【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

ルミナ・モルガノットの冒険①(道中の魔獣)

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 セパディア皇国の西、イリアス地区。
 長蛇のようにうねりながら大地を分断する山脈は隣国との国境となっている。――その山脈を背にしながら、街道を進む馬車。黒い馬が牽引する車輌の中、客は二人。

「改めて……レギオン所属を決意してくれて、ありがとう」
 そう言ったのは、ジャルダン聖教中央教会直下の特務機関『レギオン』所属のウェイド・コモンズ。

 年齢は二十三歳で、若者らしい爽やかな顔立ちである。ブラウンの短髪は、彼のその爽やかな雰囲気を助長する。

 元々孤児である彼は、コモンズ教会堂で育てられた。子らは、本来ならば十八歳になって初めて育ちの教会堂から巣立つものだが、彼は十三歳の時に潜在的な魔力保有者であることを認められ、レギオンへの所属を推薦された。かねてより教会関係職に就くことを決めていた彼はその勧誘を受け入れる。
 現在二十三歳である彼は、すなわちレギオン所属官として十年のキャリアを持つのだ。
 若いながらに長い経歴を持つ彼だが、しかしかつてコモンズ教会堂で神父を務めていたローマン氏からは『確かに優秀だが、肝心なところでドジを踏む』と指摘されていた。


「いえそんな。これから、よろしくお願いします……」
 ウェイドと対面で座るのは、ルミナ・モルガノット。

 年齢は十三歳で、少女らしい幼い顔立ちである。淡い水色の髪に、髪よりもさらに色濃く深い輝きを持つ碧眼へきがん。左目下にちょんと付された泣きボクロが彼女の幼い魅力をより助長している。

 元々、アプルパリスの街にあるモルガノット教会堂で暮らしていた彼女は、本日を以って、レギオンの所属官となった。といってもまだ正式な手続きはなく、それどころか本部への通達もまだ行われていないので、あくまで『仮』だが。
 まだ十三歳である彼女だが、潜在的な魔力保有者であること――中でも格別に大きい器を持っていることをウェイドによって認められ、レギオンへの所属を推薦された。かつてのウェイドと同じ立場であり、そしてかつてのウェイドと同じくかねてより教会関係職に就くことを決めていた彼女は、その勧誘を受け入れたのだ。

 流れのまま、ウェイドの任務に協力するために街を出ることとなった彼女だが、街の者たちにはその事情を説明できない。花屋の女主人の勘違いによって、ルミナは対坐するこの青年へ一目惚れしてしまい、共に旅立つ決意をしたのだということになってしまった。事情を説明できない以上それを否定するわけにもいかない。
 当の女主人からは、『確かにまだまだ子供だが、その体にこそ魅力を感じる男性だっているのだから自信を持ちなさい』と、あらぬ誤解を抱かれたままに背中を押されていた。


「私が生まれつき魔力を持っていて、しかもそれが普通よりも大きな器で、それを生かせるっていうなら喜んでレギオン所属官にもなります。だけど……魔力を持ってるっていうだけで、本当にお役に立てるものなんでしょうか?」
 ルミナは、おずおずとしながらウェイドにそう尋ねた。

「もちろんだ。魔力保有者は、レギオン所属の特務官の中でも特に重宝されるよ。魔力を持っていれば、『魔導器』の扱い手となれるからね」
「魔導器の扱い手……?」

「ああ。魔力回路によって動作する機械は、魔力を持つ者にしか扱えない。近代、魔力保有者の多くはその扱い手になっている。今はもう魔法使いは時代遅れだなんて言われてるね。……昨日ルミナちゃんが触った『水の精霊石』も、広義的に言えば魔導器の一種だ。あれは人為的に造られたモノじゃなく、天然石だけど」
「ほ、ほう……」

「まあ、魔導器……特に魔導武器を扱う力があれば、一般人にはできない危険な任務もこなせるわけだ。そのために、レギオン所属官の多くは魔力保有者なんだ」
「な、なるほど、です」
「安心してくれ。今回の任務はただの遺跡調査。各地に点在する湖底神殿に入り、調査をするんだ。簡単な任務だから」

 昨夜、湖のほとりでも聞いた話だ。
 ウェイドの任務は、各地に眠る湖底遺跡の調査。アプルパリスの湖に潜っていたのも、そこに沈む神殿遺跡へと入るため。


 ルミナはふと、考え込むように間をあけてから、言葉を続ける。

「レギオンの特務官の任務って、そんなことをするんですね」

 レギオンは一般皇国民にはその存在を公表されていない、極秘の任務機関だ。
 今回うの任務――遺跡調査が、その機関としての任務、すなわち公には秘するべき任務であるものなのかと、少し不思議に思うのだ。

「ああ。まあ遺跡調査が特務官の主な任務とは言えないけど。……さっきこれが簡単な任務と言ったけど、でも遺跡によっては特殊な古生生物が棲みついていることがある。あるいは遺跡の宝物を狙う盗賊なんかと遭遇することもあるかもな。そういった場合、当然、戦闘も想定されるわけだ。そうでなくても、湖底に潜るには水の精霊石を使うから、調査員は魔力保有者である必要がある。――とまあ、そんなところにはやはり、レギオンの特務官が派遣されるものだ」

「戦闘……」

 戦闘を想定される場であるなら、そこへ魔力保有者が派遣されるというのは確かに納得だ。
 ……だが、いくら魔力を持っているとはいえ、ルミナには戦いの経験などない。戦うすべも持っていない。
 今のウェイドの話を聞けば、やはり自分がこの任務に参加する意義はあるのかと不安になってしまう。


 そんな少女の不安を察したのか、ウェイドは爽やかな笑みで言うのだ。

「大丈夫だよ。この任務で戦闘になるのはほんのレアケースだと思う。それに、君の力が必要なのは戦闘場面じゃなく、その前――湖に入る上でだ」
「え?」

「ホラ、実際俺はアプルパリスの湖で溺れてしまって、君に助けられなければ危うく溺れ死ぬところだった……それは水の精霊石をうまく扱えなかったせいだ。その点、君は問題ない。昨日見た通り、君の力は、特に水の精霊石の扱いには抜群に相性がいい。あれほど精霊石の力を引き出せる者なんて、そういないよ」
「そ、そうですか?」

 えへへ、と照れ臭そうにはにかむ少女。

「これから向かうのは、イリアス地区東部のパトロ湖。そこはかなり大きな湖だが、――君が協力してくれるなら、楽勝だろう」


        /


 乳吞み子の頃からずっとモルガノット教会堂で暮らしてきたルミナは、ほとんど街の外に出たことがない。
 街の図書館で様々な本を読んできたし、教会が配る広報誌も必ず目を通している。それらの中で、セパディア皇国内の各所の景色を写真で見る機会は頻繁にあったわけだ。……だが、実際にその目で見るのは全く違うものである。

 街道沿いにこぢんまりとした農村があったり、かと思えば広大な平原を利用して大規模な放牧農業がおこなわれていたり……まだ主に自然ばかりの景色だが、街の外の景色は少女にとっては新鮮なものだった。
 ルミナは楽しそうな様子で窓の向こうの景色を眺る。


「俺もそうだったよ。コモンズ教会堂を出て、俺はまずレギオンの本部へと向かった。初めて見る景色ばかりで、とても楽しかったのを覚えている」
 少女の様子を見て、感慨深そうにウェイドは言う。

「あ、ごめんなさい。仮にも任務のための移動中だっていうのに、私、舞い上がっちゃって……」

「いや、構わないよ。移動中にまで、特に気を張るような必要はない。旅行気分で楽しんでくれても問題ないさ。ただ、そのお供が俺だから、気分はそう上がり切らないものかもしれないけど」
「へ? なんでですか?」

「そりゃそうだろう。つい昨日会ったばかりだし、十歳も年が上だしな。君みたいな年の女の子だったら、一緒に旅をするにはやっぱり同年代か、せめて同性の相手がいいものだろう」
「…………」


 ウェイドの言葉に対し、ルミナはふと考えるように視線を斜めに上げる。そしてまた彼へ視線を戻してから、言う。

「そですかね? 私、昔から周りは年上の人ばかりの環境で育ってきたので、ウェイドさん相手でも特に問題ないですし、あと、それに……」

 少女はいささか言うのを躊躇うように間をあけてから、言葉を続ける。

「ウェイドさん、確かに昨日お会いしたばかりですけど。でも、正直初対面の気がしないです。こうして二人でいると、なんだかしっくりくるっていうか。馴染みがあるような、懐かしいような――そんな感じがするんです」


 ガタン、と、車輌が揺れる。

 少女の深い碧眼と青年の翡翠の瞳が重なる。そのとき両者の間に、不思議な感覚が交差した気がした。


「って、あ、こんなこと言うと失礼かもしれませんねっ。ご、ごめんなさい、今のは忘れてください……っ!」
「あ、ああ。いや、うん別に……」

 誤魔化すように視線を逸らし、慌てて謝るルミナ。
 ウェイドも、少女につられて気恥ずかしくなったのか、少し視線を伏せる。


 ――二人の間に、気まずい空気が流れた、そのときだった。

 ガタタン、と、馬車が激しく揺れ、そして突然停止したのだ。


「わっ」

 急停車の衝撃に少女の軽い体は耐えられず、前方へ向かって倒れ込んでしまう。……すなわち、ウェイドの方に。自らの胸元に突っ込んでくるルミナを、ウェイドはすかさず受け止める。

「あっ、……ごご、ごめんなさい!」

 図らずも抱きしめられる形となり、瞬く間に顔を火照らせるルミナ。あわてて飛びのく。

「な、なにかあったのかっ?」
 少女との接触はさておき、ウェイドは車輌正面にある小窓を開けて馭者ぎょしゃへ確認した。


 馭者が説明するまでもなく、急停車の理由は分かった。……進行方向に、道を阻むモノがいたのだ。
 街道の真ん中に陣取り、馬車を牽引する馬を威嚇するように唸り声を上げているそれは、黒い体毛に覆われた獣。

「まさか……魔獣っ!?」

 ウェイドが驚いて声を上げた。


 行く手を阻むそれは、端的に言えば狼だが、普通の狼とは明らかに違う点がある。――角だ。
 眉間の辺りから、素の体表と同じく黒色の角が生えているのだ。短いが、『黒い角』は、魔力を有する獣の証。あれは、魔獣である。

「魔獣って……!」

 ルミナも小窓のすき間からそれを見た。
 アプルパリスからほとんど出たことのないルミナは、当然、魔獣を見るのも初めてだ。

「この辺は、魔獣の生息域じゃないはずなのに……」

「魔獣は通常、群れで生息するものだ。一匹でいるってことは……いわゆる『はぐれ狼』ってやつだな。群れからはぐれて、こんなところまで迷い込んできたんだろう。そういったはぐれものが生息域外にまで出て来てしまうことは稀にある」


 ウェイドはそう言いながら……急いで、馬車から降りた。

「ウェイドさん!? あ、危ないですよっ」

 ルミナの制止も聞かず、ウェイドはそのままゆっくり歩いていく。もちろん馭者も、魔獣の前へと躍り出る乗客を制止しようとはするが、ウェイドは「いいから俺に任せとけ」と目で語る。

 車輌を引く馬よりも前へ出たウェイド。魔獣は、目前の男に明らかな敵意を向けている。


「……ウェイドさん? あれ?」

 ルミナは怖くて車輌からは降りきれず、顔を出して彼を見ていた。……ふと気づいた。
 いつの間に取り出したのか、どこに隠し持っていたのか。彼の手にはナイフが握られているのだ。
 おそらくあれで魔獣に対抗としようとしているのは分かるが、しかしかなり小さなナイフで、見るからに心細い。

 ……と思ったが、杞憂であった。

 それは投擲とうてき用のナイフだったのだ。ウェイドは、素早い手さばきでその小さなナイフを投げ、角つきの黒狼に見事命中させた。


「ギャウっ」

 と、胴体部にナイフを突き刺さされた狼は悲痛な鳴き声を上げる。少し可哀想にも思えたが、致し方ない。ルミナは、ほ、と安堵の息をついた。


「あ……」

 だが、だめだ。
 小さなナイフ一本を突き立てただけでは、凶暴な魔獣を仕留めるには至らない。ナイフが刺さったままで、ぎろり、とウェイドを睨む狼。
 今にも彼に向かってとびかかろうとしている。その光景を見て、ルミナはいよいよ彼の命が危ないと感じた。


 ……と思ったが、またも杞憂であった。

 魔獣が反動をつけて、今まさにウェイドに向かってと飛びかろうとしていたところだった。――ボンっ! と。突如、爆破音が、響き渡る。


「きゃあっ!?」

 突然のことに、ルミナは驚いて車輌の中で転んだ。ごちん、と頭を打ちながらも、すぐに起き上がって外を確認する。一体何が起こったのか。

「…………へ?」
 少女はその光景を見て、目を丸くした。

 魔獣が、爆発したのだ。


 無残にも、黒い肉片が散らばっている。
 少し焦げた地面の上に、銀のナイフが転がっていた。ナイフには糸が仕込まれているらしく、ウェイドがひょいと腕を振ると、意図が巻き取られ、彼の手元へと戻って来る。

 ナイフを回収してすぐに踵を返し、馬車の方へ戻って来るウェイド。


「さあ。出発してくれ」

 唖然とする馭者にそう告げ、車輌の中に乗り込む。

 そこには、きょとん、と目を見開いているルミナ。ウェイドは、手に持った投げナイフを見せつけるようにしながら彼女に言う。


「これは魔導武器。魔力を込めて投擲して、その後、爆発を起こせる。もちろん、一般に流通しているような代物じゃない。機関から授けられた、俺用の魔導器だ」

「それが、魔導武器、ですか……」

「知っての通り、俺も魔力保有者だからな。言っただろ、レギオンは一般人にはできないような危険な任務もこなすって。これはそのための力ってわけだよ」

「…………」


 ということは、自分も今後、今のように魔獣と戦う場面に遭遇するのだろうか。ルミナはそう考え、固唾を飲む。

 だが、そんな少女の心中を察してか、ウェイドは爽やかな笑顔で言うのだ。


「さっき言った通り、今回の湖底の遺跡調査の任務でも、水棲の魔獣や――あるいはそれに似た別のモノとの戦闘があるかもしれない。まあ、安心してくれ。そのときには、今の様に俺がこの魔導武器で戦うから」

 そう言う彼は、実に頼もしい。

 ルミナはまだまだ子供で、異性に対して浮ついた感情を抱くことはない。そういった感性には疎い。だが少なくとも、彼に対し、頼もしい先輩として尊敬の念は抱いていた。憧れと信頼だ。

 男と少女を乗せた馬車は、再度、街道を走り始めた。
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