃびしゃと流れ出ているのは、少し濁った海水。


 やがて、どた、と地面に倒れ込んだ。

 同時に、水萌の目の前に浮揚していた銃器も水へと帰化し、消える。


 見事、狙い通りに頭部を撃ち抜いた水萌。
 彼女とぬいぐるみの周囲を半球状に囲っていたシールドはすでに形を失い、消えていた。無防備の少女に、無数の棘足が迫っていたが、――『海蟲シーワーム』が撃ち抜かれたと同時、それらはピタリと動きを止めていた。

 そして数秒ののち、伸びていた足は、力なくだらりと垂れ落ちる。

 攻撃のために伸ばしていた足だけでなく、地面につけて胴体部を支えていた足も、力を失う。三十体近いバケモノが、一斉に地面に倒れ込む。


「…………、ふううぅっ」

 緊張で凝り固まった体をほぐすように、肩を大きく撫で下ろしながら息を吐く水萌。



 小銃で打ち抜かれた巨大な芋虫。
 岩肌の地面に倒れ込んだ巨体が、どろり、と溶け出すのを見て、ああ、これでようやく敵の生体兵器を打ち倒したのだ、と、少女とぬいぐるみは揃って安堵する。

 くすんだ煙を立ち上らせながら、マグマが垂れるようにゆっくりと溶けていく『海蟲シーワーム』……。
 静寂を取り戻した夜の海岸に、ざん、と、白波が寄せる音が優しく響いた。


        /


 カチ、と扇風機のスイッチを入れる。湯上りの熱っぽい体に、爽やかな風を当てるのは得も言われぬ解放感がある。
 夏でも風呂を焚く一ノ瀬家、脱衣所の壁付け扇風機は必要不可欠である。

 水帆は、心地よさに思わず「ふう」と息を吐きながら、濡れた体をバスタオルで拭っていく。

 体表の水気を拭い終えると、置いていた部屋着を着ていく。そののち、髪をターバンタオルで巻いた。


 長い髪は、洗うのもそうだが、何より乾かすのが面倒である。

 こういったとき、水萌が少し羨ましくなる。水萌は昔からずっとセミショートほどの長さだ。
 自分は、髪を伸ばしている。
 別に、姉妹の間でそう区別しようと取り決めたわけでもないのだが、水萌はショート・水帆はロングというのがもはや自然となってしまっているので、今更短くする気にはなれない。それにロングヘアを気に入ってもいる。……が、どうにも面倒には感じてしまう。


 しばしの間、居間でテレビを観ながらタオルドライをする。その後、ドライヤーで乾かすのだ。

 ……だが、洗面所に行ってもドライヤーがなかった。


「また水萌ちゃん、部屋に持っていったままか」

 そう呟いて、階段を上がって水萌の部屋へ向かう水帆。
 髪の短い水萌はタオルドライで長い時間を置く必要なく、ドライヤーを使用する。その際、ドライヤーを自室へ持ち出すのだ。使用後、部屋に置いたまま洗面所に戻すのを忘れていることがままある。

 コンコン、と、妹の部屋をノックする。

 返答がない。


「あれ……?」

 居間にはいなかったし、風呂にも水帆より先に入っていた。部屋にいる筈だ。

 こんな早い時間から、もうすでに寝ているのだろうか。
 そうかもしれない。
 今日、水萌はどうやら体調が悪いようだった。部活を休んでいたし、藤岡に聞けば授業にもぐったりとしていて居眠りが多かったと。水萌がそのように調子を崩すことなんて、珍しい。

 いや珍しいなんてものじゃない。
 そもそも自分たち双子は、かつて海岸で不思議な石に触れたとき、常人ならざるパワーを得たのだ。それ以来、運動能力や学力などが底上げされ、肉体疲労や体調不良などとは無縁になっていた。


 そんな水萌が、部活を休むほど体調が悪いとは。よっぽどだ。
 心配だ。

 ノックの返答がないが、仕方ない。水帆はドアノブに手をかけた。
 ドライヤーを使いたいのは当然として、水萌の様子も見たかった。眠っているなら、せめて寝顔のその顔色だけでも見て、大丈夫そうかどうか窺いたかった。


「水萌ちゃーん? お邪魔するよ……?」

 そう声をかけながら、ゆっくりドアを開け、入室する。

 ――ひゅおん、と風が吹き抜け、まだ水気を多分に含んだ水帆の髪を撫ぜた。


「…………、あれ?」

 きょとん、と、目を見開く水帆。

 水萌がいない。

 てっきり寝ていると思ったのに、ベッドの上どころか室内のどこにも、水萌はいない。


 部屋に入って目についたのは、机の上に置かれたままのドライヤーと、……そして、開け放たれた窓。
 水帆は呆然とする。

 静かな室内に、ばたばたとカーテンが風に揺られる音だけが虚しく響いた。
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