上 下
68 / 72
第四章

5月4日(土):努々現

しおりを挟む
 【凛】


 せっかくの連休なので、家の掃除をしようと思った。

 掃除は、割と好きだ。普段、学校帰りでは時間的な余裕がないけど、本当ならもっとこまめに家の掃除をしたいくらい。もともと、連休に入ったら徹底的に掃除してやろうと思っていた。

 気合を入れて居間や風呂場やトイレまでピカピカにして、最後に自分の部屋の片づけを行う。


 その最中、押入れの奥から古いおもちゃが出てきた。
 チープな作りのステッキだ。
 柄のところにアニメのロゴがあった。ちゃんと丁寧に扱っていたのか、そのロゴは擦り切れもせずきれいに読める。

 『マジカル☆マリーちゃん』。

 京一の好きだった『忍者ヒーロー・カミカゲマン』と続けて放送されていて、その時間は二人で並んでテレビ画面に食い入るように観ていた。――確か、毎週土曜の17:00だったか。


 もう十年ほど前だが、そのアニメの内容は自然と思い出された。



 小学一年生のマリーちゃんは実は魔女の一族の末裔まつえいで、ステッキの力で魔法少女に変身して悪者と日々戦かっている。
 彼女はとにかく強い。
 生まれながらに最強レベルの魔力を持っていて、ほとんどの怪物は彼女を前に歯が立たないのだ。

 しかし彼女はなにも敵を退治してしまうばかりでなく、悪いことをしないように諭してあげたり、改心する手助けをしたりと、とても心優しい少女なのだ。



 当時、私はそのアニメが大好きだった。
 『マリーちゃん』に強く憧れていたのだ。

 なぜそこまでそのアニメが好きだったのか、そのステッキを眺めていると、ふとその理由を思い出した。


 母のことが大好きだった。いや、まあそんなのは子として当然のことだけど。

 母の内面的な部分は言うまでもないことだが、ことさら、母の握るおにぎりが好きだった。
 今でも思い出される、ただ白米に塩味を利かせて握っただけだとは思えないほどおいしいおにぎり。それはもう、言うなれば魔法的においしかったのだ。

 私は、母に尋ねたことがある。


『ふしぎ。どうしてお母さんがにぎると、こんなにおいしいおにぎりになるの?』

『それはねー、母さんの手は魔法の手だからだよ。だあい好きな凛ちゃんのことを想っておにぎりを握ると、魔法の力でおにぎりがおいしくなっちゃうの。隠し味ってやつね』

 くす、と笑って母はそう返した。


 当然、冗談だ。私がそのとき魔法少女モノのアニメを観ていたのを知ってか知らずか、自分は魔法の手を持つのだと言った。
 ――しかし、幼く無垢な当時の私は、それを冗談などとはつゆも思わなかった。母は魔法が使えるのだと本気で思ったのだ。

 そう信じてしまうくらい、やはり母のおにぎりはおいしかったから。


 母が冗談で言った魔法を使えるという言葉。
 それを聞いたのち、改めて『マジカル☆マリーちゃん』を観たとき――母への憧れがそのまま変換された。母への憧れが、魔法を使うことへの憧れへと混同されたような感じだ。
 今になって思い返すと頓珍漢とんちんかんな話だけど、幼心のうつり変りというのは得てして頓珍漢なものだろう。

 思い返せばくだらないきっかけだが、そうして私は、気付けば『マジカル☆マリーちゃん』の世界に陶酔していた。


 私はステッキを握りしめる。
 次第に色々な思いが溢れてきた。


 私は今まで、優等生たるべしとして頑張ってきた。
 それは、根本を辿れば和哉への憧れからきている。和哉のようになりたいと思って努力した。
 そして、成果を出せたことで母が褒めてくれた。母に褒められるのが嬉しくなって、もっと頑張った。
 そんな母は、亡くなる直前に『凛は強い人になってね』と私に言ったのだ。

 私はもっともっと、頑張った。
 頑張って来た。


 でも、和哉は幼い頃に相手にしてもらっていただけだし、母はもうこの世にいない。


 私は所詮、過去にすがっていたに過ぎない。
 当然、人の心が成り立つのは経験の積み重ねにるもので、過去の思いが今の自分に繋がっているのは自然なこと。
 とはいえ、私は前を見ていなかった。

 今の自分の努力の先に、何があるというのか。
 歩む先に、過去の憧れや今は亡き者の面影などを投影してしまっていたのだ、――それははたして前進だろうか。


 現実にないものを心の拠り所にして、意味のないものに意義を見立てて、頑張ってさえいれば強くあれると思って、しかし実際はただ虚構を見つめていただけだった。

 私はやはり、弱かった。


 このままではいけない、と思った。

 いつまでも夢見る少女ではいられない。
 現実を、がんばらなければならない。奮起しつつ、私は手に持ったそのステッキを、そのままゴミ袋に入れた。



 無心になって片付けをし、気が付けばもう夕方になっていた。
 ふう、と一息ついていると、ちょうど家のチャイムが鳴る。訪問者は京一だった。母に遣わされて、今日も夕飯を共にしようというお誘いをしに来たのだ。


 京一は自然な顔をしているが、私はなぜか彼の顔を見た途端、どきりとしてしまった。


 朝から脳裏に張り付いていた、過去の映像――初恋の瞬間。
 その相手である和哉が、なぜか京一へと遷り変っていく様。
 片付けに熱を入れているうちにいつの間にか忘れていたのに、京一の顔を見た途端、またそれがぶり返す。

 脳内で繰り返す、すり替わった記憶の映像。
 その中の幼い京一が、さらに目の前の現在の彼と重なる。そうなると一層、鼓動が強く打たれた。


 どうしてだろう。おかしい。なんだろう。


 自分の胸の内に沸く感情に戸惑うが、彼にそれを悟られまいと気を張った。
 逸る動悸を抑え、あくまで冷静を装う。

 焦ると共に、しかしこれはもう今更、誤魔化すようなものじゃないかとも思った。


 はっきりと、確信できた。

 なぜその想いが今になって形になったのかわからないが、理由なんてなんでもいい。とにかく、その感情が自覚された以上、それは紛れもない現実。

 その現実から目を背けてはいけないのだ。


 今私の目の前にいるこの男……彼に対する、この感情。つまりこれは夢でも虚構でもなく、べき現実だということだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ま性戦隊シマパンダー

九情承太郎
キャラ文芸
 魔性のオーパーツ「中二病プリンター」により、ノベルワナビー(小説家志望)の作品から次々に現れるアホ…個性的な敵キャラたちが、現実世界(特に関東地方)に被害を与えていた。  警察や軍隊で相手にしきれないアホ…個性的な敵キャラに対処するために、多くの民間戦隊が立ち上がった!  そんな戦隊の一つ、極秘戦隊スクリーマーズの一員ブルースクリーマー・入谷恐子は、迂闊な行動が重なり、シマパンの力で戦う戦士「シマパンダー」と勘違いされて悪目立ちしてしまう(笑)  誤解が解ける日は、果たして来るのであろうか?  たぶん、ない! ま性(まぬけな性分)の戦士シマパンダーによるスーパー戦隊コメディの決定版。笑い死にを恐れぬならば、読むがいい!! 他の小説サイトでも公開しています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。 彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。 それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。 自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。 食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。 「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。 2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得

処理中です...