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シーズン1/第一章

■救いの戦士 アルトラセイバー■③

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《さっき、すれ違った女子高生たちが話してたわよ。アルトラセイバーの話》
((え?))

 ――街中を歩く剛太郎の脳内に、突如として澄んだ女性の声が響いた。
 宇宙から飛来し、彼の中に棲みつくこととなったエネルギー生命体・ミュウである。

《良かったじゃない。かなりカワイイ子たちだったわよ》
((いや、そんなの別に……))

《あら、そう? あなたって割と年下好きじゃないかしら》
((…………))

 そんな年下に手を出したら犯罪なんだよ、と返そうとしたが、そういう問題ではないと気づく。カワイイ女子がアルトラセイバーの話をしていたからといって、わざわざあげつらうものではない。


 ランドのライフセイバーの職を辞め、今やアルバイトを転々としつつ貯蓄を切り崩して生活をする剛太郎。
 ……いつ、宇宙から刺客がやって来るか分からない。いつでも戦いに臨めるようにするには、この生活スタイルが望ましいのだった。

 夜から翌早朝にかけてのコンビニアルバイトを終え、帰宅途中の剛太郎。その帰路では、通勤や通学に向かう人々とよくすれ違う。


《まあ今のは冗談だけど。……でも、なんていうか、もう少し誇ってもいいんじゃない?》
((ん? どういうことだ?))

《どういうこと、って……だって、あなたは『アルトラセイバー』じゃない。宇宙からやって来る敵と戦うヒーローでしょ。まあ、そもそもやつらの狙いこそは私たちであって、一般の人たちは巻き込まれてる立場なんだけど。
 ……でも、あなたが敵に圧勝したおかげで、市民の被害が出ずに済んでいるのも事実でしょう。敵だって、あなたを本当に殺すつもりで向かって来ている。……すなわちあなたが『命を懸けて市民を守ってる』ことに違いはないわ》

 ミュウが、不思議そうに言う。それなのになぜ、誇らしげでないのか、と。


 今や『アルトラセイバー』は広く名の知れたヒーローである。

 始めの、『あるとランド』に襲来した宇宙怪人との戦いこそ、ヒーローショーの演出だと誤解されてしまったが、後日やって来た二対目の宇宙人との戦いは多くの人に目撃されてたいへんな騒ぎになった。
 ――続く三体目の宇宙怪人を倒し、もはや『アルトラセイバー』の名は世間に広く知れ渡った。

 何者かが、遊園地『あるとランド』の企画したヒーローの姿を借りて、本当にヒーローとして活動している、というのはもはや周知の事実だ。
 みな、果たしてその正体はどんな人物なのかと、それぞれ想像を馳せている。先ほどの女子高生の話題も、まさしくそれだった。

 そんな中で、実にその正体である剛太郎は、その事実をちっとも誇示しようとはしない。
 もちろん他人に正体を明かすべきではないが、それにしても通りすがりに噂されているのを耳にしたとき、内心で誇らしく思うぐらいはあるのが自然ではないだろうか。


《ていうか、あの、私がこんなことを言うのはおかしいんだけど。でも不思議なの。そもそも、なぜあなたはそんなに平然としているの? 宇宙からやってきた怪人と戦うっていうのに、あなたの心に全く恐怖を感じない。
 ……確かに今までワンパンで圧勝しているわけだけど、でも、初めて敵と対峙したときからすでにそうだったもの。……なんだか、死ぬのが怖くないみたい》

((……。そんなことないさ))

《…………》

 彼は否定するが、ミュウには、彼のその態度にはなにか含みがありそうに思えた。


 肉体のないミュウは、当然、その感情が表されるべき表情がない。
 したがって、『言外』では彼女が何を考えているのか、読み取ることは不可能だ。

 ――例えば、湧き上がる疑念を解消するために、この際いささかデリカシーの欠ける行為に踏み切ろうか、と彼女が思い始めていたとしても、剛太郎にはそれを察せられないわけである。


        /


 ……
 …………

 昔、川遊びに行った。とても幼い頃だ。かろうじて記憶がある程度で、あまり詳しいことは分からない。大人が一緒だったのか、子供たちだけで行ったのか。友達が一緒だったのか、それとも、兄と二人だけだったのか。

 そう、俺には兄がいた。

 今はもう、いない。


 兄がどんな性格だったか、どんな顔だったか、そんな記憶はあいまいだ。なぜなら、川遊びに行った日――兄が死んだのはその日だから。

 川でおぼれた俺を助けて、代わりに兄が死んだ。

 その日の記憶はあいまいなれども、ただその瞬間の感覚だけは、ハッキリと覚えている。
 体が水中に沈みこみ、どちらが上か下かも分からないままがむしゃらに暴れた。苦しい。川の流れは急で、幼心ながらに死を確信した。――そんな絶望の中で、手が引かれたのだ。兄だった。水中で抱きかかえられるようにされ、そのまま岸の方へ運ばれた。

 岸へ上がった後、振り返ると、兄はいなかった。

 俺を助ける代わりに流されて行ってしまった兄は、ついに遺体も見つからなかったのだ。

 …………
 ……


        /


 まず視界に入ったのは、馴染みのあるシミだらけの天井。……いつものボロアパートだ。

 早朝五時までのコンビニバイトを終えて、帰宅してすぐに眠ったのだ。下手をすればもう昼を過ぎているだろうかと思って時計を見たが、なんとまだ八時だ。
 しかし二、三時間だけの睡眠の割に体には活力が満ちている。

 それは、俺の頭の中に宇宙から飛来したエネルギー生命体が棲みついているためだ。彼女の影響で、俺の体は倦怠感や疲労感といったものを久しく覚えていない。せいぜいに日常性格を送るだけでは、俺の体は疲労するに至らないのだ。


 体を起こす。

 さきほどまで、夢を見ていた。
 幼い頃。……兄に助けられた、あのときの記憶だ。

《……おはよう》
 返された挨拶は、なんだか元気がないように思えた。……ふと、それでなんとなく察せられた。

((ミュウ。……もしかして))

《……ごめんなさい。私が、あなたの記憶を掘り起こしてしまったの。本当にごめんなさい。……あなたが、なぜ戦うのか、その感情が気になってしまって、つい……》

 本当に申し訳なさそうに、弱々しい語気で言うミュウ。

 どうやら、彼女は俺の頭の中に潜りこみ、幼い頃の記憶を掘り起こしたらしい。そうして彼女があの情景を再生したために、俺自身もそれを夢として見たということだ。


((……別に、気にすることはないさ。お前が記憶を掘り起こさなくても、普段からあのときの記憶はたまに夢に見てるんだ。どうしても、忘れられない出来事だからな))

《……あの記憶と共に、それについてあなたが抱いている思いも、私に流れ込んできたわ》

 あの出来事によって、俺が抱いた思い……。


 俺はあのとき、死んでいるのだ。
 本当なら、川で溺れて死んでいた。
 それを兄が代わりになってくれたのだ。俺の命は、兄の死によって生かされているのだ。

 だから、あの時に俺は思った。俺の命は俺のためにあるものではないのだと。生かされた命ならば、また他の人を生かすためにあるべきだと。


《宇宙人との戦い……それに臨むとき、平然としているのはそのためなのね。あなたは、誰かのために自分の命を擲っても構わない、と、本気で思っている》
((ああ))

 別に格好つけようなどとは思わず、それが本心なのだ。
 ハッキリ言って、俺は死を恐れてない。
 本当だったら幼い頃に死んでいたのだ――それを思えば、死の可能性を感じたところで、別段、臆する必要などないのである。


((まあ、自分の命を大事にしていない、とも聞こえるかもな。……実際、そうかもしれない。だから、要するにこれは俺のエゴなのさ。俺は必ずしも正義でありたいわけじゃない、ただ単に自分の命を誰かのために使いたいっていう欲求で動いてるんだ。結局は、俺の自己満足ってことだな))

 さきほど、帰宅中に彼女が聞いてきていたことだ。
 市民を守っているのに、どうしてそう誇らしげでないのかと。

 答えは明快だ。

 他人のために行動することが俺のアイデンティティであり、――ともすれば『自分のため』とも言えるのだ、だからそれを他人に誇示したりしない。極端に言えば、いっそ自分の行いが正義であるかどうかは問題ではないのだ。

 したがって、仮に『アルトラセイバー』として戦い、市民を守っていることが社会的に評価される行為だったとしても、そもそもそんなものは俺には関係がないのだ。

 ――だから。


((だから、誰かから称賛されたいとか脚光を浴びたい、なんて思わねえよ。……ただ単に、俺は俺であるだけだ。『誰か』を守ると決めたら死ぬまでやる、それで死んだらむしろ本望。それこそが俺だ))

 別に、賛辞は求めない。
 逆に、俺の理念を否定させもしない。
 それが筋だ。


《なるほど、剛太郎のことはよくわかった。結局のトコ言えば、幼い頃の経験を基に、すくすく逞しく育った結果、他人のためなら喜んで無茶するバカになった、てことね》
((ふむ。確かに))

 ミュウに改めて言われて、自分でも実に納得した。


 頭の中で、くすくすと笑う声が聞こえる。半ば呆れたようでいて、深い親しみを込めたようでもある、優しい笑い声だった。
 そんな彼女の声はやはり澄んだ小川のようにきれいで、頭の中で彼女の優しい笑い声が響き渡ると得も言われぬ心地良さを感じた。


《なに新しい種類の悦びを堪能してんのよ、さては変態か》
((違うわ!))

《おや、違うとな? ふふん。なんなら、あなたの秘めた趣味嗜好を洗いざらい暴いてやってもいいのだけれど》
((えっ))

 脊髄の芯に針を通されたような衝撃が走った。

《ふふっ、うそうそ。……というか、今回はごめんなさいね。寝ているうちにあなたの記憶を掘り起こしたりして。もう、二度と不用意にあなたのプライバシーを侵したりはしない、約束するわ》

((ああ。さっきのことは気にしなくていいよ。もうお前は、俺にとって誰より近い存在だからな。むしろ、俺の考えは、ちゃんと俺の方からお前に説明するべきだったな))


        /


 ――そういうわけで。

 自室でミュウとそんな話しをしていたときから数時間後。俺は今、都心から遠く離れた採石場にいて、上空に浮遊する円盤機を見上げていた。


((これで四体目か))

《さっき、あなたと深いお話しをした直後にやって来るなんて、なんだか間が良いんだか悪いんだかね》


 ミュウは、その気配を事前に察知できる。おかげで、こうして事前に現場へ駆けつけて敵を待ち受けることができるのだ。
 ヒーローは遅れてやって来る、なんていう定石はなぞらえない。
 なにせ俺は別に『ヒーローたるべし』として活動しているわけではないのだから。


((……しかし。あの円盤、なかなか降りてこないな……))
《うん……》

 そう。採石場に敵が降り立つのを予測して来たのだが、その上空にふよふよと浮遊したまま、なかなか着陸しない。

《なんだろね、私たちのことを観察でもしてるのかしら?》


 俺は古典的なスーパーヒーローのように空を飛べるわけではないし、武器もない。空を漂うあの円盤機に接触することも、かといって撃ち落とすこともできない。

 一体なにをしているのか、あの円盤は。そろそろしびれを切らしてしまいそうだ。


((なんか、うっとうしいな……。なあ、ミュウ。なんか、こう、遠距離の攻撃ってできないもんか? ……俺って今まで三体の敵には、ずっと格闘戦でやってきたけど))

《ふむ》

 少々考えるように間を置いて、彼女が言う。

《じゃあ、ちょっとやってみましょうか》

((できるのか?))

《うーん……、大丈夫かな? うまく加減できるかは分からない》

 いささか不安そうに言うが、俺に躊躇いがないことを知っているので、彼女はそのまま――思いっきり、俺へエネルギーを注ぎ込んだ。

 その瞬間、すさまじい力の奔流が俺の頭の中に渦巻き、そして――……、
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