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シーズン1/第一章
ロームルスの秘剣⑦(アルトラセイバー vs. 魔人兄弟)
しおりを挟む【街道に一人、立ち尽くすミア】
ミアは、ぐっ、と剣を抱きしめた。
布で丁寧にすき間なく包まれた、秘すべき魔剣だ。森の中へ視線を向ける少女の面持ちはとても切実なものだった。
ザザザザザ、と、森の中で何かが素早く蠢く音が聞こえる。
その姿は見えないが、枝を揺らし、木の葉が大量に舞い落ちているのが窺える。時折、太い木の幹になにか大きなものがぶつかるような鈍い音が聞こえたかと思うと、一転して、キン、と鋭利な響きが鳴るのだ。
姿は見えない。だが、森の中に響き渡る音が、彼等の戦闘の激しさを語っている。
ミアは、緊張の息を呑みつつ、森の中が静かになるのをただ待つ。心中、彼へエールを送る。
――ゴウタロウさん……!
/
【森の中、戦う二人――】
剛太郎は、慌てて身を引いた。
なるべく距離を取るつもりだったが、背後に木があり、その太い幹に、どすん、と背がぶつかる。
そんな彼の目――眼球のほんの数センチ先を、鋭い剣の切っ先が横切る。
あと一瞬反応が遅れていれば、あるいは背後の木がもう少しだけ手前に生えていれば、容赦なく切り裂かれていた。危なかった――と、安堵する暇さえなく、魔人はすぐに、剛太郎の腹に向かってもう一方の剣で刺突を繰り出していた。
大木を背に、逃げられない剛太郎。
セドーが、ニヤリと笑う。
「くっ」
ぐるん、と、丸い木の幹に沿わすように体を回す。
間一髪、串刺しになるのを避けるが、わずかに横腹に剣先が接触した。スーツともども浅く皮膚を裂き、ピ、とわずかに血が吹く。
そんな程度の傷では全く怯まない剛太郎は、そのまま回転の勢いを利用して蹴りを放った。
「ちィっ」
刺突を避けられ、剣が木に突き刺さってしまっていたセドー。動けず、腹に蹴りを受ける。紫色の体が後方へ吹き飛び、近場に生えた別の木に衝突した。
「…………」
「…………」
横腹を抑え、体勢を立て直すアルトラセイバー・剛太郎。ふーっ、ふーっ、と肩で息をしている。
腹を蹴られ、苦しそうに顔を歪めるも、しかしすぐに愉快そうに笑う魔人傭兵・セドー。
剛太郎は、弟のキシュをワンパンで伸してしまった後、兄のセドーと対峙した。
狭い街道で衝突した二人は、すぐに流れのまま森の中へ舞台を移した。木々が生い茂る中ではあまり大きな立ち回りはできず、したがって一瞬一瞬の細かな動きが勝敗を決すような厳しい戦いとなっている。
剛太郎は、たったいま横腹に受けたもの以外にもいくつも切り傷がある。
それぞれ皮膚を浅く裂く程度で、派手に流血するようなものではないが、それは彼が敵の剣技を見極め、ギリギリで避けられているからだ。どれも、腕を斬り落としたり、腱を削いだり、腹を刺し貫いたり――といった致命傷を狙って放たれたものである。
対して、セドーの方もすでに幾度となく剛太郎の攻撃を受けている。
剣を振るうセドーに対してステゴロで挑む剛太郎の方が不利なように思えるが、そうではない。
本来、剛太郎の拳や蹴りは一撃で敵を伸してしまうまさに必殺技だ。通常の人間の攻撃ではびくともしない魔人の体に対しても、ダークエネルギーをまとった剛太郎の攻撃は問答無用で威力を発揮する。実際、キシュがそうだった。
それを受け続けながら倒れないセドーは、強靭な肉体を持つ魔人の中でいてさらに別格であることが窺える。
「いいねェ、想像以上だ。まさか俺を相手にここまでやるとはな……。お前、ホントに人間か? 実は魔人じゃないのか」
「どう見ても人間だろ! 普通に肌色だし!」
「どうだかな。ハーフじゃねえのか? ハーフってのァ肌の色は変えられるし、積極的に人間のフリして暮らすらしいからな。隠さなくてもいいぜ、どうせハーフなんだろ。素手で魔人と互角でやり合うなんて、そんな人間いるわけねえからな」
「…………」
《まあ、似たようなものじゃない? 少なくともあなたは普通の人間ではないもの》
脳内で、ミュウがぽつりと言う。
エネルギー生命体である彼女を頭の中に棲まわせ、そして彼女の持つダークエネルギーの供給を受けて戦う――そんな剛太郎は、確かにすでに普通の人間の枠組みには収まっているとは言えないかもしれない。
《もう随分とエネルギーをあなたの体に流してる。まだ余裕はあるけど、あまり長引かせるのは良くないわよ》
((……ああ。分かってる))
声に出さずミュウに返事をすると、剛太郎はキッ、と表情を引き締めなおした。
それを次なる攻撃の合図と受け取り、セドーも構える。
剣を向ける敵に対し、臆することなく突撃していく剛太郎。セドーは両剣をバツの字に交差させて待ち受けるのだ。
両者が、また激突した。
/
【再び、街道のミア】
剛太郎が魔人と衝突し、そのまま森の中へ入って行って、十分ほど経ったろうか。
ミアは依然、心配そうな面持ちで激しい戦闘の音だけを聞いている。
本来、ここで彼女が律儀に待つ意味はないかもしれない。なにせ、そもそもの目的はダフニスの町にある、騎士団の駐屯所へこの剣を持っていくこと。あの魔人を倒すことではない。必ずしも魔人と剛太郎の戦いの決着がつくまで見届ける必要はないのだ。
でも、戦ってくれている彼をおいて先に行くことなどできるわけがない。
それに、……仮に、仮にだが、剛太郎が魔人にやられてしまった場合、敵はすぐに自分を追いかけて来る。今のうちに先に町へ向かっていったところで、魔人の足ではやがて追いつかれることは必至だ。
だから、ミアは待つ。剛太郎があの魔人に勝ってくれることを祈り、待つのだ。
「…………ゴウタロウさん」
つい先ほど出会ったばかりで、突然、護衛として雇わせてくれとお願いしたのに、こうして懸命に戦ってくれている。魔人を相手に戦うなど、まさに命がけだ。一体なぜ彼はそこまでしてくれるのだろう。
ちょうど、少女が、そんなことをふと思ったときだった。
森の中から、人影が飛び出してきた。
「ぐはっっっ」
……、紫色の肌。魔人だ。
木々の間から街道に突き抜けて、反対側に生えた木の幹に激しくぶつかった。何かに勢いよく突き飛ばされたようである。
魔人に次いで、ゆっくりと街道へ歩み出て来る男――剛太郎だ。
「ゴウタロウさん!」
少女は、ぱっ、と顔を明るくし、彼の名を呼んだ。だがすぐに、その表情を曇らせる。
剛太郎が、全身傷だらけだったからだ。
悲痛そうな顔で駆け寄ろうとするミアを、剛太郎は手で制止した。
「まだだ。離れてて」
彼の顔は、少女の方を向いていない。木の幹に背から衝突した魔人の方に視線を向けている。敵から目を逸らすわけにはいかない。――吹き飛ばした敵は、それでも怯むことなく闘志を燃やし、剛太郎を見据えているのだ。
「くっく……、はははっ! 全く、人間の動きじゃねえ」
多少よろめきながらも、なおも愉快そうに笑う魔人・セドー。
「なにが愉しいんだよ……。俺もかなりやられてるが、でも正直、お前のほうがダメージは大きい筈だ。このまま続けても勝負は見えてるぞ」
剛太郎は少々呆れた様子で言う。
そう、ほぼ互角で、だからこそたった十分程度の戦いですっかり消耗しきっている二人だが、スピードではわずかに剛太郎が上回っている。
剛太郎はあちこちに切り傷を受けつつも、すべて浅く済ませている。
対してセドーは剛太郎の攻撃をモロに受けている。どうやら彼は魔人の中でも格別にタフなようだが、しかしこのまま戦い続けても劣勢は覆らない。
「なにが愉しいかって……? ハハ、妙なことを言うな、お前は」
そんな状況の中で、セドーに焦りは見られない。
「逆に聞くが、お前は愉しくねえってのか?」
「……どういうことだよ」
「オイオイ、とぼけんじゃねえよ。愉しいだろ。お前だって、戦うのが愉しいだろ。愉しくねえわけねえ。そんなのあり得ねえぜ?」
「…………」
セドーの言葉に対し、剛太郎は黙している。――その胸中に何を思っているのか。
「……まあ、お前のことは別にいい。俺は、まだまだじっくりと愉しませてもらうぜ」
セドーはそう言いつつ、ちら、と少し離れた地面に視線を向けた。
――その視線の先には、二本の剣があった。
「? あれって……」
セドーがそこへ視線を向けたのを、剛太郎も気づいた。
セドーが道中に拾ってここへ持ってきた兵士の剣だ。
「なんだよ、そっちの方の剣に持ち替えるのか? どっちかと言えば、あんたの黒い剣の方が良さそうだけど」
「ああ、そうさ。俺の剣の方が上物だ。別に、持ち替えるわけじゃないさ」
「は?」
敵の言っていることの意味が分からず、眉を顰める剛太郎。
「本当は、使いたくなかったんだがな……。人間相手にこれを使うのはフェアじゃない、戦士の理念に反する。……だが、お前は強いからな。強者相手に、本気を出さないってのも又、理念に反する」
そう言うと、セドーは膝に手を突いてかがむようにし、全身をわなわなと振るわせ始めた。
ぐうううぅぅ……と、体を力ませながら、なにやら苦しそうな声を上げる。
次の瞬間、メキ、と、骨が軋むような音が聞こえた。――いや、それは比喩ではなく、本当に骨の音だった。セドーの肩甲骨が、メキメキと音を立てて伸び始めたのだ。
「はっ!?」
異様な光景を前にして、思わず目を見開く剛太郎。
「うそっ……」
剛太郎から少し離れた位置でそれを見ていたミアも、息を呑む。
ぐぐぐぐ、と骨が隆起し、それに引っ張られて皮膚も伸びていく。
徐々に、細く伸びていく。
途中で丸い膨らみができた――すなわち、関節だ。そのまま伸び続け、伸びきったところで先端が平らになり、そこから更に細く五本に分岐した――すなわち、指だ。
たった十秒ほどの間だったが、あまりに衝撃的で不気味な光景だったので、もっとゆっくりとした変身のように見えた。
――そう、変身だ。
魔人は、両の肩から一本ずつ、新たな腕を生やしたのだ。
「な、な、なんじゃありゃっ……」
あんぐり、と口を開けた剛太郎が、慌てた様子で振り返ってミアの方を見る。
「ミ、ミ、ミアっ! お前、魔人の体格は人間と同じって言ってなかったか? ……あれのどこが、人間と同じだよっ!?」
確かに、剛太郎がミアに魔人について聞いたとき、少女はそう言っていた。
「え、ええっ!? だ、だ、だって、私、魔人を見るのは初めてなんだもん。でも確かに、魔人も体格は人間と同じだって、そう聞いていたから……」
ミアも、剛太郎と同じように驚いている。
「いや、それは間違いだな。確かに、人間と変わらない体の場合もあるが……、部族によって違うんだ。俺たちストゥグの魔人は、こうして体を変形させられる。腕を、もうワンセット持っているのさ」
そう言って、ニヤリ、と笑ったセドーは、地面に落ちる二本の剣を拾い上げる。
元々の両腕に、自身の黒剣。
新たに生やした両腕に、兵士の剣。
――四本の剣を構える魔人。切っ先の一つを剛太郎に向け、言う。
「あんたは強いからな。悪いが、『裏の手』を使わせてもらうぜ。……さあ、仕切り直しだ」
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