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シーズン1/第一章
町の宿屋とメイド
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【ダフニスの町】
「見ない顔ですね……旅の人ですか?」
メイド服を着た女性が、じっ、と俺の顔に目を向けて言う。
「あ、ああ。一応……」
旅をしてここへきたわけではないが、異世界から突然やって来たのだと言うのは憚れるので、曖昧に返事をする。
「旅のお方ですかあ。あの、よろしければお名前、お伺いしてもいいですか?」
「ああ。俺は、ゴウタロウ。イマダ・ゴウタロウっていうんだ」
「素敵なお名前ですね!」
ぱっと笑顔を咲かし、そう言うメイド。
名前を褒められるというのは嬉しい。果たして、こちらの世界の人間の持つ観念として、俺の名前が素敵と言えるのかどうかは甚だ疑問だが。
「私は、キアルっていいます。ゴウタロウさん、旅はどちらの方から来られたんですか? ……パンドラの方からでしたら、街道沿いに建ってる大きなお屋敷を見たと思いますけど、私、あそこでメイドをしてるんです」
「いや、……見てない、かな」
「そうなんですか。じゃあ、北の方から来たのですね。……えと、その格好で旅を? ずいぶんと軽装なんですね」
「えーっと……」
何と答えればよいか、俺が逡巡していると……そんな俺の心情を察してか、横からエシリィが割って入って来る。
「そう言う君は、買い出しかな。キアル」
話題を逸らしてくれたらしい。助かる。
黒髪のメイド――キアルは、女騎士を前にし、居直るように背筋を伸ばしてから答える。
「あ……はい! そうなんです。お屋敷は町から遠いので、ちょっとした買い出しへ行くにも不便で困りますが……」
「一人で街道を渡って来たのか?」
「いえいえ、そんな。執事のレオンさんと一緒に。あ、レオンさんは先月お屋敷に入られたばかりの新人執事さんなんですけど、私より年上ですし新人さんなのにとってもしっかりされていて……ってあれ、レオンさん? おかしいですね、いない……。レオンさんったら、はぐれちゃったんですね。しょうがないですね」
「おそらく君がはぐれたのだと思うがな」
エシリィの言葉に、「?」と、頭に記号を浮かせ、きょとんと首をかしげるキアル。
《なんて見事な天然メイドなの》
「あ、あのっ、急いでお買い物を終えないと、お夕食の用意が遅れてしまいますので……失礼しますねっ。旅のお方、ごゆっくりお休みになられてください」
そう言って人混みの中へと姿を消してゆく間際、メイドは、にこ、と笑んだ。
その場に和やかな余韻すら残す素晴らしい笑顔だった。
/
エシリィと共に大通りを進み、やがて宿屋に到着した。
正直に、俺は無一文であることを申告したが、彼女は「大丈夫、話を通してくる」と言って宿屋の主人に交渉をしてくれた。
「幸い、空きはあったようだ。ひとまず今日はここに泊めてもらいなさい」
宿屋の前で待つことたった十数秒、戻って来たエシリィにそう言われたのだ。
果たして彼女が師団長ゆえに口利きで貸してくれたのか、または彼女が宿代を立て替えてくれたのか。いずれにしても、もう感謝の思いで胸がいっぱいだ。
しかしそれを言葉にして伝えても、彼女から返されるのは「礼には及ばん」だけだった。なんて格好いいんだ……!
――というわけで、俺は今、宿屋の一室にいる。
何をするというわけでもなく、今はただ、待つのみである。
「知らないうちに森の中にいたというのは、もしかすれば君は転移魔法や記憶消去魔法などを受けたか、何らかの事件に巻き込まれた可能性があるからな……。最近で、そういった魔法による事件など起こっていないか、部下に調べさせるよ。情報が上がれば部屋を訪ねる。君はひとまず、休んでいなさい」
俺にこの部屋を用意してくれたのち、エシリィはそう言って騎士団の駐屯所に戻っていった。
まったくもってあの女騎士は、口調こそ硬く厳しそうな雰囲気があるが、その実、底抜けに優しい。立った数時間の短い関わりの中でもそれが分かる。
《惚れるんじゃないわよ》
ミュウが釘を刺すように言う。いや、誰もそんな風には言っていない。
――と、そのとき。
「あのー……」
扉の向こうから、控えめな声がした。声がかけられてから、思い出したようにノックが鳴る。順序を間違えたらしい。
それまでベッドに腰かけていた俺は、立ち上がり、扉を開ける。そこにはつい十分ほど前に見た顔があった。
「キアル?」
声掛けとノックの順序を間違ったのが恥ずかしいのか、あはは、と照れ笑いをしながら立っているのは――メイドのキアルだった。
「あの、ゴウタロウさんが、こちらの宿にお部屋を取られたと聞きまして」
「どうしたんだ? 俺に何か用が?」
「えっと、これを……」
メイドは、折りたたまれた茶色の布を手に持っていた。なんだろうか。……彼女は上目でこちらの様子を窺いつつ、おずおずとそれを差し出してくる。
「さきほど、お買い物中に、たまたま見かけまして。差し出がましいかもしれませんが、その、旅をされているゴウタロウさんには、必要かなと……」
遠慮がちに言うメイド。その布を受け取り、広げてみる。
……それは、大きなローブだった。
「その服で旅を続けられるのは、その、少し目立ちすぎてしまうかもしれませんので。外套等があった方がいいでしょうから。差し上げます!」
「く、くれるのかっ!? いやでもそんな、悪いよ。俺、代金を返すこともできないし……」
「そんな、お気になさらず。あのですね……、お恥ずかしながら、ゴウタロウさんを見たとき、なんだか不思議な気持ちになったのです。懐かしいような、切ないような、……こう、胸がぽっとする感じです。私、こんなの初めてで」
「へっ?」
彼女の唐突な言葉に、俺は思わず妙な声を出してしまう。
「あれっきりお別れしてしまうのは寂しいですし……、その、せめてこれだけでもお渡しできればと。お返しだなんてお気になさらず。つい昨日、お給金をいただいたのところなのですが、私、正直あんまりお金の使い道がないので。……良ろしければ受け取ってください」
気恥ずかしそうに、はにかみながら、そう言うキアル。
「あ、ありがとう……。ありがたくもらっておくよ」
このスーツしか持っておらず、且つ無一文である俺にとって、これはもうたいへんに嬉しい贈り物である。じいいん、と喜びを噛みしめていると、廊下の奥から、男の声が聞こえた。
「おーい、キアルちゃん? 旅の人に渡せたのかい?」
ちらりと見えたその姿は、燕尾服を着た若い男だった。
「ええ、レオンさん。お渡しできましたあ!」
「じゃあ、もう行かないと。早くお屋敷に戻って、夕食の用意を始めないといけないだろう」
「あ、ごめんなさいっ。すぐ行きます。……えっと。じゃあ、ゴウタロウさん。お気を付けてっ」
キアルはぺこ、と頭を下げると、とと、と執事の方へ駆けて行った。廊下の奥から、二人の会話が小さく聞こえる……。「まったく君は、初対面の旅人にローブをプレゼントするなんて……お人好しが過ぎるよ」「えへへ、それほどでもないですよぉ」「いや、正直、褒めてるわけではないけど……」
そうして、メイドは去っていった。扉を閉め、もらったローブを見ながらしみじみと思う。……ああ、なんていい子なんだ。
《言っとくけど、別に告白されたわけじゃないのよ。ニヤニヤするんじゃない》
((別にニヤニヤなんかしてねえよ……))
《言ってたでしょ、懐かしいような気持ちになったって。きっとあなたが昔飼ってた犬にそっくりだとか、その程度のことなのよ。ローブをくれたのも、犬にエサをあげるような感覚でしょうよ、きっと。だから思い上がるのはやめなさいよね》
((…………))
辛辣な言葉が脳内に響く中、俺は静かにベッドに腰かけた。
/
宿部屋で一人、呆然とする。
すでに陽が落ち、夜のとばりが降り始めている。
「これからどうしよう……」
ぽつり、と、呟いた。
現状、ただ流れに身を任せるまま――エシリィの厚意に甘えるまま、こうして宿部屋にいる。エシリィは、俺がなにかの事件に巻き込まれてここにいるのではと推測し、調べを進めてくれている。俺は彼女に言われるままここでその報告を待っているのだ。
しかし、一息ついて冷静になった今、思う。
問題なのは俺がなぜここにいるのか、ではなく、どうすれば元の世界に帰れるか、だ。
――ほんの数時間前まで、俺は地球にいて、そこで宇宙人と戦っていた。
戦いといってもワンパンで終わってしまったものだったが、それはヤツがただの雑魚だったからだ。……宇宙の帝王、黒帝リグが寄越した先兵だ。戦いはまだ、終わっていないのだ。
『アルトラセイバー』こと俺は、襲来する宇宙傭兵どもを返り討ちにしつつ、やがて来る大ボス、宇宙帝王を迎え撃たなければならない――そのはずだった。
なんと言えばいいのか、こう、もし俺がヒーローものの漫画やアニメの主人公だったとすれば、そういう筋書きだったはずなのだ。
それが今、どういう因果か、俺は異世界へ来ている。
セパディア皇国のロームルス地区のダフニスという町……そんな、聞いたこともない土地にいる。
俺が地球から消えても、おそらく、宇宙人どもの襲来は止むことはないだろう。奴らの狙いは俺たちだし、ミュウが宇宙を移動したその軌跡を追って地球に来ているはずだ。
奴らを呼び寄せる原因が俺たちなのに、その俺たちが居なくなってしまっては、地球はどうなるか。
《まあ、やつらは私たちがいると思って地球に来るわけだから。いざ地球にきて、目的である私たちの姿が見当たらなければ、躍起になって捜し回るでしょうね。きっと街は滅茶苦茶にされる……それはもう徹底的に。黒帝リグは、悪魔のようなやつだからね》
あっさり、と言うミュウ。
「…………」
しかし、それは間違いないことだろう。もしかすれば、今もうすでに、地球が、日本が大変なことになっているのかもしれない。
帰らなければならない。
しかし、一体どうすれば帰れるのか。いや、そもそも帰る方法が存在するのか。
エシリィに、俺がここに来てしまった原因を調べてもらうよりも、自分が異世界から来たのだとちゃんと説明をして、そのうえで帰る手段があるかと聞くべきだ。うん、そうだ。今からでも、騎士団の駐屯所へ行ってエシリィに話そう。
俺はそう思い立ち、そして同時に腰かけていたベッドから立ち上がった――と、そのとき。
悲鳴が、聞こえた。
《…………なにかしら》
((なんだろう))
外からだ。俺は慌てて、窓に貼りつくように外を確認した。
暗くて、あまりよく見えない。家々から人が飛び出し、外へ出て来ているのが確認できる。暗がりの町に瞬く間に喧騒が広がっていく。詳しくは分からないが、なにか問題が起こったのは明白だ。
俺は部屋を飛び出した。すると、廊下に宿屋の主人が立っていた。慌てた様子である。
「一体、どうしたんだ?」
俺は主人に、外で何が起こっているのか聞いた。あまりに彼があたふたと慌てているものだから、落ち着けようと肩に手を置いた。「ひぃっ」と短い悲鳴を上げる。怖がらせてしまった。
「たた、たいへんです、お客さん! ……まっ、魔獣が! 魔獣が、森から出てきたんです!」
「魔獣が……?」
「騎士団が戦ってくれているが、数が多すぎるんだ。このままじゃあ、町に入って来ちまう。……お客さんも早く、逃げてください!」
そう言って、主人はどたどたと宿屋から逃げ出た。すでに他の宿泊客も逃げていったようで、宿屋の中はもぬけの殻である。俺も宿屋を出た。
宿屋の前――大通りは、人々が川の流れのようになっている。皆が一斉に逃げていっているのは、町の北の方。魔獣の森がある方とは反対方向だ。
俺は屈伸と体をひねるストレッチをしてから、素早く町の南の方へ向かって駆け出した。
「見ない顔ですね……旅の人ですか?」
メイド服を着た女性が、じっ、と俺の顔に目を向けて言う。
「あ、ああ。一応……」
旅をしてここへきたわけではないが、異世界から突然やって来たのだと言うのは憚れるので、曖昧に返事をする。
「旅のお方ですかあ。あの、よろしければお名前、お伺いしてもいいですか?」
「ああ。俺は、ゴウタロウ。イマダ・ゴウタロウっていうんだ」
「素敵なお名前ですね!」
ぱっと笑顔を咲かし、そう言うメイド。
名前を褒められるというのは嬉しい。果たして、こちらの世界の人間の持つ観念として、俺の名前が素敵と言えるのかどうかは甚だ疑問だが。
「私は、キアルっていいます。ゴウタロウさん、旅はどちらの方から来られたんですか? ……パンドラの方からでしたら、街道沿いに建ってる大きなお屋敷を見たと思いますけど、私、あそこでメイドをしてるんです」
「いや、……見てない、かな」
「そうなんですか。じゃあ、北の方から来たのですね。……えと、その格好で旅を? ずいぶんと軽装なんですね」
「えーっと……」
何と答えればよいか、俺が逡巡していると……そんな俺の心情を察してか、横からエシリィが割って入って来る。
「そう言う君は、買い出しかな。キアル」
話題を逸らしてくれたらしい。助かる。
黒髪のメイド――キアルは、女騎士を前にし、居直るように背筋を伸ばしてから答える。
「あ……はい! そうなんです。お屋敷は町から遠いので、ちょっとした買い出しへ行くにも不便で困りますが……」
「一人で街道を渡って来たのか?」
「いえいえ、そんな。執事のレオンさんと一緒に。あ、レオンさんは先月お屋敷に入られたばかりの新人執事さんなんですけど、私より年上ですし新人さんなのにとってもしっかりされていて……ってあれ、レオンさん? おかしいですね、いない……。レオンさんったら、はぐれちゃったんですね。しょうがないですね」
「おそらく君がはぐれたのだと思うがな」
エシリィの言葉に、「?」と、頭に記号を浮かせ、きょとんと首をかしげるキアル。
《なんて見事な天然メイドなの》
「あ、あのっ、急いでお買い物を終えないと、お夕食の用意が遅れてしまいますので……失礼しますねっ。旅のお方、ごゆっくりお休みになられてください」
そう言って人混みの中へと姿を消してゆく間際、メイドは、にこ、と笑んだ。
その場に和やかな余韻すら残す素晴らしい笑顔だった。
/
エシリィと共に大通りを進み、やがて宿屋に到着した。
正直に、俺は無一文であることを申告したが、彼女は「大丈夫、話を通してくる」と言って宿屋の主人に交渉をしてくれた。
「幸い、空きはあったようだ。ひとまず今日はここに泊めてもらいなさい」
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果たして彼女が師団長ゆえに口利きで貸してくれたのか、または彼女が宿代を立て替えてくれたのか。いずれにしても、もう感謝の思いで胸がいっぱいだ。
しかしそれを言葉にして伝えても、彼女から返されるのは「礼には及ばん」だけだった。なんて格好いいんだ……!
――というわけで、俺は今、宿屋の一室にいる。
何をするというわけでもなく、今はただ、待つのみである。
「知らないうちに森の中にいたというのは、もしかすれば君は転移魔法や記憶消去魔法などを受けたか、何らかの事件に巻き込まれた可能性があるからな……。最近で、そういった魔法による事件など起こっていないか、部下に調べさせるよ。情報が上がれば部屋を訪ねる。君はひとまず、休んでいなさい」
俺にこの部屋を用意してくれたのち、エシリィはそう言って騎士団の駐屯所に戻っていった。
まったくもってあの女騎士は、口調こそ硬く厳しそうな雰囲気があるが、その実、底抜けに優しい。立った数時間の短い関わりの中でもそれが分かる。
《惚れるんじゃないわよ》
ミュウが釘を刺すように言う。いや、誰もそんな風には言っていない。
――と、そのとき。
「あのー……」
扉の向こうから、控えめな声がした。声がかけられてから、思い出したようにノックが鳴る。順序を間違えたらしい。
それまでベッドに腰かけていた俺は、立ち上がり、扉を開ける。そこにはつい十分ほど前に見た顔があった。
「キアル?」
声掛けとノックの順序を間違ったのが恥ずかしいのか、あはは、と照れ笑いをしながら立っているのは――メイドのキアルだった。
「あの、ゴウタロウさんが、こちらの宿にお部屋を取られたと聞きまして」
「どうしたんだ? 俺に何か用が?」
「えっと、これを……」
メイドは、折りたたまれた茶色の布を手に持っていた。なんだろうか。……彼女は上目でこちらの様子を窺いつつ、おずおずとそれを差し出してくる。
「さきほど、お買い物中に、たまたま見かけまして。差し出がましいかもしれませんが、その、旅をされているゴウタロウさんには、必要かなと……」
遠慮がちに言うメイド。その布を受け取り、広げてみる。
……それは、大きなローブだった。
「その服で旅を続けられるのは、その、少し目立ちすぎてしまうかもしれませんので。外套等があった方がいいでしょうから。差し上げます!」
「く、くれるのかっ!? いやでもそんな、悪いよ。俺、代金を返すこともできないし……」
「そんな、お気になさらず。あのですね……、お恥ずかしながら、ゴウタロウさんを見たとき、なんだか不思議な気持ちになったのです。懐かしいような、切ないような、……こう、胸がぽっとする感じです。私、こんなの初めてで」
「へっ?」
彼女の唐突な言葉に、俺は思わず妙な声を出してしまう。
「あれっきりお別れしてしまうのは寂しいですし……、その、せめてこれだけでもお渡しできればと。お返しだなんてお気になさらず。つい昨日、お給金をいただいたのところなのですが、私、正直あんまりお金の使い道がないので。……良ろしければ受け取ってください」
気恥ずかしそうに、はにかみながら、そう言うキアル。
「あ、ありがとう……。ありがたくもらっておくよ」
このスーツしか持っておらず、且つ無一文である俺にとって、これはもうたいへんに嬉しい贈り物である。じいいん、と喜びを噛みしめていると、廊下の奥から、男の声が聞こえた。
「おーい、キアルちゃん? 旅の人に渡せたのかい?」
ちらりと見えたその姿は、燕尾服を着た若い男だった。
「ええ、レオンさん。お渡しできましたあ!」
「じゃあ、もう行かないと。早くお屋敷に戻って、夕食の用意を始めないといけないだろう」
「あ、ごめんなさいっ。すぐ行きます。……えっと。じゃあ、ゴウタロウさん。お気を付けてっ」
キアルはぺこ、と頭を下げると、とと、と執事の方へ駆けて行った。廊下の奥から、二人の会話が小さく聞こえる……。「まったく君は、初対面の旅人にローブをプレゼントするなんて……お人好しが過ぎるよ」「えへへ、それほどでもないですよぉ」「いや、正直、褒めてるわけではないけど……」
そうして、メイドは去っていった。扉を閉め、もらったローブを見ながらしみじみと思う。……ああ、なんていい子なんだ。
《言っとくけど、別に告白されたわけじゃないのよ。ニヤニヤするんじゃない》
((別にニヤニヤなんかしてねえよ……))
《言ってたでしょ、懐かしいような気持ちになったって。きっとあなたが昔飼ってた犬にそっくりだとか、その程度のことなのよ。ローブをくれたのも、犬にエサをあげるような感覚でしょうよ、きっと。だから思い上がるのはやめなさいよね》
((…………))
辛辣な言葉が脳内に響く中、俺は静かにベッドに腰かけた。
/
宿部屋で一人、呆然とする。
すでに陽が落ち、夜のとばりが降り始めている。
「これからどうしよう……」
ぽつり、と、呟いた。
現状、ただ流れに身を任せるまま――エシリィの厚意に甘えるまま、こうして宿部屋にいる。エシリィは、俺がなにかの事件に巻き込まれてここにいるのではと推測し、調べを進めてくれている。俺は彼女に言われるままここでその報告を待っているのだ。
しかし、一息ついて冷静になった今、思う。
問題なのは俺がなぜここにいるのか、ではなく、どうすれば元の世界に帰れるか、だ。
――ほんの数時間前まで、俺は地球にいて、そこで宇宙人と戦っていた。
戦いといってもワンパンで終わってしまったものだったが、それはヤツがただの雑魚だったからだ。……宇宙の帝王、黒帝リグが寄越した先兵だ。戦いはまだ、終わっていないのだ。
『アルトラセイバー』こと俺は、襲来する宇宙傭兵どもを返り討ちにしつつ、やがて来る大ボス、宇宙帝王を迎え撃たなければならない――そのはずだった。
なんと言えばいいのか、こう、もし俺がヒーローものの漫画やアニメの主人公だったとすれば、そういう筋書きだったはずなのだ。
それが今、どういう因果か、俺は異世界へ来ている。
セパディア皇国のロームルス地区のダフニスという町……そんな、聞いたこともない土地にいる。
俺が地球から消えても、おそらく、宇宙人どもの襲来は止むことはないだろう。奴らの狙いは俺たちだし、ミュウが宇宙を移動したその軌跡を追って地球に来ているはずだ。
奴らを呼び寄せる原因が俺たちなのに、その俺たちが居なくなってしまっては、地球はどうなるか。
《まあ、やつらは私たちがいると思って地球に来るわけだから。いざ地球にきて、目的である私たちの姿が見当たらなければ、躍起になって捜し回るでしょうね。きっと街は滅茶苦茶にされる……それはもう徹底的に。黒帝リグは、悪魔のようなやつだからね》
あっさり、と言うミュウ。
「…………」
しかし、それは間違いないことだろう。もしかすれば、今もうすでに、地球が、日本が大変なことになっているのかもしれない。
帰らなければならない。
しかし、一体どうすれば帰れるのか。いや、そもそも帰る方法が存在するのか。
エシリィに、俺がここに来てしまった原因を調べてもらうよりも、自分が異世界から来たのだとちゃんと説明をして、そのうえで帰る手段があるかと聞くべきだ。うん、そうだ。今からでも、騎士団の駐屯所へ行ってエシリィに話そう。
俺はそう思い立ち、そして同時に腰かけていたベッドから立ち上がった――と、そのとき。
悲鳴が、聞こえた。
《…………なにかしら》
((なんだろう))
外からだ。俺は慌てて、窓に貼りつくように外を確認した。
暗くて、あまりよく見えない。家々から人が飛び出し、外へ出て来ているのが確認できる。暗がりの町に瞬く間に喧騒が広がっていく。詳しくは分からないが、なにか問題が起こったのは明白だ。
俺は部屋を飛び出した。すると、廊下に宿屋の主人が立っていた。慌てた様子である。
「一体、どうしたんだ?」
俺は主人に、外で何が起こっているのか聞いた。あまりに彼があたふたと慌てているものだから、落ち着けようと肩に手を置いた。「ひぃっ」と短い悲鳴を上げる。怖がらせてしまった。
「たた、たいへんです、お客さん! ……まっ、魔獣が! 魔獣が、森から出てきたんです!」
「魔獣が……?」
「騎士団が戦ってくれているが、数が多すぎるんだ。このままじゃあ、町に入って来ちまう。……お客さんも早く、逃げてください!」
そう言って、主人はどたどたと宿屋から逃げ出た。すでに他の宿泊客も逃げていったようで、宿屋の中はもぬけの殻である。俺も宿屋を出た。
宿屋の前――大通りは、人々が川の流れのようになっている。皆が一斉に逃げていっているのは、町の北の方。魔獣の森がある方とは反対方向だ。
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