【現行世界ヒーロー達→異世界で集結】『×クロスワールドエンカウンター』

喜太郎

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シーズン1/第二章

□あくあついんず□③

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「あ、あとらんてぃす……? 何言ってるの?」

 目の前には、ふわふわと浮かぶ赤いドラゴンのぬいぐるみ。かつて水帆と協力してクレーンゲームで獲得したもので、『ドラコ』と名付けたのだが、それが突如として喋り出し、自身を『オスティマ』と名乗ったのだ。

『俺はアトランティス帝国の住人。まあ要するにお前ら感覚で言えば海底人だな』

「……か、海底人ってみんなぬいぐるみの体してるの?」

『いや違う、そうじゃない。海底人は陽の光の下じゃ活動できないからな。俺は体を捨てて魂だけになってここへ来たんだ。それで、このぬいぐるみを体として借りてるってわけだ』

「た、魂って……、じゃあ、あなたはぬいぐるみにとり憑いた幽霊ってこと!?」

『……まあ見方によっちゃ、そうとも言えるかもな』

「ひいっ、そんなっ、幽霊だなんてっ! ……や、やだ近づかないでッ」

『なんで海底人はスルーで幽霊って聞くとそんなリアクションするんだよ』
 ぬいぐるみに表情はないが、彼の呆れた様子ははっきりと表れている。


『とにかくだ。俺が、自分の体を捨ててまでここに来たのにはそれなりの理由があるんだ。……ミナモ、それにお前の双子の姉のミナホ。お前らに会いに来たんだ。大事な話がある。――お前らに、力を貸してほしい』

「力を、貸す?」

 このぬいぐるみ――オスティマが目の前に現れたのは、偶然ではない。自分と、そして水帆に会うために遠い海底の国からわざわざやってきたらしい……。まだまだ突っ込みたいことがあるが、水萌はひとまず冷静になり、話を聞くことにした。


『アトランティからス地上侵略を目論んでいるテロリストども――やつらと戦ってほしいんだ』
「――へ?」

 突然の申し出に、ぽかん、と口を開けて唖然とする水萌。

「戦う? ……て、てろりすと? あの、一体何を言って……」

『お前たちの力が必要なのさ。大いなる海の加護を受けた、お前たちの力が』

 大いなる、海の加護?
 一体何を言っているのか。水萌にはさっぱり分からない。そう言っただけでは意味が伝わらないと承知だったのだろう、ぬいぐるみはすかさず話しを続けた。


『お前たち双子には、不思議な力があるはずだ。……自覚があるだろう。おそらく、その辺の人間どもに比べて、頭も体も、いろんな能力がかなり高い水準だろう。そして、何より水中での移動能力は抜群であるはずだ。どうだ、その通りだろ?』

「う、うん……。確かに、そうだよ」

 能力が高いということを自分で認めるのはむず痒いが、とはいえそう言われて否定はできない。運動能力・学習能力ともに、水萌と水帆は同学年の中でずば抜け優秀だ。そしてオスティマの言う通り――水中の移動能力、すなわち水泳の能力はことさらに高い。経験のない新入部員ながら水泳部ですでに将来を有望視されるほど一目置かれている。


「でも、どうしてあなたがそれを知ってるの……?」

『知ってるさ。……お前たちは、かつて、輝く石のようなモノに触れたはずだ。それは【海龍シーロンのウロコ】――海龍シーロンは、かつて海底を統べた神のようなものだ。その力の一端を、お前たちは得たのだ』

「…………」

 まさしく非現実的な、突拍子もない話だ。
 だが、水萌はその話を疑う気にはなれなかった。

 何より自分たちが不思議な力を持つ自覚があったから。特に水中で呼吸が苦しくならないのは人間の常識を超えた非現実な力である。その力の起源が『海底世界の神様』の力だと聞いても、正直、不可解なことではないように思えるのだ。


『いいか、ミナモ。海底人の中には、過激な思想を持つテロリストたちがいる。そいつらは、全海底帝国の支配だけでなく、地上侵略をも目論んでるんだ。……もうあまり時間がない。やつらは、おそろしい怪物を地上に向けて放つつもりだ。それに対抗するには、お前らの力が必要なんだ』

「か、怪物? 私たちの力が、必要……?」

『そうだ! 全海底帝国の、そしてお前たちの住む地上世界の平和のため――俺と一緒に戦ってくれ、ミナモ!』


        /


「み、水萌ちゃん? どうしてそんなに急いで食べてるの?」

 夜。食卓にて。
 なにやら慌ただしく箸を運ぶ妹を見て、姉の水帆は不思議そうに問うた。対面の席に座る母も同様に、不思議そうに水萌を見ている。

「えっ。べ、別に……」
 なぜ急いでいるのか……その理由を姉や母に言うわけにはいかない。

「ああ、そうだ。宿題! 宿題、急いで終わらしたいなと思ってさ」
 慌てて、そう誤魔化した。宿題がまだ残っているのは本当だった。

「宿題って、数学の? 水萌ちゃん、まだ終わってなかったの?」
「水帆は終わったっていうの?」
「終わったよ。あんなのすぐだよ。まったく、ゲームばっかりやってるからでしょ」
「む。水帆にそのこと言われたくないんだけどー。ランク上げに時間かけてるのはお互いさまでしょ」
「でも私はちゃんと宿題もやってるもの」
「こらこら、あんたたち。ケンカばっかりしないの」


 隙あらば火花を散らす子らに、母が呆れて注意をする。双子は声を揃わせて「はぁーい」とやるせなさそうに返事をした。
 その後も水萌は急いでおかずを口に放り込んでいって、早口に「ごっそさま!」と言うと、とたとたと階段を駆けて自室へ向かって行った。


        /


「ごはん、急いで食べてきたよ」
『待ちくたびれたぜ』
「私がいない間、ちゃんと部屋で大人しくしてたんでしょーね」
『ああ。まあ、ちょっとばかし散策させてもらったが』
「さっ、散策って……! まさか下着とか勝手に見てないでしょうねっ!?」
『オイオイ、あんなどれもこれも子ども下着ばっかで、見られて何が困るっていうんだ』
「ちょっ、ばかあ!」

 そう言って、ぬいぐるみに殴りかかろうとするも、慌てて制止される。

『待て待て、そんな騒いだら家族にばれるぞ?』
「む……」

 確かに、と不満げながらも拳を抑える水萌。

「もう、いいから。さっさと話の続き、聞かせてよ」

 そう言いながら、ぼすん、と乱暴にベッドに腰かける。赤く小さなドラゴンはふよふよと移動し、少女の眼前で空中浮揚する。


 つい一時間ほど前になる。彼の話を聞いていた途中で水帆と母親が帰宅してきた。いきなりこの状況を見られるわけにもいかない。話しを中断し、彼には部屋で待っていてもらい、急いで夕食を済ませて来たのだ。


『しかし、なんでミナホを連れてこなかった? お前ら二人に関係する話だってのに』

 仕切り直そうとしたところだったが、ふと気になったことを、ぬいぐるみの彼が水萌に尋ねた。

「それは、だって……水帆に、いきなりドラコが喋ってるところ見せたら驚くだろうし。まず私が話を聞いてから、あのコには伝えた方がいいかなって……」

 と言いつつ、水萌の内心では別の思いがあった。


 自分は今、得も言われぬ特別な体験をしている。ぬいぐるみと会話をし、且つ、彼の話す内容はともすればファンタジーの世界のような内容だ。……せっかく、自分一人だけの特別なこの状況を、安易に水帆と共有してしまうのは少々はばかられた。

 水帆に対して意地悪をしたいわけじゃない。ただし、彼女に対して何かしら優位に立てることがあれば容易に譲りたくはないのだ。自分だけの特別な体験……それを堪能したうえで、必要に応じて水帆にも情報を共有する。今すぐに水帆を目の前の不思議な存在と引き合わせてしまうのは早計だ。


 そんな彼女の思惑は、図らずも、彼にとっても都合が良かったらしい。

『まあ、それはそれでいい。なにせ、――お前らの力が必要だとは言っても、実際に表立って力を借りるのは片方だけになるからな』

「え?」

『お前たちは、かつて【#海龍_シーロン__#のウロコ】に触れて、その力を取り込んだ。【大いなる海の力】だ。本来、人間が触れたからって簡単に取り込めるようなものじゃない筈なんだが、お前らには素質があったんだろう』

「私たちに、素質が?」

『ああ。……それだけの力があれば、敵が地上へ侵攻を開始したとき――やつらが独自に造り出した生体兵器を地上へと向けて放ってきても、容易に返り討ちにできる筈さ』

「せっ、生体兵器? なに、それ」

『それについてはまた詳しく話す。今はまず、とある儀式を済ませなきゃならん。……さっき【大いなる海の力】を持つお前たちならば敵を返り討ちにできると言ったが、今のままではだめだ。お前らはその力を、完全に引き出せちゃいない。敵と戦うには、力を引き出し、使いこなせなけりゃならない』

「引き出すって言われても……そんなのどうやって?」

『そのために俺がこうして体を捨ててまで地上へ来たわけだ。力を引き出すために、まず、俺と魂のリンクの儀式をしてもらう』

「魂を、リンク?」

 なにやらまた別方向に話が飛躍した気がするが、いちいち困惑してもいられない。水萌は大人しく彼の話を聞く。

『そう。海底人である俺と魂をリンクさせることで、お前らの身に宿る【大いなる海の力】を引き出すためのカギが開くだろう。……だが、ここで一つ問題があってな。魂のリンクは、一対一で行う儀式だ。俺は、お前ら二人と同時にリンクさせられねえ』

「え? ……えっと? と、いうことは?」


『さっき言った通りだ。……実際に表立って敵と戦うのは、お前ら双子のうち、どちらか片方だけになる』


        /


 ピチョン。と、水が滴る音が、浴室の中に反響する。

 次いで、少女が静かに息を漏らす音。

 気を落ち着けるために漏らす溜め息は、これで幾度目か。まるで放心状態のように表情は沈んでいるが、頭の中は絶え間なく思考が巡り、刻々と混乱を深めていく。

 ぬいぐるみに宿った魂、海底人・オスティマ。彼から聞いた話が、まだ整理しきれない。体はきれいにしたというのに、頭の中は全くすっきりしない。


「水萌ちゃん?」
 不意に声をかけられ、浴槽内で丸めていた体を、がばっと起こす。
 ばしゃん、と水が弾けた。見ると、浴室扉の向こうに小柄な影が浮かんでいる。水帆だ。

「ちょっと、お風呂長くない? 私、八時からドラマ見たいから、それまでに入っておきたいんだけど……」

 水萌は、浴室内の給湯器リモコンの液晶に表示された時刻を見た。七時二十五分。自分はいつから入浴していただろうか。

「今から入りたいんだけど、いーい?」
「うっ、うん! いいよ」

 浴室扉の向こう、水帆が服を脱いでいるのがシルエットで見える。やがて脱ぎ終えた水帆が、扉を開けて入って来る。特に言葉もないまま、プラスチックのバスチェアに腰を下ろし、髪や体を洗い始める。


 浴室内。二人の間に特に会話はないまま、水や泡の音が響く。
 水萌は、どこを見るでもなくぼーっとして湯船に浸かっている。会話はなくとも気まずくはない。

 スピーディだが丁寧に、体を清め終えた水帆が浴槽の湯へと足を差し入れて来る。


「ちょっと体そっちに寄せて」
「ん。ごめん」

 水萌が浴槽の片側へ体を寄せ、スペースを開ける。
 二人同時に浴槽に入っても、狭苦しいとは感じない。彼女らは同年代の他の子らに比べて体格はまだまだ幼く、小さい。体格はほとんど同じ二人だが、わずかばかり、水帆の方が成長は早いだろうか。しっかりと見比べないと分からない程度の身長の差と、軽く見比べれば分かる程度の胸の大きさの差。


「そういえば、一緒にお風呂入るの、中学入ってからは初めてかな」
 温かな湯に体を包まれる心地よさに、ふう、と息をつきながら水帆が言った。

「そうだね」

 水萌は、髪が短いので入浴時にもそのままだ。一方、髪を伸ばしている水帆は、洗い終えた髪をヘアゴムでまとめ上げている。
 胸の大きさは差し置いても、髪で双子に大きな違いが出ている。
 他に、双子たちの外見上の違いは、泣きボクロだ。
 目の下にちょこんとホクロがついているのは同じだが、その位置が違う。水萌は左目の下に、水帆は右目の下に。向き合うと、ちょうど鏡面に映っているように対照だ。


「水萌ちゃん、なにか悩んでるの?」
 水帆が不意に口を開いて、妹に尋ねた。

「へっ? な、なんで?」

「なんで、って……。いや逆になんで悟られないと思ったの。分かるに決まってるよ」

「…………」
 悩んでいる、といえば確かにそうだ。


 さきほどまで、自室でぬいぐるみと話していたことだ。

 喋るぬいぐるみという存在については、ファンタジーの話みたいで多少は胸が躍ったものだった。
 だが、その話の本題――地上侵略を目論む海底人がいて、そいつらはなにやら生体兵器を地上へ向けて放つつもりで、それに対抗できるのは、かつて【海龍シーロンのウロコ】に触れてそのエネルギーを得た自分たちだけだ。だから、力を貸してほしい、と、

 そんなことを突然言われても、困惑する。

 この話は、水帆も同じく関係している。本当に彼の言う通り、海からやって来る敵と戦わなくてはならないというなら、水帆もまた、その宿命を負っている。

 ただし、ぬいぐるみに身を宿した彼が言うには、実際に戦うことになるのはどちらか一人。
 水帆にそのことを話さなければならない。そのうえで、話し合わなければならないのではないか。――どちらが、戦うか。


 だが。
 果たして、どう切り出せばよいものか。
 自分だってまだ整理できていないのに、彼女に冷静に話をできる自信はない。


 水萌が言い淀んでいると、そんな彼女の心中を察してか、水帆が言った。

「まあ、別にいいけどね。私たち、考え方も結構似てるから。悩みとか相談されても、ぶっちゃけ、いいアドバイスできるとは思えないもの。多分、同じように考えて同じように悩むから。話しにくいことなら、無理強いはしないよ」

「水帆……」

「どうせずっと一緒にいるんだもの。言いたくなったら言えばいいし、言いにくかったら言わなくてもいいよ。双子なんだもん、どっちにしたって、気兼ねはいらないでしょ」

「……そうだね」

 水萌が答えると、水帆が、つい、と顔を寄せてきた。

「ん」


 ――ぴと、と。顔を触れさせる。
 正面からではなく、横からだ。

 目と目。

 お互いの、右目と左目の下にそれぞれついた泣きボクロ。そこを中心として、頬を触れ合わせるようにしてくっつく。つまり、目元のホクロを合わせるのだ。


「……ふふ、なんか久しぶりにやった、コレ」
 水帆はそう言って照れ臭そうに、はにかんだ。

 『それ』は、二人が幼い頃からよく行っていたことだった。
 いつから習慣付いたか記憶は定かではないし、その行為に何か意味があるわけでもない。ただ、なんとなく、二人の心が示し合ったときの証明のような感じだ。


「じゃ、私、先に上がるから」
 さばっ、と湯から出る水帆。

「あ、じゃあ私も」

「だめだよ、二人一緒に上がれないよ。脱衣所は二人じゃ狭いもの」

「えー、じゃあ私が先に上がるよ。私の方が先に入ってたんだから」

「だーめ。もうドラマ始まっちゃうもの。そもそも水萌が長湯してたのが悪いんだから、待ってよね」
 そう言ってそそくさと浴室から出る水帆。

 む、と頬を膨らませながらその背を見る水萌は、不満そうな表情とは裏腹に、心はいくらか満たされていた。


        /


「ねえ、ドラコ」

 カチン、と、ドライヤーのスイッチを切ると、水萌は宙に浮かぶぬいぐるみを呼び掛けた。

『おい、なんだよドラコって。そいつはこのぬいぐるみの名前だろう? 俺の名前はオスティマだ』
「いいじゃん、私にとってはドラコなんだもん」
『……まあ、いいが。それで、なんだよ?』

「私、決めたよ。あなたに力を貸す」
『ほお。ミナホと話してきたのか? それで、お前の方が俺と魂リンクをするってんだな。なんだ、ジャンケンでもして負けたか?』
「何言ってんの。そんなのしてないよ」
『なに?』

「水帆には話してない。一人で決めたの。文句ある?」
『文句なんかねえが……。どうしてだ?』
「だって……」

 双子だからだ。

 水萌と水帆は、双子だ。
 容姿だけでなく、考え方もそっくりなのだ。

 さきほど風呂場で話した通り、水萌が悩むことであれば、同様に水帆も悩む。例えば考え方が違う他人同士ならば、悩み相談などしても、異なる考え方を聞いて悩みが解消される場合があるだろう。
 だが、彼女らはそうはならない。考え方が一緒だから、片方が悩むならただ一緒に悩むだけだ。


 オスティマから話を聞かされ、今なお頭の中は整理がついていない。その上、これから海底帝国のテロリストと戦わなければならないなんて。決心した今ですら、正直、もうどう処理すれば良いのかわからない。

 だから。
 水帆にそれら事実を告げても、彼女は同様に混乱するだろう。

 なお且つ、水萌は悩んだ末に自分が戦いの宿命を負うことを決めた。だったら、仮に水帆にこの話をしていたら彼女も同様にそう考える筈だ――自分こそが戦うと。
 なればこそ、始めからこの話は自分の胸の内だけで留めておくほうが良い。

 姉のことを信頼していないわけではない。彼女を思ってのことだ。


『ミナモ……、お前ってやつは』
 じいん、と、少女の深い心を目の当たりにして感慨にふけるオスティマ。
『子供の割に、器のでかいやつだな』

「まあね」

『胸もでかかったらよかったのにな』

「よ、余計なお世話だっ!」

 水萌は同年代に比べて極端に胸の発育が遅れている。
 似た体格の水帆にさえ劣るほどだ。さきほど風呂場でまざまざと目の当たりにしたばかりであり、今それを指摘されては聞き流せるわけもない。

 激昂した水萌は、ぬいぐるみに対してグーパンチを放っていた。もふっ、と柔らかい感触。
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